真夜中の王都
召喚された時に俺は一度ここに来ている。
王都ノーヴィスプラネス。その名の通り王族が城を構えている都。
前にニーナから教えられた100年前に勇者がコアの暴走で滅ぼしたと言う古都からここに移ったから、ノーヴィスプラネスである。
ちなみに古都の方は古都プラネスと呼ばれる。
「夜中に来るのは初めてだな」
都と呼ばれるだけあってかなり栄えている。
王都から東に位置する商都の方が物流の中心となって最大限の発展をしているようだが、田舎者の俺に取っては王都も十分都会だ。
立ち並ぶ四角くて高い建物たち。召喚された時は昼で人の往来も多く賑わっていたが、夜になると街は姿を変えて、賑わいの代わりに電気の灯りが輝く。
「そして……あれが召喚された、神殿」
アート作品で見たような神殿が、街の中央に立っている。
台形の形でピラミッド状に迫り上がった建物。北、東、南の三方向から階段で登った頂上に柱で囲まれた部屋がある。そこが召喚が行われる場所であり、俺がこの世界に降り立った場所。
「よー! 何してんだ護衛対象! 神殿眺めて観光気分かい!」
後ろから大きく張った声をぶつけられ、振り向けば機嫌の悪そうなライトニングがこちらに歩いてきていた。
「夜中なんだからあんま離れるなよ」
「すみません、でもオシラーゼさんがいてくれたんで」
隣にはずっとオシラーゼが俺の手を握って立っている。
「なんで手を繋いでいるのかはわかりませんが」
「甘えん坊なんだよ。まあなんでアンタに懐いてんのかは知んないけど」
ライトニングの隣には、オシラーゼの姉のオシリンがついてきている。
「あれ? フライヤーさんと副官のアキツさんは?」
「2人は軍の車を王都の軍基地に置きに行ってる。それより神殿みたいのかい?」
俺がジッと神殿を見上げていたから、神殿が見たいのだと勘違いさせてしまったらしい。しかし俺にとって重要な場所だ。
「はい、できることなら」
「んー、今は大神官さんしか居ないと思うけど……」
「大神官?」
「この国のすべての神官の長で、神殿の管理人兼重要責任者で、この国で一番信頼されてる人」
「一番信頼?」
「うん。王族よりも、勇者よりも、誰よりも信頼されてる」
そんな人間がいるのか。
神殿を見上げると、ピラミッドに盛り上がった形をしていて、北東南の三方向から登って召喚の儀式の間に行ける。
しかし唯一登れない箇所がある。それは西方面。そこだけ階段がなく、代わりにテッペンの神殿の間から西側に向けて渡り橋が伸びて、その先に王都のどの建物よりも上部に位置する場所に、どでかい城が建っている。
(確かあれが王様の住む王城だったな)
超上にあるので城の全体は下からではわからない。ただ西洋のお城っていう形をしているのはわかる。
王城には神殿の西側から繋がる渡り橋からしか行けないように見える。
「王城ってあの神殿からしか入れないんですか?」
「軍人の私に城に入る経路を聞くとはね。まあ他にも経路はある、とだけ答えとく。まああっこは王族と、王族と結婚した相手しか入れないから。勇者でもまともに入れない。だからどう頑張っても入れないわ、が正解の答えね」
「あ、すみません。まあでも用事とかはないんで大丈夫ですから」
「ならなんで聞いたし」
ジト目のライトニング。
その視線から逃げるように、そっぽを向くとその先に夜中に神殿近くのコンビニの前でたむろしている“群れ”を発見した。
群れというのはまあヤンキー同士がたむろってる事を俺はそう呼ぶ。
(ふーん、この世界でも変わらねーんだな)
集まっている連中の格好を見れば、ヤンキーでございって感じのヘタに着崩した格好と、うんこ座り。
