アーノルド事務次官
随分投稿が遅れてしまいました。
ーー各国は今回の騒動を受け、リーベ王国との条約批准に向けて対応を進めているとのことですーーー
ピッという機械音と共にテレビの電源が消える。テレビの電源を消した張本人はいかにも高級そうな椅子にもたれかかり深く呼吸をした。
「まずいな……」
そう呟くとコーヒーを一口飲む。普段はその上等な豆を挽いた、香ばしく、コクのある味を堪能するのだが、いまはその気になれなかった。
その男はオイゲネ、この軍事省の局長に当たる男であった。
彼が危惧しているのは当然今回の条約についてだ。彼自身正直なところこの条約の批准が進むとは到底思えなかった。なんせ一部とはいえ、主権のを放棄するものであった。有識者であればすぐに気づくものだ。嫌そうでなくても気づくものだ。それが今回批准の方向に進むことになったのは非常に驚いたのと同時に、我々がそこまで危険視されていたという事実に気がついた。
(しかし先進国がこぞって批准するのはどういうことだ?)
そのことがわからなかったオイゲネは頭を悩ます。
「どうしたオイゲネ局長、ずいぶん浮かない顔じゃないか?」
その声には余裕があった。歩き方も堂々としたものであった。オイゲネはそちらに視線を向けずともそれが誰であるか理解することができた。
「アーノルド事務次官……」
「何があってそのような顔をしているのだ?」
「それは今回の条約についてですよ。まさかフロランス、あの女がまさかこんな馬鹿げた条約に批准することに決めるとは……」
考えるだけで腹がったのだろう、オイゲネは持っていたコップを握力で壊してしまいそうな勢いで握りしめながらそう言う。
「あぁ、なるほど。確かに不味いな」
あまり危険視しているとは思えないようなものの言い方であったが、このアーノルドという男は決して慌てたりする男ではない。そこからいまの言い方が来ただけだ。この男を知るものなら、今のでかなり内心焦っているのはわかるだろう。
「どのようにお考えなのですか?」
とはいえ、アーノルドが何も考えなしということもないため、今回も何か考えがあるのだろうと踏んでオイゲネは尋ねる。
「……ある!条約を破棄する方法はある」
アーノルドは力強く答えた。その返答にオイゲネは少しばかり喜んだ。
「その方法はなんでしょうか?」
「基本的にどの国もやはりあまり今回の条約締結にいい顔をしていない人間が少なからずいる。ならばそいつらに発言力をもたせてやればいい」
アーノルドは自身の考えを述べていく。
「ではどうするか?私はリーベにはその能力がないと思わせればいい。事実では確かにリーベの力は凄い!だが、そう思わせるだけでいいのだ。大半は事実を確認せず目の前のことのみをとらえるからだ。そしてそのためのコマはもうある」
そこまで言ってアーノルドは一度一呼吸おくとまた再び続けた。
「……つい先ほど、ユスフが彼の恋人を生き返らせたのだ。そして彼女は凄まじい魔力を有している。竜人三人を一瞬で凍らせるほどにな。そして彼女に暴れてもらう。そしてその標的は私の息子マクドネルだ」
「息子を殺すと言うのですか?」
普通の感覚なら声を荒げて抗議するような場面だが、オイゲネはいたって冷静に質問をする。彼らにとってマクドネルはその程度であった。
「あぁ、さすがに暴れまわるだけではあまりに無策すぎるだろう。それに一国の重要人物の息子が殺されたと言う方が、アピールになるし何より簡単だろう?もちろん護衛をつけているだろうが、そんな大規模を引き連れるとは考えにくいしな」
「なるほど。確かにその通りですな!そのような不祥事があれば、今回の条約に不満を抱いている人間はここぞとばかりに非難をするでしょう。もちろん我が国も。そうなればそのような人間を抑えるには苦労するはず。少なくとも我が国のフロランスでは無理でしょう。我が国さえ条約を結ばなければ、ひとまず成功ですしな」
「その通りだ、話が早くて助かる」
「しかし彼女を従わせるにあたりどうするつもりですか?ユスフを人質にとって脅すと言う感じでしょうか?」
オイゲネは尋ねる。
