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テウルギア  作者: 星河 昂
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第二話 疑念(1)

 少女はいつも私の正面に腰かけ、紙で出来た本を声に出して私に読み聞かせた。本の内容は毎回変わる。おとぎ話の時もあれば、児童向けの化学の本、神話の絵本や、絶滅した古の動物の図鑑など、種類は沢山あった。

 彼女がいつも持ってくる本は全部紙で出来た物だった。大方周りの大人達の誰かにせがんで手に入れたのだろうが、これほど技術の発達した時代に、紙の読み物にこだわるのは何故なのだろう。一度デバイスを使った方が便利だと伝えてみたが、手で紙をめくる感覚が好きなのだと彼女は笑って答えた。

 私には、彼女のように直接声を出す事も、紙に触れる事も出来ない。紙とはどんな感触がするのだろう。そんなに良いものなのだろうか?もしも叶うなら、いつか彼女と同じ感覚を体験してみたい。


◆◆◆


 冷える体と全身に纏わりつくベタベタとした感触に耐え切れず、俺は思わず上体を起こした。急に起き上がったせいだろうか、頭がズキズキと痛み、視界がぼんやりとした。ふと、顔を上げるとそこには少年とも少女とも見て取れる子供が、燭台を片手に目を丸くして突っ立っていた。


「あ……!良かった!やっと目を覚ましたんだね!」


 彼…なのか彼女なのかは定かではないが、その子供はこちらに笑顔で近づいて、俺の横に腰を下ろした。


「長い事目を覚まさないから、心配してたんだよ。……あ!僕の事分かる?グラン、久しぶりだね」


 子供は自分の事を「僕」と言った。少年……なのだろうか?男とも女とも取れる、中性的な声だった。暗がりでよくは見えないが、ローブの下から見える素肌は白いように思う。瞳は青色、肩近くまで伸びた髪は水色だろうか。変わった外見の子供だ。


「……俺達、知り合いか?」


「えっ?」


 少しの間、沈黙が流れた。


「僕だよ、イスト。君は、グランディスでしょう?」


 少年は俺の事を知っている様子だった。だが――


「それが……俺の名前か?」


 再び沈黙が流れる。イストと名乗った少年から、笑顔が消えた。


「もしかして、覚えていないの?」


「す、すまない……。自分の事も、君の事も、俺が目を覚ます前の事も……全部、覚えが無いんだ。ここは……どこなんだ?今、どういう状況なのか……教えて貰えると、その……助かる」


「……」


 口元に片手を当てて少し考え込んだような仕草を見せた後、イストはこちらに向き直り言った。


「ここはマーテル近郊にある廃墟になっている風車小屋さ」


「マーテル……?」


「グランが暮らしていた都市だよ。ネピリムのノアが治めていた都市さ」


「ネピリムってのは……?」


「僕みたいに水色の髪と青い目をした少年少女の事だよ」


 イストは自分の顔を指さしてそう答えた。


「覚えが無い」


「じゃあ、自分がノアに仕えていた騎士だった事も、化け物に襲われた事も覚えてない?」


「俺が騎士?化け物って何だ?何故……何も覚えていない……」


 俺は片手で頭を抱え、溜め息をついた。――本当に何も思い出せない。


「ところで、体に痛みはあるかい?」


「痛み?いや、何か全身ベタベタして気持ち悪いけど、痛む所は特に無いな」


 自分の体をよく見ると、サーコートを着用していた。特に破れたりなどはしていないものの、何故か大量の血が付着していた。これは、返り血だろうか?どうりで全身がベタつく訳だ。


「そう……それなら良かった」


「これ、俺の血じゃないよな?」


 自分の襟を掴んでイストに視線をやった。


「グランの血だよ」


「え?」


「さっき言ったでしょう?化け物に襲われたって。グラン、僕が見つけた時には大怪我を負って気絶していたんだ。かなり重症だったけど……怪我は僕が治した。痛みは無いって事だから、もう動いても大丈夫だと思う」


 身体の状態を確かめる為に、上半身の服を脱いでみたが、体には、傷一つ無かった。怪我を治した?服が全身血まみれって事は、尋常じゃない怪我を負ったに違いない。どうやって治したというのか。


「奇跡」


「は?」


「ネピリムの奇跡。ネピリムには不可思議な力が備わっている。僕はその力を使ってグランの怪我を治したんだ。十年程前に一度グランにも見せた事があったけど……その様子だと覚えていないよね?」


