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お引越し

B級争奪戦が終わってすぐの、ちょっとした小話

「あー! ソニアだ。やっほー」


「ロザリア?」



 メル様とテンテラが勝ってB級争奪戦は終わった。

 俺はラウラウに勝ち、ガーリックやデットと戦い、そしてライダークに負けた。ライダークは俺に勝ったのに自分のワッペンを壊して脱落したそうだが、なぜそんなことをしたのかはわからない。

 ライダークにやられて気を失っていた俺は、気がつくと保健室で寝ていて、保険医の先生によると俺が寝ている間ずっとニーナがいたと言う。しかし俺が起きた時にはもう彼女の姿はなかった。

 他のCクラスの女子達と共に大浴場のお風呂に行ったのだと言う。

 一方で俺は、そんな女の子だらけの風呂場に行けるはずもなく、廊下でマゴマゴとしていると、廊下の向こうから見知った2人の少女が歩いてくるのが見えた。ルームメイトのロザリアと、友人ボディアだ。



「もうB級争奪戦は終わったようね。ちょうどよかったわ」



 170センチちょいの背丈のボディアが、安堵していた。

 俺は近づいてくる彼女らに首を傾げる。



「えっと、確か……」


「その前に、いいかしら」


「え?」



 褐色でまつ毛が長い、整った顔がこちらを見下ろす。コテンと可愛らしく小首を傾け、申し訳なさそうに眉を下げた彼女の表情。

 なんだろう?

