王都襲撃結末
「ヴアアアア!!!!」
「おお」
蹴りを喰らって倒れたダイス。だがすぐに吠えながら起き上がった。
「まだ余力が残ってたか?」
「いい、や」
起き上がったが、どすん、とあぐらで座り込む。
「これは尻拭いのための余力だ」
「ほう」
「気絶して、捕まって、運ばれて、牢屋にぶち込まれる……気がついたら知らない間に別の場所に移動させられてたなんて俺のプライドが許さない。牢屋と処刑台に向かう足は俺自ら動かす」
ダイスはもう戦う気は無い。
フライヤーに切られた目と視界は治ったが、周りの皮膚の治りが遅い。恐らく跡になるだろう。ギザギザに広がった傷跡。
ジュピターは鼻で笑った後、『バンブーガジェット』を消す。
「ふっ、そうか。いや……そうですか。貴族に戻る気は無いと?」
「グランさんと袂を分つと決めた時から、もうそんな考えは無かった」
「できれば貴方はずっと、この国の目標であって欲しかったですよ」
ジュピターは数歩歩いてから立ち止まり、歴史の授業で勉強したことを思い出す。
「かつて100年以上前の話、まだ勇者がいなかった時代……その時魔族達と戦っていた戦士は、“ハウス”の名を冠する一族達……現在はエンシャントヒーローズと呼ばれている所謂、古代の勇者達」
「ふん」
「そして勇者が来てからも、初代、二代目、いや数代に渡ってあなた方は勇者にとっての師匠だったはずだ。魔族と戦う方法を教える師匠。そのおかげで勇者達は戦いながら生き続け……今がある。今俺らが生きられているのは間違いなく、あなた方一族のおかげだ」
また数歩歩いてから立ち止まる。
「しかしハウスの一族は100年経った今、廃れ、もう数えるほどしか残っていない。国を守るために戦った先代達はもう必要ない時代となった。勇者への代替わりを迎えて……しかしあんたはそんな中でも、強く、逞しく、実力と野心だけで貴族にまで登り詰めた。その姿は俺にしたら勇者に思えましたよ」
「ふん……俺は、お前に殺された身だ。戦意を無くした。死人に口はない」
「ああ、俺はかつての勇者の骸に話しかけている。先人を弔い慈しむ文化は、日本から来た勇者達が持ち込んだ」
「………」
ダイスの切られた跡により赤く染まった左目の瞼が、ほんの少しギュッとしぼんだ。顔の動きはそれだけで、後は何も語らない男に戻る。
ジュピターは置いていたヘルメットを持ち上げ、脇に抱える。
そして神殿の方へ目を向ける。すると向こうから勇者巻島がやって来るのが見えた。ダイスの身柄は彼に預ける事にした。
「なあ」
「ん?」
するとダイスが思いついたように、声を上げて、話しかけてきた。
「伝言を頼めるか、銀髪の勇者に」
(……勇者?)
「『また理性ある時に決着をつけよう。せっかくこのダイス様をぶん殴ってぶっ飛ばしたのに、記憶にないんじゃ誇ろうにも誇れないだろう』ってな」
「……ぷっ! ふっ、ははは! ああ、あんたが牢屋から出られる目処が立てば、伝えておきますよ」
笑い飛ばしてから、ヘルメットを被り……思い直してヘルメットを外してから深く頭を下げて礼をして……またヘルメットを被って立ち去って行った。
勇者巻島とすれ違った際、彼の目に決意の光が見えたが、ジュピターはそれに突っ込むことはしなかった。
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———陸軍王都支部基地前
「東側からもガンマンズと思われる数人の正体不明の者たちが襲ってきたのか。でも結局井垣さんも哲郎も出てこなかったな。しかし……まさかダイス・グリッドハウスが反逆するとは」
仁科は、足元に縛って座らせている2人の“敵”を見下ろしながら、小原からの報告を聞いていた。
小原は神殿で戦ったという東雲斎斗からダイスが国を裏切ったと報告を受けていた。
「『勇者召喚』……それに対する不安や、危機感を持ったもの同士が組んだってわけだ。もっと早くに警戒するべきだったよ」
「……そうですね、小原さん」
捕まえた2人の“敵”は北側に現れたフードを被っていた襲撃者だ。今はフードを外されて正体がわかっている。
小原はその正体を再度確認して、ため息を吐く。
「115代目勇者パーティの剣士、ラード・ジャックマン。ブーメランを使ったようだが、剣士だと悟られないための偽装か。そして113代目勇者パーティの銃使い、キリト・シーラボール。まさかこの2人がガンマンズだとは思わなかったが……」
ガンマンズのリーダー井垣葉月は111代目。
仲間と思われている笹村哲郎は114代目。
ラードが仲間としていた115代目は今回新しく出てきた。
「こいつらは“候補”とは違う、勇者と密接に関わる選ばれし仲間達だ。115代目と113代目の勇者達がガンマンズにいるのか?」
「まだそう決めつけるのは早いです。ですが、彼らがここにいる意味は……考えるべきでしょう」
「しかしよく捕まえられたな」
「それは仁科の功績だ」
勇者たちの住む住居区域の様子を見てきた英雄が話している2人と、捕まえた“敵”の2人の元へやって来ながらそう言った。
「この2人は俺と戦わずに北の町へ逃げていった。一切戦わずに逃げたその姿を見て、仁科はすぐさまこう推察した。彼らの襲撃は囮で、本命はあの人の集団の流れの中に入り込んでいて、王都に入り込み済みだと……」
