魔物とは、突入口基地とは
五芒星が学園長室に呼ばれた夜から、翌日———
視聴覚室。
ラウラウの持った差し棒が、電子黒板にパシンと音を立てて当たる。
黒板のモニターには、とんでもない大きさの体格をした牛の化け物が映し出されていた。
「これが、魔物。人の敵ってやつ。勇者達はコイツらを倒すために呼ばれてるわけね」
ラウラウの説明はかなり簡潔だ。
モニターに映っている牛の化け物。牛の頭に人型の体。大きな体をして筋肉も目立って発達していて、茶色くて毛深い。
何体か映っているが、中には前髪が長くて顔が見えずらいのもいる。
これは……。
「ガドガドの……」
「そ。母親に当たる種族、オーバーロード。勇者達からはミノタウロスと呼ばれているわ」
隣に座るガドガドに目を向けると、真っ暗な教室にぼんやりと映るシルエットは、顔を伏せていた。
それを見てラウラウがすぐに画像を切り替えた。
次に映ったのは、大きな塔が真ん中に建っている、周囲が壁に囲まれた場所。空から撮られた風景で全体像が見える。
「これが、今回の実践訓練の場所になる南の危険区域突入口基地。名前は『ベテルギウス』」
「危険区域ってのは?」
「さっき紹介した魔物達がいて、支配している区域のことね。勇者学園の南にずーっと行った所にあるから、南の危険区域って呼ばれてるわ」
画像が切り替わる。
今度は真っ赤な空が映し出される。木々が生い茂った森の空が、一面赤色に染まっていた。
「な、なんだこの空……」
「危険区域の空よ。この赤い空が、魔物達が支配している証拠。これはまだ穏やかな方で、もっと魔物がいて危険な場所になるともっと濃い赤色なの」
「地域によって危険に差があるって事? うーん? だったらその差が生まれる要因があるはずよね」
「そうよ。危険区域は“攻略”できる。その方法が———」
パシュン、と次の画像に移り変わる。
次に映し出されたのは青色の宝石。
ダイヤモンドのようにゴツゴツした表面に、星形をしている。小銭と並べられた写真があって、小銭よりもはるかに小さい。
「『ムーンダイヤ』。直径4ミリの極小の星型宝石よ」
「これが……なんなの?」
「危険区域にはこの宝石が散らばっていて、これが多くあるほど空は濃い赤に染まり、危険度が増す。しかし逆にこれを回収できれば、魔物はその地域に住み着くことができなくなって危険度も減少するのよ」
「森の中に直径4ミリの宝石……さ、探すのは難しいよね」
「だから危険区域は未だに健在なのよ。それに魔物達はこれを取られないように守るわ」
そして……、とラウラウは次の画像に変える。
映し出されたのは人の形をした木だった。横に平均体型の人のシルエットが並べられているが、人間よりも三倍近く大きい。
枝がヒョロヒョロと手足のように伸びている。
「そして南の危険区域で最も注意すべき魔物が、このレーシィと呼ばれる魔物」
「レーシィ?」
「森の番人とされる木の魔物よ。森の魔物達を操って指揮している頭の良い魔物。なんでも大昔からずっといるらしいわ」
「森の番人……木の魔物、レーシィ」
ヒョロヒョロした手足をしているが、人より三倍デカいのだ。
ヤバいのは見た目でわかる。
「さてと。魔物、突入口基地、そして危険区域についておさらいしたけど……まだ質問はあるかしら」
「……とりあえずは、無いかな」
本当は俺的にまだ気になる部分はあるのだが、細かい所なので聞くのはやめておく。
代わりに周りを確認する。
先生に借りた視聴覚室。俺やニーナ、ガドガド以外にもライダークやマック、サンタンクにオトロゴンなどの参加者。
関わりのある友達でレッサーベアー、ロザリア、ボディア、リリー。
