心の師とはなれ心を師とせざれ
グラウンドに出た時に、離れた場所にギブソン・ゼットロックがいたのが見えた。隣には黒髪で眼鏡をかけた男子もいた。少し見つめてしまったが、すぐにレッサーベアーがやってきて彼女について行く。
「ほんとーに違うのよね。変なとこ連れて行くつもりじゃ……」
「違うってば。確かに? 私は? 熟練のやり手ですけどね? 実際は健全にお付き合いしてるわよ。きちんと相手の承諾は受けてるしー」
「ほんとかよ。私への押しの強さはなんなのよ」
「度合いというものがあるのよ。本気で欲しいと思ったら押しも強くなるわ。自然でしょ。あなたへのアプローチは私の本気度と思って欲しいわ」
「あんま……考えたくないわね」
そんな話をしながら連れて来られたのは、グラウンドから少し離れた場所にあるトンガリ屋根の付いた吹き抜けの休憩所。中央にテーブル付きのベンチがある。
「ここが深力の訓練場所? なんでもない休憩所のように見えるけど」
「どこでもいいのよ」
「え?」
「ここは吹き抜けになってるから気持ちよさそう、それでいいの。話すだけなら場所は問わないからね。でも深力の成長にはストレスが必要な時と、必要じゃない時がある。今は話す場所を探してるだけだからストレスフリーな、居てて気分が良くなる場所が適切なの」
「どういうことだ? 深力の訓練って一体なんなんだ?」
「それを話すにはまず順番が必要かしらね。ほら、座って座って」
先に座らせてもらい、そのすぐ隣にレッサーベアーが座ってきた。無茶苦茶近い。
自分もやばいが向こうも同じようにやばいくらい露出度の高い服を着ている。しかも軽めの素材なので胸が揺れまくっている。そんな胸の動悸を勘付かれないようレッサーベアーの目を見つめて、他に視線がつかないように気をつけながら、もう一度聞く。
「それで、深力の訓練って?」
「焦らない。まずは私の師匠の話から。ほら深力の授業をしてる女の先生いるでしょ?」
「あー」
それなら俺も知っている。今日も授業してくれた先生だ。あの時は俺が急に叫んだことで迷惑をかけてしまった、あとで謝罪しなきゃな。
「あの人がレッサーベアーの師匠?」
「そう。私が成長に悩んでいると、深力の研究をしているあの先生が相談に乗ってくれてね。深力の本質を教えてくれたの」
「深力の本質……」
授業中にいきなり立ち上がって叫んだ俺と、その相手であるニーナに対して、授業中なのに二人きりになる事を許してくれた先生。その先生が研究して見つけた深力の本質とは……———
「深力の本質は“心”よ」
「心……」
「心が健やかなら健やかに成長する。逆に荒んでいれば深力も荒んだものになって行く。心の変化に対して“変換能力”に長けた深力は、心の変化に応じて変化する」
「この場所を選んだり、それに会話をするっていうのは?」
「心の成長こそが深力の成長の第一歩。師匠はそう言ったわ。だったら心の安らぐ場所で、心の経験をすることが心の成長に繋がるの。心の経験とは会話でもいいし出来事でもいい」
「でも出来事なんて滅多に起こらないから」
「会話して心を成長させようってわけ。だから私とお話ししましょう?」
机の上に置いた手に、彼女の手が横から乗せられる。そしてさらに体を密着してきて、顔が間近に迫る。
心の成長と聞いてから、俺はここで動揺するのは成長を阻害するのかと思い、なるべく反応しないようにした。けどレッサーベアーはすぐに首を振った。
「そうじゃないよ」
「え?」
「変換させるのがコアを操るという意、望む形にする行い。なら自分の気持ちや心の動きを無理やり制御して、捻じ曲げて、違う形にしてしまうのは自分の心を裏切る行為。裏切ってはコアも応えてはくれないわ」
「自分の心を裏切る……」
胸に手を当ててみる。
すると柔らかい乳房の感触がして、慌てて手を退ける。
この恥ずかしさや反応してしまい逃げてしまう、ほんの僅かな何でもないような行為も、コアの成長に直結しているのか?
「あるがままの心を少しずつ理解して行く。そしてそれをどう扱い、何を求めるか、とにかく自分を知り考えることが心の成長というもの」
「あるがまま……か」
肉体が男から女に変わった今、環境がガラリと変わった今、前までの自分なのだろうか。本当にそう言えるのだろうか。自身の体に対してまで緊張してしまう今の自分に心の成長なんて望めるのだろうか。
そんなことを考えていると、見抜かれたようで、レッサーベアーに隣に座っている彼女からして遠い方の頰に手を添えられて、レッサーベアーの方を向かされる。
「不安は成長の鍵じゃないよ」
「え?」
「不安は心を阻害する。不安な時は開き直るのも心の強さよ」
「……つまり、今ある環境を受け入れろってことか」
「許容こそ強さの本質。不安はその許す度量の大きさを縮こませてしまう。師匠はいつもそう言っていたわ。なるべく自分の気持ちは許してあげることね」
「だから……」
そこで俺はレッサーベアーの行いについて、あることに気づく。
「だからレッサーベアーは正直なのか」
「もっと正直になりたいけどね」
すす、とブルマを履いただけの露出した太ももに手が伸びて、撫でられる。言い知れないくすぐったい感覚に体が反応する。
「んっ」
「けど同時に気をつけなきゃいけない事がある」
「気をつけること?」
「心の解放が強くなる一番の近道だけど、同時に、その心の解放によって生じる行動には注意を払う必要がある。一種の暴走状態に陥るリスクがある。一度解放してしまえば己で制御は出来なくなる。気をつけてね、何が起こるかは自分自身でもわからない」
「もしかして死人がでたり」
「場合によってはね。でも真っ先にそこを注視するなら安心……と、同時に不安でもあるわね。ダメだダメだと考えれば考えるたび心は抑えつけられ、我慢ならなくなり破裂すると、逆にそれをやってしまう。心の解放のキッカケにもなりうる。その時の行動の根幹は考え続けてきたダメなことになる」
「じゃあ解放させずに、強くなる方法は?」
「ゆっくり考え、よく休んで、のんびり成長すればいいの。今のように」
それでいいのかな。
レッサーベアーは言わなかったが、あえて言われなかった気がする。そのゆっくりしたやり方で望んだ成長ができるのはおそらく“才能”のあるなしが重要だろう。
(ただでさえこの体に慣れてないんだ。“コア”の成長は俺の中の才能がどうなのかが問題だな)
しかし心の成長か、いいことを聞いた。