3話
帰りは主に電車を使う。
車内は俺と同じナイター帰りの野球ファンばかり。俺はというとその福岡のファンである三日月さんと電車に揺られながら試合の愚痴を言い合っていた。打率1割台なんだからスクイズくらい決めろとか。
そう言えば三日月さんについては福岡から来たとしか聞いていない。スラッとした黒の長髪。恐らく俺と同世代くらいだろう。俺より若く見えなくもないし、さっきから丁寧語を使ってくるからもしかしたら年下かもしれない。だがそうだとすると高校生ということになる。平日金曜日の夜に福岡県民が埼玉にいるわけがない。
しかしどうも、その三日月さんの話を聞いていると彼女はどうも高校生らしい。と言うのも
「今日は開学記念日で休みだったんで埼玉に来たんですけど、第一志望で所沢総合大学を受けて所沢に下宿したいですね。そしたら毎日試合を見に行けますよ!」
と目を輝かせて言うからだ。
突っ込もうとしたが辞めておいた。相手がピチピチの女子高生だと確信してしまうとコミュ障を発揮してしまうかもしれない。
もともと俺はコミュニケーションが上手くない。アルコールを飲むとコミュ力が上がるあれと同じだ。野球観戦中はテンションが上がってあの時は意気投合出来たが、今はもう通常運転の上本くんだ。野球以外の話になると急に寡黙になってしまうだろう。
「そうだね!でも所沢と言っても球場は所沢のはずれだからなぁ。俺は所沢市民だけど住むところによっては意外と時間かかるよ」
よし。先ずは無難な返事。
「大丈夫です!もう住みたい物件の目星もつけています!自転車で行ける距離です!」
これがガチファンってやつだ。
「最近は物騒ですよね...。」
「え?ごめん」
「いえ、テレビのことです。」
車内にはテレビが備え付けられている。テレビの内容は大抵ニュース、CM、天気予報、CM、占い、CM、CMだ。終盤で1問に対して1本CM挟んでくるQさ○みたいなクイズ番組より達が悪い。
今はニュースが流れているようだ。
"中国で爆破テロ 政府高官死亡か"
最近は世界中で政治家や高官を狙ったテロが多発している。どうやら彼女はこのことを言っていたらしい。
女子高生を前にして鼻の下伸びてるとか息が荒くなってるとかで気持ち悪いと思われたのかと思った。ふぅ。
ってゴメンってなににゴメンだよ。
「あっttttて、テレビねっ。まあ日本では起きないでしょ。このテロって宗教とか民族的な問題で起きているんでしょ?」
「そうだといいですけど...」
思ったより社会派なんだな。
しかし会話が途切れてしまった。何を話そう。アカン!コミュ障がバレる。いやこうやってコミュ障だって考えてる時点でもうコミュ障なんだよな。
とは言え、同性とは普通に話せるんだ。あれ、いつもどんな話してたっけなぁ。
ふと友人の顔が浮かぶ。
「童貞卒業したいな~」
「ネットでおかずを探すのに2時間かけちまったよ」
「大学生になったら彼女出来るって聞いてたのに!話が違うぞ!」
「社会が悪いんだ社会が」
ダメだ。全く使えない。
しかし俺、上本は分かっている。ここでスマホに逃げてはいけないと。
降車駅まであと1駅。こんなことも有ろうかと取っておきのトピックを用意しておいた!くらえええええ!
「俺、鼻から吸った牛乳を目から出せるんだ!」
「へ、へえ...」
その後の会話は覚えていない。必死に何かを取り繕っていたのだけは覚えている。取り繕うために俺は多弁になっていた。何を話したのかは分からかいが向こうも愛想笑いではなく本当の笑いを見せてくれたので多分問題なかっただろう。多分。
いや苦笑いでもない。本当だ!
そうしていると最寄り駅についた。
ここでお別れ。とりあえずコミュ障がバレずに済んだかな。ツイッターアカウント教えちゃったけど、ネットでは多弁だし、これで一生誤魔化せるだろ。
そう思っているとボォォォォォォォンという音があたりの空気を切り裂いて聞こえてきた。...爆発!?しかも俺の家の近くだ。
家の近くには豪邸がある。今の外務大臣の邸宅だ。まあそこが爆発したなら恐らくワールドニュース行き確定だろうな。
まさか話題のテロだろうか。テロ以外にも米中貿易戦争だとか西欧とロシアの対立だとか、最近は物騒なニュースばかりだ。
とは言えここは日本だ。欧米や中国はテロばかりだが日本でテロをしてなんのメリットがあるというのか。恐らくはそんなたいしたことではないだろう。
ガソリンスタンドに引火とかそんなものかな。いや、たいしたことだけどさ。
車内も、駅構内もざわついている。爆発にも触れておこう。
「うわ。火の手が上がってんな。こっちからも見える」
と言ってみたが彼女はそれを見るだけで何も言わない。
「お、俺はこの駅でおりるから。気をつけてな。」
「いえ、私もここで降りる!」
「え、お、おい!」
俺は彼女の急な思いつきに焦りながらも行くのを止めようとした。当たり前だ。火事というよりは爆発だ。野次馬なんかされても危ないだけだ。しかし彼女は電車から飛び出すと、火の手が上がる方へ走っていってしまった。
俺は走っていく三日月さんを追ったが混み合う改札につっかえ、見失ってしまった。
「ほんとに爆発があったほうに行ったのか?」
俺は半信半疑で火の手が上がる方へ駆け出す。
そして現場に向かうにつれてその予感は現実のものとなって行った。つまり、爆発があったのは大臣の邸宅ではないかという予想だ。
そして真っ赤に染め上がった豪邸の前に、三日月さんが立っていたのだった。