師匠が決まった
あの後姐さんや他のみんなと別れてから、運動した後で疲れていたため自室に戻りひと息ついたところだった。
学園長から電話がかかってきた。『フラン』を手に取った。そして電話越しに学園長は俺にこう伝えて来た。
『君の師匠を見つけた』
「え? ま、マジすか?」
以前に学園長からB級昇格を目指す俺に、師匠をつけてくれると言われていた。
「師匠って戦闘の、なんすよね」
『もちろん。しかし少し難しい立場の者でね、学園から少し離れた場所で稽古をつけてくれる事になっている。君にもそこへ移動してもらう事になるが構わないかね』
「はい」
思わず声が震えていた。
『緊張しなくていい。なにも初日からいきなり厳しい訓練をするなんて事はしない、まずは顔合わせと挨拶からだ』
「あれ、今からっすか?」
『……ああ、今日だな。早い方がいいだろう』
何か少し深みのある言い方に聞こえた。電話越しだから学園長の表情はわからない。しかし言いにくそうにしている雰囲気は伝わった。
「わかりました、これから行けばいいんですね?」
『ああ。案内する人間も手配している、学園の裏門へ行ってほしい。南側の出入り口だよ』
王都へと行く方向ではない、逆方向の門へ行くよう言われた。
それから一言、二言会話をしてから学園長の方から電話が切られた。
「師匠か……って言っても感覚わかんねーけど」
元いた世界で、学校に先生はいたが、戦いの師匠なんていなかった。警察学校に通ってたとかでもないし、当たり前だが。
(案内してくれる人が待ってるんだ、すぐに行かねーとな)
放課後で授業が終わり、これからの予定はない。
だから俺はすぐに向かうことにした。
おっと、行く前に改めて意識しよう。口調に気をつけないと。初めて会う人に対しては慎重に。
心構えをしながら向かっているうちに目的地へとついた。南門の前では2人の背の高い女性が並んで立っていた。
「ん、来たね。ソニア・ブラックパンツァー」
一人は、できる女感のある大人のお姉さんだった。黒い髪をして後ろに髪を結んで、それを肩にかけて前に持ってきている髪型。吊り目で赤い瞳をした彼女は、スーツを着て腕を組んだ立ち姿で待っていた。
どうやら彼女達が案内人らしい。
「うふふ、見せてもらった写真通り。銀髪でお胸の大きな女の子。貴女で間違いないですわね~」
一人は、おっとりと包容力のある大人のお姉さん。肩までかかるくらいの明るい金髪の髪をして、まつ毛がふんわりと長い。タレ目で黄色い瞳をした彼女は、ゆったりとしたニット縦セーターを着て大きな手さげバッグを持って立っていた。
二人とも大人のお姉さんって感じ。年上好きを自覚している俺にとって、本能的にちょっと緊張してしまう相手だった。
顔が赤くなるのを自覚しながら姿勢を正して挨拶をする。
「ソニアです! 学園長から話を聞きました! 今日はよろしくお願いします!」
「今からそんな元気出してへばらない? こっからは歩きよ?」
「まあまあ先ずはご挨拶ですわ」
勢い余って声が大きくなってしまった。
黒髪のスーツのお姉さんに嗜められた。
金髪のおっとりお姉さんは面白そうに微笑んでから、物珍しい『ですわ』口調で柔和な挨拶を返してくださった。
「わたくしの名前はペグートン・マーニュですわ。短い間ですけどよろしくお願いしますわね~」
「ふぅ、まあ苦労すんのはアンタ一人だし別にいいけどね。私はフィルル・マイヤン、あんまりアタシ達に世話焼かせないでよね」
ペグートンさんに続いて、髪をかきあげて耳につけたピアスをキラリと光らせたフィルルさんも自己紹介してくれた。
「歩きって言うのは。ここから遠いんですか?」
「まあまあほどほどの距離」
「わたくしたちが片道歩いて疲れない程度ですわ~」
学園のグラウンドを走って九周走って、成長を実感したばかりだ。なんとかなりそうだと言う漠然とした自信がある。
歩きになるのは問題ない。
「多分、大丈夫だと思います」
「そお? じゃあ南門から出てこの道を真っ直ぐ行くからついて来———」
フィルルさんがそう説明していた時だった。
彼女のセリフを遮るように、背後から聞き馴染みある声が聞こえて来た。
「待って!」
振り返るとそこにいたのはニーナだった。
「ニーナ?」
ニーナは俺の後ろから声をかけると、そのまま真っ直ぐに俺のところまで来ていつものようにスカートを掴んできた。
「たまたまあなたが寮の外に出ていくのが見えた。私も行く。いい?」
「え? 行くって……」
「私もついてく。そっちの人たちも構わないかしら」
ニーナは俺のスカートを掴んだまま、フィルルさんとペグートンさんにも聞いた。
ニーナが付いてくる?これから行く、俺に戦いの指南をしてくれる師匠がいるところに?
