未来を求める者達
これは幼女が主人公のファンタジー作品です。決してSFロボット作品じゃありません……たぶん(゜ω゜;)
イエージサキリス聖皇国。
唯一神サキリスを信仰する<サキリス教>の総本山であるこの国には、いくつか不思議な力を宿した武器が眠っている。
その1つ<未来精霊の剣>を肌身離さず所有する法皇である<ザクゲルグ・ジオ・ズム・タイクーン>が普段は穏やかで大人しいとは打って変わって険しい表情をしながら、この国の軍隊の中でもトップの地位にある<聖騎士>の団長<ハイザ・ラサ・ガブスレイ>の元へとやってきた。
「おや、法皇様いかがなさいましたか?」
「……未来が見えたそうだ」
「ああ、ひょっとしてウワサの<未来精霊の剣>の<お告げ>ですか?」
「うむ、心して聞くがよい」
ザクゲルグ法皇はそう言って<未来精霊の剣>を掲げると、持ち手と刃の間、いわゆる鍔から「視」という字が書かれた円状の魔法陣が現れる。
なお、「視」という字が何を意味するのかをこの国で知る者はいない。
『大いなる力を秘めし天よりの使者。彼の者の怒りに触れ、信徒の国滅びん……』
剣からのお告げが終わると魔法陣が消えて再び沈黙したので、ザクゲルグ法皇は静かに剣を鞘へと納めた。
「天より……ですか?」
「おそらく、我らの信仰心が神に届いたのであろう。大いなる力を秘めし天の使者とはすなわち、神に仕えし<天使族>の中でもさらに上の存在である<力天使族>のことに違いあるまい」
天使族の平均的な能力は、人間族のベテラン戦士と同等以上の力を有しており、もし一人で倒す場合には英雄と呼ばれるほどの実力がなければ無茶と言われている。
この国には百を超える天使族がいるのだが、それよりもはるかに強大な力を秘めている力天使族の伝説を知っていた法皇は、その存在こそがこのイエージサキリス聖皇国を滅ぼすに違いないと睨んだのだ。
「しかしそうなると、信仰心の高い我が国の民がどのような粗相をしでかして、力天使族にお怒りを買うというのでしょうか……?」
「さあてな、見当もつかん……」
コンコンコン――
2人の会話に水を差すように扉からノックする音が聞こえ、ハイザ団長は「はぁ……」とため息をついて扉を開けて招き入れる。
「なんだ貴様か、入るがいい」
「はっ、失礼します!」
入ってきたのは、<聖騎士>直轄の諜報員だった。
「それで、何の用だ?」
「<亜人>を支援する異端者が、ある地域にて集結しつつあるとの情報を入手いたしました」
「なにっ、それは本当かッ!?」
この国で指す<亜人>とは、すなわち人間族以外の種族のことを指す。
サキリス教は人間こそが神に選ばれ愛された存在だと信じており、それ以外の種族は神に仕えし者か家畜以下の悪しき存在としか思っておらず、嫌悪の対象となっている。
そのためサキリス教の教徒で武力を持つ<聖騎士>達は、亜人とそれを助けようとする者を異端者と呼び、国を守るよりも亜人狩りを主な生業としている。
「はい、信頼できる尋問官からの情報です。すでに位置も判明しております!」
「そうかそうか、ならば今すぐにでも出動しなければなるまいなッ!!」
「はっ、準備はすでに整っていますっ!」
「ほう、手際がいいな。では法皇様、私はこれにてお先に失礼いたしますッ!!」
「そなたに神からのご武運が訪れることを祈っておるよ」
ハイザ団長は聖騎士の紋章が刻まれたマントを翻し、諜報員と共に部屋を後にする。
残されたザクゲルグ法皇は、本来ハイザ団長に<お告げ>に関しての調査を依頼しようとしていたのだが先を越されてしまい、深くため息をついて腰に差した剣をなでながら途方に暮れた。
「……仕方あるまい、残っている者たちで調査隊を編成して依頼を出すとするかの。まずはこの剣を我が嫡男に渡すとするか」
* * * *
<ファンタジーテールオンライン>では、<空の花園>の<ギルド基地>の共有マップが外部を含めて全部で16のマップに分けられていた。
そのうち15のマップが<ギルド基地・内部>に割り振られており、その高さは地上10階から地下5階になっている。
地上には<ギルド工房>や<ギルド研究所>といった装備やアイテムの製造施設、<ギルド大浴場>や<ギルド病院>といった回復施設、<ギルドキッチン>や<ギルドライブステージ>といった自動バフ施設、<ギルド学校>や<ギルド訓練場>といったスキルのランクアップ支援施設、<ギルドドッグ>や<ギルドガレージ>といった大型騎乗コンテンツの管理施設などなど豊富な設備が整っているのに対して、地下には小さいゴミのような素材から巨大で高価な装備まで、あらゆるアイテムがレア度に応じて階層別に保管されている<ギルド倉庫>という施設のみが存在している。
このような極端な施設配置の背景には、<GVG>コンテンツの1つである<侵攻>の存在が関係していて、そのルールというのが、地上の2階層が踏破されるごとに地下の1階層が開錠され、ギルドのアイテムを奪いに行けるというものだ。
一応、アイテムの代わりにゲーム内通貨である<F金貨>だけを奪ったり、<ギルドポイント>とというギルド関連のコンテンツに利用できるポイントだけが増えるルールに変更することもできるので、ライトユーザーも安心して参加できるコンテンツとなっている。
ちなみに外部には<ギルド動物園>や<ギルドコロニー>といったテイムした動物やモンスターの管理施設、<ギルド農場>や<ギルド坑道>といった素材の生産施設が配置されている。
さて、今日のオレはその大量にある施設のうちの1つである<ギルドガレージ>の最奥に来ていた。
――ピコンッ!
