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新しいルームメイトは仏頂面

 声が聞こえる。



『つまりブラックパンツァーは王都に行ってたって事?』



 この声はラウラウ。



『ガッチリ、ガンマンズの襲撃と重なってんじゃん。もしかして目ぇ覚めないのは襲われたから?』



 この声は、知らない。

 なんだか男の気配を感じる声の調子だが、声は女の子だ。



『多分ね。詳しい話は、さっきいたあのー、誰だっけ』



 ニーナだ。すぐわかった。

 ……俺は今どう言う状況なんだ?

 暗くて、それでいて空気が透き通ってる感じがして、広い感覚。深い感覚。まるで水の中に沈んでいるかのような……。



『学園駐屯の軍人でしょ? ライトニングって子とフライヤーって子。あの子らが学園長先生に事情を話してから、次にこっちに戻ってくるって』



 この声はロザリアだ。

 それに姐さんとフライヤーの名前が聞こえた。

 姐さん……姐さんっ!

 そうだ姐さんはどうなった⁉︎

 ぐ、う、動け……動けない!



『そう、その後に詳しく聞こ』


『しかし心配ねニーナ。こんな容態になってしまっていたなんて……』



 ニーナの次にボディアの声が聞こえた。

 相変わらずボディアの声は優しい。何も見えないが声だけで彼女の心意気がわかる。俺ではなく、ニーナを気遣っている。

 そういえばニーナに何も言わず出て行ってしまったな……ッ!

 だ、だったらニーナに心配かけてるのか!たった今!

 起きろ!な、なんで起きない!起きてくれ!



『……うん、大丈夫』



 耳元でレッサーベアーの声が聞こえて、頬を触られる感覚がした。

 冷たい手が優しく俺の頬を撫でる。



『なんどもコアの流れも、体の状態も確かめた。大丈夫、そのうち起きるわ』


『ほっ、よかった。同級生から死人が出たなんて洒落にもならないわ』



 レッサーベアーの後に、リリーの声が聞こえた。

 二人とも優しい声だ。

 しかしそばにいると思われるレッサーベアーの雰囲気が少し落ち込んだ。



『ただ……この子の“心”が不安定だと感じた。専門的な事は言えないけど、多分、彼女の中で“心”が不安定になってる……なんだろ、この感じ』


『……“心”、ね』



 ラウラウの呟くような小さな声が聞こえた。



『ねぇ、もしかしてもう彼女は起きているのではないかしら』



 次に聞こえたのは……聞き覚えがあるけど、誰だろう。

 あ!

 思い出した、ロミロミだ。借りた服を返しに行った時に話した。彼女もいるのか。

 と言うか随分たくさん周りにいるみたいだけど、ここはどこだ?俺は寝ているのか?

 俺はみんなの見てる中で寝てる?いや……気絶?

 起きられないのは意識がハッキリしないからか!



『どうしてそう思うの?』


『ずっと眠ったように動かないし、鼓動も一定のリズムを保ってる。どこも起きたような様子は見えないけど』



 ニーナとレッサーベアーが言う。



『勇者のコアパワーを与えられ、王都の医者もオーケーを出した。つまりは私たちが考えてる以上に彼女の体は万全のはず。外傷もどこにもないしね。つまり体は動かないとおかしい、けれど鼓動すらも変化なしに起きないとなると……』



