ジュピター・スノーホーク
「ホーネットさん、そいつ任せていいか」
「え?」
ジュピター、そう名乗った緑髪の軍服の少年。彼はソニアを指差す。
大事に大事にゆっくりとヘルメットを地面に置き、そして改めてホーネットに向けた目は少し優しげだった。
「そいつは同級生なんだ。死なせたくない」
「しかし、ダイス殿は……」
「その人は俺の“憧れ”の一つだ。俺がもらおう」
ホーネットは鯖折りにされて丸められたソニアを見てから、頷いて、彼女を抱き上げて、コアで治療しながら駆け去って行った。
「……憧れ、か。この俺の与太話でも聞いたか」
「かもな」
湖のそばにある王都の街。
風が吹き、ダイスの貴族服のジャケットを揺らし、ジュピターの軍服ジャケットを揺らし、吹き抜ける。
「その軍服はなんのつもりだ?」
「その貴族服もなんのつもりだ?」
「へっ、父親に憧れてって事か?」
「ロマン」
ポキ、ポキ。
ジュピターは指を鳴らし、首を鳴らす。足元には傷一つ付いていないバイクヘルメットが置かれている。
「俺はロマンに生きる。勇者達の世界ではローマチックというのが、夢を見るという意味合いでロマンという言葉が出来上がったらしいな。良い言葉だ、ロマンチック。けどアンタは逆だろ? アンタはロマンとは真逆に生きている、現実に生きている。だろ?」
「……」
「実は俺も学園長から送り込まれた身だ。遠慮はいらねぇ、アンタ相手に加減なんて元より出来ねぇしな」
「ふん、俺のことを言ってるつもりで、その実お前が存分に戦いたいだけだろう」
「126代目代表としての初の戦績になるだろうからな。胸を借りるつもりで思いっきり行く、アンタの胸はデカいしな」
「へっ」
カチャ、と剣を真下に向け。街灯の光が刀身を滑る。
ジュピターもジャケットを風に乗せ、広げて腕を伸ばす。
一騎打ち。
瞬間、ダイスの切られた目の周りの傷、そこからギザギザに血が噴き出した。かと思えばその一瞬のうちにジュピターの懐近くまで接近していた。
それに完璧に反応したジュピターは、ダイスの顎を捉えて蹴り上げる。
それをダイスは身体を軽やかに回転させ、躱すと、返しで剣を振る。
ジュピターの身体に当たる……と言ったところで、カコンッ、と小気味の良い音が鳴った。
(何の音だ?)
ダイスは疑問に思う。腹に当たると思っていた剣は受け止められた。ジャケットに隠れていて何に受け止められたのかよく見えない。
ジュピターの腕が腹を守るように差し込まれているが、腕で剣を止めたわけがない。何かある。
それが何か確かめるために後ろに下がろうとした。しかし飛び退くために踏み込んだ足を上から踏んづけられた。結果飛び退くため後ろに傾けていた体がつんのめり、一瞬だけ大きな隙を作ってしまった。
その一瞬を見てジュピターは肩に羽織っていたジャケットを投げて、ダイスの顔を覆う。
(切られた目が治りかけてたってのに!)
視界が遮られた。ジャケットを取っ払いたかったが、しかしジュピターが動いた気配がした。咄嗟に感覚だけで相手の位置を察知して剣を振る。
だがまた、カコン、と小気味の良い音がしたかと思うと防がれていた。
(この音……)
聞き覚えがある。
そう思った時間は短く、次の瞬間には腹に一撃をくらい思考が飛ぶ。
だが腹に食らった一撃の感覚が脳に達した時、ダイスは答えを導き出した。
(この一撃、丸い何かを思いっきり押し込まれた。だがこの感覚は……この感じ方は、円を感じるこのダメージ感覚は……!)
