ギブソン道中記②
突入基地ベテルギウスから東にずっと行ったところにあるグリーンモンキー基地。
そこを目指して整備されたアスファルトの道を進み、歩いていた時の事だった。突然、ライドウが倒れた。
「……え?」
バタン、といきなりだった。調子が悪いとか、気分が良くないとか、そんなこと一切言っていなかったのに唐突にだ。
「ど、どうした⁉︎ なんで慎重なお前がいきなり……!」
「ぐ、うう……」
うめき声をあげるだけで話す力がない。
ベテルギウスから出て数時間。ちょうど真ん中くらいの位置まで来ており、グリーンモンキーまではまだ半分ほどの時間が必要だ。進むも半分、戻るも半分の時間。
どこかに運ぼうにもどちらの基地も数時間かかる同じ距離。周りには木々が生い茂っていて、とても人に助けを求められるような場所ではなかった。
「待ってろ。とりあえずどこかに連絡入れてみるから」
ギブソンは携帯機器『フラン』を取り出した。しかしどこに連絡を入れる?
病院はダメだ。ここから近いところでもコンベア町、グリーンモンキーまでの距離よりも遠い。ならもう一つしかない。ベテルギウスに電話して助けに来てもらうしかない。車で迎えに来てもらう、基地にもある程度の医療機器は存在するだろう。
「……今、ベテルギウスに連絡した。電話をとってくれたのは幸運にもイルカちゃんだった。覚えてるだろ? 黒髪の女の人だ。すぐに車で来てくれるから、それまで堪えられるか?」
「うぅ、ぐ……す、まん」
「謝ることないっつの。お前は俺の無茶な旅について来てくれたんだしな、礼と詫びを言うなら常に俺の方だ」
電話で連絡した結果、ベテルギウスのイルカが来てくれる。
その間にギブソンはアスファルトの道から脇に逸れた、すぐそばの木陰にライドウを慎重に運んだ。そして水や食料を出してから、容体を確かめる。
「顔色がわりーな」
「げほっ、げほ、ぎ、ぶそん……」
「心配すんな。ちょっと変な空気吸ったのかもな。それとも朝練したから疲れたのかも……」
「ち、がう」
「ん?」
「———俺は、健康管理を、欠いた……つもりは、ない。朝練だって、出来たんだ。朝から調子、よかった……それなのに、こうなるのは、変だ」
変?
ギブソンは首を傾げる。何が変だと言うのだろうか。
冷静に考えてみよう。確かにギブソンも疑問に思っていた。自分よりかなり慎重な性格のライドウが、こんな具合悪そうになって倒れるまで何もしないはずがない、と。
腹が痛かったり、頭がくらくらし始めたら、自分なりに対処するはず。もしくはギブソンに一言声をかけるだろう。
「確かに。お前なら倒れる前に何かする、だが……いきなりだったよな。本当足がふらついていたり、体がフラフラしてたなんて事はなく、いきなり」
まるで電源のスイッチを切られたような、一瞬の出来事だった。
そもそもこうなった要因はなんだ?空を見上げて日の傾きを確認するが、まだ朝方で太陽はそこまでハッキリと出ておらず風も涼しい。熱中症とは考えにくい。
外的要因ではない、であるなら、内的要因……。
「ライドウ、今日何食べた?」
「……………………っ、ま、ずい。ギブソン!」
何を食べたかを聞かれたライドウは、青い顔のままボーッと思い出していたが、思い至るとすぐさま焦った表情でギブソンの腕を掴んだ。
「まずい? どうした? 何を食べたんだ⁉︎」
「お前、あの基地に連絡入れた、んだよな……そして俺は、お前が寝てる間に、朝飯をあそこで食べた!」
「それが、なんだってんだ?」
「言っただろ、朝から俺は調子良かった。俺が原因じゃない。あの基地に何かされた———ッ!」
「まさか朝飯に何か仕組まれたってことか⁉︎」
ギブソンは驚いた。そう言えば自分は、あの基地から出立してから鞄に入れていた軽食で朝飯を済ませた。あの基地で何も口にしていない、ライドウだけしか食べていないんだ。
「しかしそうだとして、なんでだ? なんであそこの人達は俺らに毒を盛るような真似を⁉︎ わけがわからないぞ、思い違いじゃないのか⁉︎」
「アホか、理由なら、なんぼでもある。お前はギブソン・ゼットロックなんだぞ……!」
「!」
そうだ、自分は勇者をぶん殴った不届者だった。
それに気づいたと同時に、西の方角から道路を走る車がやってきた。黒くて四角い軍用の中型車。基地に入った時に見かけたものと一緒。
つまりベテルギウスからの車。
「に、げろ、ギブソン」
「ああ⁉︎ バカ言うな!」
「あまりにも早すぎる……! こんな早くに到着するわけがない、電話して、数分しか経ってないんだぞ!」
「だからってお前を見捨てて逃げられるか!」
「なら迎え打つのか⁉︎ 相手は、軍人! 国の、兵士! 相手するならいよいよお前は国の敵だぞ!」
「………っ」
西側から車がどんどん迫ってきている。
その間に、ギブソンは思考を巡らせた。
ベテルギウスの軍人達がライドウの食事に何か盛ったのは事実だろう。それもこんなに到着が早いのだから計画されていた。
まず第一にライドウを見捨てる選択肢はない。それだけは絶対にない。しかしライドウの言うように戦うなら、勇者のみならず軍人にまで手を上げていよいよ後が無くなる。
戦うか、友を見捨てるか……その二つの選択肢がなくなったとなれば……どうする?
