誘拐
18:43、王都北側のキングフィッシュ町に続く道の前。
獅子王英雄と、頭脳によって王都勇者グループNo.2になっている仁科幸太郎。2人は北側の守りにつく。
ゾロゾロと流れる人の流れ。道の端にて王都に入ってくる者たちの確認をしつつ、気心知れた会話をする。
「仁科、勇者達の動きは?」
「俺らはここ、小原巻島は合同で勇者区域の警戒、残りは……鍋パ」
「鍋パ? 誘われてないぞ」
「俺らは仕事だヒデさん。それに鍋パと言っても何か祝い事があったわけじゃない。勇者達を一箇所に集める意味合いもある」
「……どこでやってる?」
「行くとしても終わってからだぞ。今日という一日が終わってから。場所は春樹のとこだ」
「具は? 材料は? 肉の種類は? わかるか?」
「聞けば腹減るでしょうに。タラ鍋」
「ぐ、ぐ、ぐ……この食の恨みを、怒りを、ガンマンズに向けるべきか」
英雄の舌に、タラの白身が柔らかく崩れる食感と、出汁と絡み合った芳醇な肉の旨みが思い出され、食指を増長させる。拳を握る彼は本当に悔しい思いをしていた。
「それとしゃぶしゃぶ」
「もう一つだと⁉︎ ざけんな! なんで俺が食えねーんだ!」
「仕事だ仕事」
「勇者様! 北側から2名、列から外れた位置にフードを被った正体不明の人間が接近! 男と女! 男は約170センチ前後、女150……いえ、156センチ!」
双眼鏡を覗き、人の流れの最後尾を見る軍人の連絡を聞き、指の差す方向を確認。報告通りの人物を視認する。
「ガンマンズか?」
「まずはフードを取らせて顔の確認を」
仁科がそう指示しようとした瞬間、男が腕を振り上げた。その手にはブーメランを持っていた。
「アボリジニか! 全員伏せろ!」
「伏せる必要はない! 仁科は周りの通行人達をすぐさま中に入れろ!」
ぶん!と投げつけられるブーメランに対して、英雄が突進していく。そして拳だけでそれを弾き飛ばして、2人に接近する。
「待てヒデさん! 接近すれば……」
「いいえ! 女の方は接近して大丈夫です! 靴が、我々軍人も使うメタルアーマー社製の、銃を撃つための靴! 女は銃使い!」
双眼鏡で確認し続ける軍人がそう報告。
「ヒデさん! 剣だ!」
「……『バーバリ』……」
英雄の呼び声に応じ、コアにより、英雄の手に真っ黒の剣が作られ握られる。刀身も、鍔も、柄も何もかも真っ黒な剣。
ライオンの名を冠したそれが実現した瞬間、フードの男女は大きく後ろに飛び退く。
英雄は一度足を止め、背後を見る。後ろでは仁科が誘導して人々が王都に入って行く。
そして英雄は狼藉者に再び目を向ける。その目は冷たい。
「さっきのブーメランは、あそこにいた無関係で無力な一般市民に当たる可能性があった。分かっていて投げたな」
足を広げて立ち、バーバリを横に構える。
「すなわちそれは、無差別な攻撃。無差別とはすなわち、この世全ての人間を攻撃したのも同義。全ての人間を敵に回したも同義」
そしてバーバリを振り、空気を切り裂き、ブゥンと大きな音が鳴る。
英雄は冷たく、正体不明の2人を睨む。
「最期に聞こう。名は、正体は」
「…………」
「何も言わないか。なら仕方ない。力ある俺や、我々勇者が守るべき存在全てを敵に回した貴様らに容赦はない。歴史に残すための名を名乗る猶予も与えん!」
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20:56、勇者居住区域。藤堂春樹の家で行われる鍋パーティーに、朝倉颯太は参加していない。
参加しろとみんなから言われたが、勇者達の中で1人浮いている立場であるし、行く気にならなかった。
「私の家は城の中だしー、それに~、仁科からは大人しくしろと言われたからね~ん」
チョコバーを無造作に食い荒らす。
余裕な態度でくつろいでいた朝倉だったが———そんな彼の部屋の窓が突然開いた。
「え! なに&⁉︎」
そして窓の淵に誰かが立っている。膝を折って体を縮こませている、巨体をしたフードを被った謎の人物。彼は顔を隠している。
「がんまんず……? うそ! 誘拐する相手は私———キャッ!」
朝倉颯太は肩に担がれて、窓から出される。
誘拐した犯人はいくらもがいても離さないくらいに、力が強い。
(た、たすけて……)
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21:10。俺と、ライトニング姐さん達は神殿周辺の店を転々として、観光を楽しんでいた。陸軍に聞くはずの朝倉颯太の動向も、姐さんが聞いていてくれていて、勇者の城の中にいるとのことだった。立ち入れないのでどうしようかと考えていた。
そんな時に神殿の警護にあたっているフライヤーとアキツがそろそろ暇してるだろうと姐さんが言い始めて、様子を見に行くことに。
「あれは……!」
その道中。夜中で暗くて見えにくいが、肩に担がれて攫われるように運ばれている人物、見紛うはずもない。俺だ。朝倉颯太だ。
「ソニア! あれって!」
「うん! 勇者!」
「了解! オシリン! オシラーゼ! 追いかけろ!」
姐さんの指示で副官姉妹が同時に走り出して、朝倉颯太を連れ去ろうとする人物を追いかける。
そして姐さんは俺の首根っこを掴み上げた。車に乗せた時と同じように。
「え、え?」
「行ってこい!」
ぶん!と投げ飛ばされて、オシリンとオシラーゼを追い越し、誘拐犯と激突。そのまま朝倉颯太は地面に落ちて転がり、俺はと言うと吹っ飛ばされた先でぶつけた頭を抑えている。
「イッテ………ね、姐さん、荒い」
「あ、アンタ!」
俺の声が聞こえる。
見ると俺の方を見て焦った顔の……あれ、なんか、太ってる?太ってない?太ってますよね⁉︎
「はあ⁉︎ な、なんで太ってんだお前!」
「う、うるさい!」
「ふざけんなお前! 中学の健康診断常に満点なのが自慢の一つだったのによ!」
「知るか! それより……!」
縛られている朝倉颯太が犯人の方に顔を向ける。
オシリンとオシラーゼが追いついてきて、オシリンが犯人に剣を向け、オシラーゼは俺と朝倉颯太の前に立って犯人から守る。
「あなた誰ですか! 名前と生年月日を速やかに答えなさい!」
オシリンの言葉に対しては一切答えるそぶりを見せず、フードを目深く被って正体がわからない謎の人物は、ゆっくりと朝倉颯太へと顔を向けた。
背の高さは成人男性くらい……肩も広くて、少し筋肉がついてそうな感じがする。男か?
