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ソニアとラウラウ

『マック、ダッズン! 脱落!』



 頭上からアナウンスが聞こえるも、気にしている暇はなかった。

 何度か打ち合った。振り下ろされる武器に合わせて、拳を合わせて突き出し、攻撃をいなしていく。

 そして立ち回りながらラウラウの腹に付いているワッペンに手を伸ばすが、届かない。手を伸ばせばそれを武器で払ってくる。

 戦い中、ラウラウは何かを考えている風だった。俺の伸ばす手を躱すたびに眉間のシワが深くなっていき、ついに大きく飛び退いて俺から距離を取り、武器を地面に置いて俺を睨みつけて来た。



「今の攻防で、アンタの弱点がハッキリした」


「はあはあ……な、なにが」


「元々矜持か何かは知らないけど、ムダにフェアに行こうとして自身のプライドのせいか、圧倒的に不利にも関わらず相手に合わせて頭に傷を合わせるアホだと思ってた。そして今アタシと戦っているアンタは、女を殴る気がない」


「ッ!」


「なんども殴れるタイミングがあったはず。と言うかアンタは殴るタイミングを作るために動いていた……けど殴る代わりにワッペンに手を伸ばして来た」


「そんな事……」


「戦闘において性差なんて関係ない。どんな英雄でも少女に心臓をナイフで刺されれば死ぬ、という事。野生動物の世界には絶対の最強なんて無いと言われているそうよ、カエルだってヘビを食べる。人間だって魔族に勝てないから勇者を呼んでいる……勝つか負けるかわからない世界では命を賭ける必要がある……命がかかった状況で、あなたは、戦いの手を緩めるのかしら。ただ『女だから』だと言うだけの理由で」


「……………」


「女だから、なんて理由にあなたは命を懸けられるの? 懸けられるのなら」



 スッ、とラウラウは手を差し伸べた。それは救いの手では無い。



「潔く、そのワッペンを渡しなさい」


「! そ、それは……」


「もしかしてペアのために渡せない、なんて言うつもりじゃ無いでしょうね。ペアに気を違う資格があなたにあるかしら。本気でペアのことを考えるのならここは戦うべき、違う? 違わないわよね」


「…………」



 黙る俺に対して、ラウラウは手を下ろして武器を地面に立てて置くと、武器に体を寄せ、頬杖ついて体重を乗せて怠そうにため息をついた。



「やっぱり、アンタ女を殴る気ないんでしょ。どういう訳かは知らないけど。そんな心持ちの人を相手にするのは、コチラが、心苦しいわ。アタシは殴って良くてアンタはダメ、なんて窮屈な理屈はやめてちょうだい。他人の自由はアタシにとっては不自由」



 そして改めて武器を肩に担ぎ直すと、また手を伸ばした。



「勝つ気があるのなら張り切ってアタシをぶちのめしなさい。やる気がないならアタシたちが喉から手が出るほど欲しい昇級の権限を速やかに、後腐れなく差し出しなさい」



 自然と俺の手は土を握り込んでいた。



「負けを認めるなら勝った者の気持ちを汲み取って、アタシが気分よく受け取れるように渡しなさい」


「…………オレは」


「後悔してからじゃ、遅いんじゃない?」



 その一言が引き金となった。思考の海に沈む。

 後悔、ここでの後悔とはなんだ?

 ラウラウを殴れないこと?な訳あるか。違う、ここで勝たなければBクラスに上がれない事だ。

 多分、今からBクラスの誰かと勝負して打ちまかし、順当に昇級するなら、遥か先の話になってしまうだろう。ギブソンと戦い、ラウラウとレッサーベアーの戦いを見て分かった。

 Bクラス、果てにはAクラスを目指すなら並々ならぬ時間と労力が必要だ。そのうちに三年になって卒業して、朝倉颯太に接近する目的は露と消えてしまうだろう。

 ならこの競技勝つ方がいくらか現実的だ。理想も———ッ!



「ダメだ!」



 ガンッ!と頭を地面に叩きつける。額から滴り落ちる血も、気にせずに、俺は自分の過ちを認める。



(思い出せ、センセーから教わった教訓その六、理屈ばかりを信じ込まないこと! そしてその七、理想ばかりを信じ込まないこと! もうちょっと進んでいいかなではない、それでは遅すぎる! 今、センセーの言葉を思い出したこの時に止まらなくちゃならないんだ!)



 今俺が思い描いているのは理想か?理屈か?

 落ち着け、理想の反対は現実じゃない。幻想だって現実だ。

 こうして女を殴れないのは理屈か、理想か。理想であり理屈じゃないのか?なんの理屈だ?

 誰の……俺の……。



「———! そうだ!」


「え?」


「女子を殴っちゃいけない、これは……誰かが決めた意思じゃない! 周りがやっちゃいけないと言っているからやらないんじゃない、自分が決めた意思でやっている! そこは違わない! 間違いであるもんか!」



 なら……女のを殴りたくないは俺の理屈だ!

 なら理想を言うのなら、今ここで、ラウラウを殴ることだ!ここを超えてBクラスに上がるために、元に戻るために、帰るために進む!

 そちらに進むのは、嫌だけど、やるべきか。

 落ち着け、理想に傾いてもダメだ!自分の考えで、進むべきか、止まるべきか、逆方向に進むかは俺が決めるんだ!

 俺が………あ。



「そうか……“俺”を捨てればいいんだ」


「俺……?」


「…………」



 ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!

 何度も額を打ちつける。



「二度と、今決めたことは変えない。決して。後からやっぱアレはなしなんて言って前と同じように過ごすような最低な事は絶対にしない。だから……ここが分岐点だ」



 痛みを感じつつ、流れ出る血に熱を感じつつ、立ち上がってラウラウを見据える。



「私は覚悟を決めた! 前までの私なら最低と思うだろうけど、ここからはそれが当然と考える! もう迷わない!」


「……その目、その顔、その決意……そんなの、今まで見たことない」



 見たことない、と言ってラウラウはハッと気づく。



「もしかして、これがアタシの“試練”……! 成長するための、心の試練!」


「私はもう自分に囚われない! もう昔の自分はどうでもいい! 今!」


「やっときた! アタシの……アタシだけの試練が! 心派に屈するのは本当は嫌だけど!」


「「ここで変わってやる!」」

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