朝倉颯太VSギブソン
あまりにも一方的だった。
「ぐっ! ぎっ!」
「あっはぁ! あははぁ! あはぁ! あははあはぁ!」
笑いながら大きな剣を振るう元俺、そしてそれを腕でガードするものの腕が切り付けられていくギブソン。
「剣を生身の腕でガードしてるけど、あれってどうなってるんだ? 斬られても傷ひとつ付かず、血も出てねぇ」
「あれはコアを体に纏って防御しているのよ」
「そんな事もできるのか」
ニーナの説明を聞いてから、周囲を見てみる。
周囲の見ている生徒や教師達も冷えた感じだ。
ニーナによれば周りが冷え切っているのはワンサイドゲームでギブソンに勝ち目がないからじゃない、勇者と戦うという事は選ばれることを放棄する行い。よってギブソンのやっていることは誰にも理解されない。なぜ勇者を解体するなんて言ったのか、なぜ勇者に向かって馬鹿みたいなこと言ったのか、理解できないから戦いもただの『処刑』としか見ていない。
「でもよ、なんか……あの戦い、おかしくないか」
「おかしい? ギブソンが劣勢なのがおかしいの?」
「いやそっちはまた別の理由が見えるんだが……そっちじゃなくて、元……いや、浅倉颯太の方だ」
「勇者がおかしい? どこが?」
「いや多分周りにいる生徒達や教師の中には気づいてる人もいると思う。ほら、後ろの方に座ってる上級生達も眉をひそめてる」
俺が指し示した方を確認したニーナだが、納得できないようで首を傾げる。
「何がおかしいの?」
「戦い方だ。普通剣や棒を振る時って重要なのは腰なんだよ。でもアイツは腕だけで振ってる。棒立ちで腕を振り回してるだけだ」
「手加減してるとかじゃなくて?」
「アイツの思惑はわからないが、けど戦いにくそうなんだよな、見てて。だから剣なんて持たずに普通にパンチとかで戦う方がよっぽど戦いやすいと感じる」
まあそもそも、俺の体が剣を扱う戦いに慣れてないだけかも知れないが。喧嘩の時に棒くらいは持ったことあるけど、それでも剣の扱いは全然向いてない。俺の喧嘩スタイルは格闘だし、やっぱり剣なんて使わない方がいいんじゃないか。
「ところで、ギブソンが劣勢な別の理由ってなに?」
「ギブソンの方はわざと受けてんだよ。さっき剣で切りつけられ始めた時、一歩足を前に出していた。普通包丁とか刃物で切られたりしたら身を引くもんだが、アイツは逆に前に出た。それはなぜか」
「なぜ?」
「最初の剣の振り方を見た時点で、俺と同じところに気づいたから。そして浅倉颯太の剣の振り方の一番の問題は、肩への負担だ」
つまり、疲れやすい。
現にどんどん剣を振るスピードが落ちていっている。
その瞬間、ギブソンの目が光り、ガードから攻撃へと移行した。バッと腕を広げると張り手で相手の顔を叩いた。
バチン!と大きな音がなる。
「どおおおお———らっああああああああああ!」
そしてそのまま顔に張り手を押し付け、仰向けに倒して、床に叩きつけた。
「プギュッ!」
カエルのつぶれた音がした。
浅倉颯太の倒れた音に会場全体が静まり返る。会場の何人かは既にギブソンのカウンター狙いを察していて、結果がわかっていた者もいた。けれど大半はこの結果を想像できなかった。
「よくわかったね、ソニア」
「つっても動体視力が追いついてない気がする。これもコアでなんとかなんのかな」
「……ねぇ、一つ聞いていい?」
倒された浅倉颯太が痛みで金切り声を上げて騒いでいるのを、辛い気持ちで見下ろしていたが……ニーナに話しかけられて、これ幸いとそちらに全集中を向ける。あんな俺の姿は見たくなかった。
しかしニーナの問いも面倒なものだった。
「勇者って、なんだと思う?」
「え」
「どうしてギブソンはそんなこと疑問に思ったんだろうね。勇者が絶対なのはこの世界の常識なのに。もしかしたらあなたなら別の答えがあるかも……どう?」
「浅倉颯太の言ったのと別の答えが、欲しいのか?」
「わたしは別に、どうせ落ちこぼれで選ばれないし、別の拠り所があるから。でもあなたは欲しいんじゃない? 勇者がなんなのか、考えたことない?」
「…………………………………………」
ないな、ちっとも。
召喚された瞬間に、俺はソニアになった。銀髪で巨乳なこの世界の女の子に。落ちこぼれの、限られた相手にしか気に留められない少女。
そうなった瞬間に自分の目的は元に戻ること。そのために勇者学園で優秀成績を叩き出して、文句なしに今代勇者こと浅倉颯太もといソニア本人に選ばせて近づき、そして元に戻る。それだけを考えていた。
(そういや、勇者ってなんだろ)
魔王を倒せば元の世界に帰れるという。
なら魔王を倒すのが勇者か?
