召喚の神殿
昼。王都は賑わいを見せていた。
雑踏の中から見上げれば、台形の建造物の頂点に神殿はある。
ソニアは今日そこに向かう。理由は昨夜ライトニングに事情を話した結果、日中は王都の今の状況を調べて、夜になったら朝倉颯太に付いているメイドや奴隷を探して、事情を聞く。
神殿に行くために台形の外壁の階段を、南側から登る。まるで神社への参拝のようだと、階段を登っている時にソニアは思った。
「人はあんまり神殿に向かってないね、姐さん」
「そりゃそうでしょ。この階段登った先にあるのは神殿か、王族以外入れない城への渡橋。神殿に用がないなら登る必要のない場所よ」
「参拝とかは?」
「確かに教会の役割もあるけど、王都には北と東にそれぞれ一軒ずつ教会があるし、わざわざ登るのはもの好きだけよ。まあそれでも登る人はいるけどね」
「ふーん……」
俺はこの階段を降りる時にしか使っていない。
上にある神殿で召喚された瞬間に、ソニアと入れ替わったため学園に行く時に降りたのが最後だ。
しかし今は義理の姉妹達と一緒に登っている。
「それでさ、フライヤー」
「なに? というか貴女、機嫌治ったみたいね」
ライトニング姐さんがずっとジト目でつまらなそうなフライヤーに尋ねる。
「まあね。でさ、昨日のあの不良達のリーダー結局どうなったん? 王都の軍に引き渡したんだろ?」
「今朝軍の方に行くと私が引き渡したすぐ後に釈放されたらしいわ」
「すぐ後?」
俺も気になって聞いてみる。
「ええ、すぐ後。事情聴取も“警告”や“注意”すらもなく、すぐ後」
「そんな事ありえるんすか?」
「さあね。私が軍人として配属された場所は学園のみ。こう言う街での対応の仕方は、細かいところまで把握してないけれど、まあでも……不思議ではあるわね」
王都ではそう言うものなのか、それともあの女ヘッドが特別なのか。
「釈放されたとなると……ライトニング」
「なにさ」
「あの不良達はきっとあなたへの仕返しを考えてるはず。多分私も。気をつけなさい」
「おやおや~、心配してくれてるのかな~?」
「あの場に護衛対象のソニア・ブラックパンツァーもいたから気をつけなさいと言っているの。狙われる可能性は十分にある。全くあなたがしっかりしてないから、こんな面倒な事を考慮しなくてはならないのだから———」
「なーソニア、神殿見終わったら降りてパン屋行こうぜ。オススメの店あんだよ」
「ライトニング!」
後ろから叱り口調のフライヤーがライトニング姐さんを睨んでいるが、姐さんはどこ吹く風と言った感じで俺の肩に腕を回してきた。顔が近い。
そうこうしている内に神殿まで登って来たが……登ってみて初めて様子がおかしい事に気づく。
神殿の内部は中央に儀式場となる開けたスペースがあり、そこを囲む四隅の角の位置に階段状の客席がある。俺もあそこに座っていた。
そして開けたスペースで、軍服を着た人たちと、綺麗な鎧を身に纏っている騎士のような人たちが集まっていた。
「なに? これ」
「まるで何か事件があったみたいね」
「ねぇ、何があったの?」
姐さんがすぐ近くにいた軍服の人に聞いた。
「あなたは?」
「ライトニング・ファイアフライ。学園配備の“七階級”。そっちの金髪の仏頂面も同じ“七階級”」
「あ! あなたがファイアフライ殿で、そちらがドラゴンフライ殿ですか! お噂はかねがね。しかし学園担当のあなた方がなぜここに……それに」
軍服の軍人は、俺をみて訝しむ。
今の俺はライトニング姐さんが用意したTシャツとスカートに、股にピッタリ張り付く黒のスパッツを履いている。姐さんやフライヤーは鎧を着ているのに、俺だけ普段着の一般人だ。怪しむのは当然。
「そこにいるのは学生では?」
「ちょっと事情があってね。彼女に神殿を見学させようかと思ってたところで……何があったの? 聞かせられないなら彼女に席を外してもらうけど」
フライヤーも会話に参加して、事情を説明しつつ譲歩する提案をする。
対応してくれている軍人は少し考えた後、誰かを呼んだ。そして現れたのは貫禄があり、渋いヒゲを蓄え、メガネをかけ、ロングコートを着流す男性だった。
その男性を一目見た瞬間、姐さんとフライヤーの顔色がガラッと変わる。オシリンやオシラーゼ、そして初対面からずっと無口で黙ったままだったアキツですら表情に焦りが見える。
呼ばれてこちらを確認する渋い男性は、俺の姿を見て一瞬だけ訝しんだ後、すぐに表情を戻して涼しい顔のままこちらに近づいて来た。
「話は聞いた。名前は教える必要あるか?」
「ありません。勇者、小原灯旗さん」
勇者……⁉︎
姐さんの顔を伺うと、神妙な面持ちで頷いた。
「場違いな子供もいるようだが、いや、待てよ。どこかで見たことがある」
小原、という名の勇者に顔を覗き込まれる。
「そうだ思い出した。勇者蹴りだ。颯太を蹴り飛ばしたっていう……」
「あの、我々は」
フライヤーが胸に手を当てて恐る恐る尋ねた。
「おっとそうだったな。神殿の見学は諦めてくれ。ただ軍人として現場を見れば気になって仕方がないだろう。暴走されても困る。で、あるならば……あれを見ろ」
スイスイ話が進み、勇者小原が親指を向けて示したのはぶっ壊れた神殿の柱だった。
「壊れてる……」
「見ての通り神殿が壊されていた。今は犯人を探すための現場検証中だ」
フライヤーは顎に手を当てて、勇者小原と話す。
「いつ頃壊されたのかは分かりますか?」
「夜中」
「なら時間帯を狭めるために、我々の証言が必要になるかも知れませんね」
「あ?」
「我々は学園から王都に来てすぐに神殿近くに来ました。それも夜中に。であるならその時間に何があったのか知りたくはありませんか?」
「……………………、……いやいい。大体は分かっている」
勇者小原はしばらく思考した後に、フライヤーの提案を断った。
「昨日神殿周辺のコンビニ前でアラクレの集団がとっちめられて軍に引き渡されたと報告があった。引き渡したのは今の言い分からしてお前らなんだろう。何があったか詳細の説明は必要ない。ただその時間帯に犯行が行われたとは考えにくいし、もし行われていたら“天才”と有名なライトニングとフライヤーならすぐさま報告するだろう。ないってことはそこじゃないってわけだ」
「で、見たところ陸軍と王都騎士団が共同で調査してるみたいですけど。いつ頃から現場入りしたんですか?」
「分かっている。件のアラクレが捕まった時間帯と、柱が壊れているのを大神官が発見するまでの時間帯が犯行時間だ」
そこから勇者小原はしばらく思考した後、周りにいた軍人と騎士に何言か指示を言い伝えて、そして俺らの方へ向き直る。
「ライトニング殿、フライヤー殿。君らが目の前で起きた事件を無視できない性格だと信じた上で、頼まれてくれるか」
「なんでしょう」
「大神官ヌル殿に話を聞いて来てほしい」