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テウルギア  作者: 星河 昂
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第ニ話 疑念(7)

「誰だ……?」


 俺はセーブルに尋ねた。


「ラティオですよ。彼はボイジャーの部下ですが、隊を跨いで貴方とは兄弟のように親しかった筈です」


 再びラティオという男に視線をやる。短い髪をツーブロックに整えた三白眼が特徴的な青年だった。歳は二十代前半といったところだろうか。自分よりも四、五歳は若く見える。

 

「アンタ……俺の事が分からないのか!?セーブル隊長!そいつはグランディス隊長じゃないです!あの人は死んだんだ!俺はこの目でハッキリ見たんです!」


「落ち着きなさい、ラティオ。彼は諸々あって今記憶が飛んでいて――」


「お、おいっ!そいつ……!!!」


 セーブルの言葉を遮り、ラティオはイストを指さして叫んだ。


「そいつだ!!隊長を殺したのは!!」


「えっ」


 想像だにしていなかった言葉を投げかけられたイストは、ポカンとしながら短い言葉を発した。その場に居た全員が、イストに注目する。


「背格好、顔も、声も……俺は全部覚えているぞ、赤目のネピリム!!何が目的だ!?何でこんな所にいるんだよ!?」


 ラティオは射貫くような鋭い目つきでイストを見据え、叫んだ。

 赤目のネピリム……リーパーと行動を共にしていたと騒がれているネピリムが、イストだというのか?しかもイストが俺を死に追いやっただと?意味が分からなかった。俺は重症を負ってイストに命を救われたのではなかったのか?


「……僕じゃない」


 イストは俺や他の皆を交互に見ながら静かに答えた。不安そうな表情は見せているものの、イストが取り乱す事は無かった。


「イストは……見ての通り赤い目はしていないぞ。それにこんなに穏やかだ。お前は何か勘違いしてるんじゃないのか?」


 記憶が無い以上何が真実なのか定かではなかった。だが、俺は直感的にラティオの言う赤目とやらがイストではないと信じ、気が付くとイストを庇うセリフを口にしていた。


「アンタ何者なんだよ!?本当にグランディス隊長だったら言ってる事矛盾してるぞ!赤目のネピリムに遭遇した時にアンタは赤目に向かってイストと呼びかけてたんだ!」


「何……?」


 記憶を無くす前、俺は赤目のネピリムをイストと呼んだ……?勿論そんな覚えは無いが、ラティオだけでなく俺も赤目をイストだと見間違えるような事態が起きていたというのか。


「ラティオ落ち着きなさい。先程も言いましたが、グランディスは負傷した際のショックで記憶喪失になっているのですよ。今の彼に赤目の話をしても明確な答えは得られません」


 先のセーブルの言葉を聞いていなかったのか、改めて俺が記憶喪失になっている事実を認識したらしいラティオは「記憶喪失……?」と俺を見て呟いた。そして引きつった奇妙な笑みを浮かべた。


「記憶喪失なんかで済むもんかよ……。体が引き裂かれて……内臓飛び出してたんだぜ?あ、あれは……どう見ても即死だった」


 ラティオは震える声でそう言い終えると、その場に座り込んだ。フラッシュバックでも起こしたのか、とうとう腰を抜かしたらしい。ラティオを支えていた二人の兵士は彼から手を放し、互いに顔を見合わせて気まずそうに立ち尽くしていた。

 俺はラティオの思わぬ言葉に背筋が凍った。内臓が飛び出していた……?それは重症と呼ぶレベルではない。俺はイストに視線をやった。


「イスト……俺は……そんな状態からお前に救われたっていうのか?お前の力なら、そんな状態でも治せるものなのか……?」


 イストはゆっくりとこちらを振り向き、少し戸惑った表情を浮かべてこちらを見つめた。


「彼の言った事を信じるの……?僕がグランを発見した時、グランは重症を負ってはいたけど奇跡的に死んではいなかった。だから治癒の力を使ったまでだよ。さすがに死者を蘇生させる事が出来るほど、僕の力は万能ではない」


 イストの答えを聞いて、俺は釈然としなかった。どちらの言っている事が正しいのか、これは他に目撃証言が出てこない限り答えは出ないだろう。


「赤目のネピリムの件は?何か思い当たる事は無いか?」


 俺が続けざまに質問すると、イストは顔をぶんぶんと横に振って渋い顔をしながら答えた。


「無いよ!さっきアミ達から噂を聞いて僕も初めて知ったんだから。そもそも、ネピリムに赤い目をしている個体は存在しないし、リーパーと一緒に行動しているなんて信じられないよ!そんな事をしてしまったら確実に人間に恐怖を植え付けてしまう。僕らネピリムにとって何のメリットもない行動だ」


