始まりの景色
ガタガタガタ…見た目よりも機能性に重視した丈夫な車輪の馬車が北へ、北へと進んでいく。
「アリス、疲れてたりはしませんか?」
向かい側に座るレイモンド様が訊ねる。出立してから何も話さず、景色をただ眺めるだけの私が令嬢らしからぬように見えたのだろう。
「大丈夫ですよ。ただ、南から見た北はこんな感じなのだなと思って」
「エドモンド領は、山脈の麓にあるのですよね。王配教育の時に、各領地の様子を見て回りましたが、領土の西側の国境付近の発展した街並みは、印象に残っています」
「あそこは、帝国へ出稼ぎに出入りする方や、帝国からの貿易商をターゲットにした父の自信作なの。お陰で辺境とはいえ、現代的で豊かになったわ。名産品の見直しも行われるようになってね…」
熱弁してしまっている私を見て、レイモンド様はクスリと笑った。
「アリス、敬語じゃなくなってる」
「あ、すみません…」
「いいえ、アリスらしさを初めて見たような気がして。今のままの方が私は好ましいです」
そう言って微笑んでくれるレイモンド様は優しくて気が弛んでしまいそうだ。
「……北の辺境は、20年前までは痩せた土地を耕して芋を植えて、ヤギを放牧してた貧しい領土だったの。そこを辺境伯となった父が領民一人一人に説得して街として作り直して今の姿になったのですって」
「お父上の素晴らしい功績ですね」
「そう…なのかな」
レイモンド様の称賛に自信なさげに答えた。家族の贔屓目かもしれないが、父は親としても領主としても尊敬できる人であると思っている。しかし、ずっと親の背中を見てきたからこそ、まだ先の未来に不安は拭えなかった。
「父からね、初めて領地に来た時の様子も教えてくれたの。ゴツゴツした岩場に鷹の鳴き声とコツーン、コツーンって、石をぶつけて、砕く音が響き渡ってたって。私が生まれた時には、もう街の姿になり始めてたのに、今でも聞こえてきそうな気がするんだ…私がまだまだ未熟だからかな…あ、えっと…おかしな事言ってごめん」
私は気づかぬ内に胸中に秘めていたことまで話していた。だけど、レイモンド様は話してばかりの私を馬鹿にせず、耳を傾けている。そして、外の景色を見て、ポツリと呟いた。
「アリスの言葉、分かる気がするよ」
視線は変わらず、レイモンド様は言葉を続ける。
「始まりの景色は、直接見てなくても、その土地の歴史を知ると思い描くことは出来るからね。話を聞いて外を見たら、アリスが言ってた景色しか思い浮かべられなくなってる。街の発展は王国にとって確かに喜ばしいことだけど、だからといって始まりを忘れて良い理由にはならない」
気遣って言ってるわけじゃない。レイモンド様の表情が綻んだ。
「俺は、どちらの景色も、魅力的だと思うよ。初めて好きなものが出来た気がする」
レイモンド様はご自身の変化に気付いているのだろうか。大切なものを抱き抱える、胸に当てているその手を愛しく思った。
馬車が北の山脈に近付いた。今日も鷹の鳴き声とコツーン、コツーン、て音がどこかから聞こえている気がする。