見慣れた光景だなと、そう思っていたのも束の間。横目で気づかれないように“群れ”の様子を見ていると、どんどん、どんどん人が集まっていく。
「ふ、増えるな」
ザッと数えても十人、いや十五人程度は集まっている。
コンビニの前にそんなに集まるかと疑問に思ってしまい、口について出たのをライトニングが拾う。
「んー、あー、あの集団のこと。ああ言うの見ると、学園の子らは割と真面目だよねー。ああ言う光景全然見ないもん」
言われて見れば確かに、学園であんな風な感じのは見たことないかも知れない。それだけ学園の生徒は教育が行き届いている証拠か。
「ま、あんま視線向けない方がいい。一般人のアンタはね」
「え?」
「ちょっち仕事してくるわ。オシリンとオシラーゼはここでソニアを守ってなさい」
「はい!」
「はーい」
のんびり、と言った感じでコンビニの前でたむろする彼らに近づいて行ったライトニング。
「あー、君たち、そんなところで集まってたらコンビニの迷惑になるでしょう」
「は? んだよガキ」
「なんだそのあっかい格好、目ぇ痛いわ」
「か弱い一般市民の目を、その派手な鎧で攻撃してるテメェの方が害悪だろ」
「はいはい。いいから他の場所行こうねー」
ヤンキー達の随分な言い分にもライトニングは柔らかく対処する。
「つーかこんな赤鎧着たヤツ見たことねーな」
「いや、コイツ確か軍人だ。隣の学園とこ担当のヤツ」
「へっ、そうかい。平和ボケした学生ども相手じゃ金にならねーから、わざわざこっちまで来て、わざわざ夜中に張り込んで点数稼ぎか」
「おい、見ろよフランで調べたがよ。コイツ軍に入りたてのぺーぺーだぜ」
「本当だ。軍学校で超優秀で飛び級でクラウド認定?」
「ぷっ、くくく! それってよぉ!」
「身の程に合わねー評価受けて、手柄に焦ってるってか?」
「くけけけけ! 人様に何か言えた身分かよコイツ!」
青筋立てながらもライトニングは笑顔のままだ。
す、すげー言葉でぶっ刺すなアイツら。軍人と分かっても言う度胸の持ち主は、多分現実世界ではいないだろう。それが生活の中に密接に軍が関わってきているこの世界ならではの価値観なんだろうな。
「あはは~、お願いですからそこから退いてくださいよ~」
口元をひくつかせても、冷静さを欠かないライトニング。
「つーか頭のそれなんだよ! ツノか! 中学生がとりあえずツノ付けとけばカッコいいと思うやつじゃん! ダッセーな」
1人がそう言った瞬間、その場にいた十五人くらいのヤンキー全員の体が夜空に舞った。ライトニングが目で追えない速さで全員を殴り飛ばしたのだ。
さっきまで怒りを抑えていたのに、なぜ———
「ライトニング姉さんは私のために怒ってくれたの」
疑問に思う俺に、手を繋いだままのオシラーゼが答える。オシラーゼはツノが生えている。
頭飾りとしてツノを付けているライトニングや、オシリンとは違って、本当に頭からツノが生えている彼女。
ライトニングはオシラーゼのために怒った?
「私のお父さんはバケモノなの」
「?」
わからず、オシリンの方を見ると、俺の視線に気づいてそれまでライトニングの方を見つめていたのをこちらに移して、そして軽く笑う。
「姉の私は違うわよ。妹だけ。でもそれでもこの子は私の妹」
「そしてライトニングお姉ちゃんの妹分」
(……バケモノって、なんだ?)
よくわからなかったが、何かの比喩だろうか。
しかし目の前に頭から直にツノを生やした少女がいる。バケモノとは……妖怪とか、そう言う感じのものを想像すればいいだろうか。
オシラーゼはそんなバケモノの子供。けど姉のオシリンは違う。随分と複雑な家庭環境らしい。
そして姉貴分であるライトニングは自分のツノの頭飾りをバカにしたアイツらにブチ切れた。
「……なるほど、気分のいい女の子のようだ」