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そうしてギブソンは旅立つ

「おや、貴女は……」


「あ、五芒星の……」



 戦いが終わった後、筋肉痛でズキズキ痛む体を引きずって俺はギブソンの部屋の前まで来た。

 あの時、俺が目覚めたのは講堂にいたみんながもうすっかり立ち去った後だった。そこから授業があって俺も痛みに耐えながら受けた。そして放課後に俺はここに来た。

 理由は、勝負の後ギブソンが何か考えている風だったとボディアに教えられて、気になって仕方がなかったので部屋まで来た。

 まあ勝負が終わった後、どっちが先に相手に話しかけるかで格好が違うからな。勝った方が話しかければ嫌味に見えるし、負けた方が話しかければ惨めな負け犬。負けた者としてカッコ悪く吠え面かこう。



(と、思ってきたわけだが。まさかリキュアに会うとは)



 ギブソンの部屋の前で、五芒星の1人、槍使いのリキュアと出会った。相変わらず切先をカバーで覆い隠した赤(つか)の槍を持ち歩いているようだ。

 向こうも予想外だったようで驚いている。



「まさか貴女が居るとは思いませんでした」


「まあ、あの後なにも無かったから、気分悪くて」


「そうなんですか」


「そう言うリキュアは?」


「んー、なんでしょう。自然とこっちに足が向いていまして」



 丁寧な言葉遣いの少女、リキュアは自分でも自分の行動がわからないようだ。



「ギブソン殿には恩義がありますが……部屋まで来たのにはまた別の理由があるはずなのです。しかし自分でもよく分からなくて、おかしな話ですよね」


「些細な気づきが、元々ある大きな考えに飲み込まれて、その気づきがなんだったのかわからなくなる。だからここに来た理由が元からあるギブソンへの恩義に置き換わってしまってるのかも。行動の意味よりも、今日あった出来事を思い返す方が良いと思う」


「すると……やはり今日の貴女とギブソン殿の勝負が関連しているのでしょうね。ありがとうございます、ちょっと分かった気がします」


「あはは、それを私と話してるのも変な話だけど」


「あ、ごめんなさい。貴女の気持ちを考えず……」


「気にしないで。平気だから」



 すっかり部屋の前で話し込んでいた。

 俺らの会話が扉越しに聞こえてきたのか、部屋の扉が開いて部屋から黒髪でメガネをした同級生が出てきた。



「部屋の前で何話してるんだ? って、お前……」


「あ、えーと……」



 俺の方に視線を向けられてどう答えようか困る。そもそも名前がわからない。

 すると隣にいるリキュアが先に話し始めた。



「どうも失礼します、ライドウ殿。私たちはギブソン殿に用事があって来たのですが」



 ライドウって名前なのか。

 するとライドウは首を傾げた。



「なんだなんだ、五芒星引き連れて仕返しにきたのか?」


「やんないよ」


「残念だがギブソンはいないぞ」


「え?」



 今は放課後だ。特に用事がなければ部屋にいると思ったんだが。



「どこにいるのか知りたいなら、そうだな……学園長あたりに聞きに行くと良い」


「学園長……って、あ! そう言えば後で学園長室に来て欲しいって言われてるんだった」



 すっかり忘れていた。



「でしたら私と一緒に学園長室に行きましょう。ライドウ殿はどうしますか?」


「行かねーよ、行く意味もねーし」


「ん? ライドウはギブソンがどこにいるのか知ってるのか?」


「興味ないって意味での意味ない、な。あといきなり呼び捨てかよ。今まで一ミリも接点なかっただろ」



 しまった。思わず呼び捨てにしちまった。怪しまれたか?



「はあ~、なんかお前見てるとギブソンを見てるようだな。お前もアイツも容赦の無ぇ言動に、変なとこで意固地で頑固で強情でプライド高くて……」



 そ、そんなんか、俺!?

 自分の事は自分でも分からねーけど、そんな性格してるか?俺?

 つーかギブソンと似てるって事か?どこが?