「車が、来る! 早く逃げろ! ギブソン!」
「ダメだ! 逃げるのは違う! そもそも……ライドウをこんな目に合わせて文句の一つも言えないなんて間違ってんだろうが! 悪いのはアイツらの方だ、なんで俺が尻尾巻いて逃げなきゃならない!」
「ギブソン……お前は!」
「何か、手立ては……何か……———ん?」
ギブソンはふとあることに思い至った。
それは凄まじく単純な疑問だった。
「なんで俺は朝食食わなかったんだ?」
思い返してみれば、なぜライドウは飯を食って、ギブソンは食べなかったのか。もし食べていれば自分もライドウと同じように地べたに這いつくばっていたはずだ。
ならなぜ自分だけがピンピンしているのか。
その理由は食べなかったからに他ならず……そしてその、原因は…………。
「エ、イト……?」
エイト・キュー。
紫髪の女の子。
そうだ、彼女だ。
彼女が朝にベッドの中に潜り込んでいて、そしてその後トランプと称した卑猥なゲームを開始しようとしたんだった。
そしてその後、細身で三白眼の基地長が現れて、叱られて、エイトはプラカードを首から下げた状態で廊下に正座させられていた。
「その後に、ライドウが戻ってきた……てことはあの時には、もうライドウは朝飯を食い終わった後だった……」
つまり朝飯のタイミングを逃したことになる。エイトのせい、否、おかげで。
ライドウが戻ってきた後にイルカとウェークの軍人が現れて……金髪の少女ウェークは正座させられたエイトの頬をつねっていた。
「まさかあれは、計画を破綻させた事への、罰……」
ギブソンとライドウに毒か何かを盛った料理を食べさせる計画を、エイトが邪魔してギブソンだけでも助けたんだ。
「………そうか、なら。全員があの基地で俺らを狙ってるってわけではないのか。それなら望みはあるかもな……」
それだけ分かれば十分だった。
ギブソンはおもむろに携帯を取り出して、あるところに電話をかけた。戸惑う通話相手をなんとか落ち着かせて、用件を伝える。
「———頼む! お前しかいないんだ! 情けないこと言ってるのはわかってる! 昨日の今日だ、本当面目ない……けど頼む———」
「そこまでよ」
タイムオーバー。
車が到着して、中から降りてきた金髪の少女ウェークが冷徹な声をかけながら、ギブソンの方にやってくる。肩にハンマーを担いだまま。
そして運転席からはイルカが降りてきて、助手席からは———
「……エイト」
彼女の姿を見て思わずギブソンは電話を持った手を降ろす。
エイトは目を伏せて申し訳なさそうにしていた。猫背になって、落ち込んでいる風だった。
ハンマーを持ったウェークがギブソンの背後に回って、頭にハンマーを向けた。そして黒髪の女性イルカがギブソンの前に来る。
「もう、私たちの計画はバレたようですね。」
「……なんのつもりだよ、アンタら」
「携帯、しまって」
背後からウェークに命令される。
「なんで」
「壊されたくないなら、しまえって言ってるの」
「………」
大人しくギブソンは携帯をポケットの中にしまい込んだ。
エイトの方を見れば彼女はずっと暗い表情をしていた。
「……なんでこんな事すんだよ、俺がアンタらに何かしたか?」
「いいえ、基地長もあなたの事は気に入っているようでした」
「ならなんで⁉︎ 基地長がいないのに、アンタらだけでこんな勝手を⁉︎」
「私たちが欲しいのはあなたの身柄です」
「身柄……?」
イルカは眉をひそめ、眉間に皺を寄せたまま、歯噛みしながら答えていく。
「勇者を殴った不届者。そんなあなたを手柄として国に明け渡せば、彼らは我々の頼みを聞いてくれるはず。その交渉材料にあなたが必要なのです。これは降って湧いた幸運、私たちに“進め”という神からの下知なのです。なので大人しく投降してください」
「……ライドウに何かしたよな? なにをした?」
「設定した時間が来ると途端に昏倒する特別な薬品を料理に仕込みました。脳を麻痺させる薬として活用できるもので、彼が動けなくなったのはそのため、正常な思考もできないはず……」
