ダイス・グリッドハウス
ソニアを投げ飛ばしてフードの男にぶつけ、足止めと朝倉颯太の解放をしたライトニングは、すぐさま自分も追いかけようとした。
が、しかし、背後に大きな気配を感じた。咄嗟に振り返る。自分よりも大きな影、夜中の暗闇で見えにくい。
シルエットからしてでっぷりとした恰幅の良い男であり、服装は貴族のものだと言うところまではわかった。しかし顔が見えず何者かわからなかった。
「……誰?」
ライトニングは突然背後に現れた人物に素性を問うた。
だが大きな影は何も答えない。
「今、私達はレジスタンスの暴動を食い止めるために行動しているわ。邪魔をするなら職務妨害としてしょっぴくけど、よろしくて?」
何も答えない。
イラッとしたライトニングはコアで武器を作り出す。愛用の戟。
「モルガナイト!」
スラッと縦に伸び、先端に槍と同じ刃先を付けて、その槍先のすぐ下の側面に上下に伸びる刀身をつける。
最後に薄い紅色に塗りたくられたそれを掲げて、刃先にコアで作る炎を灯す。
辺りが明るくなり、ずっと不明だった正体があらわになる。
「え……」
その正体を、顔を見てライトニングは驚愕する。知っている人物だったからだ。
「だ、ダイス・グリッドハウス……⁉︎ なんでこの場面で出てくる⁉︎」
悠々とした出立ち。夜風に揺れる短い金髪に、大柄の体格にでっぷりとした腹。
彼は無表情でライトニングを見下ろしていた。
その敵意も何もない瞳を見て、咄嗟に後ろに飛び退いて距離をとる。
意外……と一瞬思ったが思い直す。ここで彼が出て来た理由が想像できたからだ。
「エンシャントヒーローズ……“古代の勇者”……なるほど、転移反対派のガンマンズと手を組んだか!」
「グランさんが送り込んだのが貴様か? “七階級”の軍人」
やっと声を出した。
「グラン……学園長?」
ライトニングは思い出す。確かに勇者学園の学園長、グラン・スラダイクと目の前にいるダイス・グリッドハウスは年は遠く離れているものの友人同士である。
しかし送り込んだと言うのは一体なんなのか。そもそも……。
「勇者学園の学園長が友達なのに、なんで、ガンマンズに加担を!」
「友は友。我が栄光のために……そして我が“食”のため、離心も致し方ない」
そう言って彼の太い手にいつのまにか細い剣が握られていた。
腰に鞘は見当たらない。コアで作った剣だ。
手に握って太った体と並ぶからかなり細く見えてしまうが、横に切れるほどの両刃刀身が見える。
(……正直、勝てない)
“七階級”程度では、ダイス・グリッドハウスには勝てない。
この人物の実力は広く知れ渡っている。
恐らく“三階級”のベテランの軍人でも勝てるかどうか怪しいレベル。
一見あの太ましい身体と、細い剣からは想像できないが……エンシャントヒーローズの名は伊達ではない。
「……戦う前に目的を教えてくださらないかしら」
「死人に口無し」
ドンッ!と地面を蹴る大きな音がして、ダイスの足元のアスファルトがそれで削れたのを目視した瞬間に、ライトニングは地面に炎を纏った戟の先を叩きつけて自身を横に吹っ飛ばす。
それでダイスの突きの攻撃を躱した。
「私が軍人で、殺せばもう貴族の居場所が無くなるのに、それでももう止まらないってわけ!」
「ああ」
短く答え、また突進してくる。
だがライトニングも同じ手は食わない。横に避けた先には、神殿に登るための階段がある。咄嗟に避けて階段に剣の先をぶつけてやろうかと考えた。
