第二話 疑念(3)
「何だそれ」
イストは右腰に手をやり、武器の片方を手にした。全体はL字型をしており、細部に訳の分からない凹凸が付いている。持ち手以外の部分は銀色に輝いており、恐らく金属で出来ているであろう事が分かる。形状的に筒状になっている部分から何かを発射するのだろうが、こんな武器を目にしたのは初めてだ……と思う。記憶喪失になっている自分の頭の中の情報など、今は当てにはならないが。
「回転式拳銃。大砲は分かるよね?あれを小型化して個人が携帯出来るようにした物だよ」
「そんなものは見た事が無い」
「古の技術で作られた物だからね、グランが見た事が無いのは当然さ。そんな事より、もう準備はいいかい?体調も問題無いなら、今のうちにここを出てしまおう。ここもいつまで安全か分からないからね」
「あ、ああ」
イストはローブのフードを深々と被ると、身を翻し階段を下りた。自分もイストに続き下へ降りる。燭台の蝋燭の炎を消し、壁際に置かれていたリュックサックを担ぐと、イストはこちらに向き直った。
「僕が先導するからついてきて。出来るだけ音を殺して、化け物に気づかれないように注意して」
「分かった」
ゆっくりと扉を開き、外へ出る。外は思っていたよりも風が強く、肌寒い。空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな様子だった。周りを見渡す。すると、遠くに城壁が見えた。城壁の中からはもくもくと黒煙が上がっている。
「こっちだよ」
イストが指さしたのは、城壁とは反対方向だ。恐らくそちらに例の橋があるのだろう。俺はイストの後を追った。
風車小屋の外には小麦畑が広がっている。体勢を低くしたところで身は隠せないが、少しでも目立たぬよう中腰になりながら音を殺し歩く。先ほど扉越しに確認した黒く小さな生き物の姿がはっきりと見える距離まで進むと、改めて化け物の姿形を認識した俺は思わず歩みを止めた。
「どうしたの?」
俺がついてきていない事に気づいたイストが、肩越しに小声でこちらに問いかけた。が、俺は化け物から目が離せず、その場でかがんだままの体勢で固まっていた。
『それ』との距離は約三十メートルといったところか。大体だが、大人の人間ほどの大きさのように見える。全体が肉や骨、臓器のようなもので構成されており、頭部や脚などは虫のような形状をしている。視力が弱いのか、こちらに気づく気配は無く、その場でモゾモゾと蠢いている。想像していた以上の気味の悪い姿に鳥肌が立った。こんなものが一体どこから湧いて出てきたというのか。
はっと我に返り正面を向くと、こちらを凝視していたイストと目が合う。
「近くで見てビックリした?無理もないよ。ともかく、進もう」
俺の返答を待たずにイストは再び歩み始めた。化け物について、もっと詳しく聞きたい。だが、質問するのは無事に地下回廊に着いてからだ。気持ちを抑えて俺も急いでイストの後に続いた。
再び二人黙々と歩み続けた。そうしてある程度進んだ所で道の真ん中に放置された荷車と、その周りにマーテルの市民だと思われる人間が数名血塗れの地面にが転がっている場面に遭遇した。いずれも鋭利な刃物で引き裂かれたような酷い外傷を負っており、既に絶命しているのが一目で分かった。
「これは……あの化け物共がやったのか……」
「化け物の事だけど、ネピリムの間ではリーパーって呼んでる」
「リーパー?」
「そう。超古代の言語で死神って意味が込められている」
「ちょっと待て!お前は……あの化け物の事を知ってるのか!?」
「うん、過去に何度も見てきたからね」
「何度も……?じゃあ、俺以外の人間も化け……いや、リーパーの事は知ってるのか?」
「あ、いや、それは違くて。長寿であるネピリムだからこそ知っているワケであって、今生きている人間達は伝説やおとぎ話程度にしか存在を知ってはいないよ。前にリーパーが地上に出現したのは三百年前の話だし。……記憶喪失になっているグランにとってはややこしい話だよね」
「三百年前……?お前、一体何歳なんだ?」
「二千歳くらいかな。細かい数字は忘れちゃったけど」
「二千!?」
「ネピリムは皆ほぼそれくらいの歳なんだよ。十年前に話したんだけどね。……早く戻るといいな、記憶」
驚く俺を見てイストは苦笑した。
「リーパーはね、明確な殺意を持って人間を攻撃してくるんだ。……こんな風にね」
イストは自身の周りに横たわっている数人の遺体を悲し気な眼差しで見やった。
「明確な殺意?まさか、感情があるというのか?」
「いや、彼らに感情は無いよ。自身の命が尽きるまで、ただひたすらに人間の命を奪い続けるよう仕組まれているだけだ」
「仕組まれて……?それって、リーパーの事を操っている何者かがいるという事か?」
「違う。リーパーは『とある意志』の名の元に『人間を処分する』という使命を背負って誕生する生き物なんだよ。つまり、本能のままに動いているだけ」
「とある意志……。まさか、神や悪魔なんかがあんな化け物を生み出しているとでも?」
冗談で言ったつもりだったが、イストは真剣な眼差しでこちらを見つめた。
「まさしく、その通り。人間にとってはそういう認識で合ってるよ。信じるか否かはその人次第だけども」
俺はどう言い返していいのか分からず、言葉を詰まらせ苦笑した。――馬鹿馬鹿しい。一瞬だけそう思ったが、目の前にいるネピリムと、この世の生き物とは思えないリーパーの事を考えると、あながち神や悪魔なども存在していてもおかしくないと思えてきた。
「……そろそろ行こう。例の橋まであともう少しだよ」