 綺麗な顔だなー、素敵だなー、なんて思いながらぽけーとアホらしく眺めているとロザリアが咳払いした。

 それで気づく。キスだ。



「あ、ああ……朝に会ってないからしてなかったっけ」



 ボディアの国の風習で、挨拶する時同性同士ならキスを、異性なら男側が相手の手の甲にキスを落とす。



「いいかしら? あなたがダメならそれでいいけど」



 ぐにゅ、とボディアの後ろにいるロザリアの下唇が上唇よりも上に持ち上がって変形する。

 ボディアの言葉に、頭ごなしに否定したり文句を言うつもりはないが、それでも価値観とズレている事が目の前で起きそうだから難しい顔で言うのを我慢しているんだ。

 この学園の道徳は多種を認める道徳。

 つまりボディアのキスする挨拶が風習であり、文化なら、それを認める行動をするべし。それがこの学園の教え。

 だから拒むのは失礼にあたる。

 別に嫌と言うわけじゃなくて、女の子と、それも美人さんとキスするのがドキドキして難しいって話しなのだが。



「え、えっと……やります」


「ふふっ。ありがと」


「はい、よろしくお願いします」


「何が?」



 近づいてくるふっくらした唇を前にして、目を瞑る。

 そしてこちらも顔を近づけて、ふわり、と柔らかい感触が唇に当たる。



「んっ……ふふっ、ありがとね、ソニア」


「う、うん」



 ちょっと漏れ出た彼女の声と、吐息で緊張しまくりどうにかなりそうだった。

 笑顔が素敵だった。

 後ろにいたロザリアが俺のそばに近づいてきた。



「ねぇねぇ、さっき何か言おうとしてなかった?」


「ああ……えっと、確か一年Cクラス以外の生徒って学園長の話だと学生寮にいるか、学園の外に行っているって話だったけど」



 ロザリアとボディアはどうだったのだろう。

 どこにいて、何していたのか気になった。



「私たちは王都にいたよ。ボディアに何か髪飾りを買ってあげたいなーって」


「髪飾り?」



 ボディアの頭を見てみると、彼女の国の民族衣装である頭飾りを付けていた。



「別にボディアのその頭の飾りがダメだって話じゃないよ。もっとこう、お花とか似合うと思って。椿とか」


「あー、わかる」



 ボディアの綺麗な黒髪にくっきりとした赤色の椿は似合うだろう。それで言うとリンゴツバキの花がしっかりとした赤色をしている。

 ピンクの乙女椿や錦魚葉椿(きんぎょばつばき)なんかも似合うと思う。いや……それは金髪のロザリアに似合うかな。



「でも付けてないね。買ったけどまだ付けてないの?」


「ううん。買えなかった」


「なんで?」


「ボディアが早く帰ろうって。何か嫌な予感がするとか」


「嫌な予感?」



 ボディアに目を向けると、彼女は苦笑していた。



「あはは、まあちょっとした勘だから特にこれと言った理由はないけどね。私だってロザリアともっと買い物したかったよ」


「なら今度はソニアも一緒に三人で行こ! あ、ニーナも連れてさ!」



 女の子達とショッピング⁉︎

 そんな慣れない事、不安だ。

 けど彼女達と親交を深めるのは大賛成で大歓迎。ニーナともまだ友達になって5日も経ってないからな。

 ニーナとあの屋上で友達になった後、朝倉颯太が来たんだ。

 次の日にはギブソンとの勝負。

 その次の日はレッサーベアーとラウラウが戦って、そして今日はB級争奪戦。

 短い間に色々あって、友達になったのにニーナとはあんまり一緒に過ごせていない。彼女の事をもっと知りたい。



(………ん? 朝倉颯太?)



 あれ?なんだろう。

 朝倉颯太……つまり、元の俺でありソニアが中に入っている勇者。彼の姿を思い浮かべると、頭の片隅に何かが引っ掛かる。

 なんだろうこれ。



「どうしたの? ソニア」


「いや、なんでもない」



 ボディアに心配されて、大丈夫と伝えるために頭を振ってついでに、頭の中の引っ掛かりを取っ払う。

 気のせいだろう。



「ブラックパンツァーさん」



 ロザリア、ボディアと話していると俺の後ろから名前を呼ばれた。

 まだ聞き慣れないし、呼ばれ慣れないソニアの苗字。

 呼ばれて振り返るとそこには無表情でクールな女性教員、担任のイシュ先生がいつの間にか物静かに立っていた。

 短い黒髪の女性で、泣きぼくろが特徴。



「イシュ先生?」


「あなたにご連絡があります」


「お……私にですか?」


「はい。学園長先生がお呼びです」



 凛とした透き通るような声色。

 姿勢正しく立つ彼女は、つらつらと事務仕事をこなすように俺にそう告げた。



「学園長が?」


「何の用なんだろうね」



 ロザリアが一緒に首を傾げてくれる。



「あ、マルキュリアさんも関係してます」


「え?」



 イシュ先生はロザリアに向かってそう言った。

 話が分からないロザリアは逆方向に頭を傾けた。

 俺もわからない。

 するとボディアが言った。



「2人の共通点は寮の部屋よね」


「部屋?」



 確かに、俺はロザリアと同じ部屋を使っている。

 着替える時も、寝る時も、テレビ見る時も、お風呂もロザリアと同じ場所で過ごしている。

 入れ替わる前のソニアがそうだったから俺もそうしなきゃいけないのは分かっているが……まあ、その、可愛い女の子との同居生活は心臓が持たない時がある。

 天真爛漫な彼女の性格に気持ちが助けられる時もあるが、常にほとんど無防備だからもう何度彼女の素肌を見てしまっているかわからない。



「確かに私とソニアに関係してるなら部屋の話かもね」


「はい。実は……」



 イシュ先生がゆっくりと口を開く。



「ブラックパンツァーさんのお引っ越しが決まりました」


「「引っ越し⁉︎」」



 俺とロザリアが同時に驚く。

 あ、もしかして学園長が気を利かせてくれたのだろうか。彼は俺が、ソニアではなく、ソニアの体を使っている朝倉颯太だと知っている。

 だからロザリアを守るため俺を移動させるんだ。

 なるほど、確かにそこは大事だ。それにこれで俺もロザリアからの無防備な攻撃を耐える必要がなくなるってわけだ。

 ちょっと寂しいけど仕方ない。



(あー、でもこれってロザリアにどう説明すればいいんだ? ロザリアは俺が朝倉颯太であることを知らないし、本当になんの理由もなく唐突に俺が引っ越しする感じに見えているよな)