カタカタカタカタカタカタ…………
「システム作動用マナ正常に稼働可能のため通常起動で開始、操作用魔法陣始動確認、操作器具の接続成功、所有者情報更新の開始と並行して基本動作チェックも開始、ギガントゴーレム用装備とのマッチング完了、疑似スタミナ液およびマナ濃度良好、外部装甲圧力による内部フレーム負担率正常範囲内、所有者および搭乗者情報の更新準備成功により座席調整開始、マインドリンカー接続完了、スキルリンカー再構築成功、オートバランサー正常に更新中……」
オレは<空の花園>……いや、<ファンタジーテールオンライン>最強のギガントゴーレム<ラグナロク>の起動準備に取りかかっていた。
元々このギガントゴーレムは<俺が嫁>さんの持ち主だったため、所有者の更新や搭乗者のロック解除が必要なので通常の起動よりもかなり手間と時間がかかっている。
「それにしたって、やらなきゃいけない設定と確認の項目が多すぎだーッ!!」
ここまでだけでもかなりの項目を処理したけど、まだ半分も終わっていない。
っていうか、いくら魔法系の装備のために必死に<マジッククラフト>や<マジックコントロールマスタリ>をFランクまで上げていたおかげとはいえ、手の動きと頭の回転が早すぎだろオレの身体もといアリスホイップ。ハッカーが登場するSF映画じゃないんだから。
(ザッ…ザザッ……、もしもしアリスちゃん、聞こえてる?)
まるでイヤホンをかけているかのように脳内に語りかけてきたのは、さっきこの世界において<フレンドチャット>や<ギルドチャット>に当たるスキル<テレパシー>を教えてくれたマリアだった。
この<テレパシー>というスキルは、ラジオで言うところの電波をマナに置き換えて発信するものなので、会話をするには聞き手も<テレパシー>が使える必要があるみたいだ。
(うん、聞こえてるよママ!)
(よかった、ちゃんとうまく発動できたのね。えらいえらい)
(えへへ~……)
相変わらずマリアだけとの会話になると、このような幼い女の子の口調になってしまう。
何度も言うけど、これはオレの趣味じゃないんだ! ホントだぞっ!?
(それでママ、用事があってかけてきたんでしょ?)
(ええ、こっちの方は準備が整ったから、それを伝えようとしたの)
地上に降りるための足である搭乗可能なゴーレムの調整を行っているオレに対して、マリア達には地上に調査へ行くための食料、装備、修理器具といったアイテムの用意をさせていた。
他の部隊については、準備ができ次第カンナから連絡が来ることになっている。
(ママさっすが~っ! でもアリスの方はまだまだ終わりそうにないよぉ~……)
(あらあらそうなの? だけど、アリスちゃんならきっとできるわ。なにせママ達を作ったアリスちゃんなんだもの。自分を信じて!)
(うん、ありがとっ!)
(じゃあ、準備ができたら呼んでね。またね?)
