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軍官蜂と破裂目

 学園長のひ孫だと言う2人に案内されたのは、南門から道なりに進んだ先で二方向に分岐する分かれ道があり、それを東方向に進んだ。

 そちらは山の中。人口の山道を登り、ほどなくしてタンクローリーが三台ほど止められるくらいの広さで開けた場所に出た。手前の方に小さな小屋がある。



「ここは?」


「この看板をご覧」



 フィルルさんが指したのは、小屋よりも手前にある看板。そこには『小屋の周りは私有地!立ち入り禁止!責任者グラン・スラダイク』と書かれていた。

 グラン・スラダイクと言うのは学園長の名前だ。ここは学園長の私有地だったらしい。



「当然私たちは身内だし、大おじいちゃんからも許しを得てるから入って大丈夫よ」


「そしてあちらの小屋にあなたを待つ人がいますわ」



 ペグートンさんが指ではなく手で示した小屋。

 あそこに俺の師匠になってくれる人がいる。

 お二人に断りを入れてから、前に進んで小屋まで向かう。後ろからはニーナがついて来てくれた。

 そして小屋のドアをノックした。



「すみませーん! 学園長の紹介できました! ソニア・ブラックパンツァーです!」



 呼びかけた。すると小屋の中でガタガタと物音が聞こえた。椅子を動かしたような音で、どうやら中にいる人物が座っていた椅子を動かして立ち上がったようだ。足音も近づいてくる。

 そしてギィ、とゆっくり扉が開かれて現れたのは———



「…………」


(で、でっか!)



 巨体。

 現れた人物はふくよかな体型をしていて、大きなお腹をして、背も高く、見下ろされる。



(ん? あれ? なんだ? なんかこの視線に覚えがあるような……)



 視線を辿って目を見てみる。

 ゴムバンドで頭に巻きつけた丸メガネのゴーグルをつけていて、その目の周りは肉が削がれて破裂したかのような形の傷跡があった。

 目の色はゴーグルのレンズに濃い色がついているためわからない。



「あの……」


「………マジかよお前」


「え?」



 まるで美術館に展示されている石像のように、何も言わず何も動かずにジッと見下ろされるだけだった。しかし不意に小屋から現れた人物は、信じられないと言った風に首を横に振った。



「覚えてねーのかよ」


「知り合いなの?」


「いや……?」



 後ろからニーナに聞かれたが、ハッキリとした覚えはない。

 レンズの向こうでジト目を向けられているのがなんとなくわかった。



「あのー、あなたが私に戦闘の師匠になってくださる方ですか?」


「…………あー、まあ覚えてねーならそれでいいか」



 ボサボサに荒れた金髪をかくと、諦めたようにそう言い。



「半分は当たりだ」


「半分?」


「ん」



 親指で自身の後ろを指差した。

 その指の先を辿る。大きな体をした目の前にいる人物の隙間から小屋の中を覗くと、こちらに体を向けて座っている女性がいた。

 無地の黒いジャケットと白いシャツに、長いズボンを履いた女性。目には眼帯をつけている。俺は彼女に覚えがあった。



「ホーネットさん⁉︎」



 王都で出会った軍人の女性だ。名前はホーネット・メイフライ。ここでは軍服姿ではなく私服姿だった。なんだか親近感を覚える服のセンス。



「……やあ、ソニア、さん。いやソニアちゃん……えーとえーと……なんて呼べばうぐぅ」



 キリリとした顔つきの彼女は、俺を見るとなんだか気まずそうに目を泳がしたのち、ぎこちない挨拶をした。言葉の最後にカエルが潰れたような声を出して机に突っ伏した。



「や、やはりキンチョーする……」


「……おい」



 ドアのそばにいる男性が俺に声をかける。



「さっさと中に入ってアイツを外に引っ張り出せ。お前が来るまでずっとここで、お前と会った時の予行演習に付き合わされてんだ」


「予行演習?」


「なんでもお前と会うのが緊張するんだと。なんでかは知らねーけど」



 男からの説明を聞いてもよくわからなかった。だって緊張なんてする理由がない。別にこれが初めて会うってわけでもないのに。

 ぶっきらぼうな男性の横を抜けてホーネットさんに近寄ってみる。こじんまりとした小屋の中で、中央の机に突っ伏している彼女は俺が近づいてくるのがわかると、プルプルと震え出した。