 理由はあるが、それは俺と学園長しか知らない事情だ。ニーナには後から話せば理解してくれるだろうけど。

 ロザリアにはどう話そうか。そう思って彼女の顔を窺うと、顔を伏せていた。



「え……」


「ロザリア?」



 ボディアの心配する声。

 顔を下に向けて、金色の前髪が目元を隠して暗くしている。

 いつも元気な彼女が暗い表情をしている。



「っ!」



 そして突然、体を翻して後ろを向くとそのまま真っ直ぐに駆け出して行った。俺らから逃げるように離れて行く。



「え! ロザリア———!」



 咄嗟に追いかけようと踏み出す。



「行ってソニア! 彼女を追いかけて!」



 ボディアの声に後押しさせて、俺は廊下の床を蹴る。

 後ろではボディアがイシュ先生と話している声が聞こえた。

 しかしそれを気にする事はできず、走る。



「ロザリア! 待って!」



 ぐんぐん離れて行く。

 そうだ、俺はB級争奪戦で疲弊した状態だし、もし万全だとしても相手はBクラス。力差が開いているためスピードや体力で勝てない。

 学生寮の中に入って俺らの部屋がある階で、彼女の姿を見失った。



「ぜぇ、ぜぇ……ど、どこだ……」



 胸を押さえて、息を整える。

 走ると胸が暴れてちょっと痛い。

 周りを見るとロザリアの姿がどこにもない。



「どこ行った……?」



 寮の一階を探し回る。

 そう言えばこの寮の地下フロアで、Cクラスの女子達が大浴場にいるんだっけ。

 だから何だと言う話だが。

 しばらくの間見つけられず右往左往していた。



「……何してんだ?」


「え?」



 声がかけられて、そちらを見れば意外な人物がいた。

 ガーリックだ。不機嫌そうな顔で、頬には真っ赤な殴られ痕が付いている。



「が、ガーリック?」


「なにウロウロしてんだお前。邪魔だ。大浴場に行くなら階段を探せ」



 どうして頬が殴られているのか気になったが、しかし俺が何か言うよりも先にガーリックはスタスタと立ち去ろうとする。

 慌てて呼び止める。



「ロザリア見なかった⁉︎」


「あ?」



 不機嫌そうなまま振り返られる。

 面倒くさそうにして、俺をしばらく見つめていた。怪しむように、観察するように。

 そして不意に、ゆらり、と体をこちらに向け直して真顔で答えられる。



「謝れよ」


「……え?」


「ハチノス」



 ハチノス?ハチノスって言うのは……あっ!

 ガーリックの銃の話か!

 さっきのB級争奪戦の折、俺は彼の銃を奪った。そして激怒した彼に対して、俺は銃を持ったまま一度彼から背を向けて走り出し……そしてニーナを連れて逃げ出した。銃はガーリックから距離をとった先で地面に置いた。



