放浪者達
学園の北側は湖が広がっている。
夜。湖からモーターボートが走って来て、学園の港に着く。そしてボートの上で五人のフードを被りローブに身を包んだ、正体不明の男達が拳を突き合わせる。
「学園の戦力。教師陣と高校三年生の実力者を調べた。我ら5人で制圧できる。問題は学園長グラン・スラダイクのみ。行こう、ガンマンズの名の元に」
「「「応!」」」
「ヒヒッ」
一人、肩を震わせて耳障りな笑い声を出した。
彼らは桟橋を走り、広大なグラウンドを駆け抜ける。そのスピードは自動車も顔負けのスピードであった。あっという間にグラウンドを横断し、校舎まで着いた彼らは別々の方向へと散開する。
一人は寮の方へ、二人は校舎内部へ、残る二人は校舎の外をぐるっと回り込んで正面玄関を目指す。
彼らは元この学園の生徒だった者たち。勝手知る母校、超高速で移動する彼らの目指すのは学園長室。彼らの狙いは学園長の命だ。
「キヒヒッ、まずは私が子供が寝静まる寮で陽動を……」
寮へ向かった一人が、担いでいた『大筒』を取り出して両手に持ち、寮の壁に向ける。
ここで爆発音が起きれば学園長が出てくるはず。そのつもりで放とうとした瞬間、真上から何者かが飛びかかってきた。
「寮の屋上からッ!」
咄嗟に大筒を放り捨てて、我が身第一に素早い身のこなしで大きく飛び退く。
そして襲いかかってきた人物を見る。その顔は学園に攻める際に前情報として調べていた学生のうちの一人。三年の実力者四人を合わせて四天王と呼び、そのうちの一人だ。
鎖鎌を持ち、大筒の男に向けて振り下ろした鎌の先が地面に突き刺さっている。
「鎖鎌。確か名はガーヴァ・キルトシュ、南の大陸から来た蛮族ってところですかな」
大筒の代わりに、手にナイフを持った男はガーヴァに向かって投げつける。
だがそのナイフは、横から振り下ろされた十字型の鈍器によって撃ち落とされた。
「また新たな……」
それをやったのは、またしても三年生四天王の一人クロース・サンクチュアリ。十字の形をした珍妙な鈍器を武器にする、金髪の少女。
「おやおや。いいのですか? ここで大怪我を負うと今世の勇者との旅立ちに支障がでるのでは?」
飄々とした感じで相手を挑発していく。
しかし内心時間がないと焦っている。仲間がすでに校舎に侵入しているのだ。早く陽動を行わないと自分が考えた計画が……と、そこまで考えて何故今目の前にいる二人の少年少女は自分の目の前に現れたのかと考え、そして答えに至る。
「……なるほど。先に我々がここに攻めてくると知って待ち伏せていましたか。情報元は———グリッドハウスさんでしょうかねぇ……チッ! 彼の方は我々の拠点に来た時、食糧を全て食い尽くした。まるでそれが当然であるかのように。我々が操れる人物ではなかったか」
ビュン!と飛んでくる鎖鎌を躱す。
その時、不運にも身を隠していたフード付きのローブが刃に引っかかって脱げてしまった。
現れたのは細い体に、細長い顔、そして全身筋肉増強機能のついた最新鋭のスーツを身に纏っていた。彼は転がりながら落とした大筒の元まで行き、それを拾い上げて寮ではなく校舎の方に向かって発射した。
誰にも防がれないそれは校舎の壁に着弾。
勇者の仲間を育てる学校だ。生半可な威力では壊れない。派手な爆発音の割に、壁に煤を作るだけであった。だがそれで十分。
ガーヴァとクロースの二人の意識は完全にそちらに向き、その隙にナイフを取り出してクロースを切りつける。
重い鈍器を持つクロースはそのスピードに腕を構えて、切られても良いので防ぐしかない。ガーヴァも鎖鎌だから距離のある場合、鎖を回す動作が必要なため攻撃まで時間がかかるし、最悪クロースに当たってしまう。
結果クロースの腕がナイフで切り付けられ鮮血が飛び散る。
「ぐうっ!」
