目覚め3
謙也は目の前の猛獣を睨みつける。刀を構えて。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
刀を持ったことで少々気が大きくなったのか勇敢にクライガーに挑みかかる。
一瞬にして距離を縮めた。明らかに謙也が持っていた身体能力では不可能な動きだった。だが、現実はその不可能な動きをしていた。
そして謙也はその本来不可能な動きをしている自分を受け入れていた。
謙也は刀を振るう。それに応じてか、クライガーも右手を振りかざす。力はクライガーの方が上である。それゆえこの場合は力負けしてクライガーに押されてしまうことが通常である。
だが、その通常想定される事態は起こらなかった。
刀の周りに風が集約され、そのエネルギーがクライガーの右手を吹き飛ばす。
「おっと!」
それだけではない。その威力はクライガーの右手を吹き飛ばしてもなお、エネルギーが収まることはなく、そのエネルギーの塊は天上へと向かっていき、天井を破壊した。
その衝撃は道化が扉を壊した時と同じであった。
だが、謙也は怯まなかった。先ほどは怯んでしまったが、今回は怯まなかった。
謙也は追撃を加える。このまま仕留めるべく。
だが、クライガーは横に逃げる。ここにきて初めてクライガーが引いた。怯えているのだ。謙也に。想像以上の力を持つ謙也に怯えていた。
(いける!)
確信を持ってそう言えた。
謙也は右足に力を入れる。これから踏み込むためにだ。
「くたばれ!」
謙也の周りに風が集約される。先ほど刀に集まったように、今度は謙也の周りに風が集まる。
轟!
突風がクライガーに襲いかかる。竜巻のような風が襲いかかる。
その風はクライガーを通り過ぎた後、謙也の姿が現れる。先ほどの竜巻は謙也が風の塊となって襲いかかっていたのだ。
血飛沫が噴水のように流れ出る。謙也からではない。クライガーからだ。あの一瞬で少なくとも5箇所。切られたのだ。それも致命傷といっても差し支えないほどの。
もはや、立つことも困難。だから、そのままクライガーは倒れ、そのままピクリとも動かなくなったことは一つもおかしい話ではなかった。
「はぁはぁ……」
少し息が上がりながらその様子を謙也は見ていた。そしてそっと近づき、その猛獣の生命活動が終わったことを確認する。
ちょんちょんっと足で突くが、起き上がる様子はない。間違いなくクライガーは死んだ。
それと同時に乾いた手を叩く音が聞こえる。
それと同時に近づく人影が一つ。
「いや〜。お見事!初戦でここまでやれるとは!さすがだ!君は才能があるぜ!」
心底嬉しそうに謙也に近づく。
だが、それに対して謙也は不機嫌そのものであった。
「おい」
「なんだい?そんな怖い顔をして?初戦を勝利で飾ったて言うんだ。そんな顔はふさわしくないぜ?ほら笑顔笑顔。僕の顔を見て見な?」
両手で自分の顔を引っ張りながら謙也を見つめて笑う。それは本当に道化ならなんともそれにふさわしい滑稽な顔だった。
「この世界は何なんだ?」
「?どう言うことだい」
「とぼけんな。お前はさっき、この世界には魔法があると言っていたぞ。つまりお前はこの世界は俺がいた世界とは違うことを知っているはずだ!」
俺がそう吐き捨てると、道化はニヤ〜と笑みを浮かべる。
「そうだね。君の言う通りだ。確かにこの世界は君がいた世界と異なる。魔法という概念が存在し、そして君がいた世界以上に科学もまた発展している」
「科学も発展しているのか……」
「その通り、君の世界以上に色々と発達しているぜ?交通だろうが、エネルギーだろうが、物質だろうがね?そもそもここも君たちがいた世界では馴染みがないじゃないか?」
確かに、それは謙也も感じていた。今までは確信することはできなかったが、やはりその感覚は間違っていなかった。
「それで、俺がこの世界にいるのはお前が原因か?」
「そうだとも」
謙也がもっとも知りたかった事項について、道化に問いかけると別に大したことでもないように肯定の言葉を述べる。
「だったら帰してくれ。お前がやったことならできるはずだ」
「えっ!嫌だよ」
道化は即答で謙也の願いを却下する。
それと同時に謙也は先ほど手に入れた刀を道化の首元へと向ける。
「おいおい。やめてくれよ〜。そんな鋭利な刃物で首をグサッとやられたら僕死んじゃう。ねっねっ?やめてくれない?」
「やめてほしいなら、家に返してくれ」
「う〜ん。でもな〜君を帰したくないんだよな〜。かと言って首をグサッとやられるのはごめんだ。どうしよう?この場合僕はどうするのが正解かな?」
道化は余裕の表情で、すぐにでも謙也が刀を着けば首に突き刺さる状況下で、考え事をしていた。そのことが謙也の感情をくすぐる。
「ふざけるな!わけがわからないまま左手を失ったのもお前が原因じゃないか!それなのに貴様は自分のことしか考えていない」
「それが強者だ」
道化は謙也の怒りにそう答えた。
「強者だからそれは許されるのだ。強者だからわがままな事を言えるのだよ。そして君は弱者。僕は強者だ」
直後謙也は地面に額を擦り付けていた。
(何で?俺は地面に寝ているんだ?)
理解できなかった。気がついたら謙也は地面に平伏していた。そして身体はまるで動かなかった。
「ね!君は弱者、僕は強者!だからさっきの態度はふざけているわけではなく。ぼくの特権なのさ!」
クルクルと地面に平伏している謙也の周りを回り、満足したら両手を大きくかかげて謙也ににこやかに告げる。
「グおおおおオオオオオオオオオオオオ」
だが、謙也とてこのまま言われっぱなしで終わる気はなかった。全力で立ち上がろうとする。
さっきのように全身に風を集め、強大なエネルギーを作り始める。そのエネルギーを持って立ち上がろうと試みたのだ。
「なんと!これはビックリだ。片足を持ち上げてることができるとは!完全に立つこともできず、一歩も動けないようだが、それでも今の状況でここまでやれるとは!やはり君は才能に満ち溢れている。君を連れてきて正解だ」
道化は満足そうに呟く。
「これから君のところに君の仲間がやってくるだろう。そいつからこの世界のことを聞けばいいさ」
「……仲間だと?」
「そう仲間だ。まさか君だけを1人選んで連れてこられたと思っているのかい?そんなわけない。君はもしかしたら特別かもしれない。だが、それ以外にも特別な人間はいるのだよ。さぁ話は終わりだ。僕はここを去るとしよう。面倒なことが起こりそうだからね。僕がさったらその魔法を解いてあげよう。それではアデュー!」
高らかに笑いながら道化は姿を消す。その後約束通り謙也は動けるようになった
「クソ。何なんだよ一体」
謙也は思わず吐き捨てる。
(結局何もわからなかった……)
ただ最後に道化は気になることを一つ言っていた。
「俺以外にも同じような奴がいるということか……」
「その通りだ」
「誰だ!」
謙也は一歩後ろに下がり、警戒しながら相手の姿を確認する。
年齢は20代だろうか、少なくとも、謙也よりは年齢が上であろう。身長は180㎝前後、体格は細身であるが、しっかりと筋肉はつけれれている印象をうける。全体的に見て紳士という印象を受けた。
「あんたは……」
「エルク・マジソン。君と同じ人間だ。道化に連れてこられた人間だよ」
「じゃああんたが……」
「そうだ。俺があの道化の言葉を借りるなら、君の仲間さ。ようこそ異世界へ」
エルクはにこやかに謙也に告げて握手を求めた。