ソニアの個人部屋
「流石に男と分かって、ロザリア・マルキュリア君と同室のままは出来なくてね。すまんね」
「いえ、まあオレもどうかと思ってた節あるんで」
ペアワッペンが終了してみんなが大浴場の方へ向かった一方で、俺は学園長から個人の部屋を紹介されて案内してもらった。
部屋の構造は元々2人用のためベッドが二つあって広いが、俺一人が使う部屋だ。
「女子の方も男子の方も、ましてや貴族王族が使う部屋もいきなり君に渡すと怪しまれるから、このように2人部屋をそのまま君に使わせるしか出来なかった」
「納得です」
部屋から持ってきた服や荷物を床に置いて、電気をつけるとベッドが二つ。どっち使っていいんだろう。どっちも使っていいのだろうか。
「どうだい、気に入ったか?」
学園長の質問に頷いて見せる。まあロザリアがいなくなって寂しさはあるが、事情が事情だ。仕方ないだろう。
「ありがとうございます、学園長」
「どういたしまして。おっと、そうだ師匠の件。メールは読んでくれたかの」
「あ、はい。読みました。オレに師匠を付けてくれるとの話でしたよね」
「ああ。だがちょっと難航しとっての、君の戦闘スタイルはいわば喧嘩殺法だろう。理由のない暴力を良しとしない方針上、なかなか相応しい先生がいなくての。だから外部から呼ぶしかないかのぉ……軍人を呼ぼうかと思っとるのだが、平気か?」
軍人?
師匠に軍人が付いても大丈夫かと言うことか。
「ええ、心配ないと思います。実際どんな方が来るのかわからない事には何とも言えませんけど」
「いやそこは私の裁量に任せて欲しい。ただ———いや。それより今回の試合はどうだった?」
一瞬、学園長は何かを言いかけて踏みとどまり、代わりに別のことを聞いてきた。学園長が意図して言わなかった事が気になったが、言いたくないなら仕方ないと質問に答える事にする。
「ラウラウに、ガーリックに、ライダークと強敵ばかりを相手にして……実力不足を思い知らされました」
「ふむ、彼らにとっても実りのある試合だったはずじゃ。ありがとう」
「オレももっと強くならなきゃ、でも、どうすれば」
「そのための師匠じゃが、そうじゃな。強くなるにはやはりコアの理解が必要不可欠じゃ」
「コア」
この世界の住民と、転移してきた勇者に宿る不思議な力。それが深力。
レッサーベアーから色々教えてもらっている。それによるとコアの本質は心か、技か、それとも体かという学説があると……ん?
「……学園長、ちょっといいですか」
「ん?」
「オトロゴンって居ますよね」
「ああ、彼か。彼はかなりの実力者でこれから先メキメキと強くなって、B級に上がれる実力は身につくだろう。彼がどうかしたかい」
「彼の技はコアの波動砲が主体となったものだと聞きました」
「【激灼拳】の事か。幻煌拳、大鳳拳、翼竜拳、蓋網拳、牛王拳、兎応拳、馬舞拳、頼老拳、蓮魔拳、霊虎拳に並ぶ拳法の一つで確かにコアによる波動砲が基本となる」
「はい、その波動砲ってやつ、今学園長できますか?」
「できんな。狙いがない」
「オレにお願いします」
「ほう?」
俺は両足に力を入れて、両腕を広げて学園長に腹を向ける。
「何か思い出せそうなんです。喰らわないとわからない」
「ふむ。まあいいだろう」
そう言って学園長はなんのフリもなく俺の腹にコアによる波動砲を打ち込んできた。瞬間体に激痛と共に衝撃が走り、力を入れていた足が浮いて、数センチ後ろに飛ばされた。バランスを崩して尻餅をついてしまう。
「最適な加減をしたが、思い出せそうかの」
痛みはすぐに消えた。かなり手加減されたように感じた。
しかし学園長の波動砲を喰らって思い出した。これを俺は一度喰らっている。
「……思い出しました、オレはアイツから一度喰らっている」
「アイツというと」
「ソニア。今は朝倉颯太のアイツです」
「……VIPルームでの一件、私も事後確認になるが把握している……状況から推察するに君が抵抗した時に、撃たれたと見て間違いないじゃろ」
「しかし覚えてないんですよね」
「と言う事はコアによる暴走じゃろうな。それにより覚えていなくても君は彼女に抵抗して、そして彼女は波動砲を放った」
「けどこの体、ソニアの体は今のを撃てるとは思えません。つまりアレはオレの体を元にして撃ってたって事ですね」
つまり体の学説に基づいたコアの使い方だ。さらに思い出したのが、アイツは体こそがコアの本質だと言っていた。
しかしレッサーベアーは心、ラウラウは技が本質だと主張している。
結局どれが正しいのか……いや、結論が出ないからこその論争だ。
しかし俺はレッサーベアーに教えられた心によってギブソンやラウラウ、ライダークとも戦えた。となると何が正しいかではなく、どれも正しい?
「大丈夫かい」
「……はい、大丈夫です」
「そうかい。まあ今日はゆっくり休むといい。そろそろ大浴場にいる生徒達も上がる頃だし、それを見計らって君も入ってくるといい。1人という事になってしまうが」
「はは、いえお気遣いありが———と……あ?」
「ん? どうした?」
コアのことを考えていた頭が、学園長の言葉で気が紛れて別のことを考え始めた時、真っ先に思いついたのが忘れていたアイツとのVIPルームでの一件。あの時のアイツの言葉を思い出した。
(アイツは俺を襲う時、言っていたのは……確か……)
自信に満ち、イタズラっ子のような表情で言っていた言葉を俺は思い出した。思い出した瞬間血の気が引いていく思いをして、学園長に詰め寄っていた。
「学園長! アイツって今どこにいますか!」
「え? 朝倉颯太君なら勇者だから王都に……」
「王都にいるんすね」
俺はスマホとそっくりな『フラン』で場所を検索した。王都は学園から出て北だ。一本道が繋がっている。
そういえばこの世界に来たばかりの時、入れ替わったソニアの体で王都から学園にこの道を送迎バスで通った覚えがある。
「オレ行って来ます!」
「待て!」
大きな声で呼び止められて、はやる足を止める。
「なぜ王都に行くんだい。理由は?」
「それは———」
俺は学園長に目的を話した。すると学園長の目が大きく見開かれていき、そして話終わった時にプッと吹き出した。
「ふっ、ははは! そうか! なるほどの」
「わ、笑い事じゃ……」
「いや分かった。私も協力しよう。しかし君は勇者蹴りじゃ、朝倉颯太君を蹴り飛ばした事は王都にも知れ渡っていて印象は悪かろう。1人で行くのは危険じゃ。だから……そうだ!」
妙案を思いついたようで、学園長は笑って手を叩いた。