しかし避けるタイミングが早すぎた。ダイスの剣が階段に当たる前に止められた。
けれどライトニングも、止まった剣に合わせて戟を地面スレスレからダイスの剣に向かって振り上げる。
細い剣と重い戟の激突だが、しかしガイン!と剣で受け止められ、刀身同士がぶつかり合う。本来なら細い剣がぶつかれば吹っ飛ばされるか、折れる。だがダイスの持つ剣はそれどころか押し返している。
(やはり力は向こうが上か)
炎を纏っているライトニングの戟。
その炎をダイスの剣の方に移して、そのままダイスを燃やそうと考えた。
だが一息に戟を弾き飛ばされて、そして炎は素早い剣の振りだけで消された。
右手に持った戟を横に伸ばし、左手で炎を作り出す。
「『ファイアロック』!」
手に炎を宿し、それを地面に叩きつけて相手の足元半径1メートルに枝分かれした亀裂を走らせてそこから炎を噴出。
炎の足止めだ。
そして右手の戟を両手に持ち替えて、大きく後ろに伸ばす。ゴウッ!と炎が大きくなる。光る炎がライトニングの背にある光景は、さながら蛍火のよう。
「『ニトロ」
突進し、そして相手との衝突のタイミングで戟を一気に前に振る。
「———インパクト』!!」
衝突と同時に火炎が破裂し、衝撃がダイスを襲う。
が。
素早く突き出した連続の剣撃が、炎を霧散させ、そして戟を弾き飛ばした。
そして瞬刻、ライトニングの首が掻っ切られた。飛び散る鮮血、ぐりんと白目を剥き膝から倒れるライトニング。手に持っていた戟は消え去り、炎も無くなった。
暗闇に戻った中で、ダイスは静かにライトニングを見下ろす。
「……なるほど、皮と肉は切らせたが、血管や脊椎は咄嗟にコアを集中させて防御したか」
血を吐き、咳き込むライトニング。
「ヒュー……ヒュー……」
彼女の命は、首の皮一枚繋がった状態だが、しかし虫の息だ。徐々に光が消えていく瞳。
そんな彼女の、切り裂いた首を無造作に片手で掴み上げて、身体を持ち上げると、そのまま神殿の階段を登った。ぷしゅっ、ぐしゅっと首の肉が潰れて血が噴き出る音がするが意に介さない。
「手や足を切ったところでコアで治される」
だからこそ首を持って、潰しながら、ダイスは目的を優先して動く。
「目的は神殿。その破壊だ」
「え……」
「なっ……」
神殿にいたフライヤーとアキツは、突然現れたダイスの姿に驚愕した。彼の姿を見て驚いた理由は、先ほどのライトニングと同じ。
そしてフライヤーはダイスが持つ血まみれで動かないライトニングの姿を見て、目を細める。ダイス・グリッドハウスが敵になると言う驚きはその時掻き消えた。
「……アキツ、死ねる?」
「……ええ。あなたのためなら」
フライヤーは金色の双剣を構える。
アキツは黒色の刀を構える。
「ごめん、でも私の一つの怒りは、死地に向いている!」
出会ったばかりの頃、ライトニングから誘われた“兄弟”の契りを断った過去を思い出す。
その契りに何の意味があるのかとフライヤーは考えて断った。その後にオシリンとオシラーゼが彼女の妹となり、今日はソニアが妹になった。
「私は理屈、彼女は理想……」」
「来ます!」
ドンッ!
ダイスがライトニングの身体を投げながら、突進してくる。
ライトニングの身体はアキツにぶつかり、そして高速で接近したダイスの剣によって、ライトニングとアキツの身体がまとめて切り裂かれた。
剣がアキツの横腹を切り裂きながら、彼女の身体を横に吹き飛ばす。
(ん、どこだ?)