体を回転させて剣を振り、そして元の向きに戻る前にジャケットを取っ払って視界を取り戻す。
目の前に一瞬映ったジュピターは、手に何も持っていなかった。ジャケットを拾うために走り出していて、そのスピードからほんの一瞬だけ見えただけだが、確かに何も持っていない。
だが何か使っているのは確かだ。
何を持っているのか、ダイスはすでに答えを導き出している。ダイスの放り投げたジャケットを拾って羽織り直しているジュピターに剣を向ける。
「お前、“竹”を持っているな」
植物の竹。
さっきから鳴る音も竹の音。
そして腹に食らった一撃の感覚も、節目を切って落とした竹の先は円形の凹みができる。さっき感じたダメージ感覚はそれだ。
スッ、とジャケットの隙間から伸びたジュピター手にはいつのまにか、竹が握られていた。手のひらサイズの一個の竹。
「……そういえば聞いたことがある。昨今コアでの植物生成技術が流通し戦いで使われていると。
火や水に作り変えることができるコアの性質上で、昔からなぜかできないことが一つある。それは植物の生成、厳密には生物の生成。ヒマワリだろうと犬だろうと生きる動物は作り出せない。
が、最近になって植物ならコアで生成できるようになった。その最先端の技術を使っているわけか。お前が!」
「ふっ」
ジュピターは軽く笑うと、持っていた竹を横に構えた。
すると竹の片方の先端からポコン、と可愛い音が鳴った。その音と共になんと竹の先から同じサイズの竹が伸びていた。
しかし向きがおかしく、円形の凹みに合わせて竹が伸びるのではなく、ツルツルした側面が凹みに合わせてくっついていた。
そしてさらにポコン、ポコンと可愛い音が鳴り、どんどんと竹が伸びていく。
その作られていく形を見てダイスは何が作られているのか気づいた。
「それは、トンファー」
ジュピターが元々持っていた一個の竹は持ち手部分となり、伸びた部分はトンファーの形となった。
「『バンブーガジェット』」
くるくると回してみせる。
ジュピターの上腕より長い棒。それを慣れた手つきで操っている。
「なぜ作れる? なぜ生き物を作ることができた」
「本体となる人間に植物を武器として扱い、戦う意思がないとダメみたいでな。まあ俺も苦労したよ」
ダイスは一つ疑問に思っていた。
なぜ先ほど竹如きで自分の剣が防がれたのかと。
確かめるべく攻撃に出る。
アスファルトを抉りながら猛突進し、切り付ける。だがそれを真っ向から受け止められた。
やはり切れない。自分が竹を切れないわけがない。ならばその理由は簡単だった。
「硬さが本物の竹と違うのか! そうか、それはお前がコアで作り出したもの。性質変化も可能なのか」
ジュピターはダイスの剣を竹特有のツルツルな質感を利用して滑らせるように位置をずらしていなし、そのまま横に抜けて、真横からダイスを蹴る。
それをダイスは低めの位置の横切りで対応。
足元に来たそれをジュピターは体を回転させながらジャンプして躱して、その回転させた勢いのまま飛び回し蹴りに移行。
だが蹴りが当たる寸前で足を止め、蹴りが来ると思って身構えていたダイスに動揺の隙が生まれた。そこに回し蹴りのための回転力を利用してトンファーでぶん殴った。
顔に竹がめり込み横合いに吹っ飛んでいくダイス。
ジュピターが地面に着地したと同時に、ダイスは吹っ飛ばされた先で地面を蹴り、着地を狙って剣を切りつける。
それを体の後ろに回したトンファーで受け止め、ジュピターは再び飛び上がり、今度は飛んだ回し後ろ蹴りで、かかとをダイスの顔面にぶち込んだ。
顔面の片側は竹、片側はかかとをぶち込まれたダイスは両頬に赤いアザを作る。
しかし今度は吹っ飛ばされなかった。力を込めて踏ん張っていたからだ。そしてダイスはそのまま頭突きする。飛び上がって着地する前だったジュピターに向かって。
それに対してジュピターはトンファーを一度投げて手放し、体の前で両腕をクロスさせて頭突きを防ぐ。そして足で踏ん張ってその場に留まり、トンファーをキャッチし返す刀でまたも顔面に竹をぶち込んだ。
今度は突き出していた額に向かってぶん殴り、カコンと気持ちのいい音が鳴った。
しかしダイスの方は気分のいいものではなく、何度も殴られて頭の中がぐらついていた。体がふらつく。
「ぐ、おお……」
ふらつくままに体を倒し、そして細剣をアスファルトにぶっ刺した。そして足を地面から離して体重をかけると剣がしなる。
