表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

斜め前には

作者: 黒井ちくわ
掲載日:2020/12/20

「カクヨム」で参加した、「斜め前には」という題名から連想する作品を書く企画で書いた作品です。

構想も含めて約一時間でサクッと書き上げたので、全体的に薄口です。

暇つぶしにでもどうぞ。

 中学二年の田中奈子には、気になる男子がいる。

 それは彼女の通う中学校の同級生、松永大吾だ。


 彼は奈子のクラスメイトで、席はその斜め前。

 近いような、離れているような、なんとも言えない微妙な距離。


 誰にでも明るく屈託なく話しかける大吾は、クラスの人気者だ。

 そして子犬のように人懐こい性格は、誰から見ても好ましく映る。


 しかし今年の春に初めて大吾と同じクラスになった時、彼に対する奈子の印象はあまりよくなかった。

 それは何故なら、誰にでも気軽に話しかける大吾の姿が(いささ)か軽薄に見えたからだ。

 それ以来奈子は、大吾の姿が視界に入らないように無意識に気を付けるようになった。


 しかし授業中に黒板を見る度に、嫌でも彼の背中が視界に入ってくる。

 それでも意識して無視するようにしていたが、それを続けているうちに次第にその感情も変わり始めた。

 


 本人も意識しないうちに、穏やかに変わっていく感情。

 初めはそれに奈子自身も気付いてはいなかった。

 ぼんやりと胸の奥が温かくなるような、チクチクと痛いようなよくわからないもの。

 そんな想いに気を取られる日々が続く。


 休み時間になる度に彼の周りには人が集まってくる。

 近い距離で親しく話をする者同士を「友達」と呼ぶのであれば、間違いなく彼は友達が多いのだろう。


 そして彼と一度も話したことのない自分は、友達ではない。

 そう思わざるを得ない奈子だった。



 地味だし明るいとは決して言えない性格。

 そんな自分とは合わないと勝手に思い込み、話しかけるチャンスがあっても決して自分からは話しかけない。

 そんな奈子に時折大吾は視線を向けることはあったが、彼の方からも話しかけてくることはなかった。

 

 学校の中で彼が一人になることはほとんどない。

 その状況がますます奈子から勇気を奪っていく。

 彼の周りにいる友人たちを押し退けてまで、敢えて話しかける勇気が奈子にはなかった。 

 だからそれ以来、楽しそうに談笑する姿を眺めるだけになっていたのだ。


 



 ある日の放課後、母親に使いを頼まれた奈子は近所のスーパーに向かって歩いていた。

 すでに中学二年の彼女ではあるが、やはり闇を怖いと思うその歩みは、早く用事を済ませるために自然と早くなる。

 そして夕闇迫る路地裏を足早に通り過ぎようとしていると、道の端に(うずくま)る影に気付いた。


 思わず立ち止まる奈子。

 その背中には見覚えがあった。

 これまで毎日のように見ていたのだから、今さらそれを見間違うはずもない。

 そんな思いが頭の中を過った途端、不意に奈子の口から言葉が(こぼ)れた。



「あ、あの……松永君……だよね?」


「えっ……?」


 奈子の声に振り向く少年――それは大吾だった。

 顔には思い切り怪訝な表情が浮かんでいたが、数瞬後には笑顔に変わる。


「やあ、田中さんじゃないか。突然だからびっくりしたよ」


「あぁ、やっぱり松永君だった……」



 彼は自分の名前を知っていた。

 その事実に奈子の心が瞬間上擦(うわず)る。

 しかし即座に別の思いが彼女を冷静にした。


 ――当たり前か。

 一度も話をしたことがなくても、一応はクラスメイトなのだ。

 しかも斜め後ろの席の女子の名など、知っていて当然だろう。


 次の瞬間、奈子は己の心に蓋をした。



 自分から話しかけたものの、その後の言葉が出て来ない。

 もとよりどうして自分が彼に話しかけてしまったのかさえわからなくなった奈子は、その場に立ち竦んだまま途方に暮れてしまう。

 

 数拍流れる、微妙に気まずい空気。

 それを敏感に感じ取った大吾は、その顔に再び笑みを浮かべて口を開いた。



「これ……見てごらん、ほら」


 そう言うと大吾は両手を前に差し出した。

 奈子がその手に視線を向けると、大事そうに握られた手の中から何か鳴き声の様なものが聞こえてくる。


「みゃー、みゅー、みゃー」


「……猫? 子猫……だよね?」


「あぁ、子猫だよ。ここに捨てられていたんだ」


 そう言うと大吾は、足元の箱を蹴飛ばした。


 それは段ボール箱だった。

 「愛媛みかん」と書かれた段ボール箱の横には「生物(なまもの)」と書いてある。

 それを見た瞬間、妙に奈子は納得してしまう。


 生物(なまもの)……生物(いきもの)……生物(せいぶつ)


 