お姉さん2人は顔を見合わせると、フィルルさんが困り顔で考えるように口を手で覆った。
「それは……どうしよう」
悩む素振りを見せるフィルルさんに、ペグートンさんは笑った。
「うふふ、大丈夫ですわよ」
「ちょ」
「構わないでしょう? 心配しているのは道中ソニアちゃんが怪我したり倒れたりした時のための救急箱と水や食糧は1人分用意してあるけど、彼女の分はないですものね」
「し、心配なんてしてるわけないでしょ。ただ大おじいちゃんから頼まれた仕事を終わらせるために必要ってだけで」
「くすくす、昔からフィルるんは素直じゃないんですから」
「そういうペグちゃんこそ変わってないし」
親そうに話し合ったのち、フィルルさんはため息をついてから腕を組んでそっぽを向いた。ペグートンさんが再びニーナと俺の方を見て微笑む。
「はい、こちらはあなたのご同行を認めますわ」
「いいんですか?」
「フィルるんはこんなツンケンしてますけど実際は優しいんです。それよりもソニアちゃんの意見が聞きたいですわね~」
「ああ、それなら……」
俺はニーナの方を向く。
スカートを握っていてすぐ近くにいて、至近距離で彼女の表情を窺う。相変わらず無表情で、顔の半分がフードで隠れているが、けどニーナの性格はわかっているつもりだ。
というか少しでも一緒にいればすぐにでもわかる性格してるしな。
ニーナがここまでやって来て、こんな申し出をした理由は———俺のためだ。
「ふっ、ありがとうな。やっぱ友達ってのはいいもんだ」
「ん」
短い返事。しかしそれだけで十分だった。
俺は前を向く。
「行きましょう」
「うふふ。ならお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「聞かなくてもわかるでしょ」
ペグートンさんの隣で、ニーナの事を知っている様子のフィルルさんが腰に手を当てて答える。
「ニーナ・ボルティナ殿下。ボルカノンの国王の姪よ」
「ほええええ⁉︎ お、王族の方だったのですか⁉︎」
「見てわかるでしょ」
ジト目なフィルルさんから顔を逸らして、ペグートンさんが驚いた表情でニーナを見る。
「す、すみません、とんだ粗相を……」
「何もされてないけど。それにいらないわそんなの。それよりちゃんと案内してくれればいいわよ。ただ———そうね」
ニーナは俺を見上げて、ニヤリと笑った。小さな笑みでその表情の変化に俺だけが気づけた。
「もしここにいるソニアに何か危害を加えようものなら、一国を敵に回すと思ってもらって構わないわ」
「ひょええええええ!!」
さっきまでのおっとりした感じはとっくに吹っ飛んでいて、ペグートンさんは失神しそうな勢いで震えて飛び上がった。
そんな彼女を心配しつつ、俺はニーナの肩に手を置く。
「おいニーナ」
「別にいいでしょ」
「よくない、というか面白くない」
つい掴む手に力が入る。
それにニーナは少し驚いた表情を向ける。
「なんでお前の家族が俺らのあいだに介入すんだよ。俺とお前だけの友達関係じゃねーか。例えお前の親に力があって便利でも、絶対に俺らのあいだに入れたくない」
「………」
「前にも言ったろ、俺はお前がいいんだ」
「…………」
わかりやすくポカンとしていたニーナだったが、小さな口がゆっくりと動いて、囁くような声がこぼれ出た。
「私の家族に嫉妬してるの?」
「えっ? そ、そうなのか?」
自然と体が動いて声が出ていたが、そう言われてハッと気づく。
なんで面白くないと思ったのか。それはもしかしてニーナが言ったように、ニーナの家族に対して嫉妬していたのかも知れない。
なんて強欲なのか。自分でも信じられない。
(もしもの例え話し。俺と、ニーナの家族が、崖から落ちそうになっていてどちらかを助ける場面にニーナが直面した時。俺は彼女に、家族を見捨てて自分を助けて欲しいと心のどこかで思っているのか?)