同級生にはミウル、ケジャリー、ダッズン。ミカライトと彼女に付いてきたカミラ。
後は———ロミロミがいた。ロミロミは腕を組んだまま椅子に深く座り込み、顔を伏せていた。パチンとラウラウが明かりを付けた後もまだ、顔に影があって表情がわからなかった。
「……それじゃ、私の言いたいこと言っていい? 授業料って事で」
ラウラウはロミロミの事が気がかりなようだったが、俺の方に目を向けた。
その目は心配する、優しい目だった。
「ソニア。あなた、行くの?」
「行くって……」
「説明したでしょう? 魔物の巣窟、危険区域へよ」
ギュッ、と隣から袖を強く掴まれた。ニーナだ。
彼女はこちらに顔を向けないが、フードの隙間から口元が見えて、口をきつく結んでいた。彼女も言いたい事を堪えている。
そしてそれは俺への心配。
「あなたに負けた私が言えた事じゃないけど、あなたはやっぱり落ちこぼれでしょう? それなのに、突然危険区域に飛び込むなんて……」
「……けど、どうやら私の推薦は勇者グループ直々ってことらしいから」
「それもよくわからないのよ。どうして貴女なの?」
「私だってわからない。けど……」
ニーナとは逆側の隣、ガドガドの方に目を向ける。
彼女も心配する目を向けて来てくれていた。誰からも心配されている。
そんなガドガドを見て、やはり知りたいと思った。
「私は魔物についてもっと知りたい。これから先、ガドガドと本当の意味で友達になるために」
「ソニア……」
「へっ。心配すんな」
ガタッと後ろで椅子の音がして、そして横から肩を掴まれた。
ライダークだ。彼は真剣な顔のままだが、口角をニヤリと上げた顔をして俺の肩を掴み直して力を込めてきた。
「コイツ一人で行くわけじゃねぇ」
「でも……」
「それによぉ」
ライダークは真剣な表情から一転、ギラつく目で顔を覗き込んできた。
「先に言う。今の俺は、お前の何歩も先にいる」
「……え?」
「俺も成長してるんだぜ。今のお前じゃ届かねぇ場所にいる。それを———テメェ、指咥えたままじゃいられねぇだろ?」
………コイツ。
言うじゃねぇか!
俄然やる気がみなぎってきた!
「……その大口叩いた顎に、アッパーカットを喰らわせてやるよ」
「言っとくが無理だぜ。今のお前じゃな!」
それだけ言い残してライダークは視聴覚室から出て行った。
それを合図に、ガタン!とロミロミが立ち上がって、同じように外に出ていった。
「ロミロミ……あの子ったら」
「どうしたの?」
「あの子ね、シルビアに対抗意識を燃やしているの。それもこの学園に入った入学当初からずーっと」
「シルビアって五芒星の?」
「そう。それで何度も挑んで、何度も負け続けた。それなのに今回の推薦で、ロミロミは宿敵のシルビアから選ばれた。それをロミロミがどう感じているのか本人に聞かないと分からないけど……私だったら“温情”に感じてしまうかな」
「温情?」
「機会を与えてやるって言う、格上からの施し。嫌味だよね。実際はシルビアに、ロミロミに対する嫌な気持ちとかは無いだろうけど、でも、ロミロミがそれをどう捉えるかはわからない」
もし私がレッサーベアーからそんな風にされたら同じ反応してたかも知れないし、とラウラウはレッサーベアーに目を向ける。
銀髪の彼女はその視線に気づくと、手元から顔を上げて、微笑んだ。
「どうしたの? 私はそんなことしないわよ?」
「それは知らないわよ。ていうか部屋を暗くしてた時からずっと手元を見てたけど、何してたの?」
密着するくらい近い距離でリリーと隣り合って座っていたレッサーベアーは、立ち上がると俺の方に来て、そして俺の前に小さな何かを置いた。
