完敗
立ち上がったギブソンは笑っていた。そして大きく足を上げて、四股を踏んだ。
「【ゼットロック】………」
瞬間、ドズン!と体中に重量が加えられ、固まったように動かない。指の一つも動かせる気がしない。
(な、なんだこれ……!)
う、動かない!
まぶたも目も動かせず、ギブソンから目が離せない。そして目の前のギブソンは肩をこちらに向けて突進してくる。ショルダータックルだ。
胸に突っ込んできて、吹き飛ばされる。多分吹き飛ばされた。
痛みがないのだ。しかし壁に激突してから数秒後、一気に痛みを感じた。電気が走ったかのような一気に襲いかかる激痛。意識が落ちるのに十分な衝撃だった。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
———『筆頭』視点。
マズイ、そう思ったのも遅すぎた。ギブソンが足を上げた瞬間『アレが来る』と察して椅子から立ち上がり、ジャンプしようとしたが、何もかも遅かった。
ギブソンが足を地面につけた瞬間に全身に重みを感じ、体が動かなくなった。
(くっ! ご、五芒星と呼ばれる私でさえこれなんだ……この会場にいる全員、影響を受けているだろうな。恐ろしい技だ)
ギブソンの大技『ゼットロック』。足からコアを放出して、地面の中にそのコアを流し込んで周囲全体に広げ、地に足をつけている全ての生き物の活動を止める技だ。学園長ですら効いてしまうというギブソンの恐るべき技。
母さんに一度この技の話をしてみると、まるで時を止める能力のようだと評していた。
「よー、無事かー」
隣から『最強』のそんな声が聞こえてくるが、首も目も動かせないので姿は確認できない。しかし声を出せていると言うことは、向こうはジャンプして回避を成功させたようだ。
(不覚……)
「あーあー、みんな止まってんな。学園長は回避した様子だが……お? 動いてるやつの中にリキュアがいんな。アイツも来てたのか」
(リキュア……? ど、どこ?)
同じ五芒星のリキュア・グレープハープも回避していたらしい。五芒星で喰らってしまったのは私だけか……しょんぼり。
「おい、もう動けるだろ。ゼットロックは3分だ」
「あ」
言われて自分の体が動かせることに気がつく。
そして下を見ると、ソニア・ブラックパンツァーが壁まで吹き飛ばされていた所だった。
「これって……」
「おう。まーわかりきってたが、ポッと出にギブソンが負けるわけねーし。まさかこの技を使うほどだとは思わなかったがな」
『最強』の言う通り、ソニアが学園長によって治療され始めた事により、勝負はギブソンの勝利だ。
「しかし、まあ……」
「ん?」
まだ『最強』は話していた。
なんだか雰囲気が違うような気がしてそちらを見ると、ちょうどステージから顔背けた瞬間だった。
「ソニア・ブラックパンツァーね。覚えておこう」
それだけ言い残して、彼は講堂から出て行った。
———『筆頭』視点、終了。
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「……ニア。起きて、ソニア」
ニーナの声が聞こえて、目を覚ます。目を開けるとこちらを見下ろす女の子達の顔があった。
ニーナにロザリアにボディア、レッサーベアーに、そのレッサーベアーの連れの女の子達もいる。
「ニーナ……」
「あ、起きた」
「ソニア、あのね」
言いにくそうにロザリアが言葉に詰まっていると、それより先にニーナが言った。
「負けたよ」
「ちょ、ニーナ! そんな起きたばかりでいきなり!」
「いや、大丈夫」
ロザリアの心配も、ニーナの気遣いなしの結果報告にも、特に感情が揺れ動かなかった。
起きたばかりだが、そのまま寝転んで灰色の天井を見上げる。
「やっぱ無理だったか……アイツとの勝負で出してた真紅のオーラも無かったもんな」
「勇者との戦った昨日の話? でもギブソン君は回復せずに、疲れも取らず、傷を増やした状態で挑んでたから本気も出せなかったって考えられるけど」
レッサーベアーの分析も、頭に入ってこなかった。
「どのみちどうやったって勝てなかったって事だな」
「……ソニア?」
唯一、ボディアの疑う声色の、ソニアの名前を呼んだ声だけが頭に残った。どうしてだかわからないが。
「遠いな……」
完敗だ。