空いた二つの席
勇者学園の食堂。
生徒も教師もカウンターの前を一列に並んで、配膳される食事を取って好きな席に座る。そして食事をする。
大昔に学園ができた頃、勇者がこの食堂に来て食べたことがある。そして日本から来た勇者達はみんな食事に関してとても厳しく、美味しいものの追求に余念がない。
専属コックとかつての勇者が並んで一緒に腕を組み、頭を悩ませ、どれだけ時間をかけてもよりよい食事を求める。
そのためこの学園の食事も一級品レベルだ。
「大根って庶民的だけど、上品な味わいだよな」
おろし大根ハンバーグに舌鼓を打つ、黒髪おかっぱの少年マック。Cクラスの男子で出身は王都の貴族だ。
子供の頃から大きな屋敷で味の整った食事を取ってきた彼も、脂っこいハンバーグの味を整える大根には敵わない。
朝ごはんを食べている彼の後ろ。そこでガシャンと突然大きな音が聞こえてきた。半目で睨みながらマックは後ろを振り返る。
「……おい、食事中だ。うるさいぞライダーク」
ライダーク、と呼ばれたのはツンツンした頭の黒髪の少年。
彼は持っていた『フラン』を手から落として、空になった皿にぶつけていた。液晶画面には動画が映っていた。
銀髪の少女が、自分たちの代の勇者を蹴っ飛ばしている動画だ。
(“勇者蹴り”か)
一目でわかった。
マックとライダークと同じCクラスの女子生徒、ソニア・ブラックパンツァーが勇者朝倉颯太を蹴り飛ばしている。
一昨日、朝倉颯太と紅屋桜姫が来訪した際に起きた出来事で、勇者を蹴っ飛ばしたソニアの事を“勇者蹴り”と呼ぶようになった。
そして昨日……、ギブソンとライドウが学園から自主退学した。
「激動の二日間と言える。で、君はなんでその動画見てた……」
ジト目のまま尋ねたが、答える前にライダークの体が椅子から落ちて床に倒れた。
ぐーぐーといびきが聞こえる。
「まさか、夜更かししたのか」
「もしかして夜通しおっぱいデケェ女子を見てたのかもな〜、キヒヒ!」
下品な笑いをしたのはライダークの向かい側に座っていた同じクラスのモヒカン不良男子。
その言葉に内心苦笑し、マックは食事に戻る。床に転がるライダークに手を貸したりはしない。
苦笑した理由は、モヒカンの言った事が間違っていると確信しているからだ。ライダークはやましい気持ちで動画を見ていたわけではない。
(何かを見つけたのか。嗅覚は鋭いからな)
ライダークはソニアに何かを見つけたらしい。
それが何かはさっぱりわからないが、もしかすると勇者を蹴った事に対して特別視しているだけかも知れない。
それが少し気になったけれど、ライダークを起こしたりはしたくない。何故ならマックはライダークが嫌いだからだ。
食事に戻るために体を正面に戻すと、ふと、顔を上げた先に、ライダークの携帯に映っていた銀髪の少女が座っているのが見えた。
(噂をすれば影。ソニアか)
朝飯を食べに来たであろうソニアは、昨日のギブソンとの戦いで負った怪我を完治させて、普段通りに食堂のテーブルに座っていた。
隣には一国の王族である猫耳フードのニーナが、無表情で座っている。
あの時からあの二人はすっかり仲が良い。
「僕なら恥ずかしくてできないなぁ、あんなこと」
もちろんマックが考えているのは“勇者蹴り”の事ではない。
それは……、
(教室で……)
ガタッ!