いやこんな太ってる180センチの男を担いでたんだ、コアによる筋肉増強をしていたとしても女性が担いで攫うにはリスクがある。ほぼ男と見て間違い無いだろう。
フードの男は、手をこちらにかざしてきた。
何かするつもりか!
咄嗟に縛られて動けない朝倉颯太を庇うために覆い被さろうとした……が、フードの男は手を下ろしてある方向に顔を向けた。
俺たちの後方、振り返るとそこには二人の男が立っていた。
「狙いは颯太だったか。転移させられたばかりの新入りなら攫った後に仲間にしやすいと考えたか」
一人は知っている。
メガネをかけて貫禄のある渋い男、勇者小原灯旗。
「……その風貌、背格好からして軍人か? いや少し違うような気もするが……それなりに戦闘経験ありげな気配がするな」
もう一人は知らない。
背が高めで、肩幅も広く、スポーツ刈りの男。剣をフードの男に向けながら、勇者小原と共にこちらに来る。
「巻島悠太……」
オシリンが呟いた人名を聞いて、彼が勇者だと気づく。
二人の勇者。それも俺みたいに転移したてではなく、歳を重ね、それなりに戦闘の熟練度が高そうな二人だ。
それを見てフードの男は近くにあった建物の屋上まで飛び上がり、そしてそのまま姿を消した。
「流石に小原と巻島を同時に相手にはできなかったみたいね……くそ、なんなのよアイツ」
「あ」
消えた男を追いかけようかと考えていた所で、後ろから聞こえる愚痴に、俺はコイツに用事があって王都に来た事を思い出す。
「おい、お前」
「……あ? なに?」
不機嫌そうに返事する、元俺。朝倉颯太。
話そうとして……しかし勇者の二人がいる事に気づいて口を閉ざす。人に聞かせるような事じゃ無いと判断した。
しかしオシリンは違ったようで、勇者の協力が必要と考えたようだ。
「あの! 小原灯旗様と巻島悠太様! 私たち、というかこのソニアね……ソニアが朝倉颯太様に用事があってここに来ました!」
「ん? 用事? 勇者蹴りが?」
「待て。先に颯太の縄を解く」
小原は疑問を持ち、巻島は朝倉颯太の縄を解いた。
そして小原は朝倉颯太が解放されたのを確認してから、再度尋ねる。
「で、勇者蹴りが蹴った勇者相手になんの用事があるんだ?」
「それは……」
俺は話すのを尻込んだ。
しかしオシリンは話す方が良いと考えている。彼女が言ってしまう。
「朝倉様が、もしかすると自分の召使である奴隷やメイドを性的に襲っている可能性があるのです!」
「「は?」」
小原と巻島は同時に疑問の声を上げ、一方で朝倉の方は「なぜそんな事を今言うのか」という疑問の気持ち半分、「勇者二人に聞かれた」という面倒くさそうな気持ち半分の複雑な表情になった。
小原と巻島は朝倉の方を見るも、朝倉は目を逸らす。
「……事実無根、根も歯もない噂話を持ち込んだならただでは済まないぞ。相手は勇者だ」
「いや待て、今は拐われた颯太の安全を確保する方が先決だ」
「ならどうするよ」
「巻島さん、巻島さんの奥さんと日立に頼んでその奴隷とメイドを陸軍の駐屯基地まで連れて来てもらいましょう。そこで真偽を問う」
「……ガンマンズが動き出した今、あんまり夜歌を外に出したくはないが、まあ日立も一緒なら大丈夫か」
話をするため、俺たちは二人の勇者に連れられて陸軍の駐屯基地に向かう事に。朝倉颯太も一緒だ。
オシリンも説明のために着いてくる。しかし彼女はライトニング姉さんのことも気掛かりの様子だ。
「オシラーゼ、あなたは先にライトニング上官の方へ戻ってて……どうして今、こっちに向かって来てないのかはわからないけど」
「わかった」
オシリンはオシラーゼを姐さんの方に向かわせた。
確かになんで姐さんは俺を投げた後、こっちに来なかったんだ?
何かあったのか?