これはあくまで創作です
良いタイトルが思い浮かびません。ある日唐突に変えるかも。
これは、遠く離れた小さな国のお話です。街はずれに小さな工場がありました。そこでは、社長さんと、3人の従業員が一生懸命働いていました。
「うちは%♯@/の部品を作っているのだ。とても名誉な仕事である」
社長さんの口癖です。朝に昼に夜に言うものだから、3人の従業員の耳にはタコができています。
「%♯@/って何だろう?」
「見た事ないなあ」
「%♯@/なんてこの街の何処にもないじゃあないか」
社長さんに聞こえないよう3人はコソコソと話をしています。
来る日も来る日も見た事も聞いたこともない%♯@/の部品を作り続ける3人の従業員たち。社長さんは社長さんのためのお部屋で大切なお仕事をしているそうです。「うちは%♯@/の部品を作っているのだぞ!」とお決まりの台詞を言う時以外、3人と顔を合わせる事がありません。
ある日の朝、社長さんが一人の若者を連れてきました。新入りだそうです。
「よろしくお願いします!頑張ります!」
学校を卒業したばかりだという若者は、とても元気が良かったです。
こうして、%♯@/の部品を作る仲間が一人増えたのでした。
「何度言ったら分かるんだ!大損じゃあないか!」
突然の大声に、3人の従業員は揃って肩を震わせます。
恐る恐る機械の間から顔を出すと、社長さんが真っ赤な顔で怒っています。怒られている新人さんは萎れたお花のようにしゅんとしています。何だか可哀想ですね。
「これで何回目かな?」
「さあ?毎日怒っているよ」
「一体何をやらかしたんだ?」
機械の後ろで3人はコソコソ話しています。社長さんの頭からは沸騰した薬缶の様に湯気が出ています。
新人さんは、働き者ですが不器用でした。一生懸命なのですが、要領がものすごく悪いのです。3人の従業員が代わる代わる教えていますが、何度も同じ間違いをしたり、モタモタしたりしているので、いつからか教えるのが億劫になってしまいました。
3人の従業員は、もうずうっと長い事%♯@/の部品を作る仕事をしています。新人さんが生まれる前からお仕事をしているかもしれません。
そりゃあ、新人さんよりもお仕事が上手にできますよね。
でも、社長さんも、3人の従業員も、すっかり頭の中から抜けていたのです。
3人の従業員は仲良しです。並んでお仕事をしています。
新人さんはぽつんと一人で%♯@/の部品を作っています。分からないことがあっても、3人の先輩に聞けず、もじもじしています。
3人の従業員はお昼ご飯を食べるのも一緒です。美味しそうなお弁当を食べています。
新人さんは工場の裏でこっそりと小さなパンを食べています。お昼ご飯はこれだけです。ネズミやリスの様に小さく小さく齧っています。
3人の従業員は%♯@/の部品を山のように作ることが出来ます。一日の最後には、社長さんが褒めてくれます。
新人さんは一日中、一生懸命働いても両手の指よりも少ない数しか作れません。最初の頃、社長さんは顔を真っ赤にして怒っていましたが、今では呆れたように首を振るだけです。
3人の従業員は帰り道も一緒に歩いて帰ります。今日は一日お疲れ様。また明日。
「今日のノルマが終わるまで帰るんじゃあないぞ!」
社長さんがそう言うので、お月様が一番高い所に来るまで、ひたすら%♯@/の部品を作り続けます。朝は誰よりも早く来て、工場の機械をピカピカにしなければならないので、いつからか新人さんは家に帰らずに工場に泊まり込むようになりました。でも、社長さんが知ったら怒られるので、屋根裏部屋でこっそり寝ています。
「うちは%♯@/の部品を作っているのだ。とても名誉な仕事である」
社長さんの言葉を合図に、一日の仕事が始まります。きびきびと手を動かし始めた従業員を見て、社長さんはうんうんと2回頷きました。そして、社長さんのお部屋に入っていきました。
「もういいかい?」
「ドアが閉まる音が聞こえたよ」
「さあ、今日も退屈な仕事だ」
社長さんがいなくなってから、3人の従業員はお喋りを始めます。お話をしていても%♯@/の部品を作る手は止まりません。あっと言う間にいくつもの部品が出来上がっていきます。
「明日はお休みだね」
「そうだ、皆で遊びに行こう」
「いいね!何しようか」
3人の従業員は楽しそうです。嬉しくなって%♯@/の部品を作る手はどんどん速くなっていきました。
新人さんは、出来たばかりの%♯@/の部品を置いて溜息をつきました。空はオレンジ色になっていて、3人の先輩はとっくに帰ってしまいました。そろそろ社長さんがお部屋から出て来るでしょう。新人さんの前には、片手の指の数ほどの部品しか出来ていません。社長さんが見たら、顔を真っ赤にして怒る事でしょう。新人さんはまた溜息をつきます。何だかお腹も痛くなってきました。
今日は満月の夜です。優しい光が国中に降り注いでいます。
新人さんは一人っきりで働いています。顔にはたん瘤が出来ています。手も何だか動かしにくそうです。
そう、今日の新人さんが作った部品の数を見て、社長さんは工場の外にも聞こえるぐらいの大きな声で怒りました。想像通りですね。でも、今日は社長さんの機嫌がすこぶる悪かったのか、殴られてしまったんですね。
「役立たずのお前には休みはいらん!仕事をしろ!」
唾を飛ばしながら怒った後、社長さんは足音荒く帰っていきました。
新人さんはのそのそと起き上がります。顔も腕もお腹も足も痛いですが、お仕事をしなければなりません。油が切れた機械の様に、ぎこちなく動く新人さんの手に、ぽたぽたと涙が零れます。