あれ?なんでこの世界の人間が勇者になれないんだ?魔王は倒せないのか?
あ、そうか。コアの特質が勇者のは強力かつ他者に分け与えることができるもの。それが必要なのかも知れない。
ならその特質を持つものが勇者なのか?
結局、魔王を倒す力を持つものが勇者なのだろうか。
「フギャウ! フギィ! ぶふぅ! フガァ! ぶ、ぶっ殺してやる……!」
「まだ俺の攻撃は終わってないぞ」
邪悪な目つきでギブソンを見る、自分でも見たことない顔の自分。いやもしかしたら喧嘩してた時はあんな顔だったかも知れない。いやでもあそこまで憎しみを持ったことはないな。
あんな邪悪な顔を見て———勇者と言えるのか?
ギブソンは浅倉颯太の体を逆さに持ち上げて、そのまま後ろに倒れる。あれはブレーンバスターか!
さらにはそこから足を固めて卍固めを決めた。ギチギチと足を決められていくと、浅倉颯太の顔もどんどん歪んでいく。
「ニーナ」
「ん?」
「悪い……答えはでそうにない」
「そう」
保留にしといた。
それと同時に、突然、浅倉颯太を中心にドス黒い爆発が起きた。咄嗟に飛び退いたギブソンだが、範囲の広いその爆発に巻き込まれて、吹っ飛ばされた。
「がはっ! な、なにが……」
床に叩きつけられたギブソン。
俺やニーナも爆風で飛んでくる埃やゴミを目に入れないよう、両腕で顔を覆うのに精一杯だった。ニーナはフードを深く被った。
そして風がおさまり、ステージの中心には、黒い渦が出来上がっていた。そこにいたのは確か、元俺だったはず。
「なんだあれ……」
「ヒィ!」
「まさか勇者の力の暴走か⁉︎」
「だ、だから勇者には手を出すなと!」
「余計なことして怒らせたら……ヤバいってわかってるだろあのバカ!」
周囲の生徒達が怯えながら口々にそんなことを言っている。暴走……?
「ニーナ、暴走って?」
フードを深く被ったままの、顔に影がかかっているニーナが答える。
「100年前、一度だけ勇者のコアが暴走して一つの都市が滅びたって歴史が、この土地にはあるらしいの。私はよそ者だから良くは知らないけど、『古都』って場所があるからね。本当のことらしいわ」
「古都って」
「今ある王都は還都して変わった都市、代わりに滅びた方の元王都は『古都』って呼ばれてるって訳」
「なら、今起きてるあれは?」
「暴走……いや、私からすれば癇癪って感じに見えるかな」
「か、癇癪って」
イライラがブチ切れたってことか。俺はさっきレッサーベアーから教えられたコアについて思い出していた。コアは心で、抑制しているほど心の開放は強烈になる。今、元俺の身に起きているのもそういうものなのか?