 俺は頭を振った。勿論、覚えていない。


「傷を治す時に服も一緒に直したんだけど、濡れた血まではどうしようもなかったんだ。着替えられそうなものがここにあれば良かったんだけどね」


「……聞きたい事が山ほどある」


「……だろうね」


 俺は上半身裸のまま、あぐらをかいてイストに向き直った。少々冷えるが、血濡れの着物を再度着る気にはなれない。


「俺はどれくらいの間眠っていた?」


「僕がグランを助け出した後、ここで眠っていたのは2日間だね」


「俺が化け物に襲われたと言ったな?化け物ってのは具体的にどんなのだ?」


「外に出れば直接見れるよ。けど今はダメ。やっと周りが静かになってきたばかりなんだ。まだ外に出るのは危険過ぎる」


「……腑に落ちないが、その化け物とやらに俺が襲われた所を君は目撃したという事か?」


 イストは頭を振った。


「直接は見てない」


「じゃあ何で俺が化け物に襲われたと言い切れるんだ?」


「怪我の仕方が普通じゃなかったから。それに外は化け物だらけなんだよ。一体、二体なんてもんじゃないんだ。だから他に犯人は居ないって事」


「普通じゃない怪我って……確かに全身血濡れだったようだが……どんな状態だったんだ?それにどうやって俺をここまで運んだ?」


 イストは顔をしかめた。どうやら話したくない程酷い状態だったようだ。少しの間を置いた後、再びイストが口を開いた。


「即死しててもおかしくないレベル……とだけ言っておくよ。ここへはグランをこの手で担いで来た」


「担ぐ!?俺を?」


「ネピリムの筋力は人間のとは違うんだよ」


 俺はしげしげとイストの全身を見た。服の上からでも分かる、華奢な体格だ。身長は大体百五、六十センチ程度。対して俺は二メートル近くある。この小さな体のどこにそんな力が備わっているというのか。


「……分かった、今度は俺と君の関係性を聞きたい。君は、そのマーテルという場所の住人なのか?」


「イストでいいよ。あと『君』なんて呼ばないで、何か変な感じがする。グランはいつも僕の事を『お前』って言ってた」


「……そうか。じゃあ、改めて聞くが、イストはマーテルの住人なのか?」


「違うよ。僕はどこの国にも属していない。放浪のネピリムなのさ」


「?じゃあ何故今マーテルにいるんだ?」

 

「グランと会う約束をしていたから。十年振りにね」


「十年振り?」


「僕とグランが出会ったのは十年程前。色々あって僕達は離れ離れになったから、お互い手紙でやり取りをしていたんだ。この間だって僕グランに手紙出したんだよ」


「そう……だったのか……」


「ちなみに、グランが腰に付けていた鞄の中にその手紙が入ってた。ほら!」


「勝手に中見たのかよ」


 イストは俺に革製のポーチを手渡した。中を見ると覚えの無い物がたくさん入っていた。その中に一枚、綺麗に折りたたまれた小さな紙が入っていた。広げてみるとそれには『あと二日程でそちらに到着する』と大きな文字で書かれていた。その下には小さめの文字で色々と書かれていたが、気になったのは『グランがどんな大人になっているのか楽しみだ』の一文だった。


「そう言えば……俺達は十年振りに再会したんだろう?何故話す事の出来ない状態の俺を俺だと分かったんだ?十年越しだったら外見も変わってるだろう?」


「グランがイグニス人だから。マーテルにイグニス人なんて殆ど居ないし、グラン自身も騎士団の中にいるイグニス人は自分だけだって言ってたから」


「それだけで俺だと判断したのか?」


「赤毛で高身長は目立つからね。それに教会の武具を付けていたし、何より……」


「何より?」


「顔があんまり昔と変わってなかった。体は大分大きくなっていたけどね」


「そっか……」


 一通り質問をして頭の中を整理する。自分はマーテルの主であるノアに仕える騎士だった。ならば当然騎士団の仲間が居た筈だ。仲間は、主は無事なのだろうか?それにマーテルそのものの状況も気になるところだ。


「グラン……君一人しか救えなくてごめんよ」


「ん?」


 こちらの考えている事を察したのか、イストは曇った表情で話を続けた。


「他にも大勢負傷している人が居たんだ。騎士団の人や、民間人も。きっとその中にはグランの知り合いも居たと思う。でも僕は、その中からグランだけを連れてここまで逃げて来た」


「何故謝るんだ?一人の力だけではどうにもならない事もある。全部を救う事なんて……不可能さ。自分を責めないでくれ」


「でも……」


「化け物の事はまだ信じられないが、危険を冒して俺を見つけ出しここまで運んでくれたんだろう?怪我まで直してくれた。お前は命の恩人だよ」


 イストは視線を落とし、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。


「ふっ……。ネピリムはね、神の使いと言い伝えられているんだ。人々を見守り導く天使だなんて言われているけど、実際は人一人を助けるだけで精一杯だ。我ながら情けないよ」


 ネピリムは神の使い、という言葉を聞いて俺は納得した。この慈悲深さ、美しい外見も相まって、まさに天使と言う言葉がピッタリだと思った。


「言い伝えってのは大体話が盛られているものだ。期待に応えようと背負う必要なんか無い」


 少し間を開けてイストは顔を上げ、悲しそうな笑顔でありがとう、と呟いた。

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