それは水晶で出来た造花だった。
(この形は……)
「私のコアで作ったんだけど、ちょっと苦戦したわ」
「これって、メランポジウム?」
「あら知っているの?」
メランポジウムはキク科の植物。黄色で、小さな花を咲かせる。
「なら花言葉も知っているかしら。メランポジウムの花言葉は『元気』……そして」
スッ、と耳元に口を寄せて、囁くように。
「『あなたは可愛い』」
「っ」
耳元でそう囁かれて思わず顔が赤くなる。
彼女の顔を見れば、悪戯っ子のように楽しそうに笑っていた。してやったりって感じ。
「ふふっ。これをあげる本当の意味は『元気』の方だけどね。あなたの無事を祈るお守りとして、持っていって欲しいわ」
「あ、ありがとう」
「本当は本物のお花が良かったんだけど、でも私の水晶で作ったこの花は、ちょっとやそっとじゃ壊れないから」
じゃあね、と最後に頬にキスをして、レッサーベアーもリリーと一緒に視聴覚室から出て行った。
「相変わらずね」
レッサーベアーが出て行った後、ロザリアとボディア、それからミカライトとカミラも部屋から出て行く。その途中でミカライトがガドガドの背中を優しく押して立ちあがらせてから、一緒に出て行った。
ガドガドは立ち上がる前に俺に視線を向けて来たが、大丈夫、と目で伝えるとミカライト達について行った。
他にもみんな次々に部屋を出ていって、残ったのは……。
「あなた達、ライダーク以外の参加者ね」
ラウラウが後ろの席を見てそう言う。
サンタンク、オトロゴン、マックの3人が座っている。
マックは離れた位置に座っていて、後の2人は同じテーブルに座っている。
「あなた達は当事者だから、ソニアを心配する私たちとは違う考えで、この視聴覚室に来たのよね」
食堂にて俺が参加することが発表された後。
ラウラウが主導して関係者達を集めて、こうしておさらいのための場を儲けてくれた。何も知らない俺にとっても大助かりだった。
その集まりにサンタンク達も参加した。
「……なんで、俺なんだろうなぁ」
サンタンクが腕を組んで、カーテンに締め切られた窓の方に顔を向け、そしてポツリと溢した。
「俺はCクラスだ。選んだのは、ジュピターの奴なんだよな」
「ああ、みたいだな。どう言うつもりかは知らないが」
なぜ自分が選ばれたのか疑問を持つサンタンクに対して、オトロゴンは落ち着いていた。
「しかしこれはいい機会だろう」
「……どう言う意味だ?」
「俺らはまだまだ強くなれる。そのために、チャンスは見逃せられないだろ」
「そうかも知れねーが、だが……」
「それに俺にとっては好都合でもある」
「どう言う意味だ?」
サンタンクが聞き返すと、オトロゴンは腕を組みながら答える。
「参加者の一人、マァヤ・シシクラ」
「マァヤ? 陽舟島の出身だよな。リキュアが選んだって」
「ああ。そして“拳法家”でもある」
「あー、確かにそうだったな。マァヤはお前の使う【激灼拳】とは違う、この地に十一種ある拳法のうちの一つ……【霊虎拳】の使い手だったな」
「その通りだ。だから見ておきたくてな。Bクラスに所属する拳法家の、実力ってのを魔物と戦う実践でな」
「………」
それを聞いて、サンタンクはさらに悩んでいる。
さっきまではどうして自分が選ばれたのか、と言う疑問だった。しかしオトロゴンの話を聞いた今は多分……。
俺が気づいたサンタンクの今の気持ちを、オトロゴンも察した。立ち上がり、彼を見下ろす。
「そんじゃ、こうしよう」
「ん?」
「頼む、俺を助けてくれないか?」
「……助ける?」
「俺には目的がある。だが危険なのも承知だ。だから、お前がいてくれりゃ心強いんだ。一緒に来て戦ってくれないか?」