「ああ、そのつもりでいる。もうすでにユスフは別の場所に監禁してある。おそらく彼女も従うだろう。従わないのであれば仕方がないもう一度死んでもらうがな、ユスフと共にな」
「そうでございましたか。それでは早速準備を始めましょうか」
「ああでは、彼女をここに一度呼ぶとするか」
そう言うと二人はニヤリと笑った。
ーーーーーーーーーーーー
それから程なくして、ユスフの隠れ家兼研究室からニコは呼び出された。その顔には嫌悪感しかない。そしてその部屋部入ってくると、あたりの状況を確認する。
「この部屋に道化はいないから安心しても良いぞ」
アーノルドはニコの考えがお見通しかのように言う。
「そう……」
その表情には少し安堵していることが読み取れた。
「それで私に何の用?ユスフを人質にとって」
もはや建前上でも尊敬する気がないニコ。しかし彼らとってそれをいちいち言う間柄ではないことは重々承知していること。別にそれについて何も思うことはない。
「なるほどよくわかっている。それなら話は早い」
アーノルドはわざとらしく満足げな顔をする。
「実は君にはこれからある人物を殺してもらいたい」
「誰なの?」
ニコはそれに拒否をすることなく、続きを話すよう促す。
「マクドネル。君たちの元リーダーだ」
それに応えるかのようにアーノルドは答える。
「彼はあなたの息子ではなかったの?」
当然の質問をする。
「だから?」
しかし帰ってきた言葉は一般人には到底帰ってこないような返答であった。
「そう……、思っていた通りの人物なのねあなたは」
しかしニコは随分と落ち着いていた。それはこの男が想像通りの行動を起こしたからだろう。非常な人間とはいえ、それが予想済みならそこまで恐れることもない。それにマクドネルは個人的にも嫌いであったという要因もあるだろうが。
「思っていたより落ち着いているな。仕事をしてもらう分には嬉しいことだが、少し面白くもない」
アーノルドは不満げな顔をする。
「それはどうでもいい話でしょ。それよりちゃんとユスフの安全を確保するのでしょうね?裏切ったら殺すは、今度こそ絶対に」
その目に嘘はなかった。それはアーノルドもオイゲネも理解できた。アーノルドはやれるものならやってみろという顔つきだが、オイゲネはどうやら少しおびえた風だ。そこに差があるのだろう。
「それは結構、安心したまえこれが終わったら、ちゃんと解放しよう。君たちの立場も気にすることはない。……そうだな終わったらユスフ君がいた隠れ家に戻ってくるといい。そこにユスフ君も連れてこよう」
全く問題ない風に応えるアーノルド、正直これについては予想外なため、ニコは疑念を抱いた。
「そこに来た瞬間銃殺するとか?」
「そんなことをするものか。それをした瞬間君が彼らを殺しにかかるだろ?しかも結構派手に。そんなことをされたら隠蔽する私たちが困る」
ここで部下の死より、自身の手間の方を気にかける点で彼という人間がよくわかる。
「しかしそれより君は自分のことを気にかけたほうがいい」
「?」
ニコは彼の言っていることが理解できなかった。
「君は今膨大な量の魔力をその身に宿しているのだぞ。魔力は生き物みたいなものだ。それが暴れまわることだってある。それをしっかりと制御できるのか?と言っているのだ」
「……別に問題ないわ。少なくとも今の所ね」
「まぁ、それならいいんだ。私は困らない。困るとしたらリーベ王国と君ぐらいだろうしね」
そう言うとアーノルドそれ以上何も言わなかった。そして奥の方へ下がった。それを見てオイゲネが後に代わって話し始める
「さてそれではニコ君だったね。君はこれからリーベ王国に入ってもらう。何その準備はこちらでする君は心配することはない。日時は、明後日の午前になるだろう。その時にマクドネル君は一時的に別の場所へ護送されるだろうからその時に襲い、殺すといい。無論相手もそれなりの実力を持ったものだろうが、彼に人員をあまり割いてもいられないはず、全力で当たれば問題ないはずだ」
「わかったわ。それよりユスフに一度合わせて、彼が無事か一応確認しておきたいもの」
ニコの要求にアーノルドは