重々しいダイスの体重をかけられた剣はバネのように押し込まれて、元の形に戻ろうとする力を利用してダイスは自分では出せないスピードでジュピターに接近。まるで投石器の石のように飛んでいく。
発射装置として使った剣はアスファルトに刺さっていたが、いつのまにかダイスの手に握られている。コアで作った剣だからいくらでも出すことが可能。
剣を振りながら勢いよく飛んでくるダイスに、ジュピターは竹トンファー『バンブーガジェット』で応戦。竹で剣を受け止めつつ、体を横に移動させながら威力を軽減させつつ、横に躱す。
ダイスの体はそのまま真っ直ぐすっ飛んで行くが、その先でまた剣を発射装置にして飛んでくる。
諦めず何度も何度も飛んでくるダイスに、ジュピターも何度も何度もいなしては躱していく。
縦横無尽に巨体を飛ばして攻めるダイス。その威力はただいなしていくだけでは対処し切れず、ダイスの重い体重にどんどん押されて、ジュピターは後退するしかなくなる。
しかし遂にはジュピターの逃げ道がなくなってしまう。後ろに下がろうとしたら、足が何かに当たってこれ以上退がれない。
見るとダイスが発射装置にしてアスファルトに刺しっぱなしだった剣がジュピターを足止めしていた。ダイスは計算してそこまで追い詰めたのだ。
(だが横に躱せば……)
剣を避け、飛んでくるダイスも横に移動して躱した……———そんなジュピターに何本もの剣が円形に回りながら飛んできた。
それはジュピターが足止めに使われた剣以外の、全ての剣が結集して飛んできている。
「これが本命か!」
横切りに飛んでくる剣を一つずつトンファーで落とそうとするが、回転が速く間に合いそうもない。なので2本目のトンファー、『バンブーガジェット』を持っていない片方の腕に作り出す。
素早い腕の振りで撃ち落とす。
全て撃ち落としたのを確認したのち、ダイスはジュピターに後ろから切りつけた。トンファーを振っていて、ちょうど竹の長さが足りず、ジュピターの身体に当たる位置に切りつけた。
しかし、カコン、とまたしても小気味のいい音が鳴る。
「完全に捉えたはずだが……」
見ればジュピターの持つ竹のトンファーの長さが変わっていた。伸びた部分で防がれていた。
「伸縮自在か! チッ!」
返す刀で殴りつけてきたトンファーを剣で防ぎ、思いっきり押し返して相手のバランスが崩れたところに、ショルダータックルを懐に喰らわそうとした。だがそれも防がれていたトンファーとは別の、もう一つのトンファーが横殴りに飛んできて、肩を殴りつけられる。
肩を少しずらし、殴りつけてきたトンファーの軌道をずらして殴り抜ける形で肩から離し、その一瞬の隙に剣を投げつける。
投げた剣は防がれたが、大きく距離を取ることができた。
「……ふ、ふふ、なるほど。俺は負けるのか」
小さく笑い、肩を振るわせ、しかし剣は握って離さず。ダイスは冷静に自身の敗北を悟った。
「弱音は聞きたくなかったな」
「これでもプロだ。親から受け継いだ戦闘技術が言っている、俺は技術的にお前には敵わない。なんでお前みたいな強いガキが、今になって突然出てくるのかは甚だ疑問だがな……126代目勇者の影響か」
「……その親はアンタが国を裏切ることを望んだのか?」
「知らねーよ、大昔に貴族のボンボンに謀殺されて答えも聞けねぇ」
「ん? その話は聞いたことなかったが、それが原因でアンタは貴族になったのか?」
「いんや、王族よりも人心に近く、そして最も“食”を堪能できるのが貴族だったってだけだ。まあ確かに家族殺されたって大義名分で犯人のやつを引き摺り下ろしてその座を貰いはしたが」
「家族も出世のための道具か」
「違う。家族も、何もかも、この世にある全ては今を生きる俺の“食”を十分に行うための要素だ。森に木があるように、必要で当たり前にある要素だ。だが当たり前にあって当然というものもいつかは無くなる可能性がある。不安がある! だからこそ反旗を翻した、勇者に取って代わり俺が———いや! この王国の人間こそが国の礎となれるのだと証明するために勇者を俺が消してやろうと考えた!」
大きく、腕を広げる。
大きな腹がさらに大きく膨らむ。
「いつまでも、満腹になれる日々が続くわけじゃない!!」
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勇者、藤堂春樹宅。
「ぶひー、食った食った」
腹パンパンになるまで鍋を平らげた、勇者桃哉は腹を撫でて幸せそうに机の下に寝っ転がる。
