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新たな境地

 夕方になり、俺は昼の走り込みをやらないでそのままスクボトルさんのいる学園長の私有地に向かった。昨日疲れた状態で行くと修行をつけて貰えなかったから、なるべく体力を温存した状態で向かいたかったからだ。



「ふぅーん、じゃあこの狭い空き地で走り回るか?」



 スクボトルさんに会い、そう言われた。

 なんか昨日と反応が変わらない。疲れてない状態でここまで来る事ができた。昨日とは違うはず。なのに昨日と全く同じ、スクボトルさんは外に置いたソファでくつろぎながらこちらに目を向けない。



「え? えっと、昨日は動けないくらい疲れてここに来たので修行つけてもらえませんでした。だから今日は走り込みせずここに……」


「だから。お前が習慣で行って来た鍛え方を、この狭い所でやるのかって聞いてんだよ」


「でも」


「いいか」



 パタン、と持っていた服の雑誌をソファに置くと、スクボトルさんは前屈みになりこちらを凝視する。

 責めるような雰囲気だ。



「昨日のあれはお前が体力管理をキチンとしてなかったから起きた結果と、その結果を踏まえた俺の判断だった。だが、誰が運動量を減らせと言った?」


「……なら、また疲れてここで倒れたっていいってことですか? それだと一向に修行をつけてもらえない!」


「よく聞け。人には、一日に鍛える事のできる上限ってのがある。それを超えると限界が来て当然疲れて動けなくなる。昨日のお前と同じようにな」


「上限……」


「だがその上限は上げる事ができる。それが毎日の鍛錬と、変わらないルーティンだ。お前がやっている走り込み、それは毎日続ければ明日にはもう一周多く走れる、上限解放ができるルーティンだった。一周多く走れたなら、それは上限が上がった証拠になった」



 慣れと鍛錬。

 同じ鍛え方を繰り返す事で体が慣れて来て効率的になるし、一日の修行がもっと出来るようになる。



「昨日言った運動と休息とは別、習慣付けることもまた重要。それで、お前はどうする?」


「それは……」



 スクボトルさんの言ってる事は正しい。

 疲れないようにするのも重要だが、体を鍛える事で明日できる事を増やすのも重要だ。

 だから俺が今日やるべきだったのは、走り込みをキチンとやってからここに来ること。例えそれで昨日と同じように動けなくなったとしても、また明日には出来ることが増えているかも知れない。

 答えに窮した。



「ふん。なあお前、“戦いのプロ”ってなんだかわかるか?」


「え?」



 戦いのプロ?

 ああ、そう言えば以前にちょっと疑問に思った事があった。

 B級争奪戦や王都での戦いを果て、思い至った。はたしてこの世界での戦いとはなんなのか。喧嘩とは違う、路上で殴り合う暴力とは違うはずだ。



「わかりません」


「だろうな。いいか、戦いってのは普通しなくても良いものだ」


「しなくてもいい? でも、勇者学園では戦いを教えていて、他にもそういう学校があると聞きましたけど」


「非日常的な理由ってのが生まれたら戦う。戦いをふっかける時にも、ふっかけられる時も、どちらにも理由がある。お前は———あー、王都での暴走したアレは置いといて———その理由ってのは須く日々を普通に暮らしている人間にとって予想のできないものだ。例えば魔物が侵入して来て襲ってくるとか、暴徒が金品を強奪するために刀を振り回すとか」


「……アクシデント?」


「そう。要は人の持つ力とか、戦う術ってのはそのアクシデント……起こりうる危機に対抗するためのものだ。予測できない危機も当然ある、だがそれは予測できる危機に対して何もしない理由にはならない。今ある戦闘技術ってのは過去にあったアクシデントのデータとそれに対応して来た知識と結果に基づいている」


「危機のための、人の持てる力」


「消防士はなぜ訓練を続ける? 軍隊はなぜ訓練を続ける? もしもの時、過去に起きてしまった最悪の結果を繰り返さないためだ。それと同じでお前ら学園の生徒も、戦う技術を学ぶのには理由がある」



 ………。

 そう考えると、俺が強くなる理由って言うのはなんだろう。

 当然目的はある。だがそれは危機に対するためのものじゃなくて、必要だからだ。学園長にそうしろと言われたから。

 俺は戦う技術を学ぶのに相応しいのだろうか。



「悩んでいるか? だったらこう考えてみろ。以前起きた出来事の中で、絶対また同じ事を繰り返したくない事を思い出して、そのために強くなる……と」


「過去で、もう繰り返したくない出来事……」



 様々ある。

 元いた世界での出来事も当然よぎった。まあ失恋とか、学校での勉強でのケアレスミスとか、そういう小さな事ばかりだったが。

 この世界での出来事の中で、一番嫌だった事は何か。



(それは———ニーナとガドガドの泣いた顔を想像した時)



 それと、王都に行ってメイドと奴隷のあの子達の泣き顔を見た時も同じくらい嫌だった。



(あれ? でも入れ替わった事とか、アイツに襲われそうになった時のは……どうなんだ?)



 ……。

 改めて考えてみると、別に、と思った。ニーナ達の事を思うとどうでも良いとさえ思ってしまった。



(おかしいな。俺は今、体を取り返して、元の世界に戻るために行動してるはずじゃないのか……?)


「どうやらより悩ませたみたいだな。ふん、じゃあそろそろお開きにするか。ただし学園に戻ったら走り込みを……」


「———いいえ、それは出来ません」



 割り込む形で、新しい声が聞こえた。

 俺でも、スクボトルさんでもない声。

 この声は……ホーネットさんだ。振り返って私有地の入り口の方を見てみると、軍服を着た眼帯の女性ホーネットさんが立っていた。

 スクボトルさんも彼女に目を向ける。



「出来ないってのはどういう事だ? てか来てたのか、遠い所からわざわざ」


「来る必要があったので。スクボトル殿、彼女ソニアはこれから南の危険区域にて行われる実践訓練の参加者に選ばれたそうです」


「は?」



 今度はこちらに目を向けられた。

 そう言えば言うのを忘れていた。俺は何も言わずに頷く。



「……なんで? どういう事だ」



 スクボトルさんは話が見えない様子だ。



「私も小原様が中央基地に来られた時に聞いたので。話によると仁科様が提案し、企画したもののようで、騎士、魔法、軍の3つの学校も参加するとか」


「仁科……ふん。112代目、ちょうどガドガドって嬢ちゃんが生まれた年の勇者だな」



 こちらに目を向けながらスクボトルさんはそう言った。

 126代目から14年前は、112代目。彼の言う通り仁科って人はガドガドが生まれた年の勇者だ。



「それで? 危険区域に連れてった所でコイツに何ができる?」


「ソニアを推薦した方がいるそうですが詳しいところは聞いてません。聞くタイミングを逃したのか、はたまた小原様が隠したのかはわかりませんが。とにかく———ソニア」


「は、はい」



 真面目で真剣な声色になったホーネットさんに、思わず萎縮する。

 彼女の一つだけの目は、迷いで揺れている。けれど俺に言葉をかける時は常に真っ直ぐだった。



「あなたに、急ごしらえの戦法を教えようと思います」


「? えっと、なんですかそれは」


「本当なら何ヶ月もかけて身につけるものを、ここで教えます」

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