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「この空に」(In this Sky):響生×塁生

#記念日にショートショートをNo.50『アイ・メイ:後編』(I mei.:Latter Part)

作者: しおね ゆこ

2020/12/25(金)クリスマス 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n2751ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n8ad7cebb84a0)

【関連作品】

「この空に」シリーズ

「塁生、待って」

「なに?」

「あのね、ずっと言ってなかったんだけど」

「うん」

「私、塁生のことが好きだよ。」

意外とすんなりとその言葉は出てきた。緊張はまったくなかった。

「えっ?」

半分驚き、半分怪訝な表情の塁生に、笑顔で言う。

「ずっと幼馴染で、ずっと近くにいたけど、私はそれだけじゃ足りないと思ったの。私は塁生が好きなんだって。」

徐々に赤くなっていく塁生の顔。自分も赤くなっているのがわかるけど、不思議と落ち着いていた。塁生が深呼吸する。

「ありがとう。嬉しい。でもちょっと待って。俺は、お前とは幼馴染でずっと過ごしてきたから、そうゆうの考えたことなくて。だから、時間が欲しい。」

「うん。」

「答えが決まったら、お前のところに帰って来るから。待っててくれるか?」

「うん。うん…違う……違うよ……塁生はずっと、私が好きなんだよ。…だから、だから、お願い、行かないで。行かないで私と一緒にいて。お願い、塁生。」

突然記憶が鮮明に戻ってくる。この後、塁生は死ぬ。そして私は10年間、屍のように生きた。ああ、そうだ。私がここで、ちゃんと言えば良かったのだ。

「どうしたんだよ、響生。急に、変だぞ。」

塁生が、戸惑っている。

「今は変に思うかもしれない。でも聞いて。あなたは、2週間後、私に返事をするために帰って来ようとするの。だけど搭乗した飛行機が墜落して、あなたは死ぬの。あなたは飛行機の中で私に手紙を書いて、〝私のことが好きだ〟って、そう告白するの。私、あなたのことが忘れられなかった。友達が勧めてくれた人とデートだってした。だけど、その人からプロポーズされた時、あなたの顔が浮かんで、その人のことほっぽって、帰って来ちゃったの。家に帰って、玄関で胃の中が空っぽになるまで吐いて、とても苦しくて…」

「おい響生!」

肩を掴まれる。

「落ち着けよ、一体どうしたんだよ。」

「とにかく行かないで!お願いだから、私の言うことを聞いて!」

泣き喚く私と戸惑っている塁生を、人々が物珍しそうに眺め、歩き通り過ぎて行く。

「とにかく、場所を移そう。ここじゃ目立ちすぎる。」

塁生に抱えられるようにして、隅のベンチに移動する。塁生が自動販売機でお茶を買って来てくれた。

「はあぁもう。とりあえず、今日の便はパスするから。」

塁生が髪の毛を掻き毟る。

「どうして急に未来予知なんか……俺が死ぬって?意味がわかんねえよ。」

そうだ、塁生は、話がどんなにばかげていたとしても、ちゃんと聞いてくれるのだ。

「結局、あなたは日本に帰って来ようとするの。だから、向こうに行く意味なんてない。日本で、野球を続ければいいの。」

「何でお前にそんなことがわかるんだよ。」

「塁生は、最初から私のことが好きだったのよ。だから、帰って来ようとしたのよ。」

「だから何でお前にそんなことがわかるんだよ!」

塁生の大声に、近くにいた人々が一瞬こちらに視線を遣り、声を潜め顔を背けた。

「悪い……」

塁生が視線を逸らす。

「……わかるよ。」

あの10年前の➖この後起こる未来の記憶が、光景が、蘇る。

塁生の遺体。

ペットボトルに入れられた手紙。

綴られた〝好き〟だという文字。

膝にきつく握り締めて置いた手の甲に、涙が一つぶ、落ちた。

「響……」

「塁生の遺体も見たの。」

隣りで塁生が息を呑んだ。

「俺の…遺体……?」

あの日のことを、伝える。

「何で、ここに塁生が横たわっているんだろうって、何で、動かないんだろうって」

「大きな傷は一つもついていなかったのに。いつもと、変わらないように見えたのに」

「起きなかった。」

「呼んでも、答えてくれなかった。」

「…………」

塁生は黙っている。

「あんな手紙だけ残していっちゃうなんて、狡いよ。」

「好きだって言われたって、それなのに忘れろって、俺のことは忘れろって、」

嗚咽が呼吸の邪魔をする。

「忘れて違う人と幸せになれなんて、そんなの、出来るわけないじゃん。」

「響生……」

「高3の体育祭でキスされた時、拒まなかったら良かったって」

「告白されてるのを見た時、追いかければ良かったって」

「響生」

塁生が私の肩を揺する。まるで、赤ん坊をあやすように。

「何で、キスしたの?」

「何で、〝➖お前には、聞いてほしくなかった。〟って、言ったの?」

「……」

「塁生がいなきゃ、私生きてなんていけないよ。」

「ねえお願い、行かないで。」

「私のこと、嫌いになってもいいから、お願い、行かないで。行ったら、塁生は、死んじゃうんだよ。」

塁生のシャツを掴む。溢れた涙が、ポタポタと塁生の膝に落ちた。

私、頑張ったんだよ。新しい人も見つけようとした。見つけて、幸せになろうとした。

でも、忘れられなくて、忘れられなくて、駄目だった。幸せになんて、なれなかった。

「嫌だよ。もう一人になりたくないよ。」

「…誰が、嫌いになるんだよ。」

頭上で、塁生が呟いた。顔を上げる。塁生が微笑んで、私を見た。

「そうだよ。俺は響生が好きだよ。」

塁生と目が合う。

「10年も、苦しませちゃったんだな。」

「塁生……」

「言っとくけど、お前の話を信じたわけじゃない。お前が近くにいないと、俺もやっていけそうにないと思っただけだ。」

塁生がそっぽを向いた。

「じゃあ……」

「帰るぞ。」

塁生が背を向けて出口の方へ歩き出す。ワンテンポ遅れてその背中を追いかける。

「うん……。」

涙を拭い、塁生の腕に手を伸ばす。戻って来たんじゃない、私は最初からここにいたんだ。心が、本当の自分で満たされていくのが嬉しかった。

【登場人物】

○高瀬 響生(たかせ ひびき/Hibiki Takase)

●桐早 塁生(きりはや るい/Rui Kirihaya)

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

◎タイトルについて

○No.49『柔らかい時計:前編』(Distorted time:First Part)

スペインの画家サルバドール・ダリ氏の代表作『記憶の固執』の別題から取りました。『記憶の固執』を婉曲的に示す意図を持たせること,後編No.50『アイ・メイ:後編』(I mei.:Latter Part)への伏線とすること,絵画の持つ雰囲気から響生の精神状態を推測させること,を目的に、『柔らかい時計』というタイトルにしました。

○No.50『アイ・メイ:後編』(I mei.:Latter Part)

三重の意味を込めました。

・「I make(私は生み出す)」

・「I may(私は〜かもしれない)」→可能性の広さ

・「愛と命」→この物語のテーマや象徴

「アイ・メイ」が上記の三重の解釈が出来るように、文節と並列の意味を持たせるために真ん中に「・」を配置しました。

【原案誕生時期】

公開時

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