「……もしかして効果を薄めたりしたか?」
「? ええ、当然。我々が欲しいのはギブソン・ゼットロックの身柄だけですので」
「ならしくじったな。コイツは倒れた後も、すげー考えてアンタらの企みをすぐに暴いた。ライドウを侮りすぎたな」
「……確かに効力を弱めはしましたが、まさか。やはりそこのメガネの男の子は侮れませんでしたか、朝に会ってから警戒していましたが……こうして行動不能に出来た事は万々歳と言ったところ……ふっ、私には人を見る目が確かにあるようです」
イルカは懐かしむように小さく笑った。もしかすると軍に所属したばかりの頃、上官や先輩の同僚から言われた言葉を思い出しているのかも知れない。
彼女は腰に携えた剣のつかをいじっていた。
そして、不意に一息にそれを抜いた。剣先をギブソンに向ける。
「何度も言いますが私たちが必要としているのはあなたの身柄です。ライドウ君に何かするつもりは一切ありません」
「俺がアンタらについて行けばライドウは助けてもらえるんだな」
「はい。もちろん、彼は学園の方へと帰して———」
「どいつも、こいつも、よぉぉ…………っ!」
その場にいた全員がハッとなり、ライドウの方を見る。ライドウは背もたれにしていた木を頼りにしながら、ゆっくりと立ちあがろうとしていた。
メガネの奥の瞳が、薬のせいで揺らいで、汗も大量に出ていたが……それでもライドウはイルカに対して敵意を向けていた。
「ギブソンも、銀髪のアイツも、勝手ばっか言いやがってっ!」
「ライドウ! お前、立ち上がって大丈夫なのか⁉︎」
「うるっせぇ! もうお前も頼りにならねぇよ!」
「はあ⁉︎」
「テメェ投降しようとしてただろーが! ふざけんじゃねーぞテメェ!」
ガッと腰に携えていた刀を手に取り、地面に突き刺す。そして杖代わりにして立ち上がり、揺れる瞳のままギロリとイルカを睨む。
イルカはその気迫に押されていた。
「何が学園に帰すだ、勝手言いやがって! 俺は! 俺の意思で学園を去った! 学園に入学する前だって、故郷と実家の風習に納得いかなくて飛び出した! 戻るための道なんてとっくの昔にテメェ自身で壊してんだよ!」
まともに動かない体を無理やり動かして、意思のみで、彼は背筋を伸ばし鞘から刀を引き抜いた。
「戦うぞギブソン! こんな事言われて国もクソもあるかってんだ! 命終わるその時まで抵抗し続けるぞ、勢い余って全部ぶっ壊したって止まらねーぞ! いいな!!」
「———へへっ、ああっ! 乗った!」
ギブソンは拳を握り、ライドウは刀を握る。
ウェークが声をかけて、イルカも剣を握り直す。
そんな彼らの間に———エイトが立ちはだかった。
「待って!」
「エイト……?」
「……どきなさい、何をしてるの⁉︎ やはり情が移って彼らを助けるつもりで……だったら私にも後戻りの道はない!」
イルカも決意をしようとした。泣くように叫ぶ。
しかしエイトは首を振った。
「違います! 電話!」
「え?」
「車内電話に連絡が」
「車内、電話……」
エイトがギブソンとライドウの前に立ち、ウェークが警戒している中で、イルカは車に近づいた。確かに電話が鳴っていた。
一度ギブソン達の方を警戒してから、中に入って電話を取る。
「はい、すみません今取り込み中でして」
『中止だ、イルカ・グロンソッド六階級』
「その声……基地長⁉︎ しかしこれは……!」
『もう他のことなど考えている余裕はない。すぐに、ギブソン君から、手を引け』
「どう言う……」
『聞かれていたのだ———』
イルカは周囲を見る。だがこの場には他の誰もいない。
どう言う意味かわからないイルカに、基地長は告げる。
『———勇者、紅屋桜姫にな』
「べ、に、や………⁉︎⁉︎」
バッ!と勢いよくギブソンの方を確認する。
そんな彼女に、さっきポケットにしまった携帯を取り出して画面を見せた。ギブソンの携帯は光を灯していて、その宛先の名前の欄に『紅屋桜姫』と書かれていた。