ゆらりと浅倉颯太は倒れるギブソンに近寄り、剣を振り下ろす。ギブソンは横に転がってかわした。
「マズい! 紅屋様はここで待っていてください! 今すぐ私が!」
ナパさんがすかさず止めに入ろうとするが、
「うるせぇ! 勇者権限でテメェの家族全員殺すぞ!」
「⁉︎」
浅倉颯太の脅しに一瞬体がこわばって、動けなくなった。しかしそれでも動いてギブソンを守ろうと飛び出す。
浅倉颯太はため息をつき、そして悪辣な顔をしたかと思えば、突然剣をぶん投げた。手を離れた剣はそのまま———紅屋桜姫の方へ飛んで行った。
「え……」
「しまっ!」
そばにいたナパがいなくなった事により、無防備になった紅屋に、剣が飛んでいく。紅屋も呆然として動けない。
そして剣が紅屋に向かって飛んでいき———鮮血が飛び散った。
「ぐふっ!」
「ぎ、ギブソン⁉︎」
なんと直前まで倒れていたギブソンが立ち上がり、床を蹴って紅屋の元に行き、庇った。剣はギブソンの胸に深々と刺さってしまっている。
すぐに紅屋が剣を抜こうとするが、その前に剣が忽然と消えた。次の瞬間、浅倉颯太の手元に剣は戻っていた。
一方で血まみれで倒れたギブソンに紅屋が手を当てて、コアの光がギブソンの傷を包み込んでいた。
「なんだあの光。あれ、何してんだ?」
「回復術よ。コアを持ってるこの世界の住民なら誰でもできるもの。自身のコアを分け与えて相手を治療できるの」
「勇者の分け与える特性とは違うのか?」
「それは仲間のコア容量を超えてさらに増やすこと。回復術はコアを与えて相手の治癒能力を活発化させる。コアには元々自身の体を治癒する能力があるから」
「……なら、勇者の剣が手元に戻ったのは?」
「自身のコアから生成したものは自由に消せるし、自由にまた作り出せる。移動した訳じゃなくて新しく作ったというだけ」
「なるほど……ギブソンは大丈夫なのか?」
「平気。勇者のコアは誰よりも強力」
「そうか」
紅屋桜姫の回復術で傷が治されていくギブソン。しかしそんな2人に朝倉颯太がゆっくりと近寄る。ニヤニヤしながら。
(なんだ? なんか企んでるのか……?)
朝倉颯太が近づいて来ているのを察して、紅屋は顔を色を変えた。
「ま、まって颯太君! 今は……」
「今は私とソイツの戦い中です。先輩は邪魔しないでくださいよ」
「私に剣を投げたのはあなたでしょ!」
「違いますー、高名な魔術師様が急に襲って来たらびっくりして剣がすっぽ抜けただけですー」
ふざけた言い訳をする元俺。ギブソンが上体を起こしながら文句を言う。
「だったら俺は間に合ってねーよ。お前の悪辣な企み顔見て走ったんだからな……」
「はあ? 変な言いがかりをして、助けてほしいって感じ? でもあなたは勇者を超えるとか抜かしてたでしょ? 戦うわよね?」
「決まって、らぁ……テメェは泣かす!」
紅屋を押し退けてギブソンは立ち上がる。まだ完全に治っていない傷口が、閉じかけていた所からパックリ開いて、血が噴き出る。
かなり苦しそうだ。
「残念だけど。いいや私は全く残念じゃないけど。アンタにとって残念な話、私には敵わないわ」
そんなガタガタなギブソンに、朝倉颯太は剣の切っ先を向けた。しかし当ててはいない。
けれどニヤけ面はやめず、すると剣の先が変形して、まるでワニの顎のような巨大な口に変貌した。
「そ、颯太君やめて!」
「言うこと聞く義理は、ないわねぇ!」
そうして剣の顎が口を開き、ギブソンの何かを食った。体には触れていない。だが何かを食べる仕草をして、次の瞬間、ギブソンは今まで以上に苦しみ出して倒れた。
「が、うっ……これ、は……! 俺の、コアが!」