「あの、ホーネットさん? どうされたんですか?」


「……わかってる。君の指南を申し出たのは私からだ、ちゃんとしないとってのはわかってる。けど……ぐぐぬぐぬぐ」


「ホーネットさんから申し出てくれたんですか」


「……まあ、うん。君のことを色々と調べて、のっぴきならない事情がある事も察せられたからね。自分の代の勇者とバチバチにやり合うなんて、とんでもない事だ」



 ゆっくりと顔を上げたホーネットさん。その一つの瞳が俺の顔を覗き込む。その瞳に映るのは銀髪の少女だ。



「………バカな子だ、君は」


「え?」


「もっと安全に生きようとは思わないの?」



 その質問に俺は答えがすぐに見つからなかった。

 というかなんか理不尽に感じた。だって自分はこの世界に連れてこられて、そして女の子と体を入れ替えられた立場だ。安全に生きようとしていてもこの仕打ちじゃどうしようもない。

 けどそれを話すわけにもいかないので、俺はこう答えることにした。



「安心を取り戻すために、今、こうして動いてます」


「一つ聞きたい」



 ホーネットさんは重々しく聞いて来た。



「なぜ師を取ることを決めた、なぜ戦いを学ぼうとする?」


「えっと」



 目的がある。

 最終目標は元の体に戻って元の世界に帰ること。

 そのためには入れ替わった原因を突き止める必要があり、それは魔王によるものだから、魔王に関係している人物が学園の駐屯基地に捕まっているから、会って情報を聞き出すためにまずは実力をつける必要がある。学園長から提示された最低ラインはBクラスへの昇格。

 昇格するにはBクラスの誰かと戦い勝たなければならない。

 だから強くなるために師匠が必要なんだ。



「強くなるためです」


「私が聞きたいのはどうして強さを求めるのかって……」


「まあ待てネブラ」



 男がホーネットさんにダルそうに呼びかける。

 ネブラとは軍の階級で第三級の名称。ホーネットさんがその階級だからそう呼んだのだろう。



「今回は紹介だけって話だろ。それにお前も軍の仕事があって暇じゃないだろう」


「……ええ、まあ」


「お前の所属する中心基地ガイアは王都を越え、商都を越えた先にある。そんな遠方を頻繁に行き来できるほど時間の余裕があるわけでもあるまい」


「一応バイクで移動できますが、暇がないのは事実ですね」



 ホーネットさんが椅子から立ち上がりながらそう言った。



「え? まさかホーネットさん、少ない時間を割いてまで私に指南を?」


「気にしないでいいわ。私だってやるべきと思ったからやってるわけだから。それにダイ……、えーと」



 なぜかホーネットさんは急に、男の方に助けを求めるような視線を送った。

 男は済まし顔でその視線に即座に応える。



「俺の名前はスクボトル・ブロックラインだ」


「そう! ブロックラインさんと共同でやるから!」



 ホーネットさんが大きな声でそう言った。

 誤魔化すような雰囲気に思えたけど、まあでも特に問題はないだろう。スクボトルと名乗った人も俺の師匠になってくれるらしい。入り口で聞いた半分とはこう言う意味だったのか。