その一瞬の攻防、ダイスはフライヤーの姿を見失っていた。
吹き飛ばされたアキツの体の、背後。神殿の柱にフライヤーは足をつけていた。一瞬でそこまで移動した。ダイスの隙をついた。
「『キリングジョー』……」
タンッ、と柱を蹴りトンボのように高速で飛び、ダイスに接近する。そして金色の剣で切り付ける。
が、最初の一振りはダイスの顔スレスレで躱され、続く二振りは剣で受け止められた。
「くっ……」
逆手に持った細剣で受け止めたダイスは、表情を一切動かさずにフライヤーに目を向ける。
「そのドレス、戦闘に合ってるか? 下から覗かれるのも嫌なのではないのか」
それを言われ、フライヤーは部下と共に倒れているライトニングを見た後、顔をしかめて答える。
「可愛いから!」
足を地につけて大きく後ろに飛び退く。
それに向かってダイスは細剣をぶん投げる。それを躱し、回り込んで、さらに神殿の柱に足をかけて飛び込む。
双剣をX字に構えて、ダイスの間近で足を強く踏み込み、切り付ける。
「『キメラ』!!」
切り裂かれたのはッ———フライヤーの背中だった。
踏み込んだ瞬間に真後ろに回り込まれていて、コアで作った新たな細剣によって背中を切りつけられた。
「ガハッ……ぐ……うう……」
「グランさんは俺を止めるつもりはないのか」
「ラァ!!!」
真横から、神殿に現れたオシラーゼが拳を突き出した。
ダイスはそれを躱し、ツノの生えたオシラーゼの姿を見る。
「? “鬼”……いや、混血か。学園駐屯軍の噂の鬼姉妹か」
ダイスが躱し、逸れたオシラーゼの拳は床に当たる。大理石で出来た硬い硬い床にヒビが出来、壊れ、その衝撃波はそばにいたフライヤーの身体を吹っ飛ばした。
「よくもお姉ちゃんを!」
憎しみのままに振られる拳。
それを、ダイスは、背を向けて左肘だけで受け止めた。
鬼の一撃を肘のみで受け止め切った。
「なっ!」
まさか受け止められると思わなかったオシラーゼは、そのまま身体を一回転させたダイスの振り抜く拳に顔面を叩きつけられ、床に転がる。
と、同時にオシラーゼによって吹き飛ばされていたフライヤーが柱まで飛び、それを足場にして再びダイスに切り掛かった。
が、それも剣でいなされ、顔面に拳を一撃もらう。
後頭部を床に打ち付け、オシラーゼと共に床に転がるフライヤーの目に、涙が流れる。
「よくも、フライヤーさんを、上官を……ぐうっ」
アキツが立ち上がり、刀で切り付けるが、横腹を切られていて動きが鈍い。それも簡単に躱されて、顔面に拳をもらい床に叩き付けられる。
「………」
何も言わず、ただ神殿の柱を切る。その切り口は事件発覚時に見つかった破壊された跡と同じ。
神殿を破壊したのはガンマンズではない、彼だ。
2本、3本と壊していく内に……コツ、コツと靴の音が聞こえた。
(ん? “西”から……?)
ダイスは西の方向を向く。そして気づいて、驚く。
「“西”だと⁉︎」
そちらは王族しか立ち入れない王城のある方向。王城に繋がる西側の渡橋。勇者ですら入れない禁止区域だ。
そこから足音がする。
戦闘中は一切心の揺れ動きがなかったが、何者が来るのかを想像して緊張するダイスの心境。
キュ、キュッとゴム製の靴底が大理石の床を踏む。青いシャツの上に黒い学生服のような大きなボタンのついた前留めジャケットを羽織り、灰色のスラックスを履いた青年。
「なっ……」
ダイスの目が大きく開かれる。
彼の名は、勇者……、
「東雲斎斗……!」
「よお、ダイスさん」
120代目勇者、東雲斎斗。
王城のある方向からやってきたのは、勇者だった。
「なぜ………いや、そうか! 貴様の嫁は“姫”だったな……!」
「ああ、アリレスは世界一可愛い俺の自慢の嫁だ。可愛いだろ」
『フラン』の待ち受けを見せつける。そこには白い頭巾をつけて、顔に泥をつけながらも素敵に笑う黒髪の若い女性が写っていた。
ダイスは思う。斎斗は今ここにある軍人達が血を出して倒されている惨状を見ても、何も疑問に思っていない。動揺の一つもしていないことに気がつく。
「……どうして俺がここに来ると分かっていた?」
「勘」
「勘だと……?」
「ただの勘じゃねーさ。その勘は、俺の後ろ」
斎斗は自分の背後に聳え立つ王城を指差す。
「アリレスの家の近くで起こると言うこと。守るために重要視せざるを得ない勘……男の使命だ。そのために、アンタに“監視”を付けていた。超特別製の監視をな」
