とある学生の苦悩
———???視点。
ほんの些細な好奇心だった。VIPルームにCクラスの女子が連れて行かれたと噂を耳にして、扉の向こうから音だけ聞いてやろうかと思った。
けど聞こえてきたのは派手に何かが倒れる大きな音。何かあったのかと覚悟して慌てて入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
VIPルームに取り付けられたベッドの向きがおかしな方向に向いていて、そしてそのそばで今代の勇者朝倉颯太が座り込んでいた。
———足を切断した状態で。
「ヒッ……!」
思わず悲鳴を上げてしまう。
私に気づいた勇者は、歯の折れた顔を歪ませ、鬼の形相で叫びまくった。
「そこのアンタぁ! 見てわかるだろうが! さっさとこっち来て治せボケ!」
勇者に話しかけられて身がすくむ。
さらに勇者の怒声は続く。
「お前……見覚えある顔! 同世代だな!」
「え、あ……?」
確かに自分は15歳で、朝倉颯太と同じ年だ。
しかしその言葉にわずかな違和感を覚える。
だがその違和感の正体を考えつく前に、さらに勇者は怒鳴る。
「いいから早く治せ! そうだ『約束』する!」
「え?」
「勇者が仲間を選ぶ時、お前を選んでやる! 約束するから! 早く治せ!」
「やく、そく……?」
「アンタみたいななんの取り柄もないサルでもコア使って治すくらいは出来るだろ! なんなら歯を治すだけでいい! 足は自分で治す!」
「ゆ、勇者さま?」
「早くしろポンコツ! アイツが起きる前に!」
勇者が指を刺した方向には、ベッドの下敷きになってる胸の大きな銀髪の女子がいた。多分VIPルームに誘われたCクラスの子なんだろう。
「な、何があったんですか?」
「お前には関係ないだろ! もし間に合わなかったらアンタの両親を見つけ出してズタズタに引き裂いて殺す!」
「なっ! う、うそ……」
「早くしろぉ! 今すぐここでお前を殺してもいいんだぞ! 『約束』したんだぞこっちは!」
「は、はい……」
私は言われた通り、折れていた歯を治した。そして私のコアはそれなりに多い方なので、足の方も治した。斬られた足があったのでくっ付けて簡単に元通りにできた。
「な、治しました……けど、その……」
「思い出した。アンタBクラスのやつか」
「え、あ、はい」
なんでわかったんだろう。
「『約束』は守る。ただしここであったことを話したらアンタも、アンタの友達も、家族も全員皆殺しにする。勇者の力はわかってるわよね」
「え……え……」
「ったく、グズが。さっさと治せっての」
最後に強く蹴り飛ばされて、床に倒れてしまう。
そして朝倉颯太は倒れた私をそのまま担いで、部屋から出て行った。部屋で倒れている銀髪の女の子が遠のいて行く。
学生寮の三階から降りて、寮から出た時にその辺の地面に放り捨てられた。
「キャッ!」
勇者は私の方を見向きもせず、そのままどこかへ走り去っていってしまった。
残された私は、今起きた出来事を振り返り……私は単純に今の勇者は嫌だと感じた。
(私たちの勇者があんなんだったなんて……でも、いやまさか……イヤ……そうだ、『約束』したっ)
嫌だと感じると同時に、仲間に指名される事を約束された。つまりあの勇者の仲間として3年後旅立たなくてはならない。
さっきの勇者の数々の暴言を思い返す。
「イヤだ……あんな勇者の仲間なんて……イヤだ……」
しかし『約束』してしまった。
私は失意に打ちひしがれる。勇者の仲間なんて良い事のはずなのに、あの勇者の言動を見てから、怖気がするほどイヤになっていた。
なのにもう戻れない。『約束』してしまったからには、あの勇者の仲間になることは確定してしまった。
「ど、どうしよう……」