「良いからさっさと学園長のとこに行っちまえ」


「あ、うん。ありがとう、ライドウ君」


「わざわざ付け直す必要ねーよ、めんどくせー。じゃあな」


「ありがとうございました。ライドウ殿」



 部屋に戻っていくライドウに、リキュアと2人して頭を下げる。



「さ、行きましょうか」


「うん。リキュアも行くの?」


「ええ、先ほどのライドウ殿の感じからしてなんだか嫌な予感がするのです」


「ああ、リキュアもか。あ! と言うかごめん、ずっとタメ口だったよね」


「良いですよ別に、どんな呼び方でも。ギブソン殿は私と出会っていきなりリキュアちゃんでしたからね」


「はー、随分と肝が座ってるのね、アイツ」



 そんな話をしながら学園長室に向かっていると、学生寮を出た所で意外な人物と鉢合わせした。

 それは先輩勇者の紅屋桜姫だった。



「あら? 紅屋殿。どうもこんにちは」


「え? 意外な組み合わせというか……ん? なんか変な勘ぐりしちゃうけど、もしかしてギブソンのとこに行ってたり?」



 俺とリキュアを交互に見て、と言うか主に俺をすっげー見てきて紅屋はそんなことを尋ねてきた。

 なんのための勘繰りだよ。



「行ってたわ。それが?」


「それがって……勝負に負けた君がギブソンのところに行くなんて……」


「別にお礼参りなんてしないわよ」


「なんだか素っ気ない態度。そう言えばリキュアさんはちょっと前にギブソンに助けられたって聞いたけど」


「え? あ、はい。そうです。その時に助けてもらい、彼には大きな恩義があります」


「まさかだけどさ……その、2人はギブソンの事好きなの? 恋とか」



 紅屋は恐る恐る聞いてきた。

 そう言えば紅屋はギブソンに気があるって話だったな。

 ええー、てことは俺ギブソン狙ってる恋敵に見られてるって事か?なんかビミョーな感覚だな。

 自分は男なのにと、頬がひくつく。

 俺より先にリキュアが答える。



「経験がないのでわかりませんが、特にそういった感情は持っていないと思います」


「は、歯切れ悪いわね」


「と言いましても、助けてもらった恩義はありますが、それが色恋のキッカケになるかと言われると……私も分からなくて」


「うっ、そ、それは私に言ってるのかしら。きゅんとしちゃったんだから仕方ないでしょ……」


「?」



 リキュアは悪気が微塵もない純粋な目で、ぶつくさ言う紅屋を見て、首を傾げる。



「どういう意味でしょうか。とにかく、ソニア殿はどうかわかりませんが私にはギブソン殿に対する恋心は持ち合わせておりません」


「私も持ってないわよ!」



 急いで俺も否定する。



「し、信じて良いのね?」


「うん」


「はい。しかし気になされると言う事は紅屋殿はギブソン殿の事が?」


「ち、ちがっ———私は別に……」



 ちょっと揶揄うつもりで、助け舟でも出してみるか。



「もしギブソンに会いにきたなら、彼いないみたいよ。だから今から私たちは学園長に話を聞きに行くところ。一緒に行くかしら?」


「え、あ………」


「それともギブソンがどこに行ったのか興味ない?」


「……………いく」



 もじもじしながら紅屋は小声でそう返事した。

△▼△▼△▼△▼


「「「ギブソンが退学した⁉︎⁉︎」」」



 勇者の紅屋と、五芒星のリキュアと共に学園長室に向かい、学園長から聞かされたのは衝撃的なものだった。

 なんとギブソンがこの学園を辞めたのだと言う。



「もとからルームメイトのライドウ君から言われてた事みたいで、勇者が気に入らないから勇者を殴った自分として、これ以上この学園には居られないってさ」



 ソファに座らせてもらい学園長の話を聞き終わる。テーブルを挟んで対面に座る紅屋は、すっかり俯いてしまっている。



「あの……」


「待ってください、ソニア殿」



 声をかけようとしたところで、隣に座るリキュアに肩を掴まれて止められる。そして耳元で『慰めるのはもう少し様子を見てから』と言われた。

 確かにギブソンが退学したと言うだけで紅屋が落ち込むだろうか。俺の知らない何かが彼女とギブソンの間にだけあって、それで責任か無念を感じて落ち込んでいるのだとしたら俺の出る幕はない。

 どうして落ち込んでいるのか、わかりようがない。安易に踏み込むべきではないか。

 なら俺が聞くべきは……学園長に対してかも。



「学園長、ギブソンが退学した理由ってそれだけなんですか?」


「勇者を殴り飛ばしてもう選ばれる事はもうないと諦めたのと、もう一つ理由がある」


「それは?」


「彼はまだ夢をあきらめていない、そのために各地を巡る旅だそうだ」



 夢?