(うん、またね~)
プチッ――
ようやくマリアとの通話が終わり、オレは<テレパシー>を解除すると「はぁ……」と大きなため息をつく。
マリアだけとの会話のあとは、なぜか肉体的な疲労感が消えるという利点があるのだが、肝心な精神的な疲労感が溜まってしまうという欠点も同時に抱えてしまっている。
ちなみに<ファンタジーテールオンライン>にはこんな効果が発生するスキルは存在しない。
「それにしても、この世界の法則がいったいどこまでがゲーム通りでどこからゲームと違うんだか、線引きの基準が未だによくわかんねーな……」
このギガントゴーレムにしたってそうだ。VRゴーグルを使っても、コックピットの中なんて見ることはできないし、中にこんな独自の端末が用意されてたなんて知らなかったし、ましてやこんなに細かい操作なんてする必要はなかった。
しかし、今オレはコックピットの中にいて、オレにとっては初めて見る端末を完璧に操作している。
アリスホイップにある身体の記憶のおかげで、どう動いて触れば大丈夫なのかがよくわかるけど、それは意識を身体に集中させ、実際に目にして触らなければわからないという、今オレ自身が抱えている最大の弱点でもあった。
本当にオレは、地上に降りてもやっていけるのだろうか?
カタカタカタカタカタカタ…………
「……頭部の各種センサー初期化完了、ブースター出力経路正常、全システムオールグリーン、メインマジカルコア起動っ!」
ピキキキ……コオオオオオオオンッ!!
起動した<ラグナロク>から、車やバイクのエンジンとはまた違った近未来的な音が響き渡る。
「よっしゃああああああああああッ!! やっと起動したぁ~……」
長く続いた起動作業がようやく終わり、オレの口から歓喜と安堵の言葉がもれる。
そこから間髪入れずに、オレに誰かからの<テレパシー>が届いた。
(ザザ……ザッ、お嬢様、今お時間をいただいてもよろしいでしょうか?)
(おうカンナか、今やっとラグナロクの起動ができて、ちょうど手が空いてたところだ)
(それは何よりです。こちらの方も、お嬢様を支援する体制が整いました。これでいつでもご出立できますよ)
(わかった、それじゃあ一緒に来てくれるヤツらを出撃デッキによこしてくれ)
(承りました)
カンナからの報告を受けたオレは、さっそく<ラグナロク>をギガントゴーレムの出撃デッキへ移動させるための操作を始めた。
* * * *
「これよりギガントゴーレム<ラグナロク>の出撃スタンバイを開始します。作業員は退避してください」
アナウンスを行うカンナに従って出撃デッキから出ていく作業員と交代するかのように、リューナをはじめとする<メイドインセヴン>と火影をはじめとする<影忍者>の面々が入ってきて、各々が<ラグナロク>にしがみつきやすい部位に移動する。
「……えっ、お前らそんなところで大丈夫なのか?」
「はい、私たちくらい頑丈に鍛えてあれば、何も問題はありませんっ!」
「そして我ら<影忍者>が得意とする<スニーキング>スキルの<サイレントムービング>で音を消し、<ステルスハイド>で姿を消し、頭領を家政婦共々無事に地上に送り届けてみせましょうぞ」
なるほど、だから影忍者の部隊はメイドインセヴンと違って<ラグナロク>の全身を囲むようにしがみついていたのか。
こういった柔軟なスキルの使い方ができるのは、<ファンタジーテールオンライン>の世界を現実として生きてきたNPC達だからこそだな。
少なくとも今のオレにはまだ無理……いや、いずれはオレもこんな風にスキルを使いこなして見せる。
使いこなせるようにならなきゃいけないんだ!
オレのような不完全な主人に、あんなにもまっすぐに付き従ってくれるNPCのためにもッ!!
「カタパルトデッキは第1番を使用、<ラグナロク>をカタパルトに接続、操作系統の相互リンク完了、各回路オールグリーン、発進シークエンスへ移行します」
次々と準備は進んでいき、いよいよ発進の時が近づいてきたが、なぜか不思議と緊張はしなかった。
そうか、いつもスピード重視の機体でドライブしまくってたアリスホイップだもんな。むしろ早く出発したい気持ちの方が強いよな。
「ハッチ開放、カタパルト推力の正常を確認、進路クリア、発進タイミングを<ラグナロク>に譲渡します」
いよいよだ。
そういえば、ロボットアニメで色々な出撃のセリフを聞いたことあるけど、いざとなるとなんて言おうか迷うな……。
――うん、やっぱアレで決まりだな。
「アリスホイップ……<ラグナロク>いきまーすっ!!」
オレのかけ声と共に、カタパルトが急加速してオレたち地上調査隊を乗せた<ラグナロク>が発進する。
あの日に止まってしまった時計の針を再び動かすために。