愕然とするイルカの耳に、基地長の声が届く。
『124代目勇者紅屋様に全てが聴かれていた。ギブソン君は君らが到着する直前まで、彼女に電話をかけていた。そして通話を続けたままだった……ずっとな。そして、私の元へ紅屋様直々に、君らをすぐさま止めるようにと連絡が来た』
脱力して、剣を落とし、イルカは運転席の椅子に項垂れて寄りかかる。拳を握って食い縛る。
「……ウェークは、関係、ありません」
「イルカさん⁉︎」
脱力した脳内から吐き出されたのは、ウェークを守るための言葉だった。
ウェークは驚く。
勇者が関わったのならただでは済まない。最悪のケースで、この場にいる全員の首が飛ぶ。
「エイトも、ずっとギブソン君達を守ろうとしていました。だから彼女も関係ありません。全ては私が独断で行った事です」
「イルカ先輩……」
エイトも目を伏せて、そしてギブソンに目を向けた。
「………」
ギブソンはその目を見て、すぐに決めた。
繋がりっぱなしだった電話を取り、紅屋に声をかける。
「よお、ベニちゃん。ちょっといいか」
『ギブソン? なに? 言われた通りベテルギウスに今回の件を止めるように言ったよ』
「ああ。ほんと、昨日リムジンに乗り込むベニちゃんに元気でなって言ったばかりなのに、こんな早く電話かけて頼み事もするなんてな」
『わ、私は別にいつでも声をかけてくれてもいいけど』
「悪いがもう一個頼まれてくれねーか」
『いいよ。なに?』
あっさり了承する紅屋の軽さに苦笑しつつ、心の中で礼を言いながら、要件を伝える。
「ベテルギウスに今回の件は綺麗さっぱり何もなかったって事で手打ちにしてもらえないか」
『ほえ? いいの?』
ベテルギウスの軍人達は驚いた。イルカも顔を上げてギブソンを見て、通話向こうの基地長も息を呑んだ。
ライドウが汗を流しまくっている顔で、ギブソンの腰を肘で突っつく。
「おいギブソン」
「いいじゃねーかよ、ライドウ。元々俺は勇者をぶん殴ったやべーやつだ。ここで何もなかったってした方が旅が続けやすくていいんだ。このまま何もなく、グリーンモンキーまで行けたらそれ以上のことは何も必要ない。だろ?」
「………へっ、勝手にしろ。だが次俺のことを学園に帰そうとしやがったら背中から叩っ斬るぞ」
「恩に着る。本当にな」
エイトは、泣きそうになっていた。そんな彼女にデコピンしてから、ギブソンは紅屋に続ける。
「頼めるか、ベニちゃん」
『もう連絡したよ』
「さすがベニちゃん。サイコーだな」
『へっ、えへへ、うぇっへへ。そ、そうかなぁ』
(そのオタク笑いはアレだけどな)
ふと浮かんだ失礼な感想は心の中に閉じ込めておいて、ギブソンは改めてベテルギウスの面々の方を向く。
イルカの耳にはさっきギブソンが言った要件が基地長を通して伝わっていた。
「んじゃ、これで終わりだな。ライドウ歩けるか?」
「なめんな」
「へっ。だよな。それじゃアンタらも気をつけて帰れよ」
背を向けて、手を振ってあっさりとその場を立ち去るギブソンと、肩をすくめてからそれに着いて行くライドウ。
ポカンとしたままの彼女らは放置で。
△▼△▼△▼△▼
あっさりと立ち去った2人は歩きながら話していた。荷物を全部持ったギブソンは、鞘に納めた刀を手に持つライドウに気になった事を聞く。
「そーいえばよ、なんで俺を捕まえる気だったんだろうな。あの人ら」
「あん? 言ってただろ? 勇者を殴ったお前を捕まえて国に引き渡せば、自分たちの頼みを聞いてくれるだろうって……ん?」
「そうだ、そこだ。何を頼むつもりだったんだって思ってよ」
「……んー、まあもっと給料良くしてくれとか?」
「え、そんな感じなのか?」
ギブソンは思い返す。
イルカの言動や、ウェークとエイトのやっていた事を思い出して考えてみる。
イルカは基地長から電話が来て計画がご破産になった時、勇者から庇うようにウェークとエイトを守ろうとした。自分を犠牲にしてまで。
そんな人が、ただ給料が欲しいってだけでこんな事するかな?