「その通り。私の剣は相手のコアを食べ……そして!」
ボン!と風船が破裂したような音が鳴り響き、元俺の体の周囲に、ギブソンがやったのと同じようなコアのオーラが纏わりついた。その色はギブソンの真紅とは違い、どす黒い紫に近かった。
なんだアレは……。
「吸収したコアは自分のものにできる!」
「その力は使っちゃダメだって言ったでしょ!」
「うるさいなぁ。自分の力をどう使おうが勝手でしょ~」
俺の体を使ってるくせに、よく言える。
剣に自分のコアを食われたギブソンは、さらに傷を悪化させてしまう。学園長とナパさんも走り寄ろうとするが、朝倉颯太は剣先をなんと周りにいる無関係な生徒たちに向けた。それは学園長達に『邪魔すれば生徒に危害を加える』と無言の圧力だった。
「さーて、紅屋先輩も動かないでくださいよ。これからキチッと勝負をつけるんですから」
「こんなの勝負じゃない……」
「勝ち負けが発生すれば勝負でしょーよ。戦争だろうがね。勝負に大きいも小さいも別も糞もないでしょ」
元俺の顔は、さらに、さらに、不気味に歪む。
そして倒れるギブソンに命令する。
「これ以上斬られたくなかったら……」
「やっと、気づいた」
「あん?」
「なんかおかしいと思ったら、お前……“勇者じゃねぇな”」
「ッ⁉︎ ど、どう言う意味かしら。名誉毀損で訴えるわよ?」
「お前は———“悪者”だ」
その時、今までで最も、元俺の顔は最低の歪みを見せた。血走った目をガン開きにして、食いしばった歯茎を見せ、ヨダレを垂らしながら憎しみを込めて言い放つ。
「私は勇者よ」
「へ、へへ……悪者がなんなのかは俺もわかるぞ。何人もそういう奴ら相手して来たからな」
「うるさい。死ね」
「悪者ってのは、心の弱い奴がなるもんだ! 自分で自分の行いを『これはやってもいいよな』って自分の中だけで勝手に許して、何が悪いか理解できないやつの事だ!」
「処刑だ、処刑だ処刑だ処刑だーーー!!」
もう、見ていられなかった。俺は立ち上がって走り出す。途中ニーナから小さな声で止められたが、無視して真ん中のステージに向かう。
コア、と言う力をどう使うのはわからなかったが……。
「ケツ出せ糞野郎! 犯してやる! 生徒の見てる真ん中でケツ穴掘り犯してその後にテメェの腸髄全て引き摺り出して死にゆくお前の目の前でズタズタに引き裂いてやる!」
コアが自分の心だと言うのなら、きっとできる。
あんな自分はもう見たくないと思ってんだから!
「舐めやがって! 私は———」
「オイ!」
ステージに降り立った俺は、一声かけて、朝倉颯太がこちらを見たのを確認してから———蹴った。元の世界で何度もやった蹴りだ。
「【神風】!」
アイツの反応が間に合わない速度で近づき、横っ面を蹴り飛ばした。奴は吹っ飛ばされて遠くの壁に激突した。
観客席が騒めく中で、綺麗、という声を確かに聞いた。
しかし飛び降りた時も、近づいた時も、蹴った時もコアを使ったつもりだったのだが、やはり無理をしたらしい。
(ぐっ———!)
蹴った足が真ん中で曲がって、血が噴き出していた。しかしここで倒れるつもりはなかった。人間は根性のある動物だ。これくらい!
そう思い込んで立ち続ける。ギブソンをこれ以上傷つけさせたくない。
「……なあ」
蹴り飛ばしたアイツが起き上がるのを見て警戒した俺だったが、後ろからギブソンに声をかけられた。
「俺と、一戦交えてもらえないか」
ギブソンがなんのつもりかはわからない。けど。
「おう、いいよ」
振り返ってからギブソンの真っ直ぐな眼差しを見て、軽ーく、そう返しといた。