#記念日にショートショートをNo.50『アイ・メイ:後編』(I mei.:Latter Part)
2020/12/25(金)クリスマス 公開
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【関連作品】
「この空に」シリーズ
「塁生、待って」
「なに?」
「あのね、ずっと言ってなかったんだけど」
「うん」
「私、塁生のことが好きだよ。」
意外とすんなりとその言葉は出てきた。緊張はまったくなかった。
「えっ?」
半分驚き、半分怪訝な表情の塁生に、笑顔で言う。
「ずっと幼馴染で、ずっと近くにいたけど、私はそれだけじゃ足りないと思ったの。私は塁生が好きなんだって。」
徐々に赤くなっていく塁生の顔。自分も赤くなっているのがわかるけど、不思議と落ち着いていた。塁生が深呼吸する。
「ありがとう。嬉しい。でもちょっと待って。俺は、お前とは幼馴染でずっと過ごしてきたから、そうゆうの考えたことなくて。だから、時間が欲しい。」
「うん。」
「答えが決まったら、お前のところに帰って来るから。待っててくれるか?」
「うん。うん…違う……違うよ……塁生はずっと、私が好きなんだよ。…だから、だから、お願い、行かないで。行かないで私と一緒にいて。お願い、塁生。」
突然記憶が鮮明に戻ってくる。この後、塁生は死ぬ。そして私は10年間、屍のように生きた。ああ、そうだ。私がここで、ちゃんと言えば良かったのだ。
「どうしたんだよ、響生。急に、変だぞ。」
塁生が、戸惑っている。
「今は変に思うかもしれない。でも聞いて。あなたは、2週間後、私に返事をするために帰って来ようとするの。だけど搭乗した飛行機が墜落して、あなたは死ぬの。あなたは飛行機の中で私に手紙を書いて、〝私のことが好きだ〟って、そう告白するの。私、あなたのことが忘れられなかった。友達が勧めてくれた人とデートだってした。だけど、その人からプロポーズされた時、あなたの顔が浮かんで、その人のことほっぽって、帰って来ちゃったの。家に帰って、玄関で胃の中が空っぽになるまで吐いて、とても苦しくて…」
「おい響生!」
肩を掴まれる。
「落ち着けよ、一体どうしたんだよ。」
「とにかく行かないで!お願いだから、私の言うことを聞いて!」
泣き喚く私と戸惑っている塁生を、人々が物珍しそうに眺め、歩き通り過ぎて行く。
「とにかく、場所を移そう。ここじゃ目立ちすぎる。」
塁生に抱えられるようにして、隅のベンチに移動する。塁生が自動販売機でお茶を買って来てくれた。
「はあぁもう。とりあえず、今日の便はパスするから。」
塁生が髪の毛を掻き毟る。
「どうして急に未来予知なんか……俺が死ぬって?意味がわかんねえよ。」
そうだ、塁生は、話がどんなにばかげていたとしても、ちゃんと聞いてくれるのだ。
「結局、あなたは日本に帰って来ようとするの。だから、向こうに行く意味なんてない。日本で、野球を続ければいいの。」
「何でお前にそんなことがわかるんだよ。」
「塁生は、最初から私のことが好きだったのよ。だから、帰って来ようとしたのよ。」
「だから何でお前にそんなことがわかるんだよ!」
塁生の大声に、近くにいた人々が一瞬こちらに視線を遣り、声を潜め顔を背けた。
「悪い……」
塁生が視線を逸らす。
「……わかるよ。」
あの10年前の➖この後起こる未来の記憶が、光景が、蘇る。
塁生の遺体。
ペットボトルに入れられた手紙。
綴られた〝好き〟だという文字。
膝にきつく握り締めて置いた手の甲に、涙が一つぶ、落ちた。
「響……」
「塁生の遺体も見たの。」
隣りで塁生が息を呑んだ。
「俺の…遺体……?」
あの日のことを、伝える。
「何で、ここに塁生が横たわっているんだろうって、何で、動かないんだろうって」
「大きな傷は一つもついていなかったのに。いつもと、変わらないように見えたのに」
「起きなかった。」
「呼んでも、答えてくれなかった。」
「…………」
塁生は黙っている。
「あんな手紙だけ残していっちゃうなんて、狡いよ。」
「好きだって言われたって、それなのに忘れろって、俺のことは忘れろって、」
嗚咽が呼吸の邪魔をする。
「忘れて違う人と幸せになれなんて、そんなの、出来るわけないじゃん。」
「響生……」
「高3の体育祭でキスされた時、拒まなかったら良かったって」
「告白されてるのを見た時、追いかければ良かったって」
「響生」
塁生が私の肩を揺する。まるで、赤ん坊をあやすように。
「何で、キスしたの?」
「何で、〝➖お前には、聞いてほしくなかった。〟って、言ったの?」
「……」
「塁生がいなきゃ、私生きてなんていけないよ。」
「ねえお願い、行かないで。」
「私のこと、嫌いになってもいいから、お願い、行かないで。行ったら、塁生は、死んじゃうんだよ。」
塁生のシャツを掴む。溢れた涙が、ポタポタと塁生の膝に落ちた。
私、頑張ったんだよ。新しい人も見つけようとした。見つけて、幸せになろうとした。
でも、忘れられなくて、忘れられなくて、駄目だった。幸せになんて、なれなかった。
「嫌だよ。もう一人になりたくないよ。」
「…誰が、嫌いになるんだよ。」
頭上で、塁生が呟いた。顔を上げる。塁生が微笑んで、私を見た。
「そうだよ。俺は響生が好きだよ。」
塁生と目が合う。
「10年も、苦しませちゃったんだな。」
「塁生……」
「言っとくけど、お前の話を信じたわけじゃない。お前が近くにいないと、俺もやっていけそうにないと思っただけだ。」
塁生がそっぽを向いた。
「じゃあ……」
「帰るぞ。」
塁生が背を向けて出口の方へ歩き出す。ワンテンポ遅れてその背中を追いかける。
「うん……。」
涙を拭い、塁生の腕に手を伸ばす。戻って来たんじゃない、私は最初からここにいたんだ。心が、本当の自分で満たされていくのが嬉しかった。
【登場人物】
○高瀬 響生(たかせ ひびき/Hibiki Takase)
●桐早 塁生(きりはや るい/Rui Kirihaya)
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
◎タイトルについて
○No.49『柔らかい時計:前編』(Distorted time:First Part)
スペインの画家サルバドール・ダリ氏の代表作『記憶の固執』の別題から取りました。『記憶の固執』を婉曲的に示す意図を持たせること,後編No.50『アイ・メイ:後編』(I mei.:Latter Part)への伏線とすること,絵画の持つ雰囲気から響生の精神状態を推測させること,を目的に、『柔らかい時計』というタイトルにしました。
○No.50『アイ・メイ:後編』(I mei.:Latter Part)
三重の意味を込めました。
・「I make(私は生み出す)」
・「I may(私は〜かもしれない)」→可能性の広さ
・「愛と命」→この物語のテーマや象徴
「アイ・メイ」が上記の三重の解釈が出来るように、文節と並列の意味を持たせるために真ん中に「・」を配置しました。
【原案誕生時期】
公開時