「なんかありそうな気もするが……ま、しかし、何もなかったって事になったし聞くこともできないか」
「そうだな……ん? お? ちょっと待てギブソン」
「ん?」
ライドウが後ろから聞こえた足音に気づいて振り返り、ギブソンを止めた。
ギブソンと後ろを振り返ってみれば、道の向こうから走ってくる女の子が見えた。すごい遠くの方にはまだベテルギウスの面々が乗ってきていた黒い車が停まっていて、そこからこちらに走ってくるのは……。
「エイト」
「ま、待って。ギブソン、さん」
「気ぃ遣わなくていいっつの」
追いかけて来たエイトは、息切れはせず、追いついて来てから2人の顔を伺う。
「えっと……ごめんなさい! ご迷惑をおかけしました!」
「ん? んー、なんの話だろう。なあライドウ」
「おう、なんの事やらだな。基地で泊めてもらった時から記憶が曖昧でな」
「もしかしてベッドに潜り込んできた件か? それならもう基地長から叱られてただろ。それで済んでる」
「つーか羨ましいなテメーこの野郎。こんな可愛い子が布団の中にって……くそ!」
「なに苛立ってんだよ。男の嫉妬は見苦しいぜ〜」
「うるせえ!」
「あ、あの!!」
ここ一番で大きな声を出したエイト。
その大きな声に驚いて2人は口を閉じる。
エイトはどうすればいいのか迷った。もう彼らの中で今の件は終わっている事で、本当に何もなかったとするつもりだ。しかしこのままお咎めなしなのも落ち着かない。
エイトは悩んだ、迷った、そして一つ思い出した。ギブソンと初めて出会った昨日の夜のこと。彼は自ら選んで自分のするべきことを選んだ、勇者を殴ったのもそのため。なら決めるべきだと感じた。エイトもここで決断するべきだと。
「っ!」
そう考えると体が自然と動いていた。
一気にギブソンに向かって詰め寄って、頬に……チュッと軽くキスして、離れた。
ギブソンはポカンとしたまま、頬を赤く染めたエイトの顔を眺めるしか出来なかった。エイトは朝の布団に潜り込んだ時の勢いはどこへやら、照れくさそうにモジモジしていた。
「ありがとっ! ギブソンちゃん! あ、ライドウちゃんもね!」
それだけ言って、背を向けて逃げるように走り去って行った。
数分沈黙が流れた。
少しして、ライドウがギブソンの首を掴み上げたことで静寂が破られる。
「テンメエエエエエエエエ!!!!」
「うげー! や、やめろバカ! く、首が締まる……!」
「うるせぇ! なんでお前ばっか!!」
取っ組み合う2人。
すると暴れたギブソンのポッケから携帯が転がり落ちた。アスファルトの上で滑るその携帯の画面は———光が灯っていた。
ずっと同じ状態だった。通話を繋いだままにして、切らずにそのままだった。すなわち……聴かれていた。
勇者、紅屋桜姫に聴かれていた。
『今の、ほっぺにキスされたの? あと布団の中に潜り込まれてたってどう言うこと………?』
ゴゴゴ、と携帯から怒気オーラを感じる。
蛇に睨まれたカエルのようにギブソンは硬直していた。
救ったのはライドウだった。この時のライドウの動きは早かった。落とした携帯をすぐに拾い上げて、
「次! 俺らはコンベア町に行く! そこで合わないか勇者紅屋様!」
『ほえ?』
「ギブソンも紅屋様と会いたいってずっと言ってたんだよ! 昨日泊まった場所でも寝ながらうわごとで『ベニちゃん、ベニちゃん、可愛いベニちゃんに会いたいよ』って!」
そんなこと言ってねぇだろ!とギブソンは反論言いたがったが、電話から聞こえてきた叫び声にかき消される。
『うん!!! 行く!!! 会お!!!』
キーンとなる耳を抑えつつ、ライドウは『コンベア町についたらすぐに連絡する』と伝えてから通話を切った。
ふぅ、と一息ついてライドウは携帯を持ち主に返した。
「頑張れギブソン」
「テメェ…………恨むぞ」