126代目勇者の激太り
王都ノーヴィスプラネスの北西に位置する、勇者の住まいや“城”のある区画、人呼んで【勇者区】と呼ばれる区画。
今年召喚された勇者、朝倉颯太は、勇者だけが立ち入れるこの区画の、城の中にある自室でメイドや世話役の奴隷達に面倒見られながら悠々自適に暮らしていた。
「ううっ、ぐっ、げっぷう」
しかし贅沢すれば太る。
朝倉颯太だって同じで、ずっと食っちゃ寝、食っちゃ寝しているうちにブクブクと太ってしまっていた。今もポテチの袋に伸ばした手も億劫になって、手を伸ばすのを途中で諦め、肥えた腹の上に戻した。
「うーん、まあ腹八分目というし……」
本当はポテチを取るのが面倒くさかっただけなのに、適当にそんな理由を付ける。
そんな彼に手をこまねきながら、へこへこするコックがいた。この城の給仕である人間だ。
「い、いやぁ~、マッサージ師の資格と栄養士の資格も持つ給仕であるこの私の目によれば、颯太殿の体はそんなに太るような体質には見えなかったのですが……まさかこの前学園に行った後から数日の間にここまで膨らむとは………」
「ああ~ん?」
「ひっ! に、睨まないでください! わ、私はさらに『日本文化』の検定も二級なんです! 仁科殿の授業もキチンと受けて、おはぎも味噌汁も作れますよ! 私は優秀なんです! きっとこれからはあなたの役に立って見せます! だからその、不備は認めますゆえ、どうかご容赦くださいませ! お願いします!」
「ふふん、まあ優秀なのは認めるわ」
「ほっ」
「けど優秀だからこそ、私は嫌いなのよ。メタルフィッシュの田舎に行って、鉱夫の資格でも取ってきなさい」
「左遷~~⁉︎ そ、そんな! 鉱夫の資格ってなんですか! ちょ、ちょっと勇者様! 颯太殿~!」
朝倉颯太に従うメイドと奴隷が給仕を部屋の外に連れて行き、城からも王都からも追い出した。そして颯太の命令により現れた黒服たちによって遠い田舎に連れて行かれてしまった。
「これでいいの?」
「ええ、ええ。アイツは優秀すぎるがゆえに目障りだったので……今度美味しいケーキを作りましょう」
「イェーイ!」
部屋に入ってきたのはさっきの人とは別のコック姿の男だった。何言か話した後に、彼はすぐに出て行った。
颯太は自分の腹を撫でて、またもだらし無いゲップを吐いた。
「げぷ~~……結構太ったわね。確かにこんなに太るとは思わなかったけど……でも、美味しいんだもん♡」
そう言って颯太はポテチの袋を逆さにして口の中に一気に流し込み、頬張った。
テレビを観ながらずっとバクバク食い続けていると、部屋の扉がノックされた。
「う~~い」
適当に返事すると、二人の若い青年が入ってきた。
そして部屋に入り朝倉颯太の姿を見て、二人とも面食らっていた。
「…………なあ、俺さ。この世界に来た時に、異世界に転移させれた事実以上にビックリする事は金輪際ないと思ったんだよ」
「俺も思ったな」
「けどお前の結婚の知らせと、今のこれで合計3回目の驚きだ」
「ああ、俺も同じだ。最初見た時は好青年を絵に描いたようなヤツだと思ったんだがな」
入ってきて、太った朝倉颯太と食い散らかされた部屋の惨状を見て好き勝手言う二人の青年。朝倉颯太はマズいと思った。
(げっ、勇者かよ。それも二人)
「どーするよ、会議に呼びに来たわけだが」
「連れて行かないわけにもいかないだろ。ヒデさんが待ってんだから」
「そうだよな……おい、颯太君。ちょっといいかな」
「なにかしら、げッぷっ。おっと……あらあらごめんなさい、お見苦しいところをゲプゥ~~」
「隠す気ないなら別にいいよ。こっちに来たばかりで、ストレス太りかも知れねーし、俺としては強く言えねーから」
「ストレス太りかぁ~? これが~?」
(チッ、さっさと要件言えよ、クソ勇者どもが)
心の中で悪態をつく。
そのイラついた気持ちが見透かされたのか、青年達は一瞬睨むように険しい表情を見せたが、すぐに平常に戻り要件を話し始める。
「会議室で勇者会議が始まる。ヒデさんも、仁科さんも、巻島さんも、小原さんも揃ってんだ。遅れないようにな」
(勇者の重役が勢揃い? 何かあったのかしら)
「つーかその体だとノロいだろ。今連れていくわ」
そう言って1人が近づいて来て朝倉颯太の腕を掴もうとしたが、それを跳ね除ける。
「余計なお世話」
「そーかい」
近づいて来た青年は肩をすくめ、もう1人と顔を見合わせた後部屋から出ていった。
朝倉颯太もすぐに動き出して、えっちらおっちらと、会議室の方へ向かった。
会議室に着くと、やはり心配だったのか、入り口で先ほどの勇者2人が待っていた。それをシカトして会議室に入る。
(うへぇ、これは……)
中には歴代の勇者達が円卓を囲んでずらりと並んで座っていた。