悲鳴を上げるクロースにさらに追い打ちをかけて、細身の襲撃者は腕にナイフを深く突き刺しつつ、2本目のナイフをクロースの腹に刺した。
「アアアッ! ぐっ……がああああ!」
だがそこは四天王。腹を刺されて力が抜けるはずだが、逆に渾身の力を込めて武器である鈍器を片手で持ち上げて殴りつける。
それを躱すために刺したままのナイフから手を離し、距離を取った彼の元に鎖鎌が飛んでくる。仲間に当たる心配がないため鎖鎌を投げつけたのだ。
が、鎖は細身の襲撃者が腕を回すことで絡め取られて、そのまま鎖を掴まれ引っ張られる。
ガーヴァは鎖鎌使い、誇りをかけて武器は絶対に奪われない。
結果膠着状態に陥る。細身なのに意外と力の強い襲撃者との綱引きが始まり、分はガーヴァにあるが襲撃者も決して鎖を離さない。
「キヒッ、OBは大事にしなさいな」
OB。それを聞いてガーヴァもクロースも思い出す。彼が自分たちと同じ勇者パーティ候補の一人であった人物である事を。
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一方、校舎の外から回り込んだ二人は校舎入り口前で立ち往生していた。入り口の前に大人である教師陣が立ちはだかっていて、そのうち2名ほど生徒が紛れ込んでいる。
三年生の四天王、ニニラ・ハンスとロメオ・シーラタートル。二人は教師と共に入り口を守っていた。
そんな布陣を見ても、襲撃者は冷静だった。
「……なるほど、どこからか情報が漏れていたか」
「が、あの戦力なら問題ないだろう」
「だったら正体を明かすか? どの道俺らの勇者である葉月の事は知られているだろうし」
「王都でも襲撃が始まっているだろうからな。そして俺たちが攻めてくるのがわかっているのなら尚更」
二人の襲撃者はフードを取って正体を明かした。
その正体に教師たちも三年の四天王も驚愕する。
「あの褐色で黒髪の男は、ロロマカ・ビックバン⁉︎ 111代目勇者パーティの正式メンバー!」
「そしてもう片方の陽舟島人は同じく111代目勇者パーティメンバーのハルオウ・ナガクラ! 勇者井垣葉月がガンマンズだってのは確定ね!」
ロメオとニニラは同時に剣を取り出す。
だがその取り出す一瞬のうちに襲撃者二人は懐まで接近していて、危うく切られるところを教師たちがガードした。
教師に守られたことと、あまりの速さに驚いた四天王だったがすぐに切り替えて、剣を振って切りつける。だがそれは巧みな剣捌きでいなされて、返す刀はまたも寸前のところで教師たちが防いだ。
「生徒たちは慎重に動いてください!」
「我々教師はあなた方を6年間育てた戦士として頼りにしています!」
「は、はい!」
「……あ、足は引っ張らないようにします!」
教師達の真摯な姿勢に心打たれ、役に立とうと気合を入れ直す四天王だったが、勝てるかどうか怪しい。襲撃者は二人とも勇者が選んだ正式な仲間。旅をして魔族との戦いを経験してそれなりに場数を踏み、卒業時点とは比べ物にならないほど強くなっているはず。
すなわちレベルが違う。
襲撃者達は静かに、目の前にいる敵達から意識を外して、校舎内部へと意識を向けた。
「中は大丈夫だろうか」
「まあ寮に行った“アルファN”とは違って、内部の方には俺たちと同じ勇者パーティメンバーが行っている。滅多なことでもない限り」
そう言った矢先の事だった。
集まっている教師陣のうちの一人が校舎内部の方へ振り返り、そして驚きの声を上げた。その驚きは周囲に集まる教師達や四天王にも伝染し、そして最後に襲撃者はその驚きの正体を目撃することになる。
カバーで切先を覆った赤い槍を持った少女が、可愛らしい赤い水玉模様のパジャマ姿で四人ほどの少年少女と青年二人を担いで現れたのだ。
「すみません! 二年生の方々が襲われてて、襲ってた大人の二人は抑え込んで捕まえたんですが……先生! なんとかこの方達の治療をしてもらえませんか!」