「あれで許されると思ってんならおめでたい。今ここで真っ赤なシミにしてやってもいいんだけどな」



 パキパキと指を鳴らされる。

 本能的にやばいと感じる。



「俺に頼み事するなら謝るのが先だろ」


「それは……す、すみませんでした」


「……ふん。まあいい。マルキュリアなら自分の部屋に向かっていた」


「自分の部屋って」


「お前の部屋だろ」



 それだけ言い終えてすぐにガーリックは俺の前から立ち去った。自由な奴だ。

 けどこれでロザリアのいるところが分かった。俺たちの部屋だ。

 もう体力がないから走ることはできない。早足で向かい、辿り着くと部屋の扉が少し開いていた。



「ロザリア……? いるの?」



 ドアをノックしてみる。

 しかし返事はない。

 けど扉が開いているなら中にいるんだろう。

 すぐに開けて入ることはせず、部屋の前から彼女に話しかける。



「ロザリア。もしかしてさ、私が出て行くこと寂しいって思ってくれてるの?」



 彼女があの場から逃げ出した理由。それしか思い当たらなかった。

 自意識が高すぎると思われてもいい。

 彼女の本意が知りたい。



「…………」



 けれど答えはない。

 ガサガサと物音が聞こえるから、中にいるのは確かだ。



「入ってもいい?」


「……うん」



 小さな声が聞こえた。

 意を決してドアに手をかけ開ける。

 入るとライトの付いてない暗い部屋だった。



「ロザリア?」



 そして彼女はリビングのソファに座っていた。

 入り口から背を向けて体を丸めている。顔が見えない。

 辛そうに見えた。



「……私もさ、急に引っ越しが決まって戸惑ってる」



 部屋の扉を閉めて中に入る。



「正直、ロザリアと別の部屋になるっていうのも、ちょっと寂しい」


「ちょっとだけ?」


「え! ああ、いや、すごい寂しい。ずっと一緒だったから」



 彼女のくぐもった声の指摘に、慌てて訂正する。

 ずっと一緒だって言うのは入れ替わる前のソニアから一緒だったと言う話ではなく、俺がここに来ても初めから一緒にいた。

 彼女との生活にも慣れてきた頃だった。



(ん? あれ、でも……なんかおかしいな)



 また自意識過剰と思われるかもしれないが、俺とロザリアの関係は割と良好だと思っている。

 この部屋に来たからずっと嫌な気持ちになったことは一度もないし、彼女だって笑顔が曇ったところを見た事がない。

 だからいい関係だと思っているが……。



(俺がこうなる前、本物のソニアとの関係性は……)



 初めてソニアとしてロザリアと会った時、あまり仲良さげには見えなかった。

 ニーナ談では前のソニアは卑屈だったと言う。それは俺もソニアとして過ごしていて、分かっている。

 だからソニアとロザリアの関係性もそこまで良いとは思えなかった。

 こんな風に彼女が悲しむのは、ソニアと離れるのが寂しいって気持ちからなのだろうか。ちょっとそこに違和感と疑問を持った。



「ねぇ、ロザリアは私と離れ離れになるの寂しい?」


「……うん」



 っ!

 小さく返事した彼女の答えに、ビクッと体が震える。

 思い違いだった。

 彼女はちゃんとソニアと離れるのが嫌なんだ。

 優しい子だと思った。そして俺は無礼な邪推をする無粋な人間だと恥じた。



「ごめん。でも、この引っ越しは学園長だけの決定じゃない。私もそのつもり」



 話を知ったのは、さっきイシュ先生にから伝えられたのが初めてだった。

 しかしどう聞かされていようが俺は賛成した。

 だってこれ以上ロザリアを裏切れない。今まではソニアとして生活する上でロザリアと一緒に暮らしていたが、学園長が協力してくれる今は部屋を変える事ができる、

 いつまでも中身が男だと気づいていないロザリアと一緒に生活するわけにいかない。



(いつかロザリアが俺を俺だと知った時、これまでの事を謝る)



 いつもそれは思っていた。何度も彼女の着替えを見てしまったり、風呂上がりの姿を見てしまった時に、ずっと心の中で謝っていた。

 けど今じゃない。

 勇者と魔王が関わっているのだから慎重にいかないといけない。学園長からも忠告された。



「……ソニア」


「ん?」



 小さく彼女が呼んだ。



「私ね、実は秘密があるの………」


「秘密?」


「あなたにならいつか話してもいいと思ってた。でもいなくなるなら、今しかないよね」



 ずっと彼女は俺に背を向けて、顔が見えなかった。

 そしてゆっくりと振り返った彼女は……口元から2本の()()が見えていた。



「え……キバ?」


「実はね、私……」



 彼女はそのキバを隠そうとせず、寂しそうな顔をしていた。



「私、吸血鬼なの」


「きゅーけつ? き?」



 なんだそれ。

 コウモリ?

 あ、いや!待てよ。なんか童話の絵本とかでヴァンパイアってバケモノが、コウモリみたいに翼を広げて飛んで、人の血を吸っていたな。

 つまりロザリアはそのバケモ………いいや、吸血鬼だって事か?