「さて、それじゃあまずは外に出ようか」



 ホーネットさんが先導する形で、次にスクボトルさんが続き、最後に俺が外に出た。

 外ではニーナ達が待ってくれていた。



「…………!」


「……事前に説明されましたけど、実際にこうして歩いているところを見ると驚きますわねぇ~」


「?」



 フィルルさんとペグートンさんは、スクボトルさんを見てなぜか顔を歪めて少し睨むかのような警戒心を向けた。一方でニーナはハテナマークを浮かべている。



「ふ……そうか。あの人の孫だったな、君らは。何度か顔を合わせたことがあった」


「……大おじいちゃんから頼まれて、あなたの事は他言無用って事になってるけどさ」


「私たちとしては、大切な家族を狙った犯罪者グループに加担していた男を、例え友人とは言え身柄を国に引き渡したい気持ちでいっぱいなんですけどね〜」



 フィルルさんは全く隠そうとせず睨みつけて、ペグートンさんは柔らかい口調だが目が笑っていない。

 それに対してホーネットさんが『気持ちはわかりますが』と2人の警戒心を宥めていた。



「では……ソニア・ブラックパンツァー! そちらに立ってください」


「は、はい!」



 叱りつけるかのような強めの語気。思わず背筋をピンと伸ばして返事してしまった。

 言われた通りにホーネットさんの指した彼女の目の前に立った。周囲ではニーナ達やスクボトルさんが見ている。

 ちょっと緊張してしまう。



「さて、私は軍人です。訓練も軍で習ったことを教えるのでかなり厳しいものになりますが、構いませんね」


「はい!」


「どんなものにも努力が必要です。パンチ一つを突き出すにしても、技術と研鑽の積み重ねによって岩をも砕く大砲となります。しかし無作為に何でもかんでも手を出すのは間違っていて、時間は有限、要は簡単に言えばスキルツリーをどのように伸ばすかが肝要。あなたのなりたい姿を頭の中にイメージして、それを細部まで吟味しインプットしたのちに、そのインプットした設計図をもとにして動いていきます」


「イメージ?」


「これはコアなしの状態でも通用する考え方ですが、コアありだとしても重要な考え方です。なにせコアは“変換能力”に長けているので」



 変換能力。

 それはレッサーベアーから聞いた事がある。



「イメージもきちんとしたものを想像してください。きちんと一から十までを想像しきらないと、コアの作り出すものは歪なものになってしまいます。コアをどう変換させたいかは己次第です」


「あの、質問いいですか?」


「なんでしょう」


「友人からコアには三つの学説があって、それらがコアの本質だと考えられていると聞いたのですが」


「それは……」


「は? アホかお前」



 俺の質問に、ホーネットさんの言葉を遮って、離れたところで小屋の壁に背を預けてもたれ掛かっていたスクボトルさんが割り込んできた。



「その学説三つのどれかが()()なんじゃない。その三つをトライアングルを形取る一つの物として考えた時、見えてくるものがあるだろ」


「え?」



 トライアングル?

 俺は頭の中に三角形の図形や、チーンと鳴る楽器のトライアングルを思い浮かべた。

 その三角形の三つの点に、レッサーベアー達から聞いた心技体を当てはめると……。



「?」



 わかんなかった。

 はあ、とスクボトルさんが大きなため息をついた。



「その三つが合わさった時、出来上がるのは()()だろーがよ」


「ヒト……」


「体と心は文字通りとして、技術は人の動いた経験と軌跡だ。コアは誰にでもあるんだ、だったらどっか一つの理論に迎合してたら矛盾するだろ」



 コアは誰にでもある。

 それもレッサーベアーから聞いた。

 まるで今まで聞いてきたコアの理論を、まとめて新しいステージに上げられているような感覚だ。一緒に聞いているニーナや学園長のひ孫2人、そしてホーネットさんですら唖然としてスクボトルさんの話を聞いていた。

 さらに話は続く。



「じゃあ勇者はどうなんだって話だがな」


「え? 勇者?」


「肝になるのは技術の部分だ。こんなもん誰だってすぐにでも想像できるアホみたいに簡単な結論だがな」



 スクボトルさんはサラッとそのまま続けた。



「勇者ってのは別世界から来てるんだ。つまりもう一つのまるで違う世界を経験しているわけだよな。そんな奴がこっちの世界のスケールに収まるわけねーんだ」

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