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「――かさま、律夏様。」


1人で住むには広すぎる部屋の、リビングの大きなソファの上で静かに眠る少年に、優しく声をかける男。


「律夏様。起きてください。

せめて入学式くらいはきちんと出席しないと。」


律夏と呼ばれた少年はゆっくりと瞼を開ける。


「おはよ、なつめ。」


「おはようございます。

本日はどのようになさいますか?」


なつめは律夏の周りに散らかった本を片付けながら、いつもと同じ質問をする。


「砂糖は入れなくていい。」


なつめは返事を聞くとキッチンへと向かっていった。

律夏も顔を洗うために洗面所へと向かう。

リビングへと戻り、ソファの同じ場所へと座ってから目の前の壁についている大きなテレビをつけ、朝の情報番組を眺める。

そこへタイミング良くティーカップをのせたソーサーを持ち、なつめが戻ってくる。

差し出されたそれを受け取り、なかのロイヤルミルクティーをゆっくりと流し込み、喉を潤した。


「ふぅ。」


律夏が飲んだのを確認し、なつめはまたキッチンへと向かった。


「律夏様、朝食の準備が整いました。」


なつめの声を聞き、律夏は朝食が用意されているダイニングルームへとティーカップ等を持ち、移動した。


「いただきます。」


テレビから流れるニュースを聞き流しながら、少しずつ食べ始める。

律夏の食事の量は、他の同じ年頃の者と比べると圧倒的に少ないだろう。

なつめはそんな律夏のために一生懸命、食べやすくバランスのとれた食事を用意するのであった。


食事が終わるとロイヤルミルクティーのおかわりを味わいながら、ゆっくりとソファに体を沈める。


「律夏様、そろそろ着替えてください。」


後片付けの終わったなつめが制服を持ってくる。


今日から通う私立の高校は、お金持ちの子息が多い男子校だ。

こういう所に通う者は小中も同じような学校に行っているため、顔見知りが多くなる。

その上そこそこのお金持ち、地位や権力のある親がいると、パーティーや集まりなどに出席させられるため、会ったことや挨拶したことがあるという知り合いが何人も出来るだろう。

そのため入学する前から既にいくつかの仲良しグループが出来ているはずだ。

知り合いのいない律夏は孤立すること間違いなしの場所なのである。


律夏は橘という有名で有力な財閥の当主であり総帥でもある男の孫。

祖父がトップにたち、いくつもの企業を支配しているのである。

しかもその祖父の息子の中でも長男である直也の子供。

そのまま自分の息子へと立場を譲っていくのであれば、律夏も橘財閥のトップにたつ時が来るだろう。


しかし、律夏の父である直也は当主にも総帥にもなることは出来ない。

何故ならば橘一族は古風な家柄なのに対し、直也は一族の反対を押し切りアメリカ人の女と結婚したからである。

つまり律夏は日本人とアメリカ人のハーフ。

律夏の祖父は結構寛大な人物で「アメリカの企業との取り引きを直也に任せたのだから」と別に反対などしなかったが、他の一族の者は良しとしなかった。


今祖父には次男で直也の弟である和也が傍について仕事を教わっている。

直也は既に1つの企業を任されていて所謂社長なのだが、取り引き先は専ら海外のため、ほとんど日本にはいないというのが現状だ。

そのためか律夏はほとんど自分の父親と会ったことがなかった。


そういう訳でハーフの律夏の存在は橘一族の中では無かったことになっている。

一族のパーティーや集まり、食事会といったものにはもちろん呼ばれたことはないため、金持ちの子息の知り合いなどいないのだ。

小中は前の家から通える範囲にある一般の学校へ通っていたし、家が隣同士の幼馴染みは別の高校のため、本当に初対面の人間ばかりの場所へ入学しなければならない。


まあ、今の律夏はそんなことは気にしないのだが・・・。


なつめから制服を受け取り着替え始める。

今日から律夏が通う高校の制服はブレザーだ。

だが、今日の入学式のような式典または朝礼の時にきちんと着ていれば、あとの日常生活は着崩すことが認められている。

中にはTシャツにジャージの長ズボンというように、もはや制服すら着てこないものも多い。

この学校は偏差値が高く都内でも有数の進学校で、そこに通う生徒は成績をキープするためにきちんと勉強に励むし、家名に傷を付けぬよう問題を起こす者などほとんど居ない。

問題を起こしたとしても、親が綺麗に無かったことにしてくれるのだが・・・。

そんな生徒に教師陣が「きちんと制服を着なさい」などと言えるはずもなく、式などにきちんと着てくるならと日常では自由にさせている。

派手過ぎなければアクセサリーも、もちろんスマートフォンの使用もOKである。

それで成績が下がったとしても、教師よりも先に親から何か言われることになるのだ。


律夏は15歳にしては身長が低くかなり小柄な体型だ。

しかし大きくなるのを見越して、大きめの制服を買うなんてことはしない。

律夏自身も「もうあまり伸びないかもな」と諦めている。

身長は低いが手足が長く、顔が小さいためスタイルは抜群にいい。

母親譲りと思われる色素の薄い茶髪に美しい緑色の瞳。

きめ細やかな真っ白い肌に整った顔立ち。

この見た目のせいで橘財閥の者だとほとんど知られていないにも関わらず、攫われそうになったり襲われそうになったり、誘われることは数えきれない。

そのため、過保護ななつめにより護身術を習わされるはめになった。


着替え終わり鞄を持って登校しようと玄関へと向かう。

するとなつめも律夏の後を追ってついてくる。


「・・・・・・なつめ、どこまでついてくる気だ?」


「学校の校門までお送りしようかと。」


「はぁ。そういうのはいいから、仕事でもしてろよ。」


「ですが・・・。」


「もう心配はいらねーから、なつめが来てからの4年半何もなかっただろ?

護身術も真面目にやってるし、今日からはこのピアスつけて行くから。」


確かに大事になるような事はなかったが、危ない場面はいくつもあった。

律夏も自分に対してとくに警戒などしていなかったために、なつめや律夏の幼馴染みが走り回る羽目になるのだった。

さすがにそういうことが何回もあり、その度になつめや幼馴染みから説教されると、律夏も渋々自衛するようになった。

そして今日からは校則の緩い高校に通うことになる。

律夏がつけている青い石、サファイアのピアスはGPS機能がついており、なつめと幼馴染みは律夏が今どこにいるのか分かるようになっている。

緊急事態に陥った時はその事をなつめに知らせることが出来る優れものだ。


これだけ用心していればこのタワーマンションから目と鼻の先にある学校に行くためには十分だろう。


「とにかく学校へは1人で行けるから。

入学式と軽い説明ですぐ終わるだろうし、午後からはでかける。

それまでになつめは自分の仕事を終わらせておけよ。」


「・・・分かりました。」


不服そうだがなつめは引き下がるとこにしたようだ。


律夏はやっと出発しようとしたところで、あることを思い出し洗面所へと戻っていく。


戻ってきた時には律夏は漆黒の瞳になっていた。


「黒い瞳もお似合いですよ。」


律夏の緑色の瞳は薄茶色の髪の色以上に目立つ。

少しでも絡まれる確率を低くするため、高校からはカラーコンタクトを使うことにしたのだ。


「ありがと。じゃあ行ってくるな。」


「行ってらっしゃいませ。」


なつめに見送られ、高校へ向けて歩き出す。


律夏が今までは関わることのなかった世界での生活が、これから始まるのであった。



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