 小さな唇から覗くキバがその証拠なのか。



「ロザリアが吸血鬼……⁉︎ コウモリみたいに飛んで、人の血を吸うの?」


「うん。そうなの。今まではトマトジュースで我慢してたけど、子供の頃はお母さんに動物の血を貰ってた」



 ぽつり、ぽつりと話す。

 ソファに手を置き、ゆっくりと話す。

 彼女の中にある秘密が少しずつ明かされていく。



「あなたとずっと一緒にいた、妹を大事にするロザリアは仮の姿。実は怪物の吸血鬼だったの」



 妹いたのか。

 いやそれは今気にしなくていい、

 ロザリアが怪物?



「そんなわけない」


「え?」


「怪異、妖怪、怪物。どれも正体不明のバケモノのことでしょ? でもさ、ロザリアは優しくて明るい女の子だって私は知ってる。だから自分の事を怪物だなんて言わないで欲しい」


「え……あ、あははー、ちょっ、急に褒めないでよ」



 顔を赤くして顔を逸らす。

 けど今の俺の本意だ。

 正体不明のバケモノと言うのなら、俺の方がバケモノだ。ずっと男だと隠していたのだから。



「ロザリアは怪物なんかじゃない。そしてもし、困ってる事があるなら何でも言って欲しい。協力する」


「……ほんとに?」


「けど死ぬような事はちゃんと断る。何かを守る時は必ず、自分の無事を考える事。自分が死ねば守り続けることなんて出来ないからな」



 ニーナもいる。

 死ぬことはできない。



「……そう。なら、私の正体を打ち明けた最初のお願い、聞いてくれる?」


「うん」


「ちょっと、隣に座ってもらえる?」



 ぽんぽんとソファの隣を優しく叩く。

 俺は悩む事なくそこに座る。

 近くに来るとやはり彼女の口から白いキバが生えているのがハッキリとわかる。今まで気づかなかった。

 でもロザリアだって俺の中身が朝倉颯太だと知らないんだ。

 どっちもどっちだと言える。



「それで、頼みって言うのは?」


「血を、吸わせてほしい」



 申し訳なさそうにモジモジして、頬を赤く染める彼女。

 それに俺はすぐに頷く。



「うん。オッケー」


「え? いいの?」



 キョトンと固まる。

 ん?なんで疑問がってるんだろう。



「いいよ。それで、どうやって吸うんだ? 献血みたいに注射器で抜くのか?」


「い、いや、キバで首元噛んでチュウチュウする」



 チュウ、チュウ……。

 しかも首元って。

 それはつまり、ロザリアの口が俺の首を咥えるってことか。そのためには彼女の顔がくっつくほど近づくわけで。

 しょ、正直緊張してしまっているが……やるしかない。彼女のためだ。



「さっき運動してて汗っぽいかも知れないけど。いい?」



 B級争奪戦後だから汗ばんでいるかも。

 運動すると大きな胸の方は汗で蒸れることがあるし、多分今も汗かいてるはず。

 服の襟元を伸ばして、首を差し出す。



「ど、どうぞ」


「あ、ああ……うん。ありがと」



 最初戸惑っていたロザリアだったが、俺の二の腕を掴むと、ゆっくりと体を近づけてくる。

 腕に彼女の胸がくっついて柔らかい感触がする。

 いい匂いがする気がするし、鼻息も聞こえてくる。

 首を伸ばして咥えやすいようにしつつ、目を瞑って顔を背ける。



「あー……」



 彼女の口が開く気配がする。

 生暖かい息が敏感な肌に当たり、へんな反応をしてしまう。ビクンと体が震える。



(うあ……なんか、変な感じぃ……)


「あー…………む」



 ちゅ、と首元に噛みつかれる。

 でも何も痛くなかった。キバを使うわけではないのか?

