第二話 疑念(5)
ルノーがアミに視線をやった。
「リーパーって何だ……?」
「知らねぇよ」
俺に聞くな、と渋い顔をしてアミが頭を振った。
「マーテルを襲撃した化け物達の事だよ」
イストがすかさず答える。
「リーパーは僕らネピリムにとっても厄介な存在なんだ。一緒に行動するなんてあり得ないよ」
「混乱の最中ですから、何かの見間違いである可能性は十分にあると思います。ですが……」
アミがばつの悪そうな面持ちで続けた。
「こういう状況だからこそ、皆まともな判断が出来なくなっているのでしょう。蒼衛騎士団をはじめ、マーテル市民の中にもネピリム様に対して不信感を抱く者が出てきてしまい……その……大変言い辛いのですが……マーテルは今ネピリム様支持派と反対派に分断されている状態なんです」
アミの言葉を聞いてイストはハッと顔を上げた。
「ちょっと待って!それじゃあ、ノアは!?彼女は今何処に居るの!?」
「もう少し声量を落として頂けませんか?外に聞こえてしまいます」
アミ達の後方、闇の中から足音を立てずに突如ぬっと現れた男が会話を遮った。
「せ、セーブル隊長……!」
アミ達三人はセーブルと呼ばれた男に対して慌てて敬礼のポーズを取った。
「グランディス、無事だったのですね。それもネピリム様までお連れとは……君一体何処で何していたんです?」
すらりとした高身長の男だが、猫背で姿勢が悪く、顔の彫が深い為に目元は影がかかっており表情が読み取れない。仲間だとは分かっていても、この暗闇の中では少し薄気味悪く感じてしまう。
「化け物に襲われて昨日一昨日と二日間意識を失って倒れていた……らしい」
俺がそう答えると、セーブルは「そうですか」と一言呟き、踵を返し暗闇の方へと歩んだ。
「詳しい話は奥の広間で聞きましょう、付いてきて下さい。ああ、君達は引き続きここの警備をお願いしますよ」
はっ、とアミ達三人は再び敬礼を取り、俺とイストがセーブルの後に続くのを見届けていた。
◆◆◆
セーブルに連れられて広間に到着すると、そこには蒼衛騎士団の兵士や一般市民が幾人も待機していた。地下回廊には緊急時の為にと、装備品や食料、薬品等を保管する為の倉庫部屋や、大人数が避難出来るような大部屋が存在しているのだそうだ。
俺とイストは事の経緯をセーブルに説明したが、彼は訝しげな表情で小首を傾げ、腕を組み、しばし黙り込んでしまった。
「瀕死の状態の君をイスト様が治療なさった……。申し訳ありませんが、にわかには信じられない話ですね」
ようやく言葉を口にしたセーブルの台詞に、俺も同感した。この身を助けて貰ったとはいえ、自分自身もイストの力には半信半疑だ。実際にこの目で治癒の現場を見ない事には心底信用は出来ない。
「まぁ、ネピリムは自身の力を人に見せる事は基本的に無いから……そう簡単に信じて貰えるとは思っていないよ」
イストは地面に視線を落として苦笑して見せた。
「なぁ、セーブル。この回廊の中に負傷者はいるよな?」
「勿論、大勢いますとも。まともな手当てが出来ずに困っているんですよ」
「だったらイスト、俺にしてくれたみたいに他の皆も治療してはくれないか?実際に俺達の目の前で奇跡を起こして事実だと証明してくれ。俺もこの目で見てみたい」
俺はセーブルの目を見た。私も是非見せて頂きたいです、とセーブルは頷いた。が、イストは暗い表情をして申し訳なさそうに答えた。
「わ、悪いけど……それは出来ない……」
「何でだ?」
俯き、手元をもじもじさせながら黙るイストに俺は聞き返した。
「僕だって皆の事助けたい。でも……大勢の人間が僕の力の存在を知ってしまったら……この世の秩序が狂ってしまう。そうなってしまったら、僕には責任が取れない……」
確かに、大き過ぎる力は人を狂わせる。治癒の力を持つイストを巡って戦争も起きかねない。安易に使って良い力では無いと俺は納得した。だが――
「じゃあ何で俺は助けたんだ?」
「それは……。グランは大切な友人だし、何よりグランが気絶していた事と周りに誰も見ている人がいなかったから……」
「ふむ、つまり治癒する対象を含めて誰にも現場を見られさえしなければ、力を行使出来るという事ですかな?」
セーブルが問うと、イストはうーんと困り果てた様子で再び手をもじもじとさせて黙った。どうやら余程力を使いたくない理由があるらしい。
「……イスト様、アトラス卿をご存知ですか?」
イストが黙っていると、セーブルが言葉を発した。
「ああ、ノアの側近で蒼衛騎士団総長の?」
「ええ。彼は重傷を負って今別室で床に伏せている状態なのですが、ノア様の行方に心当たりが有りそうなのは彼だけなのですよ」
「ノア……様は、此処にはいないのか?」
イストに代わって俺がセーブルに質問した。
「先程アミから聞いたでしょう?マーテルの一部の人間がネピリム様に不信感を抱き始めていると。残念な事に、この混乱に乗じてノア様を玉座から引きずり下ろそうとする者達まで出てきてしまいました。その首謀者が、何処かへノア様を拉致してしまったようなのです」
「拉致…!!?」
イストは青ざめた表情で素っ頓狂な声を上げた。
「今ボイジャーがノア様を追っています。とは言っても、外はまだ化け物が徘徊していますから、捜索出来る範囲は限られているかと思いますが。そこでイスト様へご相談なのですが……」
「手がかりを知っていそうなアトラス卿を治癒して欲しい……って事?」
「話が早くて助かります。いかがでしょう?勿論治癒の現場は誰にも見られないよう、イスト様とアトラス卿以外の者には部屋から出て頂きます」
「……アトラス卿は意識はあるの?」
「高熱でうなされていますから、意識は無いに等しいです。あと、ご高齢ですのであまり猶予がありません」
両手を腰にやり、俯いて考え込む姿勢になったイストにセーブルは言葉を付け足した。
「今ここに残っている支持者達をまとめられるのは、アトラス卿しかいません。仮に彼が亡くなりでもしたら……マーテルは元の形には戻れないかもしれないですね」
「随分と他人事の様に言うんだな。あんたも蒼衛騎士団の隊長なんだろ?代わりを務めようとは思わないのか?」
「君、自分も隊長だという事を失念していません?」
「あ……」
「大勢の信徒を束ねるには強力な人望が必要です。そしてネピリム様に対する理解も。……私では無理ですね、君がやってみてはどうです?」
う、っと俺は顔をしかめた。情けないが、何も言い返す事は出来ない。
「……わかった。アトラス卿を治療するよ」
イストが静かに声を上げた。
「ただし、絶対に現場を覗かないと誓って欲しい」
「勿論です」
一国の主の側近を救う事が出来るのだ、普通なら大喜びするところだろう。だが、セーブルは特段感情を揺るがす事は無く、淡々と答えて見せた。
「ではアトラス卿の元へご案内致します。こちらへ――」