 イストはそう言い終えると、溜め息と共に両腕を組み、地面に視線を落として黙り込んだ。


「……そういえばお前」


 ぼそり、と座り込んだままの姿勢でラティオが声を発した。


「グランディス隊長に向かって『ようやく見つけ出せた』って言ってたよな?アレってどういう意味だ?」


 項垂れた状態から少し顔を起こし、ラティオは真っすぐイストを睨みつけた。


「だから……その赤目ってのは僕じゃない!」


「嘘つけ!!お前が化け物に乗っていて、隊長に向かって言葉を発している姿を俺は直接この目で見たんだ!!他の人間は騙せても俺は騙されないからな!!隊長を襲った後お前はすぐ傍にいた俺には目もくれずにその場から立ち去ったよな。何でだ?目的の抹殺に成功したから……だろ?元々お前は隊長を襲うつもりでマーテルを襲撃し」


 興奮気味にまくしたてるラティオの言葉が突如途切れた。次の瞬間、彼は力なく地面に倒れ込んだ。ラティオの両脇に立っていた兵士の内の一人が、ラティオの首に手刀を叩きつけたようだった。ラティオが気絶しているのを確認すると、その兵士はセーブルに目をやり頷いて見せた。どうやらこちらが気づかないうちにセーブルは兵士にラティオを黙らせるようハンドサインを送っていたようだ。


「すみませんね。我々だけで話がありますので、君達は席を外して下さい」


 セーブルが二人の兵士にそう呼びかけると、彼らは敬礼のポーズをとってその場から退散していった。地面に転がっているラティオを部屋の中に引きずって移動させると、扉に鍵をかけ、セーブルは大きく溜め息をついた。


「……イスト様が赤目のネピリムで、グランディスが標的だった、ですって?妄言も大概にして頂きたいですね。今の状況なら信じる人間が出てきてもおかしくはない。これ以上余計な事件を起こされると収拾がつかなくなってしまいます」


 俺は地面に横たわっているラティオの姿を見つめた。パニックを起こすと、時に人は支離滅裂な言動を振る舞う。ラティオも非常に興奮しているようだった。仮に自分と親しい間柄であった人間が目の前で惨殺される光景を目の当たりにしたら……大抵の者はパニックを起こすだろう。そしてもし、殺した犯人が目の前に現れたら。怒りにとらわれながらも何故そうしたのか問うだろう。或いは仕返しに襲い掛かるかもしれない。――ラティオの行動に別段不審点は無い。普通の人間の反応だ。


「とはいえ……根も葉もない言いがかりには聞こえなかったな」


 俺がそう言うとイストは目を見開いてこちらを振り返った。


「僕が赤目のネピリムでグランを襲ったっていうの!?」


「いや、そうじゃなくて……」


「保護対象の人間をネピリムが襲う訳ないだろ!」


 出会って初めて――いや、再会して初めてイストが怒りを露わにした姿を見た。表情も、声も、仕草も、とても演技には見えない。心底怒っている様子だ。


「だから……お前が赤目だなんて俺は思っていないよ。ただ、ラティオの言った事はある意味事実で……。『赤い目を持った何者か』とネピリムを見間違えたんじゃないかと。ラティオ以外にも目撃者が多数いるって事だったから、そう考えるのが妥当だ。あと俺の事は……そうだな、他に襲われた人間と俺とを混同して記憶している……とか」


 顎に手をやりつつ、俺はチラリとセーブルに視線をやった。


「……そうですね。私もそう思いますよ。と言いますか、そうでないと困ります。今は我々が争っている場合ではないのですから」


 セーブルは俺達の背後で深い眠りについているアトラスの方を振り返った。


「こんなに騒がしいというのに、よくお眠りになられていらっしゃる……。余程体力を消耗されたのでしょう」


 予想外の事態が起きたとはいえ、病人の眠る部屋で騒いでしまった。俺達はしばし沈黙した。


「……まだ目を覚ますには時間が掛かりそうだね」


「どちらにせよもう夜だ。行動を起こすなら明日の朝にした方がいい」


「同感です。それにお二人ももう休んだ方が良い。――イスト様、申し訳ございませんが貴方はこの部屋でお休み頂いて宜しいでしょうか?あまり回廊の中を歩き回ってしまうと、市民にお姿を見られてしまいますので……」


 イストはこくりと頷いた。


「うん、構わないよ」


「私もこの部屋におります。貴方とアトラス卿は私がお守り致しますのでご安心下さい」


「俺らはどうすりゃいい?」


 俺は扉の前でいまだ転がっているラティオを指さしてセーブルに尋ねた。


「この部屋を出て少し左に進むと小部屋があります。他にも誰か使っているかとは思いますが、こんな状況です……悪いですがそこで我慢して頂きたい」


「わかった」


 そう答えると、俺はイストの顔を見た。


「頼むから夜中に勝手に一人で出て行ったりしないでくれよ」


「……それって僕の身を心配しての発言?」

 

「当たり前だろ。お前に凄い力があるのは理解したよ。けど、外をうろついてるのは化け物なんだぞ。襲われでもして大怪我負ったらお前だってただでは済まないだろ」 


 俺の顔を見てきょとんとしているイストに、俺は眉根を寄せた。何かおかしなことを言っただろうか?――と、突然合点がいったかのようにイストは「あっ」と発した。


「そっか……!だからやたらと僕に協力しようとしてくれてたんだね。ごめん、言い忘れてた……!ネピリムはね、不死なんだよ」


「はぁ!?」

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