「…………そうか」
スラッ、と剣を持った腕を横に伸ばして、ダイスは剣を構える。
「……アンタは王国も手を焼くほどの怪物だ。ここで処理できればいいんだろうけどな」
斎斗が手を広げ、その手の上にコアによる光の粒子が集まる。
それは剣の形状へと変化して、そしてしなやかな刀身を持つ赤い剣へとなった。
「海の大剣、『ユーリプテルス』……」
勇者の剣。
刀身から二股に枝分かれした特殊な形状をする持ち手の柄の部分を横に持ち、構える。
「どうしてだろうな、どうもアンタは殺したくない」
「ならその不細工な剣で首を掻っ切って死ね」
「嫁がいるんでね、それは出来ない」
現代の勇者と、古代の勇者。
2人がぶつかる。
△▼△▼△▼△▼△▼△
そして今。
階段の上から転がり落ちた、傷だらけで血まみれのダイスは、その目にソニアの姿を映した。
「勇者か……勇者なら、死ね!」
斎斗にやられたばかりで勇者に対し、強い敵意を持っていた。その狂気に塗れてそのままダイスは暴走に近い凶暴性を露わにする。
ゆらり、と立ち上がりソニアとオシリンを見下す。
オシリンは神殿を見上げ、目を戻す。
「オシラーゼは! 私の妹は! 上官は!」
「殺した!」
「きっ、貴様ぁ……」
「……? ね、姐さんや、オシラーゼが……し、しん……」
信じがたい話に、現実感を無くしたソニアが絶望に身を包まれ、足が棒のように硬直する。
ついさっきまでカフェや色んな店で会話していた人が、死んだ。
「貴様ああああ!!」
だからオシリンの行動を止められなかった。
剣を出して、襲いかかる。が、それはダイスに簡単に振り払われ、拳で腰をぶん殴られ吹っ飛ばされる。神殿の階段に身体がぶつかって、そのまま気を失った。
「お、オシリン……?」
力無く腕を垂らし、剣を落とすオシリンの姿を見てソニアはさらに呆気に取られる。何が起きたのかすぐにはわからなかった。
だが目の前にいるでっぷりとした巨漢が、敵、と分かった途端に思考が巡る。戦い思考にチェンジする。
「勇者は死ね……!」
剣を振り下ろされる。
剣、普通なら恐怖の対象だ。ライトニング達と共に王都に来る前、車に剣を乗せていたのを見ただけでも、恐れた。
それでもソニアの目は、剣の動きを追いかけた。
が、追いかけようとしたがダイスの動きはライトニングにですら追いかけきれないもの。ソニアにどうこうできるものではない。
剣は無情にもソニアの左肩を切った。
「ぐあっ!」
切られた、と感じた瞬間、尻餅をつく要領で後ろに倒れた。剣が肩から外れて、腕が切り落とされるのを避けられた。
シャツの肩が切られて、ブラの紐も切られた。ズシ、と左胸に乳房の重さを感じる。ブラの支えが無くなり重力に従うようになったから。
切られたブラの紐の下から、傷口が開き、血が飛び出す。
「ぐ、ううう……」
「……ん?」
ダイスは、ソニアの動きに疑問を持つ。
「……勇者だから、と言うわけではない。いや勇者は千差万別だ。としても、今の動き……そしてこの俺が切り捨てられなかった事実……」
ダイスが思考している隙をついて、ソニアは階段の側で倒れるオシリンの元に、四つん這いで走り近寄った。容態を確かめれば気絶しているだけで死んではいない。
死ぬ、という最悪の事態を考えてしまっている自分に、別の誰かになったかのような気分を覚える。
「……いや、一つ仮説を思いついた……」
「はあ、はあ……」
切られた肩の痛みがやっと感じ始めた。ソニアの息が荒くなる。
「コアの流れも見たが怪しいところが多々ある……コアで防御したわけではない、貴様は、“空っぽ”なのではないか? いや容器が先にあるのではない、中身がデカすぎて容器が広がったか……いや違う、中身の大きさを予測した結果容器は必要以上にデカくなり……………ああ、そうか、そう言うことか」
「な、何の話……」
「いや普通の話だ。勇者はみんなそうだからな。我が一族は誰よりも勇者の構造に詳しい。そしてお前に起きている事も、この世界、この土地、この国に生きる人々に起こりうる事。お前は特別ではない、ただの一般人だ!」
段々とダイスが冷静さを取り戻し、勇者によって付けられた身体の傷がコアによって治癒していく。
そして一気に、剣を突き刺してくる。一切の躊躇はない。
「あ………」
心臓を狙った剣先。
死んだ、と悟った。
ぶしっ!