けどそう思ってみて違うと断じる事ができた。
(いいや。もしそんな場面になったら、俺なんか見捨てて家族を助けに走って欲しいと思う。でも同時に、そうなった時のニーナの心境を想像すると自分の胸が痛くて苦しくなってくる)
どっちも嫌だと言うのが本音だった。
一方でニーナの方はと言うと。
「……………そ、そっか」
フードを深く被られて顔を隠された。ニーナも戸惑っているようだ。
そりゃそうだ。こんなやつどうしたらいいか分からないはずだ。
取り繕う言葉が頭の中に浮かんできた。
しかし俺が何か言う前にニーナが『あっ』と声を上げた。
「……なるほど、だからあの鬼姉にああ言ったのね」
「鬼姉?」
「あなたの姉になったと言う人のこと」
姐さん?
俺のなんの言葉がニーナの中で引っかかったのだろう。
「ねぇ、そろそろいいかしら。もう夜も更けて来そうだし早く行ったほうがいいと思うんだけど」
「あっ、すみません! 話し込んでしまって」
フィルルさんから言われて気づいた。そう言えば2人がいたんだった。
さっきまで慌てふためいていたペグートンさんも、フィルルさんが落ち着かせていて、今はニマニマと温かい視線をこちらに向けていた。まるで母親が娘の成長を見守るようなそんな温かい視線。
「ええっと、それじゃあ行きましょうか」
「ええ。しかし……ボルティナ殿下がついて来られるのがわかってれば車でも用意しとけばよかったかしら」
「ボルティナ様、体力に自信はお有りでしょうか?」
「微塵も」
ない、とニーナは俺に身体を引っ付けながらそう答えた。
なんでくっついてくるんだろうと疑問に思いつつ、ニーナの体力を考えると車のほうがいいかも知れないと思い始めた。
「すみません、今から車を用意することはできないのでしょうか」
「アタシらまだ車運転できないしねー」
「用意するなら大お爺様にお願いするしかありませんけど。大お爺様は今、心の中がトゲトゲしている最中ですし……」
「車が運転できない?」
免許を取ってないってことだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。フィルルさんが俺の表情に気づいて、腰に手を当ててため息をついた。
「あー、よく間違われるんだけどさ。一応私たちアンタらの一個下よ」
「うふふ、ぴちぴちの14歳ですわ~」
「———………………え?」
「それと私たち2人の大おじいちゃん、つまり曽祖父がここの学園長ね」
「えええええええ!?!?」
キャラ紹介
フィルル・マイヤン(14)
商都の学校に通う学生。学園長の娘のうち長女からのひ孫。いつもはスーツ姿で、将来のために今から慣れておこうと言う理由がある。曽祖母、すなわち学園長の妻が営んでいる孤児院で手伝いをしていた事もあり子供好きで優しい。背が高く発育がいい理由は孤児院で料理の勉強をするためにたくさん食べて、子供たちと遊んで運動をしていたから。
“ソニア”の事は噂程度に知っていたが姿を見たことがない。
ペグートン・マーニュ(14)
王都の学校に通う学生。学園長の娘のうち次女からのひ孫。いつもはゆったりとした服装をして、王都の住人として言葉遣いを気にしている。お嬢様らしく振る舞っており、しかし逆に世情には疎くニーナの事も見ただけではわからなかった。孤児院での手伝いをして料理の腕が上達し、それだけでなく子供たちと遊んでいるうちにスポーツが得意になっていた。
“ソニア”について少しだけ学園長から教えられている。