 そんなどうでもいいことに気を取られていると、尚も大吾が話しかけてくる。


「この子猫……思わず拾っちゃたんだけど、どうしたらいいと思う?」


「えぇ……?」


「うちさ、マンションだからペット禁止なんだよ。まぁ、黙って飼ってる家もあるみたいだけどね」


「そうなんだ……うちは一軒家だから大丈夫だけど」


「……なぁ。田中さんは猫好き?」


「えっ……?」


 唐突な質問に思わず訊き返す奈子。

 しかしその意図は明白だった。

 それに気付いた奈子は両手を勢いよく振り回す。


「いや、無理無理!! うちは無理だよ。だって弟が猫アレルギーだし」


「……そっか」


 微妙に残念そうな顔をする大吾だが、恐らくそれは上辺だけだろう。

 何故なら彼も、いきなり猫を引き取ってくれなんて言うつもりはなかったからだ。

 いくら顔見知りのクラスメイトとは言え、これまで直接話したことさえないのだから、さすがにそこまで厚かましくはなれなかった。


 互いの真意を明かさないまま、上辺だけの会話が続く。

 しかしそれもすぐに終わりを告げた。

 大吾の手の中の子猫が、一際大きな鳴き声を上げたからだ。


「みゅー!!」



「それで……松永君、その子猫どうするの?」


「そうだなぁ……勢いで抱き上げちゃったけど、今は少し後悔してる。うちには連れて帰れないし、田中さんちもダメだろう?」


「う、うん……ごめんね」



 互いに答えが見つからないまま途方に暮れていると、突然奈子が声を上げる。

 その顔には何処か決意の様なものが見えた。


「あのさ。私これからスーパーに行くんだけど、そこでもらってくれそうな人を探さない?」


「スーパー? あぁ……そうだな、それはいいかもな。 ――うん、それはいい。そうしよう」


 果たしてそれが名案かと問われれば少々微妙なところではあったが、それ以外に何も思い浮かばない大吾はすぐに心を決める。

 そして泣き叫ぶ子猫を再び段ボールに入れると、奈子と大吾はスーパーに移動したのだった。




 夕方のスーパーは予想以上に人通りが多かった。

 その様子を見ていると、この中の一人ぐらいは猫好きがいるのではないかと思ってしまう。


 しかしそんな根拠のない楽観的な考えは、すぐに叩き潰される。

  

 スーパーに入っていく者、出てくる者、その全てに声をかけてみても誰一人として猫を引き取ろうとはしなかった。

 中には満面の笑みで撫でてくれる者もいたのだが、さすがにこの場で引き取れと言われると及び腰になってしまう。


 そんな絶望的なことを続けること一時間。

 遂にその活動は終わりの時を迎えたのだった。



「奈子!! 何してるの!? ずっと帰って来ないから心配したでしょう? あんたは女の子なんだから、少し考えなさい!!」


「お、お母さん……」


 突然背後から声をかけて来た者――それは奈子の母親だった。

 使いに出てから一時間。普通であればとっくに帰って来ているはずなのに、いつまでも帰って来ない娘を心配したのだろう。


 心配と怒りを混ぜた複雑な表情を浮かべながら、母親は少しだけ大きな声をあげた。

 そして隣に立つ大吾に気付くと、説明を求めるように娘に視線で合図を送った。




「なるほどねぇ。まぁ、あなたたちの気持ちはわかるけれど、さすがにこれはちょっと乱暴すぎない?」


 冷静な指摘をする母親。

 しかしそれはもっともだった。

 いくら猫好きであったとしても、病気があるかもわからない死にそうな子猫を、いきなり貰ってくれと言われても困るだけだろう。


 確かに子供二人が困っているのはわかるが、さすがにそれは無理筋だ。

 よほどの奇跡が起こらない限り、貰い主など現れるはずは――



「あの、すいません。その子猫、よく見せてもらえませんか?」


 それは突然だった。

 奈子の母親も交えて、どうしたものかと頭を悩ませていると、背後から声をかけられたのだ。

 どうやらその女性は、さっきスーパーからの帰りに二人の姿を見ていたらしい。

 そして彼らが何をしているのかも。


 家に帰ったその女性はとても悩んだ。

 すでに家には二匹の猫がいる。

 そこにもう一匹増やしても……まぁ、大して変わらないか。



 そんなわけで、奇跡は起こった。

 勢いで大吾が拾ってしまった子猫は、一人の中年女性にあっさり引き取られて行ったのだった。


「……よかったね、松永君」


「うん。君のおかげだよ、田中さん」


 二人の顔に、小さな笑顔が浮かんだ。





 翌日の教室。


 いつもと変わらない日常が続く。

 相変わらず松永大吾は田中奈子の斜め前の席に座ったままだし、休み時間に大吾の周りに人が集まってくるのも同じだ。


 しかし昨日とは一つだけ違うことがある。

 それは奈子と大吾が友達になったということだ。


 未だ学校では一言も話をしたことのない二人。

 近い距離で親しく話をする者同士を「友達」と呼ぶのであれば、間違いなく彼らは友達ではないだろう。


 それでも彼らは友達だった。


 だけど、周りの誰もそれを知らない。


 それを面白がるように、斜め後ろを向いた大吾は奈子に向かってニコリと笑いかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)青春の1ページ。だけど絶妙に斜めの位置にある松永君と田中さんの物語。イイですね。ほのぼのしましたよ。タイトルがね、ええですね。作品をよく現わしてます。 [気になる点] ∀・)そうです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