 ロミロミが考えを述べていく。



『……もしかしたら心は動いてるけど、体が動かないのではないかしら。例えるとエンジン自体は動くけど、自動車と接続が悪くて車を走らせられない……みたいな』


『接続? 心と体が離れてるとでも言いたいの? 彼女の中で』


『まあ予想だけど……乖離してるとでも言うのかしら』


『どうして心は動いていると?』


『何となくだけどさっきから、私達の会話に反応している気配がする。体の動きや、心臓の鼓動じゃなくてその……』


『ああ……』



 ロミロミとレッサーベアーが意見を言い合う中で、ラウラウが何かに気づいたように声を上げた。



『脳波じゃない? 脳を動かすための血は心臓が送り出すけど、さっきも言ってたように体は正常なんだから常に血は脳に送られてるはず。なら』


『なら脳は動いてるかもって事か』


『脳が死んでも心臓が動いたり、心臓が潰れても脳が動いたりする事があるそうよ。さらには絶命した後も記憶した動きを体が勝手にするとか。人体は何が起きるかわからない』


『脳が動いても、体がそれに反応していない。やはり』


『心と体が乖離してる状態ってわけ』


『あ!』



 今度はニーナが大きな声を出して、声を上げた。

 それと同時に俺も思い至る。さっきから言われてる心と体の乖離、それに思い当たる節は一つだけだ。


 俺がソニアじゃないからだ。



『何か思い至るものがあるの? ニーナ』


『……いや、だとしてもどうすれば』



 ニーナの悩む声。俺も悩んでる。

 俺が本来のソニアの体の持ち主ではないからそんな事が起きているのだとしても、じゃあ何をすればいいんだと言う話だ。

 そもそもソニアの体になってからこんな事一度も———いや、違う。


 人格の破綻。


 実は今までも、時々自分が女なのか男なのかわからない時がある。まあ微かーな事だけど。

 それにVIPルームの一件での事を忘れていたくらいだ。自分が気づいていない、もしくは目を逸らしていただけで、元からかなり不安定だったのではないか。



『……どうしようもなさそうね』


『やっぱり少し待ってみましょう。こんな大勢から寝顔を覗き込まれてたら、恥ずかしくて起きられないのかも知れないし』


『それじゃ私たちは教室の方に戻ろっか。インパルス先生に無理言ってソニアんとこに来たけど、そろそろね』


『それじゃライトニングさんとフライヤーさんが来るまでの間見ておく係が必要ね』


『……私が』


『ま、そうなるかな。頼むわねニーナ』


『うん』



 沢山の足音が遠ざかっていく。

 みんな出て行った様子だ。

 どうやら俺は部屋に寝かされているみたいだな。王都に行く前に学園長から用意された部屋だ。

 部屋に運ばれて、そして今いたみんなが俺の様子を見にきてくれていた。

 果報者だな。

 残ったのはニーナだけか。体のすぐそばに誰か……ニーナが近づく気配がした。



『ほんと、バカね。勇者蹴った時もそうだし、ガーリックに挑んだ時も、デットを誘い出した時も、ほんと無茶ばっか……私に何も言わず』



 ニーナ……。



『まあ、でも、寂しいとかはないから……いやごめん。何も言わない病人に個人的な愚痴をぶつけて、私がバカみたい』



 くっ!動け!

 動けるんなら動けよ!



『聞こえる? 話聞こえるかしら……今部屋に来てたのはね、レッサーベアーと、ラウラウと、ロミロミと、レッサーベアーの彼女って言うリリーと、ミウルと、ロザリアと、ボディア。あとここに来る前にライダークがソニアの容態がどうなってるのか後で教えて欲しいって言ってきた』



 ミウル?確かCクラスの女の子だっけ。話した記憶はないが、どうして俺のところに?

 いやそれより、ライダークか。そっかアイツが俺の容態を気にして……へっ。

 変な感じだな。

 ふつふつと何かが湧き上がってくる。これは多分闘争心。アイツにいつか勝ちたいと言う気持ち。



『それからミカライトも一瞬だけ顔を見せに来てた、ほんと一瞬だったけど。あとそれに軍人のライトニングって人と、フライヤーって人。同世代っぽかったけど……あとそれに副官って子達。たーくさん来てたわ』



 その様子からして姐さん達は無事なようだな。



『あなたの周りにはどんどん人が集まってくるのね。王族の私が面目丸潰れじゃない』



 ピンポーン。

 話している途中で部屋のインターフォンが鳴った。ロザリアの部屋にいた時は『カランコロン』って言うベルの音だったな。どうやら部屋のインターフォンの音は変えられるらしい。

 いやそれよりも誰だろう。

 ニーナが立ち上がって玄関の方に行き、扉を開けた。



『おはようございます。確か貴女はボルカノン国の……』


『王の姪っ子。そう言うあなたは……』



 声からして多分フライヤーだ。

 さっき言ってた学園長との話を終えてこっちに来た感じか。


 ……あれ?

 なんか、眠気が。



『まだ起きませんか』


『……私に敬語とかいいよ』


『あ、これはこれはお気遣いありがとうございます。では普段通り敬語を使うのでよろしくお願いします』


『……めんどくさそうな人ね』



 2人の会話が遠ざかっていく。

 感覚が消える。

 眠ろうとしているのか。



『ああ……それと』



 フライヤーが何か言おうとしているのが聞こえて、それを最後に俺の意識は深い眠りについた。



ーーー


ーーーーー



「ん、あ……」



 起きたのは窓のカーテンが締め切られている時間帯。夜かな。

 目を開けて黒い天井が見えたのと同時に、ほんのりとバラの香りがした。



「ん、なんだこの香り……って、口が動かせてる?」



 体が動く!

 やっと動ける様になったのかと思い体を起こして、そのまま目を前に向けると———フライヤーの何も身につけていない背中があった。



「え」



 金色の髪が夜中の部屋に、色彩をなくし黒っぽい色合いで薄ぼんやりと見え、左右に揺れて動いている。

 左肩に大きな傷があり、所々小さな傷が見えるほかには真っ白で綺麗な背中。背骨に沿って上から下に窪みが伸びて、下の方に視線を向けると横に広がった腰の形と、ショートパンツに包まれた丸いお尻が……、



「えええ!?!?」



 驚いて大きな声が出てしまった。

 背中に腕を回してブラを付けようとしていた途中だったフライヤーが、こちらを振り向く。



「あ、やっと起きたのね」



 俺の大きな声にも動揺せず、冷静にフライヤーは反応した。

 目を逸らす事も忘れて硬直している俺に対して、フライヤーはブラを付け、すぐそばにあった()()()()()()()を羽織るとこちらに体を向けた。


 俺はと言うと、頭の中で色々な疑問が巡っていた。

 なんで上裸だったのか。

 どうして中身が男だと知っているはずのフライヤーが俺のいる部屋で裸になっていたのか。

 そもそもどうして、この部屋にいるのか。



「な、なんで……」


「こういう事よ」



 ポイッと放り投げられたのは、一冊の手帳。

 それは俺の胸に当たると、体の上に落ちた。胸に当たった衝撃で手帳が開き、中を見るとそこには……。



「勇者学園126代目勇者パーティ候補……フライヤー・ドラゴンフライ、って………え?」



 フライヤーのジト目気味な半目の顔写真と共に、そこにはそう書かれていた。この手帳は確か学生手帳だ。俺もソニアのを持っている。

 ていうかこれってつまり……フライヤーが夜中にこの部屋にいて、そして着替えていた理由は……。



「私、学園に入学する事になったの。よろしくね」



 トスン、と隣のベッドに腰掛けながら彼女はそう告げた。

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