勇者学園は異文化を認める道徳
「ソニアー、ご飯行くよー」
ロザリアに呼ばれて、着替え中の悶々とした気分に戸惑っていたが、目を覚まして支度を整えロザリアについて行く。
大きくて広い廊下を渡り、ロザリアが先頭を歩く形で食堂に向かう。周りには朝に起きてきた生徒たちと教師たちがわんさかいる。
「あ! ボディア、おはよう!」
ロザリアは食堂に行く前の廊下で友達を見つけて駆け寄った。
背の高い褐色の、民族色の強い頭飾りをつけた女の子。名前はボディア。
ボディアは優しい子で、駆け寄ってこけそうになったロザリアの身体を優しく支えた。
「わっ! ご、ごめん、こけそうになっちゃって」
「大丈夫よ。おはよう、ロザリア」
「おはよう」
そして、ロザリアとボディアはキスをした。唇同士でチュッと軽く。
何度見てもビックリする。女の子同士のキスを見てドキドキする。
これはボディアの民族風習であり朝の挨拶だ。同性なら唇同士でキス、異性なら男性側から彼女の手の甲にキスを落とす。前に遠くからロザリアとボディアがやっている所を見て、その後に別の生徒にどういうわけか聞いて知った。
ここは廊下で周りには沢山人がいるが、大半は何も反応せず通り抜ける。まあ少しはこちらを見て恥ずかしそうにしたり、興奮してたりする人物もいるにはいるが。
「ソニア、どうしたの?」
「い、いやなんでも! おはようボディア」
「おはよう」
朝の挨拶をすると、ゆっくり、ボディアの唇が俺に近づいてくる。
思わずビックリして身をひいてしまった。
すると目を見開いて驚いたボディアが何か言う前に、横からロザリアに怒鳴られた。
「こら! ソニア! それは失礼だよ!」
「う……」
「ボディアはおはようって私たちの挨拶の仕方をしてくれたのに、向こうの風習は認めないなんて、サイテーだよ!」
「そ、そうじゃなくて!」
この学園にはボディアのように、他の地方からいろんな民族や種族が集まっている。勇者の助けになる者が誰なのかわからないから、色んな者を学園側が集めているからだ。
そして同時に、この学園の教える道徳も自分と違う文化を否定しないことや、風習の認め合いが基本となっていて、ロザリアもそれを守っている。これは俺の不手際としか言いようがない。
ボディアだって俺が身を引いたことにショックを受けているはずだ。
(し、しかしやはり、女の子とキスするのは……)
「ソニア!」
「いえ、大丈夫です。私も強要するつもりはありません」
「い、いえ! やります!」
優しいボディアにそこまで言わせては、男が廃る。
思い切って俺はボディアの頬を両手で挟み込んで自分の方に寄せ、背伸びしてこちらも顔を近づける。ボディアの肌の感触、近づくぷっくらした女の子の唇に動悸が激しくなる。しかしボディアに恥をかかせまいとキスをした。
当然俺は目を瞑った。唇の感触は……一生忘れないかも。
「ぷはっ。ご、ごめんボディア」
「……いえ」
少し動揺してたようでボディアは一瞬硬直していたが、すぐに柔和な笑顔になり、俺を抱きしめてくれた。俺とボディアの胸が重なり柔らかく潰れる。
さらに動悸が激しくなり、頭が熱くなる。
「ありがとう、ソニア。でもどうしたの? 前までは普通にやってくれたわよね」
「え、いや……ごめん」
「もしかして苦手になったとか? 思春期だから?」
「えーと」
入れ替わって中身が男になったから、とは答えられないな。
「苦手なのに頑張ってくれて。とても嬉しいわ」
「い、いいい、いや……」
動揺しすぎてまともな返事ができない。
ボディアの体……あったかくて気持ちいい。って俺は何を考えてるんだ!
身体を離されると、途端に寒くなる。その寒さに寂しさを覚える。ボディアの顔を見れば俺の肩に手を乗せてクスクスと笑っていた。
「けど相手の頬を無理やり掴んで引き寄せるのは、あなたは私のもの、という意味合いに取られる行為よ?」
「なっ⁉︎ ご、ごめん! そんなつもりはなくて!」
「そんなつもりはない、か。私には魅力がないのね……」
「ち、違くて! ボディアは優しくて素敵な女の子だよ! 魅力的な女の子だよ!」
「それは良かったわ」
「え?」
「さっきのキスの後に、キスされた側が相手を抱きしめるのは、あなたを受け入れるという意味があるのよ」
「え!」
「つまり今から私たちは恋人ってこと」
「えええええ⁉︎⁉︎⁉︎」
「ふふふ、冗談よ」
「えええええ……」
楽しそうに笑うボディアに、してやられた感があり俺はどう反応していいか分からなくなった。このガッカリ感はなんだろう。
「うっ、ちょっと頭がクラクラする」
あまりの動悸の激しさと、頭に血がのぼったことでクラクラして足もふらつく。
そのままの状態で、ロザリアとボディアは俺を置いて先に食堂の方へ向かったので、俺も後から食堂に向かった。ロザリアとはいつも一緒に食べているというわけではない。