ぷしゅううう!
剣が皮膚を裂き、肉を突き刺して細胞を破壊する。
血が噴き出る。
———ライトニングの背中から。
「え………」
自分に覆い被さるライトニング。
ソニアは彼女の顔を覗き込む。彼女は、血を吐き、首からも血を噴き出しながら、笑っていた。
そこには泣き顔も、死に顔もない。
「よ、よかっ……た……妹、守れた」
彼女は、神殿から降りてダイスの攻撃からソニアを庇った。貫いて腹から飛び出したダイスの剣を、震える両手で押さえ込む。これ以上剣が伸びないように、ソニアに刺さらないように。
「ねえ、さん………」
ぷしゅ!
剣を引き抜いたダイスは、ライトニングを吹き飛ばし、ソニアもぶん殴って遠くにぶっ飛ばした。
ソニアの身体はアスファルトの道を何度もバウンドしながら吹っ飛んでいった。
「……驚いたな、生きていたか。死に直面した戦士ほど恐ろしいものはない、死を乗り越えたゆえに予想以上の強さを得られる。が……その力で、人を守ったか。ふん」
ダイスはつまらなそうに鼻を鳴らし、ライトニングを治すために彼女に手を伸ばし、首の傷と背中の傷を治した所で———思い至る。
「……さっきの銀髪はなんだ? なぜ俺は勇者だと認識した?」
「GURAAAAAAA!!!」
闇夜に獣の吠えが聞こえた。
ドズン!
ソニアが吹っ飛んだ先の方から、鈍い、アスファルトを強く踏んだ音が響いて聞こえた。ダイスがそちらを見れば、アスファルトが砕かれて生まれた砂煙に、ソニアのシルエットが浮かび上がる。
「………GURrrr……」
獣の唸り。
煙が消えるとそこには、猫背となり、目つきが異常なものに変化していたソニアの姿があった。
「……“暴走”? “癇癪”? いや……」
ダイスはライトニングを見下ろす。
「目の前で人が自分を守って、傷ついた。心に過度なストレスを負った結果、心を失い狂ったか」
「GURARUrararaaaa……!!」
ドドド、とそばにあった電信柱に近づいて、何をするのかと思えば、それを両腕で抱えて引っこ抜いた。
整備された道から引っこ抜かれた電信柱の下から、赤いコードが束ねられたものが現れ、引っ張られるとぶちぶちとちぎられる。電線も千切られ、途端に近くの電飾がいくつか消えた。
そしてそれをダイスに向かって、棒投げの要領でぶん投げた。
「ふん。人に心持ちあってこそ人の出せる威力、心を失えばもう敵ではない」
横に避けて躱す。ダイスの立っていた場所に電信柱が突き刺さる。
その避けた先に、さらに電信柱が飛んできた。今度は棒投げではなく、円盤のように回転している。
「チッ」
それを縦に切り裂く。電信柱は真っ二つになり、電信柱の内部は空洞となっていて、その空洞にソニアが腕を突っ込んだ。
「あ?」
「GURAAAAAAA!!」
絶叫するソニア。
その腕には、まるで装備のように電信柱が装着されていた。電信柱のグローブ。
電信柱の先にある円柱状の変圧器をハンマーのように振り回して迫る。
その変圧器を切って取り除くが、さらにがいしと呼ばれる電線を繋ぐための板で、剣と鍔迫り合いをしてくる。そして身体を回転させて、振り回す。
面倒くさくなって後ろに大きく飛び退いたダイス。そんな彼に向かって、ソニアは腕を伸ばし、電信柱の先を真っ直ぐ向ける。
「このコアの流れ……波動砲?」
コアの技の一つ。難しい技ではない。
それを電信柱に入れている腕から感じる。
「何する気だ。だが切ればなんの問題も———」
「『キリングジョー』!!」
ズシュッ!
