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大神官ヌル

「“信用”とは“愛”への一歩である。喧嘩をした事がないものが戦争で何の役にも立たないように、口喧嘩をした事がないものが交渉で何の役にも立てないように、足掛かりとなるはじめの一歩こそ重要。すなわち愛する愛さない以前の問題で、信用というものには慎重に事に当たらなければならない。我等と我等が愛し合う可能性が一欠片でもあるのなら。

 愛するとは、汚い部分も飲み込めるようになること。フェラチオがわかりやすい例だ。小便をする器官である悍ましく汚らしい男の部位を舐めまわし、挙げ句の果てにそこから噴き出された精液を飲み込む。そんな事ができるのは愛があるからだ。愛とは相手の汚い部分も飲み込むことである。

 “誰と”信頼関係を結びたいか、よく考えるべきだ。ゆっくりとな」



 聖職者の口からとんでもない単語が聞こえた。

 俺、フライヤー、オシリンは顔が真っ赤。

 ライトニング姐さんも頬を染めて身を引いている。

 オシラーゼは話の内容が分からず首を傾げて、アキツは無感情無関心。

 こ、これが大神官?誰よりも信頼されてる人間?



「ね、姐さん、ヌルさんの言ってる我等って……?」


「一人称であり、二人称よ。彼に自分と他人と言う隔たりはない」


「しかり。我等は一纏めに須く神の子であるが故に」



 陽の差し込む窓際の椅子にどっかりと大股を開いて座っているのは、大神官のヌルさん。

 体がデカく190センチはあるであろう、座ってるだけでも威圧感のある人で、堀の深い顔つきに、髪型はとにかく長くて前髪がニョロンと垂れている。

 そして何より特徴的なのが、目がこれでもかと大きく開かれていて、目の中の瞳がキラキラと輝いている。



「ご、ご高説恐縮の至り、感謝いたします神官殿」



 まだ真っ赤な顔をしたフライヤーが深々とお辞儀をする。それに合わせて俺も頭を下げた。

 勇者小原からの依頼で、俺たちは大神官ヌルさんに話を聞きに来た。柱が壊れていたのを見つけた目撃者であるからだ。

 しかし彼の住まいである東の小さな屋敷にお邪魔して、彼の部屋に入った途端に今の語りを聞かされた。



「うむ。我等が目標の為、時を大事に、理を大事に、愛を大事に」


「我等が目標?」



 気になったので、つい疑問を吐露してしまった。すると姐さんが耳打ちしてきた。



「世界滅亡よ」


「ん?」



 何言ってんだ?



「ごめん、もう一回」


「だから、ヌルさんの目標は世界を滅ぼす事なの」


「???」



 この国で一番信頼されている人間という話は嘘だったのか?

 大柄で輝いた目をしている聖職者の男。

 異様な雰囲気に、飲まれそうになる。



「世界を滅ぼす事が目標って……」


「当然であろう。我等は聖職者であり、神に敬意を払っている。神に敬意を持つ以上世界を滅ぼす事は至極当たり前の行いである」



 サラサラと本当に当たり前のように話される内容は、とても想像もつかないし思考が追いつかない。

 だがしかしヌルさんは表情一つ変えずに言い切る。



「神が世界を滅ぼしたのなら、我等もそうする。神が世界を創造したのなら、我等もそうする。そして神が人々に救いをお与えになるのであれば、我等も人々に対して救いを与える。“模倣”なくして何が敬意だ。神は都合の良い理由ではない、神は理から外れた領域の存在、であるならば不条理すらもあり得ない故に合理すらも無いが故に理屈や理想さえも無に帰す。それが神なりて」


「……世界を滅ぼすとか、無理では」


「神に理はなく、故に神の行いに理の有無問答は、無礼に相当する。無理と断ずるそれすなわち神を理内のものと断ずる事なり。無理ではなく、できるできない関係なく、“やる”。それこそが神なり、故に畏怖の象徴なりて。同時に単語象徴以下言論須く無駄にて、同時に無駄もまた無駄にて」



 ……な、何言ってるのかさっぱりわからない。

 子供の頃行きつけの神社で、住職のセンセーから神話や神職に関するいろんな事を教えてもらったけど、一ミリも理解できなかったのと似てる。

 あの頃はただセンセーの声を聞いてた。



「神の“やる”。それすなわちヒーローの、勇者の、英雄の、救世主の理想であり神格化される所以故———」


「大神官殿! よろしいか。我々は事情聴取に来ました。すでに軍や騎士団から散々聞かれたでしょうが、我々にもお話頂けると幸いです」


「早朝五時十五分十五秒、神のおわす神殿へと足を踏み入れた。そして柱が破壊されているのを目撃した」


「すぐにどこかへ通報を?」


「しかり」


「と言う事は私たちがアラクレの女と戦った時間から、五時の間に犯行は行われた……と言う事になる」



 フライヤーが整理していく。

 ただヌルさんへの事情聴取はすでに行われているはずだ。俺たちが女ヘッド達とコンビニ前で接触した時間帯もあの場で推察できていたはず。

 勇者小原の指示で来たものの、新しく得られた情報は無いに等しい。



「なんであの勇者は———私らを大神官様の元へ?」


「我らの行動の制限。余計な真似する前に仕事を与えて、捜査の邪魔にならないように動かした。そもそもアラクレと戦闘した事実はあるとはいえ夜中に我々があの場にいたのも事実。容疑者候補に加えられているはず。で、あるならば我々の行動を把握しつつも逃亡などさせぬようにした……と言うところだ」



 俺の質問にフライヤーがつらつらと私見を述べた。



「それならこれからどうするんです?」


「ふぅ、大人しく王都でのんびり観光する方がいいかもね。どうせ監視下に置かれてるだろうし、下手に学園に帰ることはできない」


「じゃあ約束のパン屋行こう! 『星のカケラ』!」



 神殿に行く途中の階段での話か。

 王都に滞在していた方が良いらしいし、そうしよう。本当は朝倉颯太近辺の情報を探りたかったが、下手な真似したら危なそうだ。

 監視っていうのも刑事ドラマとかでよく見る、電信柱の影から刑事が張り込んで見張ってるみたいなやつだろう。へんな事したらすぐに剣を持った大人が飛んでくる。



「して」


「え?」



 ヌルさんにお礼を言い、部屋から出て行こうとした時にヌルさんから呼び止められた。名前を呼ばれたわけでも無いのに俺が呼ばれたと思った。

 そしてヌルさんはずっと変わらない表情のまま、俺に言う。



「不吉な相をしている。近い未来、とてつもなく強い敵が襲ってくるであろう。戦う心構えをついぞ忘れぬ事だ」

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