第ニ話 疑念(8)
イストの発言に驚く俺を見ながら、セーブルは「一般常識ですよ」と呟いた。
「しかし……お言葉ですがイスト様、断言してしまうと彼に誤解を与えてしまいますよ。確かに世間一般ではネピリム様は皆不老不死と認識されてはいますが――これはあくまで聖典に記されている情報にすぎません。どのような危害を加えられようが絶命しない確たる証拠品は現存しませんし、今貴方自身もノア様の安否を危惧されているではありませんか」
セーブルの言う通りだ。もし仮にネピリムが不死なのであれば……言い方は悪いが、行方さえ知れればそう焦ってノアを保護する必要もないだろう。それにイスト曰くネピリムは人間よりも筋力がある上、リーパーにも対応出来る可能性を秘めている。ならば、もしかするとノアは自力で脱走するのではないだろうか。
「ああ、それは……負傷した際の回復スピードに個体差があるからさ。僕はこう見えてもネピリムの中では一番体が頑丈でね。重傷を負っても即座に回復するんだ。でも他のネピリムは違う。回復するまで結構な時間がかかるから、その間酷く苦しむ事になる。それがどれ程恐ろしい事かは、君達人間にだって分かるだろう?」
セーブルは頭を振って溜め息混じりに答えた。
「どちらにせよ……一秒でも早くノア様を救助し、現状の混乱を収めねばならない事に変わりはありません。もうこれくらいにしましょう。グランディス、行きなさい」
「……ああ」
ネピリムの事は勿論、記憶を失っている今は他にも色々と聞きたい事が山積みだが、これ以上話し込んでいては夜が明けてしまうだろう。一先ずは明日に備えなければならない。俺は床に転がっているラティオの元まで歩むと、膝をついて彼の肩を揺さぶった。
「おい、大丈夫か?」
「…………はえ?」
薄っすらと目を開けて気の抜けた返事を返したラティオに「立てるか?」と問うと、彼は小さく唸りながらもそもそと上半身を起こした。――と、同時に片手で首の後ろを摩る。
「あれ……俺何してたんだっけ……」
ラティオは言いながら俺の顔を見上げた。
「隣の部屋に移るぞ」
「はっ……!た、隊長……!夢じゃ……なかったのか……」
俺の顔を見た途端にラティオの顔が強張った。先程の言動から察するに、こちらが生きていた事に素直に喜んでいいのか迷っているようだ。
「ほら、行くぞ」
俺がラティオに手を伸ばそうとした瞬間、肩に止まっていたスノウが翼を羽ばたかせ、飛んだ。スノウの姿を目で追い、それが止まった先――イストに視線をやったラティオは、目を大きく見開き更に顔を強張らせた。だが直ぐにイストから地面に視線を移して目を固く閉じる。
「何がどうなってんだよ……ワケわかんねぇ……」
絞りだした言葉に先程のような威勢は無かったが、相変わらずイストの事は恐れている様子だ。
「……そうだな。俺もまだ分からない事だらけだ。だが一先ずは休むぞ、来い」
俺は少しよろけながら立ち上がるラティオの肩を支え、部屋の扉を開けた。すると外には大勢の兵士が集まっており、こちらの姿を見るや否や歓声が上がった。
「グランディス隊長!おお…!本当に生きていらっしゃった!」
「隊長!お怪我はございませんか!?」
「おい、誰か!隊長に合いそうな服と鎧を持ってきてくれ!あと武器も!」
「皆本当に心配してたんですよ……!無事で良かった」
「ネピリム様と一緒にここへ来られたって本当ですか!?」
四方八方から声を掛けられ身動きが取れなくなった俺は、ラティオを片腕で支え扉を開いたポーズのまま立ち尽くした。
「うるせぇよお前ら、通れねぇだろ。道開けろよ」
ラティオが皆に向かって力無くしっしっと手で追い払う仕草をしながら言い放った。
「何だよラティオ。お前随分取り乱していたみたいだったが、やっと正気に戻ったか?」
「一番グランディス隊長の事心配してたのお前だろうが」
「いや、一番ならどっちかって言うとエミーラ隊長の方だろ」
ラティオが言葉を発した途端、皆が一斉にラティオに茶々を入れた。少しの間彼らのやり取りを見守っていると、背後から「早く行きなさい」とセーブルの声が聞こえ、彼に背を押されて半ば強引に俺達は部屋の外へ追いやられた。直後、部屋の扉に鍵を掛ける音が聞こえる。
「なぁ皆、悪いが少し休ませて貰っても構わないか?隣の部屋を使いたいんだが……」
少し遠慮がちに俺が声を上げると、周りを取り囲んで騒いでいた兵士達は互いに顔を見合わせ、驚く程に素早く身を引いて道を開けた。
「大変失礼致しました、隊長……!皆貴方がご無事で感極まっておりこのような不躾な態度を……!」
一人の兵士がそう言うと、皆横一列に並んで敬礼のポーズをとった。彼らの事はまだ全く思い出せていないが、自身の言葉に素早く反応した彼らの態度を見て、自分が本当に騎士団の隊長であった事を改めて思い知らされた。
