クラス1
長ったらしい入学式が終わり、律夏を含む生徒達は自分の教室へ戻り自分の席についていた。
担任の教師から明日からの流れや連絡などを聞いたあと、解散となり各々自由に動き出す。
律夏もさっさと帰ろうと鞄をとりだし席を立とうとすると、数人の生徒が集まってくる。
「君、見ない顔だね。」
「どこの中学だったの?」
集まってきた男達は口々に律夏へと質問し始めた。
学校という場所での律夏を取り巻く人間は必ず2つに分けることが出来る。
1つは今周りにいるような律夏の外見によってくる人間。
しかもここは男子校だ。
小柄で小綺麗な女顔の生徒がいれば、興味を引き注目を浴びるのは当然で、女子がいない分あからさまに寄ってくるのだろう。
「この後予定がないなら一緒に遊びに行かない?」
毎度お馴染みの誘い文句に内心溜息をつきながら、愛想のいい笑顔を作る。
「わりぃ、学校以外の時間は大抵予定入ってるから。」
「え・・・、あ、そう。」
相手が戸惑っている間にさっと席をたち、教室を後にする。
初対面の者は大抵律夏の色白な肌や物静かな雰囲気から大人しいイメージを持つ。
勝手に一人称は「僕」とかで丁寧語を喋るだろうとか思っているので、いざ口を開くと自分の想像とのギャップから戸惑ってしまうのだ。
可愛らしい見た目とのギャップと愛想のいい笑顔を向けられることで、相手がときめいてしまっていることに律夏は気づかないのであった・・・。
++++++++++
マンションの部屋へ帰るとなつめが玄関で出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、律夏様。」
「ただいま。仕事は片付いたのか?」
なつめは律夏の父、直也の部下で4年半前の事をきっかけに律夏の世話係を任されている。
律夏の世話をしながらパソコンを使い自宅で出来る仕事をしているようだった。
本当は嫌だったのか初めの頃はかなり事務的な感じだったが、今は護身術を習わせたりGPSをつけさせたりと重度の過保護っぷりだ。
「はい。昼食の準備も出来ております。」
「昼を食べて少ししたら出かけるから。」
「かしこまりました。」
なつめが用意してくれた昼食を食べ、ソファのいつもの位置で紅茶を飲みながら少しゆっくりする。
(そろそろ周りに生徒がいなくなる頃か)
このタワーマンションは学校のすぐ近くにあるため、生徒が何人も住んでいる。
高校生はできるだけまとめているようで、このフロアは5部屋あるが全て同じ高校の生徒のようだった。
周辺も通学路になっているので遭遇することも多いだろう。
律夏はその確率を少しでも低くするために、時間をおいていたのであった。
春になったとはいえ、まだ少し肌寒いので暖かい格好に着替え、律夏はほとんど使っていない自分の部屋から1つのカメラを持ってくる。
このカメラは直也の2人目の弟、雅也から譲り受けたものだ。
雅也は4年半前に亡くなっているので、自分を育ててくれた雅也の形見として、律夏はとても大切にしている。
準備が整ったのでリビングへと戻ると、なつめも準備万端で待っていた。
「夕食はどうなさいますか?」
「良さそうな店を見つけたら外で食べようかな。」
「かしこまりました。」
律夏の出かける予定というのはカメラで写真を取りに行くという事だ。
雅也は橘一族の異端児で変わり者だった。
有名な写真家で、カメラ1つで生活していることに律夏は憧れていた。
律夏と同じように、橘一族ではいない存在になっていたが、度重なる出張でいつもそばにいない直也に代わり、小学生の律夏を育ててくれた。
雅也に教わり、色々なところへ連れていかれた頃から興味を持ち、雅也のカメラを手にした時から撮りだすようになった。
自分の足で歩き回り、目に付いたものや気に入ったものがあればシャッターをきる。
このタワーマンションへ引っ越してきたのは少し前なので、今はここの周辺を散策してまわっている。
大通りよりは裏通りを歩くので、あまり人には知られていないお店を見つけることが多い。
そういう店は人がいなくて静かなところが多いので、気に入ったところを見つけると、パソコンや小説を持って通い、写真を撮るついでに休憩するのだ。
律夏にとってそういう安らげる場所が増えるのはいい事だとなつめは考えていた。
早速出かけようと外に出ると、ちょうどエレベーターから人がおりてきた。
(せっかく人に会わないように時間おいたのに。)
そう思いながら相手を見ると、相手も律夏に気づいたようだった。
「予定ってカメラだったんだな。」
そう言ってその男は律夏の隣の部屋へと入っていった。
「律夏様、今の男は?」
「さぁ。同じクラスで後ろの席のやつだ。
確か茅ヶ崎千里って名前の。」
クラスではとくに誰かと話すことも無く、何だか周りのやつらに避けられてるような印象をうけた。
だが律夏にとってそんなことはどうでもよく、外へ出るためにエレベーターへと乗り込んだ。
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今日は住宅街の中を歩いていく。
規則正しく並んでいる家を見ているだけでも、1つとして同じものは無く面白い。
律夏の後ろをほんの少しだけ離れてなつめがついてきている。
幼馴染みの怜一と出かける時以外は、必ずと言っていいほど傍に控えていて、汗が出ればタオルを渡し、喉が渇けば飲み物を渡してくれる。
律夏は初めから別に気にはしていなかったが、今ではすっかりなつめの存在に慣れてしまっていた。
そしてなつめもそんな律夏に慣れてしまった。
なつめは自分が別に律夏に受け入れられている訳では無いことを知っていた。
確かに他とは違う、少し別枠へと入れているだろう。
だが、自分じゃない誰かが律夏の世話をしていたとしても、律夏にとっては別にどうでもいいことなのだ。
律夏は自分にも周りにも自分の周りに起きる事にも関心がない。
知らない男に攫われそうになったり襲われそうになったりしてもどうでもいい。
自分のために誰かが喧嘩してもどうでもいい。
自分で撮った写真がその後どうなろうとどうでもいい。
なつめと怜一は付き合いが長く傍にいる分、少しは心を揺らしてくれるだろうがその程度。
律夏が関心を持つのは自分を育ててくれた最も大切な人である雅也と雅也に関することだけ。
律夏がそうなってしまったきっかけが雅也の死なのだが・・・。
1番危険なのが律夏にとって自分自身の価値がとても低い事だ。
そんな危なっかしい律夏の傍にずっと居たら過保護にもなるというものだ。
ピリリリリリリリ・・・
律夏のスマホに電話がかかってきた。
なつめと怜一以外で律夏の電話番号を知っていてかけてくるものは、十中八九写真家の知り合いだろう。
「もしもし。」
『やぁ、律夏君。今日は入学式だったんだろう?おめでとう!』
「ありがとね。晃成さん。」
晃成とは雅也と仲の良かった写真家で、瀧川晃成といえば個展を開けば人が集まり、写真集を出せば飛ぶように売れるとても有名で人気な人物だ。
雅也は写真家の友人や知り合いが多く、みんなで集まり情報交換や食事をしたり、合同で個展を開いて話題になったりしていた。
その集まりに律夏も何度も連れていってもらっていたのだ。
『今週末、いつもの場所で集まろうと思っているんだけど、予定はどうかな?
またみんなで個展を開こうかと思っているんだ。
高校生になった律夏君も撮りたいしね!』
「特に予定もないし、大丈夫。」
『良かった!
律夏君も何枚か候補の写真持ってきてもらってもいいかな?』
「わかった。」
『それじゃ、楽しみにしているよ』
電話を切り、律夏は写真を撮るためにまた歩き出した。