第一章 過去からの楔(1)
続きです。
第一章 過去からの楔
「あんまり遅くなってはダメよ、胡蝶? 最近は治安も悪いし」
母親の心配そうな声に胡蝶が振り向いて笑った。
「大丈夫よ、母さん。昴や李宇だって一緒だもの。それにわたしを危険な目に遭わせられる人なんてそうそういやしないわ」
「胡蝶。それは口に出してはいけないと、いつも言っているでしょう? 危険視されたらどうするのっ」
焦って怒る母親には肩を薄めてみせる。
この辺りは古くから呪術的な力で支配されていた。そのせいか不思議な力に関する関心も高い。
そういった力を持つ者ばかりを集めた学校もあるくらいだ。
だが、そういった学校に籍を置く者は、言ってみれば政府にその力を認められ、将来その力で働くことが義務づけられた者たちばかりなのだ。
当然たがそういった力を持ちながら、申告もせず伏せている者もいる。
政府のために働くことがいやなわけではない。
だが、政府のために働くことを義務づけられるということは、戦いなどにその力を発揮する必要性が生じるということで、それを憂う者も当然いるということだ。
力を持っているからといって、それを喜んでいる者ばかりでもないのだ。
最近ではそういった力のことは「魔法」と呼ばれていた。
「大昔から人は変わっていないのかしらね」
「胡蝶」
「昔、昔の話よ。この辺一帯を仕切っていた部落を護っていたのはひとりの巫女だったというわ。今、この地域がそういった力に敏感なのも、そのせいだって。その巫女に護られていた時は、とても豊かで恵まれた暮らしをしていたって。でも、そんなに恵まれていてそんなに幸せだったなら、どうして部落は滅んだの? 巫女にばかり負担をかけていけないことをしたからではないの?」
そうかもしれないわね。誰かの犠牲の上に成り立つ幸せは許されない過ちなのかもしれない」
力に頼りすぎることは危険なことだとは思う。
政府は今も当時と同じ力を持った者たちを育てることに必死になっている。
部落と呼ばれていた当味、その時にしてはかなり恵まれていたのだろう。
そのころの裕福さが忘れられないのだ。
でも、それは不本意なことを押しつけられることでもある。
それだけを言い置いて胡蝶は愛用の真っ白な帽子を被ると家を後にした。
背中まで届いた長い黒髪が風に躍る。
真っ白いスカートが胡蝶にはよく映えた。
もう夕暮れ。
こんな時間から出掛けるものはそんなに多くない。
今日は探検に誘われたのだ。
この歳になって探検もないものだと思うが、李字はそういうことが好きだから、もう仕方なしに付き合うといった風情だった。
胡蝶を誘うのは反対だと昴は怒っていたらしいが。
昴と李字と出逢ったのは、胡蝶がこの街に越してきた当日のことだった。
新しい街。
新しい家。
なにもかもが珍しくて到着するなり家を飛び出したのだ。
そのとき、家の向かいのちょうど壁の所に背中を預けて立っていたふたりの子供がいた。
それが昴と季宇である。
あのときの不思議な感動は今も憶えている。
昴と目が合ったとき、逸せなくなった。
あの人と話をしたいと思った。
そんな衝動に突き動かされるままに昂に近づいて声をかけた。
胡蝶が名乗って名前を訊くと彼は「ぼくは昴」と答えてきたのである。
不思議な話だが話したい、目を逸らしたくない、そういう感想は昴も持っていたらしく後に親しくなってから、お互いの初対面のときの感想を教え合い、絶句した覚えがある。
そのときから昴と季字とは仲良く過ごしてきた。
ふたりは剣を習っていてどちらもが凄腕と呼ばれるほどに成長している。
昴は気性的に誰かを傷つけたりするのが苦手だから、虫を殺すこともできないくらいされていて、剣も試合では負けたことがなかったが、傷つけ合うような使い方はしたことがなかった。
将来騎土団に入りたいとは李字の意見だが、昴もそれに遜色ない腕は持っているが、そちら方面には進みたくないようだ。
三人ともそろそろ十六である。
恋のひとつやふたつも経験しそうな年頃だが、今はまだ異性の仲の良い友達といった感じだ
った。
街外れの待ち合わせ場所に行くと昴と季宇はもう待っていた。
昴は短く切りそろえられた黒髪が利発そうな印象を与える。
顔立ちは優しげだが。
剣の自信があるだけあって、よく鍛えられたバネのような肉体を持っている。
でも、瞳は甘く優しくて彼の性格がよく出ていた。
李宇はがっしりした体格を持っていて、茶色の髪と瞳をしたちょっと見た感じだと悪がきがそのまま大きくなりましたといった感じの少年だ。
このふたりは幼なじみで、とても仲が良いのだが、印象とか性格とか、とにかく持ってものが正反対に近かった。
それでどうして仲が良いのか不思議なくらいだ。
「昂っ。季宇っ」
名を呼んで手を振りながら駆け寄れば、朝の腕にべったりとくっついた女の子むいた。
ちょっとムッとする。
昴は不本意なのか、腕を離させようと、何度も振りほどいているようだったが、その度しがみつかれて、李字に困ったような目を向けている。
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