「グランディス隊長、私が隣の部屋までご案内いたします」
別の兵士が手を挙げた。「頼む」そう答えると、俺はラティオを連れてその兵士の後に続いた。
◆◆◆
隣の部屋にも蒼衛騎士団の兵士が数人待機していた。そして案の定、こちらの姿を見るなり彼らは今まで俺が何処にいたのか、体調は問題無いのか、現在のマーテルの情勢について知っているかなどと色々な質問攻めに合った。
「食事はまともに摂っていらっしゃらないんですよね?明日外へ出向かれるのであれば、何か食べておかないと。大したものはありませんが、食糧保管庫で市民と協力して食事を作っているんですよ。私が取りに行ってきますね」
こちらの体調を気遣って一人の兵士が食事を取りに行こうとした――が、俺はそれを引き留めた。
「ありがとう、だが腹は減ってないんだ。貴重な食糧だ、飢えている人間を優先してやってくれ」
そう言うと、兵士は目を丸くして答えた。
「何言ってるんです!?食べて寝てちゃんと明日に備えないと――行き倒れますよ!?」
俺は他の兵士から自身が着られそうな薄手のシャツとギャンベゾンを手渡され、それを広げながら言った。
「そう言われてもな……本当に減ってないんだよ」
シャツに袖を通す。こちらはサイズがピッタリだったが、ギャンベゾンの方は羽織ってはみたものの僅かにサイズが小さい。俺は頭を振りながら「悪い、駄目だ」と言いつつ手渡してくれた兵士に衣装を返した。
「であればこの鎧も無理か……他の装備を探してきます!」
自分の為に用意してくれた装備一式を抱えて、数人の兵士達が部屋を出ていく。
「隊長、駄目ですよちゃんと食わないと」
小さなテーブルの対面に腰を下ろしていたラティオが口を挟んだ。
「お前こそちゃんと食ってるのか?顔色悪いぞ」
ラティオはこちらから視線を逸らし、明後日の方向を見やると静かに目を閉じて深く溜め息をついた。
「……あんな事があったんだ。食い物なんか喉通る訳ないじゃないですか」
「ラティオ、お前も何か口にした方がいい。食事をお持ちします、二人共ここで待っていて下さい」
ラティオも食事を摂っていないと分かると、兵士は慌てて部屋を出て行った。ふと、部屋中を見渡す。今部屋の中にいるのは俺とラティオの二人だけだ。俺はラティオにもう一度確かめたい事があった。
「……なぁ、ラティオ。お前はまだ俺が生きている事に疑問を持っているか?」
ぼんやりと明後日の方向を眺めていたラティオは、こちらには視線を合わせず、地面に視線を落とした。
「ええ、勿論……」
言葉の続きを待ったが、ラティオ気まずそうに視線を落としたまま何も話そうとはしなかった。
「俺が絶命したという証拠になるような物は無いか?」
俺がそう言うと、少し驚いた表情でラティオは俺に向き直った。
「何故そんな事聞くんです?さっきあのイストとかいうネピリムを庇っていたじゃないですか」
「ああ、これまでの話の流れ的にはイストは命の恩人だからだ」
「……それは、つまりどういう事です?」
「俺は今過去の記憶が殆ど無い。ネピリムの事、騎士団の事……お前の事もろくに覚えていない。そんな中で自分を守る為には、可能な限り周囲の人間と良好な関係を築いておかなければならない。だから、今の俺は一先ずイストから教わった直近の出来事を信用している体で行動している」
「……本当は信じていないって事ですか?」
俺は頭を振った。
「いや、そういう訳ではない。俺とイストは十年程前からの知り合いらしくて、俺達は長年手紙でやり取りをしていたんだそうだ。イストから証拠の手紙を見せてもらった。それから、直接ではないがアトラスの怪我をイストが奇跡の力を使って治癒した場面もこの目で確認した。……で、さっきお前が乱入してきた時にお前の言い分も理解出来ると話したらイストは本気で怒っていた。恐らく、イストは嘘はついていないだろう。――だが」
胸に手を当てる。この体は確かに心臓が鼓動していて、体温を感じる。吸い込んだ空気は肺に送られ、当然鼻や口から出ていくし、眼には色んなものが映り込んでくる。耳には環境音や人々の声が自然と入ってくる。――なのに。
「イストが俺を『治癒した』という部分については……正直疑っている。さっきも言ったが、全然腹が減ってないんだ。喉の渇きも無いし、眠くも無い。体も頭も疲れていないし、外気が冷えているのは感じるのに、体は全く寒くない。目を覚ましてから、どうも体の調子がおかしいんだ。怪我を治されただけでこんな状態になるとは思えなくてな。……俺は…お前の言う通り、実際は本当に一度死んだんじゃないだろうか……そう思っている」