 勇者を越える勇者になる、と言うやつか。

 それとも勇者を解体すると言ったアレのことか。

 どちらにせよ、勇者に関連することで、そのために旅に出たのだとすると……んー、どう言うわけなんだろう。

 と、そこでリキュアが推察を述べた。



「ギブソン殿の事ですから何か答えを求めているはずです。ソニア殿に戦いを申し込んだ時と同じく、些細なことでも気になるとどうしても答えを見つけ出したい。そういう人です」


「そうかもな」



 リキュアの考えに納得してしまう。確かにアイツはそう言う奴だな。



「どうして……」



 と、そこでずっと黙っていた紅屋がポツリと言葉をこぼした。

 俺とリキュア、そして学園長は黙り込む。

 静かな学園長室に紅屋の声が通る。



「今年は私が旅に行くって言うのに……どうしてあなたが先に行っちゃうのよ」



 思わず声をかけようとしてしまい、またリキュアに止められた。

 そして紅屋は誰の顔も見ようともせず、顔を伏せたまま立ち上がった。そして最後に一言こぼした。



「初めての恋だったんだけどなぁ……」



 そうして紅屋は部屋から出ていく。

 それに応じて学園長がどこかに電話して、連絡していた。聞いてみると勇者の護衛に来ていたスーツのボディガード達に連絡して、紅屋を王都に返すよう指示したらしい。



「大丈夫か、アイツ……心の支えになってくれる人は、紅屋のそばにいるのかしら」


「ソニア殿は優しいのですね」


「そうかな。自分勝手な妄想する時もあるんだけどね」


「美徳は人それぞれ。それがこの学園の道徳の一つでもありますし」


「そっか」


「しかし私も紅屋殿の様子は気になりますね。彼女が王都に帰るまでに追いかけて声をかけてみます。ソニア殿は学園長とお話があるのですよね」


「あ、うん。ありがとう」


「ふふっ、それでは」



 リキュアも立ち上がって部屋から出ようと扉のドアノブに手をかけたところで……ふと、リキュアの動きが止まった。なんだろうと思い首を傾げてその背中を見つめていると、リキュアが振り返ってこちらを見つめてきた。

 その目は印象的だった。いつかの食堂での事、俺を見ていない目とは違う、俺だけを見つめている目。



「ソニア殿。どうしても認められない美徳もありますよね」


「え、ああ……」



 どこか思い悩んだ雰囲気の彼女は、俺に尋ねてきた。

 今の話の続きだろうか。しかし彼女は真剣そのもの。彼女の心が少し垣間見えたと感じた。



「ソニア殿」


「なに?」


「もしそれが、認めなくてはならないとしたら……どうしますか」


「どう言う状況か想像もつかないけど、私はさっきも言った通り、自分勝手だし。好きなようにすると思う」


「ああ、なるほど。私もそうあれたらどれだけ“楽”か……ふっ、【極楽鳥】の異名が泣きますね」


「……ねぇ、もしかしてリキュアが今想像してる、そのムリでも認めないといけない相手ってさ、朝倉颯太?」


「…………」



 しばらく黙り込んで、ドアノブを捻ってから扉を開けて、出て行く瞬間にリキュアはボソリと呟いた。



「もしも貴女が勇者だったらなと、考えてしまいます」


△▼△▼△▼△▼

 ———ギブソン・ゼットロック視点。



「さーって、行くか!」



 学園には北側にある正門と、南側に裏門がある。

 北から出て道なりに進むと王都に着く。

 なので俺は南の裏門から出ていくことにした。勇者と喧嘩した俺が王都に行って勇者の鉢合わせるのはマズイと考えたからだ。

 学園の南には魔族がうじゃうじゃいる危険区域に続く道があり、危険区域の前には突入口と呼ばれる危険区域に入るための王国の作戦拠点が存在する。このまま真っ直ぐ進むとその突入口に辿り着くだろう。