そんな桃哉を見て、家主の春樹はペットボトルの水を飲み、それを口から離して苦笑いをする。
「食ったんすか、全部。途中から斎斗もいなくなって、最後の方には夜歌さんや日立もいなくなったのに」
「二時間もあれば余裕」
寝っ転がる桃哉の隣には、勇者鞍馬もいてスマホに似た機器『フラン』をいじっている。
テーブルの上を見れば食い荒らされた鍋が二つ。わずかに残った汁と、鍋にへばりついた具のカス。
王都にいる勇者全員、15人分を人数少なかった状況だったにも関わらず平らげた大食漢っぷりに春樹は舌を巻く。
朝倉と緋文は来ておらず、斎斗夜歌日立が途中離席し、そして英雄が来ると思って余分に作っていた分まで食い尽くした。
(苦手、というか嫌いな方の先輩だけど、大食いだけはスゲーって思うよなぁ)
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「手を伸ばせばテーブルの上に食事がある! それが当たり前! そんな時代が来るものか!!! いつかは腹一杯食べられ無くなるその不安、それが俺の原動力だ! 王族が勇者を利用しようとしてゴタゴタしてんのも気に入らなかったし! 国を見限るのに十分だったよ!」
傷で赤く染まる目で、激しく吠える。
彼の言葉を聞いたジュピターは、睨むように目を細める。
「そのための国だろうに。アンタが、あなたが国のために働けば、それはあなたの食事の安定に繋がる。あなた1人がいなくなる損失、国から人が1人消えるという損失、国に不必要な人間なんて本来無い」
「なら勇者の国はどうなんだ! まるで回転寿司のレーンから自分の頼んだ寿司が隣の客に取られるように、アイツらの国や世界から人が1人消えたんだぞ! いつ断られてもおかしくない! いつ勇者が消えてもおかしくない! ……俺らが消えたようにな」
「………それは、俺も常々考えていた。勇者がいなくなる不安は前々からあった」
「なら良かったな」
右手に持っていた細剣を消して、左手にライトニングが持っていたような戟……それも何倍も大きな戟を作り出して、両腕で抱えて持つ。
「俺はお前の、その不安と疑問の化身だ。この俺がどこまで行けるかが、お前がいつか起こすであろう行動の、可能性の、反骨の期待値だ」
ズズズ……と龍の首がもたげるように、ゆっくりと巨大な戟が持ち上げられる。
「……いやぁ、ちょっと違うな」
「あ?」
ジュピターの反論に、ダイスはおかしな声を出してしまう。
カポンッ、と先ほど伸ばした竹トンファーの先が取り外され、節目から先の筒型の竹が、高く高く真上に飛んで行った。そしてトンファーを回し始める。徐々に回転数が増えて行く。
「俺はな、『最強』なんだ。そして最強は比較がなきゃ成り立たない。126代目勇者パーティ候補全員いて初めて俺は最強として君臨できる。誰一人失いはしない、見失う事もしない、俺が王者である証明は『全』が重要なんだ。
しかしアンタは『個』であることを優先したに過ぎない。全てを捨ててここまでした、だが俺は何も捨てることはできない。アンタは自分がずっと生きながらえ続ければ良い。そう考えた結果だ。食切れの不安も、勇者文化の不安も、気持ちはわかるが俺とアンタは優先事項、見ているものが違う」
「反骨心は一切ないと?」
「ないと言ったところで不利益はないが、ま、“やる”ときゃやるが、今じゃない」
「……ふん、逃げているとは断じんよ。ただ一戦交えた俺から忠告しておこう。お前は“優しすぎる”!」
「……………」
「もっと戦う理由を考えろ! 探すのでも、見つけるのでもない! “調査”しろ! 検査しろ査定しろ! 己を知れ! ジュピター・スノーホーク!」
ブシュッ!とダイスの目の傷からギザギザの血が噴き出す。そして巨大な戟がジュピターめがけて振り下ろされた。
「植物は『全』の生き物だ」
カコンッ!
上空から落ちてきた竹が、回転するトンファーによって弾き飛ばされ、ダイスの額に勢いよく当たった。
その勢いにダイスの頭が真後ろに逸れる。そして振り下ろされた戟を軽やかに躱して、接近すると、ジュピターは頭を上げる途中のダイスの頭めがけて蹴り込む。
「【神風】、だったか」
勇者蹴り。ソニアが朝倉を蹴り飛ばしたのと同じ、綺麗な蹴りでダイスの意識を刈り飛ばした。
「気に入らないという気持ちだけで排除しようとなれるほど、無鉄砲にはなれない。ただ……朝倉颯太は気に入らんがな」