いけない、いけない。折角作った部品が錆びてしまう。不良品が出てしまったら社長さんにまた怒られる。涙を止めようとしても、どんどん出てきてしまいます。とうとう、新人さんはわんわんと声を上げて泣き出してしまいました。
これは、ちょっと前のお話です。新人さんはお母さんに「一生懸命やりなさい」と言われていました。だから、駆けっこもお掃除もお勉強だって一生懸命やりました。でも、お母さんはいつも溜息をついて、首を横にふるのです。そして、「一生懸命やりなさい」と言うのです。
新人さんは一生懸命やり続けました。駆けっこは一番になれなかったし、掃除しても埃が残っています。お勉強も真ん中より上になったことはありません。でも、一生懸命やったのです。
いつからかお母さんは「一生懸命やりなさい」と言わなくなりました。新人さんとお話することもありません。冷めたご飯がお母さんの愛です。
もうすぐ卒業だという頃になっても、新人さんの就職先は決まっていませんでした。他の皆はどこで働くか決まっているか、一足早く働き始めていました。
新人さんはトボトボと歩いています。パン屋さんに、レストラン、文房具屋さん、本屋さん、いろんな所で「働かせてください!」と言いましたが、雇ってくれることはありません。
「うちは%♯@/の部品を作っているのだ。とても名誉な仕事だぞ!」
おじさんが道の真ん中で叫んでいます。お酒を飲んでいるのでしょう。顔は赤いし、フラフラしています。歩いている人たちは迷惑そうにしています。
「働かせてください!」
皆が避けていく中、新人さんはおじさんの目の前に立って、元気よく言いました。おじさんはびっくりしていましたが、「いいぞ!精一杯働いてくれたまえ!」と大きな口を開けて笑いました。
それから、おじさんは自分の工場に連れて行ってくれました。%♯@/はとても大きな機械であること、%♯@/は国の役に立つものだということ、%♯@/を作るにはこの街の土地全部売っても足りないぐらいのお金が掛かる事を聞きました。おじさんはとっても誇らしげです。
自分が%♯@/の部品を作る仕事をすれば、お母さんはまた「一生懸命やりなさい」と言ってくれるかな。
こうして、新人さんは%♯@/の部品を作る工場で働くことになったのです。
新人さんは長い事泣き続けました。涙で水溜まりが出来ていて、服はぐっしょり濡れています。新人さんはいささか乱暴に目をごしごしこすります。泣いているだけでは%♯@/の部品は作れません。ゆっくりゆっくり作業を始めます。
『何度注意すれば分かるんだ!』
『前に説明した通りにやればできるよ』
『皆出来ているのに、どうして君は出来ないの?』
『これくらい出来て当然でしょう』
『愚図にくれてやる金は無いぞ!』
『これだけしか作れないの?』
『仕事が終わるまで帰るなよ!』
『役立たず』
『こんな子、産まなきゃ良かったわ』
沢山の指が新人さんを指しています。顔は黒く塗りつぶされているのに、自分を罵る口だけは、はっきりと見えます。耳を塞いでも声は聞こえます。目をぎゅうっと閉じても自分に向けられた視線は感じます。
「もう嫌だ!」
自分の声で、はっと目が覚めました。工場の中は薄暗いです。いつの間にか寝ていたのでしょう。どれぐらい時間が経ったのか、考えるのも面倒です。嫌な夢も見てしまいました。
新人さんは、いつからか元気ではなくなっていました。ご飯を食べても味がしません。お昼のパンを呑み込むことができません。朝日を見るのが辛いです。お布団に入っても眠れません。休んだ後も身体が重いです。社長さんの顔を見るだけでお腹が痛くなります。3人の先輩たちがおしゃべりしていると、悪口を言われているような気がします。
この工場には、新人さんの居場所がありません。
それでも、新人さんは%♯@/の部品を作らないといけません。それがお仕事だからです。のろのろと機械を動かします。寝たはずなのに、頭がぼーっとしています。失敗したら怒られる。ちゃんとしないと。
新人さんが機械に背中を向けた時、眩い光が走りました。新人さんは気付きません。小さな火が顔を出します。煙が空に向かって伸びていきます。火は少しずつ、確実に広がっていきます。辺りには焦げ臭い煙が広がっていますが、それでも新人さんは%♯@/の部品を作り続けています。
目がかすむのも、息苦しいのもいつものことだったのですね。
ようやく出来た部品を転がした時、新人さんは炎に気付きました。逃げないと!……でも、どこに?
新人さんを囲むように炎は迫ってきます。夢で罵ってきた人たちの指を思い出して、新人さんはしゃがみこんでしまいました。
息苦しくて、熱くて、怖くて……。
新人さんの眼から涙が零れ落ちます。
炎が新人さんの肌を撫でます。叫び声を上げると、喉が焼け付くように熱くなりました。苦しいです。
新人さん、もう頑張らなくて良いんですよ?
工場が大きな蝋燭のように街を照らしている頃、遠く離れた別の街で、沢山の人々が空を見上げていました。夜だというのに、屋台がたくさん出ていて賑わっています。今日はお祭りのようですね。
短いアナウンスの後、大きな機械が打ち上げられました。皆、嬉しそうに拍手をして、歓声をあげています。
「すごい!」
「大きいね」
「科学の力だな!」
「私もあんなの作りたいなぁ」
「%♯@/って言うんだよ!」
機械は人々の声に応えるように、一筋の光となって空へと消えていきました。見送る皆は笑顔です。
もしかしたら、新人さんが一生懸命作っていた部品が使われているかもしれませんね。
%♯@/は概念です。