「しっかし、良かったのかよ、おまえ」


「今更なんだよ」



 やっと準備を整えて、旅に出るぞと門の前に立った俺は隣に立つ友人を見る。

 すっかり旅の準備を済ませて、荷物を持ったまま俺と一緒に行く気満々だった。



「そうそう、ついさっきお前を訪ねて女子2人がやってきたぞ」


「お! まさか脈ありの女子がいたのか? 学園長とお前にしか話してなかったのに俺が出ていくって皆んな知ったのかなぁ~」


「呑気な」


「もしかして別れる前に挨拶しに来てくれたのか! 惜しいことしたなぁ~」


「ちなみに片方はリキュアな」


「リキュアちゃん? なんで?」


「んで、もう片方は銀髪で巨乳」


「………もっとわからねぇ。なんでその2人がセットで俺んとこ訪ねてくるんだよ」


「さあ? まあでも多分、銀髪巨乳の気持ちはお前ならわかるんじゃねーか? 似てるし」


「似てるかぁ?」



 自分の事は自分でわからないが、そこまで似てる気しない。

 けど想像してみると何となくわかった。



「あ、そうか。勝負の後なんも話さなかったからか。確かに思い返すとなんか心残りあるな」


「やっぱ似てんじゃねーか。戻るか?」


「………いや、いい。アイツなら分かってくれんだろ。俺がアイツの立場だったら何も言わず黙って見送るからな」


「ふーん。じゃ、あっちはどうする?」


「あっち?」



 ライドウが指をさしたのは俺たちのいる南の門の反対側。つまり王都につながる北の門の方向だ。そこにはリムジンが置かれていて、ちょうど人が乗り込むところだった。

 スーツ姿のボディガードに囲まれて乗り込むのは、俺もよく知る勇者だった。



「…………」


「どうすんだよ。見るからに落ち込んでるぞ」


「いやなんで落ち込んでんのか分からねーからどう声かけて良いか……」



 乗り込む直前にリキュアちゃんが現れて、落ち込む彼女に声をかけていた。やっぱり優しいなリキュアちゃんは。自分勝手な俺とは大違いだ。



「さよならくらいは言っても良いんじゃねーか」


「あの様子だと、学園長から話を聞いたばっかだろ。出て行ったって聞いたばかりなのに俺が現れたら変な感じに……」


「ふーん。じゃ、あの子は落ち込んだままでいいって事か。後から後悔し出したら叩っ切るぞ。それでも良いんだな」


「お前俺に何して欲しいんだよ……」


「先行くぞ~」


「ちょ!」



 ライドウは荷物を持って南の門から出て行った。俺のことなど気にせずにどんどん進んで行ってしまう。

 俺は迷った後、後で後悔するよりもマシか、とやはり自分勝手な考えをしてリムジンの方へダッシュした。

 車に乗り込んでいた彼女は気づかなかったみたいだが、リキュアちゃんが気づいてくれて、進もうとした車を止めてくれた。

 そして停車したリムジンの元まで駆け寄ると、彼女が出てきた。胸に手を当てて不安そうにしながらも、顔を見ればどこか安堵している風だった。さっきまでの落ち込んでいた様子とは違っていた。



「ベニちゃん、一個言い忘れてた」


「ギブソン……」


「えーとえーと……」



 頭をフル回転させるが、こんな場面初めてなのでちっとも思いつかない。そして出てきたのは至極単純なものだった。



「元気でな」



 他に言うことが見つからなかった。それだけ言って、南門に向かってダッシュした。逃げるように。

 もっとカッコいいこと言えたら良かった。



「ありがとー! ぐすっ、ギブソンも元気でねー! また会おうねー!」



 そう後悔していたが、涙混じりの彼女の声を聞いて、胸を張って学園から出た。

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


「しかしマジで良かったのか? ライドウお前、俺についてきて」


「どーしても俺の付いてくる理由が欲しいか?」


「いや頼りになる気心知れた奴が来てくれるなら良いに越したことはないんだが」


「俺が【陽舟島】出身だってのは知ってるよな? 海向こうの」


「当たり前だろ。それが?」


「元々俺の家は忠義に生きて忠義に死ぬようなそんな家系だったんだよ。けど、そんなので死ねるかって言って飛び出して、学園に来た」


「学園に来たって……親に言わずに学園に入ったってのか⁉︎」


「いや一応言った。つーかこの王国に来るだけで特に行く当てはなかったんだが、親は学園に俺の入学を頼み込んでたらしくてな。この王国に着いた途端学園の歓迎が待っててそのまま流れのまま~って感じだ」


「で、それとこれと何の関係が?」


「悔しい話だが血は争えないって話だ。逃げ出したはずなのにな」


「は? どーいう意味だよ」


「そのままの意味だ」


「どのままだよ! なんも明確な説明されてねーぞ⁉︎」


「今から行く突入口の名前って確かペテルギウスだったよなー、軍人とかいるんだよな。俺王国の軍事とか詳しくねーから教えてくれよ」


「話逸らすなよ! おい! 気になるじゃねーか!」

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