迎え撃とうとしたダイスの目が、神殿の上から飛んできたフライヤーが切り裂いた。
(さっきのドレスか! くっ、目が……!)
両目と、その目の周りが切り裂かれた。
一瞬で視界が無くなる。
「GURAAAA!!!」
ドォン!
波動砲による衝撃で、腕につけた電信柱をぶっ飛ばす。電信柱ロケット。
電信柱はソニアの腕から外れて、ダイスの土手っ腹にぶち当たり吹っ飛ばされる。東の大通りの方へ。
「GURrrr……!」
「ぶ、ブラック……よ、様子が、ゲホッ」
ソニアは吹っ飛んだダイスを追いかける。
それをフライヤーが止めようとしたが、頭がふらつき、血反吐を吐いて倒れてしまう。
▼△▼△▼△▼△
「はあ、そろそろ基地に戻るか……」
“三階級”の隻眼女性軍人、ホーネット・メイフライは小原から追い出された後に、東の方へ行って気晴らしにバイク屋へ行った。
彼女が店から出たその時、横から何か丸いものが吹っ飛んできた。
「え⁉︎ こ、これは……! いやこの人は!」
飛んできたのはダイス・グリッドハウス。
「な、なんで……ん? あれ、ソニア……!」
ダイスが飛んできた方向から、理性を失ったソニアが走ってきた。
飛んできて転がるダイスに向かってソニアは、地面に手をついて、思いっきり自分の身体を飛ばす。そしてドロップキックを繰り出す。
「バアアアアアアアア!!」
が、その先でダイスは起き上がっていた。
フライヤーに切られた目の周りから、ギザギザに血を吹き出しながら、吠えて右手を前に伸ばす。
「“勇者不懼”!!!」
バァン!
ソニアの強烈なドロップキックを片手で受け止めた。
そして足が弾き返されて、身体の浮いたソニアの顔面に向けて、左拳を叩きつける。弾き返された足の先は後ろに、そしてその爪先に向かってソニアの後頭部が殴り飛ばされ、地面に鯖折りの状態で叩きつけられた。
ソニアはうめき声を少し漏らして、気を失った。
「貴様如きじゃ、届か」
ガキィン!
ホーネットの黄色と黒の渦巻き柄の棒を、ダイスは冷静に細剣で受け止める。徐々に視界も蘇っている。
「貴様は何階級だ」
「……そういえば貴方は彼の友人だったな。私はグラン学園長の遣いだ」
「ほお」
力比べは互角。
押し合う2人。
「そして……そこにいる、子供の……———」
そこから先は口を閉ざした。閉ざして、歯を食いしばり、力を入れる。
ダイスの力は段々戻ってきている。ホーネットの力を押し返しつつある。
「ぐっ……」
ホーネットはダイスを凌ぎ、鯖折りで潰されているソニアを助けるだけの余裕がない。そもそもダイスは自分のいるレベルの人間ではない。もっと上の人物。
ならばソニアを助けるだけに専念する……だがここで傷を負えば、ソニアを助けるだけの余力が無くなり、助けることはできない。
死ぬことと守り続けることは両立しない。
「———そこの銀髪殺すのに、何秒かかる?」
くぐもった声がダイスの後ろから聞こえた。少年の声だ。
「———俺に何秒あったと思う?」
ダイスはゆっくりと振り返る。
ホーネットはダイスとの攻防を一旦やめて後ろに飛び退き、そして同じ方を見る。そこには見覚えのあるバイカー用のフルフェイスヘルメットを被った、軍服を肩に羽織り、下に白いポロシャツを着た少年が立っていた。
「………お前、誰だ?」
ダイスを前にしてもポケットに手を入れ、余裕な立ち姿をしている。
ダイスの問いに、軍服の少年はそのヘルメットを外す。
ゆっくりと現れるその顔を見て、ホーネットは驚愕する。知っている顔だったからだ。
「あ、あなた……中心基地所属の、“二階級”の……」
闇夜に、黒と緑の髪が舞う。
そして大事にヘルメットを抱えて、彼は緑色の瞳でダイスを見据える。
不敵な笑みを浮かべて。
「星団カイルが息子———ジュピター・スノーホーク」