「だから俺と巻島さんは連絡を受けすぐさま勇者居住区の警備の強化をした。そして一方で……」
「仁科は俺にこう指示した。囮のコイツらを追いかけろと。本来なら内部に侵入した者を探すのが先だと、俺は思った。そばにいた軍人達も同じことを思っていた。だが仁科はその逆、囮として陽動に来て逃げる2人には必ずどこかしらで“落とし所”を見つける必要があると、心の安らぐ、任務が達成できたと言う成功体験を感じるための安全地への逃亡が必要だと……その安全地に逃げ込んだ気が緩む瞬間が、捕まえる最大のチャンスだと」
「それで二時間ほど追いかけ続け……」
「キングフィッシュにも仁科のパーティ仲間が潜伏していた。秘密裏にな。挟み撃ちされて街に逃げ込めない彼らは、途中の道外れの林の中に入り込んで隠れて、安心してたところを見つけた。狙い通り戦闘もなく簡単に捕まえられた」
「それで見事、情報源を得られたわけだ。だがヒデさん、何を聞く? 聞くべきはガンマンズの構成員の数と正体、俺はコイツらの拠点がどこかを吐かせたいが……まあ今回の件のおかげで大方、予想はついてるが」
「いや、2つの質問と、1つの注文をしてから逃す。構成員や居場所に関して聞いてしまえば、もう井垣達も退くに退けなくなる」
小原は仁科に目を向け、仁科は大きく頷いた。彼も了承済みというわけだ。
小原は……ソニアの姿を思い出し……そして一応聞く。
「逃す? 拷問は俺も好みではないが、そんな状況でもないだろう」
「本来勇者は敵対するべきではない。だが、自分達の思う信念や疑問を抱えたまま従えと言うのも、無理強いはしたくない……俺はスタンスとして井垣や哲郎と敵対したくないと言う姿勢を取り続ける。だからこそ逃す」
「……で、二つの質問ってのは?」
捕らえた2人の背後に仁科が回り込み、その肩に手を置く。2人は仁科を見てから、英雄を見上げる。
彼らの目には何も映らない。何の意思も見えない……その瞳に、英雄が映る。
「二つ分の質問だ。井垣と哲郎は元気か?」
「「………!」」
ラードとキリトはその質問に、目を大きくして驚いた。
「ふっ、元気そうだな。いやそれだけでいい。お前らのその反応だけで分かった。それじゃあこれからするのは俺の注文……お願いなんだが、もう無差別に人を攻撃するのはやめて欲しい。俺だけを狙えというのも、苦か。でも攻撃するならキチンと相手を選んで欲しい。帰りたいという想いは俺も持ってる、だからこそ理性を失いケモノに落ちるお前たちの姿を見たくない」
「………」
「…………」
「それだけだ。よかったらあの2人に伝えておいてくれ、俺からの言葉だと。それじゃ、仁科、小原。俺はコイツらを責任持って逃して来る」
腕を組んで聞いていた小原はそれに頷く。
「ああ、逃すなら東側から逃してやれ。コイツらの本拠地はそっちの方角にある」
「どこにあるのか予想ついてるって言ってたな」
「ああ」
そうして英雄は2人を縄で拘束したまま、両肩に担ぎ上げて東の方へ行った。それと入れ替わりで巻島がダイスを連れて現れた。
ダイスは縛られておらず、自らの足で向かって来る。
「巻島さん、なんで……」
縛ってないのかと仁科が聞こうとして、巻島が立ち止まった時にも、ダイスの足は止まらず、脇目も振らず陸軍の軍事基地へと真っ直ぐ歩いて行った。
「……縛ってないんですか?」
「自分で捕まりに行くとさ。半信半疑だったが信用して良いみたいだな。んで小原、学園の方の軍人と……アイツは?」
「“七階級”フライヤー並びにライトニング、その副官アキツ並びにオシリンとオシラーゼ、そして傲慢野郎。全員俺の勇者の分け与えるコアの性質でコアを与え、完全治癒させました。アイツらの事も俺の責任だから」
「颯太は」
そう聞かれた途端小原は悪魔みたいにニヤリ、と口角を上げた。
「聞きます?」
「……いやいいわ。なんか聞くとやばい気がした」
「ちなみにショコラとエクレアは学園の給仕係に転職させときました。後で学園の軍人達を帰すときに一緒に向かわせる。だが一つ問題が、いや二つか」
「なんだ?」
「一つは俺の勇者パワーでも傲慢野郎が起きない事。まあ起きないだけで傷は治ってるんで大丈夫だと、軍所属の医者も、病院から来てもらった医者も言っていました。あとはアイツが自らの意思で起きるのを待つだけ」
「もう一つは?」
「仁科」
小原は仁科に報告を促す。仁科は頷いてから、話し始める。
「勇者学園に襲撃があったそうです、ガンマンズの」
「はあ⁉︎」
「だが攻めて来た全員、生徒によってやられた」
「生徒が? 戦って勝ったのか? 学園長とかではなく?」
「ええ。学園長は井垣さんや哲郎が出て来るのを警戒して戦えず、代わりに高等部二年三年の四天王と呼ばれる実力者達が戦いましたが手も足も出ない中で———五芒星のうちの2人が制圧したらしい」
「五芒星! 126代目か!」
小原が話を受け継ぐ。
「また126代目だ。勇者蹴り、ギブソン・ゼッドロックの勇者への反抗と学園からの自主退学、そして今回の一件。さらにはちょっと前に魔王の力を使う奴を五芒星のうちの一人が捕まえたと報告があったが……」
仁科、小原、巻島は朝倉颯太を思い浮かべた。
「なんだかアイツの代は目立って強いな」
「……巻島さん、小原さん、一度試す必要があるかも知れません」
「試すって、何をだ? 仁科」
「時代」