 しかしそれでも彼女の柔らかな唇が首に触れている。そして唇だけで噛まれて痛みの感覚が全身を走る。



「あむあむ」


「あっ、あっ。ちょ、()まないで……」


「あむー………むぇい!」


「いった⁉︎」



 何度か唇で首を噛まれていたと思ったら、唐突に脇腹をつねられた。

 思わず体が跳ねて、ロザリアの方を向く。すると彼女は手のひらサイズのプラカードを持っていた。



「テッテレー、どっきりでしたー♪」


「え……」



 プラカードには『ドッキリ大成功!!』の文字。

 頭の中が真っ白になる。



「あはは! もうソニアったらノリノリすぎるでしょ! こっちまで変な気分になっちゃって、思わず首食べちゃった」


「え? え? ど、どう言う事……?」


「私が吸血鬼ってのは嘘だよ。これ、王都で買ったどっきりグッズね」



 気づけば彼女の口に、さっきまで見えていた白いキバがなくなっていて、その代わり彼女の見せてきた掌の上に白い二つの付け歯があった。

 首を噛んで来た時にはすでに外していたらしい。だから痛くなかったんだ。



「じょ、冗談だったわけか……⁉︎」


「うん。ごめんね」



 力が抜ける。ソファの上でだらんと体が伸びて、ソファの下に膝がつく。



「なんだよ〜!」


「あはは! 本当は血を吸ってもいいって聞いた時、断られたらバラすつもりだったんだけどね。本当、ソニアったら人のこと信じすぎだよ。嫌なことはちゃんと嫌って言わないと」


「いや嫌じゃない」


「ん?」


「ロザリアのためなら何だってする気だったのは本当だ。そこには嘘はないし……でも、うあああああ〜〜〜!!!」



 恥ずかしい!

 恥ずかしい!

 俺何した⁉︎何された⁉︎

 ロザリアに首元噛まれて、そのままあむあむされて……!



「うあがあァがウあアあああぁ!!!」


「え、えーと……」



 嘆く俺の隣に座るロザリアは、なんかモジモジしていた。

 また何かされると思った俺は、ソファから床に降りて這いずる。机の下を通って離れる。



「も、もう何もすんなよ!」


「し、しないよ〜……あはは」



 真っ赤になった顔でそっぽを向かれた。

 ん?なんで顔赤いんだ?



「熱? 大丈夫か?」


「ええ⁉︎ 今そんな事気にできる⁉︎ 優しすぎるでしょ⁉︎」


「?」



 なんでドッキリ仕掛けた方が動揺してわちゃわちゃしてるんだ?

 顔を赤くしつつも胸に手を置いて、少し落ち着いた様子のロザリアはポツリと言う。



「うーん……寂しいのは、ほんとかな」


「ほんと?」


「嘘言わないよ!」


「ほんと?」


「信頼失ってる⁉︎ ごめんて!」



 ジト目な俺に駆け寄って、慌てて謝るロザリア。

 互いに見つめ合って、緊張が解けて不意に笑い合う。



「あはは!」


「ふふっ、それにソニアのやわらかおっぱい揉めなくなるしねー!」


「そこ⁉︎ いや揉むなよ!」



 手をワキワキしながら本気で残念がるロザリアから身を引く。



「でもなんで急にドッキリなんか」


「? ドッキリするのに理由なんてないよ」


「まあそうか」


「でも強いて言うなら……」



 優しい笑顔で、彼女は言う。



「ずっとソニア、緊張してたよね。私と一緒にいる時さ。それを解きたかったかな」


「え?」


「なんだかずっと気を遣ってる感じで、私が着替える時は顔を背けてて、お風呂から上がるといつも恥ずかしそうにしてた。なんだか変わった感じがしたけど……でもそれでも、優しい想いは伝わってた」


「ロザリア……」


「だから、やっぱり寂しいかな」



 俺は心の中で納得する。

 そうだよな。ずっと一緒にいたんだから、俺の行動は全部バレてたはずだ。変な行動もロザリアは見ていた。

 それでも一緒にいてくれたロザリアには感謝しかない。

 そして同時にこう思う。吸血鬼はドッキリだったけど、俺の正体はドッキリでも何でもない。いつか打ち明ける時が来るのかな。


 その後、ボディアが部屋に来てイシュ先生から話を俺に伝えてくれた。学園長室に行って学園長に会いに行って欲しいとの連絡だった。

 俺がロザリアを追いかけた時、ボディアがイシュ先生と話していたのは、この事を伝えるためだったのか。

 ロザリアもボディアも優しい女の子だなぁ。こんな子達と知り合いになれて本当に良かったと思う。

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