「……モニター越しでいいなら許可するがどうする?」
「構わないわ」
「ふむ、ならオイゲネ適当に部下を選び連れて行ってやれ」
そうアーノルドはオイゲネに促す。
「かしこまりました」
そう言う遠いゲネはニコについて来るように合図を送ると、そのままドアへと向かった。そしてそれに続くようにニコも向かって行った。
その部屋に残ったのはアーノルドただ一人であった。
「さて、どうなるか。失敗する可能性も割とあることだしな」
そうアーノルドは呟く。
「その割に随分余裕じゃないか」
この部屋は先ほども言った通りアーノルドしか居ない。尤もほんのつい先ほどまでだが…しかし今はアーノルドの机だろうところに座っているものがいた。無論そんなことをするのは一人、道化だ。
アーノルドはそのことを気にすることもなく、道化の質問に答える。
「余裕というより楽しみかな。成功すれば、私の力は増す。失敗すれば私は力をそれなりに失うかもしれない。しかしそのあとの抗争を考えるとそれもまた一興じゃないか。それにいつの時代だって何か失うものをかけてこそ得られるものがある。これこそ勝負の醍醐味、それを楽しまないでどうする?」
アーノルドの人生観というものだろう。それは嘘偽りのないものだ。彼はこういう勝負事が小さい頃から好きだった。特に命のやり取りなんてとても最高だった。無論それで彼は死にかけた事もある。しかし生き延びた。それだけの実力は彼にはあった。だからこの位置についていると彼は信じて疑わない。今回もただその延長に過ぎない。彼のこういう気質のために余裕そうな表情を崩さないのだ。
(仮にしくじっても自分の命までなくすというのは少ない。その程度の小さな賭け事、それでは怖気付きたくてもつけないものよ…)
「……全く君らしい、時に合理的に動くが、その目的は全くもって感情的だ。それが何よりも僕の好みだ。う〜ん、いいね!君に手を貸して正解だ」
「それはありがとう」
道化の褒め言葉を素直に受け取るアーノルド。
「そういえば、僕も楽しみが一つあったな」
道化は今思い出したかのようにいう。
「ふっ、ニコ君のことか?」
アーノルドは道化の考えはお見通しかのようにいう。
「その通り!彼女は一応死者から生き返った第一号だからね。……表沙汰は」
「ほう!」
アーノルドは少し驚いた風にいうが、道化のことだから自分たちの常識が通じないことも理解していたため、腰を抜かすほどではなかった。
「だから彼女は知らない。そしてユスフ君も。どんなものもリスクがあることを考慮するべきだと。最もユスフ君はそんなことにまで頭が回らなかっただろうし、ニコちゃんはそもそも死んでたからしょうがないけどね」
残念とでも言いたげな顔で言う道化。そこにアーノルドは言う。
「私は一応懸念で彼女には珍しく親切心で忠告してやったのだが、あまり聞いてもらえなかったようだ。しかし、実際どんな問題が起こるのだ?私自身そのようなことは初めてだからね、わからないのだよ」
アーノルドは道化に問いかける。
「そうだね、身の丈に合わない魔力の暴走。それによる自我の崩壊かな?魔力が意識を乗っ取る感じだよ」
「そんなことがあるのか?」
「もちろん、魔力も生き物みたいなところがあるからね。それが人の意識を食っちゃうことがあるんだよ。最もそれは人工的に生み出さないと不可能だけどね。だから君が知らないのも無理もない。今度調べて見たら?」
道化はさらりと恐ろしいことを言う。調べると言うことは間違いなく人体実験を指すだろう。もちろんこの世界にも人権という概念が存在する。まず許されるものではない。
「そうだな、なかなか興味深いしな」
しかしアーノルドにはその事を気にするほど、優しさを持ち合わせていない。
「しかしそれよりもまず明後日どのような結果となるか見届けるとしようか」
そういうとアーノルドは今時珍しくタバコを手に取り火をつけ美味しそうに吸い込んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます
エンジェル編はいよいよ最終局面です。最後までお付き合いください