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「が、ぐ……あがぁ……」
寮の方へ大砲を担いで陽動しに行った“アルファN”は、三年生の四天王を追い詰めたと思っていたところに、唐突に現れた少女にコテンパンにやられていた。
本当に一瞬だった。張りのある女の子の声が響いて聞こえて、声の出所を見ると寮の屋上からフードを被った小柄な少女がこちらを見下ろしていた。
そして彼女は———飛んだのだ。
アルファNの意識が完全に自分の方へ向いたのを確認した後に、翼も何もなしに飛び上がり、そして真っ直ぐにアルファNに接近し………そこから先は何をされたのかわからなかった。あまりの速さに何が起きたのか脳の処理が追いつかなかった。
「こ、こんなこと、ありえない……! あり、えない……!」
アルファNは“候補”止まりとは言え実力はある。現に三年四天王は倒す寸前まで行っていた。
だが一瞬だった。完璧に身構えていたのにフードの少女に何が何だかわからないままやられてしまった。
ズキズキと全身痛む。何かで身体中を殴打されたようだ。だがそんな事された覚えがない。アルファNが五感で捉えきれないほどの速さでやられたのだ。
「俺は、だ、ダレにやられたんだ……!」
せめて正体を見てやる。
そう思って顔を上げると、もうすでにフードの少女はいなくなっていた。
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「リキュア! そっちは大丈夫?」
正面から襲った襲撃者二人は、校舎の屋上から聞こえるよく通る女の子の声を聞いて、そちらを見上げる。すると屋上にはフードを被って顔が見えない小さな女の子が、綺麗な立ち姿で毅然と立っていた。
リキュア、と呼ばれた赤槍の少女は声のした方を見上げる。
「あ! ええ、大丈夫よ……って、何が起きてるの?」
「その前になんであなたパジャマなの?」
「うっ……ちょ、ちょっと購買にオヤツを買いに……そ、そしたら二年生の先輩方が襲われてるところに出会して……」
「太るわよ」
「あぅ……」
六人もの人間を担いでいた者とは思えないほど弱々しく気が落ち込んで縮こまってしまったリキュア。もじもじしながらバツが悪そうに顔を背ける。
「ま、良い運動もできたみたいだし。ちなみにどうやらガンマンズってレジスタンスだかテロリストだかが攻め込んできたみたい。さっき寮の前に爆発物持ってた変なやついて……そっちの身柄は三年生の先輩二人に任せてる」
「レジスタンス……?」
リキュアは小首をかしげる。そんな彼女のそばに軽やかにスタッとフードの少女が飛び降りてきた。
襲撃者達はフードの少女の話を聞いて冷や汗を流す。
「まさかアルファNがやられた……?」
「それに内部に侵入していたアルファC、アルファDもやられた。二年生の四天王を倒したみたいだが……あの担いできた赤槍のパジャマは……」
「お前ら誰だ!!」
ごちゃごちゃ考えるよりも先に、襲撃者の一人ロロマカが叫んで聞いた。
それに対してリキュアは怪我人達を庇うように前に立ち、レジスタンスと聞いて少し警戒する。
「暴力的な方々に名乗る名前は本来ないですが……私は」
「待って、あなたが親切に名乗っても向こうは教えるつもりないはずよ。だったら無理して名乗る必要ない。代わりに私が名乗っておくわ」
ガバッ!とフードを脱ぎ、少女は正体を表す。
綺麗な白い髪に、赤い瞳。そして幼い顔立ちの中に凛々しいさを内包したその顔つき。
その顔を見てその場にいたリキュア以外の全員の顔が色めき立ち、襲撃者達に関しては驚きの表情を隠しきれないでいた。
「私の名はシルビア・ドーベルマーク」
彼女は鋭くした目を細め、さらに告げる。
「五芒星の筆頭……いいえ、“勇者の娘”と言った方がわかりやすいかしら」