と、近くのテーブルで席を立つ音が聞こえて、思考を止める。
見ればCクラス最強の女子生徒がおぼんを持って立ち上がっているところだった。
背が高く細い体をしながら出るところは出た体つきの女の子。彼女はなんの感情もない氷のような表情で、お盆を返却し、そのままスタスタと食堂から出て行った。
「デットのやつ、もう食べたのか」
「なんでライダークが倒れてんだ?」
食堂の入り口に目を向けていると、視界の外から声をかけられた。
振り向くとオトロゴンがいた。白い髪をした背の高い男子。
大きな手で、床に倒れているライダークを指差している。
「マックの後ろで。もしかして……やった?」
「やった? 僕がライダークを殴って気絶させたと?」
「やってないのか」
「そうだったら面白いかな。いいや、羨ましいと言うべきかな」
「羨ましい?」
「ああ。並行世界のパラレルワールドって言うのは、今オトロゴンが言った『もしかして』から生まれるんだろう? つまりどこかにライダークを殴って気絶させた僕がいるわけだ。だから羨ましいな、と」
「お、おう……想像以上に仲悪いなお前ら」
余計なことしなくていいのに。オトロゴンはライダークを担いでから、テーブルに上半身を置いて寝かせる。
そこでライダークの目が覚めた。
「ふあ? 何で俺、食堂にいんだ?」
テーブルの上で顔を上げて目を擦りながら周りを見る。
横を見てオトロゴンを見つけ、そして背後を見てちょうど立ち上がったところのマックを見つけた。
「オトロゴン? って、ああ? マック?」
「もしかして」
「あ?」
「君の事が気に入らない奴が、操ってここまで来させたかも。なーんてな」
そう言い残してマックはトレイを持って立ち去った。
何言ってるのか分からなかったライダークは首を傾げた。そして自分の目の前に置かれた空の皿を見て、思い出す。
「ああそうだ……ずっとソニアの動画見てたんだった」
「ソニア?」
まだ残っていたオトロゴンは皿のそばに転がったライダークの携帯を見つけた。
そこには“勇者蹴り”の映像が映っている。
「ああ、昨日のか。実際戦いは見に行かなかったが、正直すげーと思ったな」
「ん? すごい?」
「だってよ、Bクラスの、それも上位の実力者に勝負を挑まれて、そしてここまで戦えたんだからよ」
オトロゴンは離れた所に座っているソニアに目を向ける。
ニーナと何か話しながら食事している彼女の姿があった。
「驚いたな。ソニアがあんなに強いなんて。ウチのクラスはもうガーリックとデットしか、上澄はいないと思ってた」
「おいおい、お前にそう言われたら俺の立つ瀬がねーぞ」
「なんで?」
「お前もその上澄の1人だ。仲間のサンタンクも含めて。俺は……落ちこぼれのレッテル貼られてないだけの、ドロくそさ」
椅子にちゃんと座ったライダークの顔に翳りが落ちる。
慰め言葉が思いつかなかったオトロゴンは、自分の考えを答える。
「……ま、Bクラスの奴らに少しでも隙が見えれば上がるつもりだ。ただ、ガーリックのやつは死んでも興味ないし、サンタンクは……」
友人の姿を食堂の中から探す。
ソニアの座っている所から、テーブル三つ分離れたところに赤い髪の友人は座っている。
彼は……、隣のテーブルに座っているAクラスの女子から顔を背けていた。眉間に皺を寄せながらも決してAクラスの方を見ようとしなかった。
「ああだしな」
「あれ、何してんだ?」
「怖いんだよ。自分より強い奴が。だから十分Bクラスに上がれる実力があっても、ああしてくすぶってる」
「滝壺の鯉だな」
「なんだそれ」
「陽舟島のことわざ。鯉は滝を登ると龍になるって伝説があるらしいんだがな、このことわざの意味は滝を登ろうとせず滝壺で滝の上を眺めるだけの奴の意味」
「臆病もん? それとも、怠け者って意味か?」
「滝を登る根性がない奴だと俺は解釈している。だが———」
自分の携帯を拾い、そこに映る画面を覗く。
銀髪の少女が絶対的存在の勇者を蹴り飛ばしている。
見つめてから、携帯をポケットにしまい空になった自分の皿を持ち上げる。
そして立ち去る際に、最後に言い残す。
「それも終いだ」
ライダークは歩き出した。
その背を見送るオトロゴンの前には、ライダークとマックがいなくなった空席が二つ。
キャラ紹介
【勇者蹴り】ソニア・ブラックパンツァー
中身は朝倉颯太。魔王の力によって入れ替えられた15歳の少年。
身長147センチ、胸はクラスでもトップクラスの大きさ。体が固く運動神経が鈍いため戦いに向いておらず、落ちこぼれになっている。本当は肉弾戦向きではないようで……?
必殺技は【神風】、【天下布武】。ネーミングセンスは暴走族のリーダーだった両親の影響。