6話:優秀で豊富
みんな、幼女は想像したな!!(゜Д゜)<行くぞォ!!
ようやく準備が整い、オレはフェイルの<エゴス:転移>を使い、謁見の間へと続く扉の前にワープした。
<ファンタジーテールオンライン>では、<エゴス:転移>は使用した本人しかワープさせられなかったのだが、どうやらこの世界では仲間も同時にワープさせることができるみたいだ。
「いや~、ようお似合いですわお嬢様」
「……ホントにそう思ってるのか?」
今のオレの格好は、頭にリボンの飾りがついたティアラを乗せ、縁が羽毛のようなフワフワが付いた赤いマントを羽織い、それに合わせた足元が見えないほどスカートが長いドレス。
お姫様というより女王様に近いかもしれないそのコーディネートに、オレは疑問を持っていた。
何せアリスホイップは「カワイイ」が前提の容姿であり、「うつくしい」系の衣装はあまり似合わないことが多いのだ。当然不安になる。
そんなオレの質問に対してフェイルはわざとらしく手で口を隠して「ふぁ~……」とあくびをした。
「ごまかすな!」
「冗談言っとりゃしませんよ、ホンマに似合うとりますって。ちっちゃい子が背伸びしたみたいでカワイイとホンマに思うとりますよ?」
「そ…そうか?」
カワイイと言われて照れてしまうオレを見てフェイルが「……ちょろいわ」言うのがと聞こえた気がする。
「そうか、カワイイのかオレ……。むふふ~っ♪」
しかし、カワイイ物が好きな中のオレとしても、長年カワイイ物を見に纏い続けてきたアリスホイップとしても、そう言われるのはとても喜ばしいことに変わりはなかったので、たとえ皮肉であろうと素直に受け止めてしまうのであった。
「んじゃ~お嬢様、うち眠いんでここで寝るわ~……」
「ここで!?」
そう言ってフェイルは壁にもたれながらそのまま座り込んで本当に寝てしまった。
オレは近くを通りかかったグリフォンのNPCにフェイルを彼女の寝室に運ぶように頼んで、謁見の間の扉に近づく。
「お待たせいたしました、お嬢様」
「うおっ、いつの間に!?」
とつぜん横から現れたのはカンナだった。
「先ほど熟睡なされていた彼女と同様、<エゴス:転移>をしてまいりました」
「そうか、お前って<精霊超兵器>だからエゴスも全種類使えるんだったな……」
「左様でございます」
オレ達が話し合っていると、扉の向こうから太鼓やシンバルなどの楽器の音が聞こえはじめてきた。
「ではお嬢様、玉座へとお進みください」
そう言ってカンナが扉をすぐ横にいたNPCに向けて指をパチンと合図を出して開かせると、まるで合唱団が歌っているかのような歌声がこだまし始めた。よく見ると両側の遠くの方で空を飛ぶ指揮者に合わせて大勢のNPCが合奏しているのが見える。
周囲には老若男女に魑魅魍魎のNPC達が不気味なくらいに綺麗に背の順で整列して、玉座へと続く道を空けてくれていた。
端に薔薇を模した黄金の刺繍を飾った真紅の絨毯をオレが歩きはじめると、合唱団の歌声に歌詞が入り始め、聞こえてくる楽器の種類も段々と増えてゆく。
『鋼の誓いをこの胸に、空の花園を守り続けよ。主亡き日々をしのぎ、返り咲きし主を待ち続けよ。あの日を再びと夢に抱いて、希望の光を高く掲げて灯せ。』
なんなんだこの歌!?
しかもリズムというか曲調がどっかの軍隊のマーチっぽいせいで、<空の花園>がまるで悪の帝国か何かにしか見えない。
<ファンタジーテールオンライン>は、実際にプレイヤーが作曲して演奏ができるコンテンツがスキルとしてあって、楽器の装備を集め、特徴を掴み、人数を揃える等々、数々の努力を重ねることでかなり完成度の高い曲を作れる。
そしてうちのギルドメンバーの中にも、完成度の高い曲を作れるプレイヤーがいた。
そうか、この合奏団はギルドメンバーの<音楽LOVE>さんが演奏の人数合わせのために作ってたNPCか。
しかし、オレはこの曲に聞き覚えがなかったので、おそらくこれはNPC達が自主的に作詞作曲した音楽なんだろう。
ということは、この歌詞はNPC達が自らの心の内を表現したものなのか?
『夢から覚め見開いた先は、あの日の再来。剣を振るい、杖を掲げて示される。枯れ果てた土は再び耕され、瑞々しく芽吹く花園。』
グォォォォォン……
音楽に合わせて<おもちゃ箱>を収めていたドッグの扉が開き、船がゆっくりと浮上し始め、周囲の風景が武骨なドッグから星がきらめく夜空へと変わっていき、ただ立っているだけのNPC達が「おおっ」とどよめき、みんなの高揚感がオレの肌にピリピリと伝わってくる。
オレは長い絨毯の道を経てようやく玉座にたどり着くが、肝心な玉座が8歳サイズの俺には高すぎて座るのが大変だという事に気づいた。
「お嬢様、失礼します」
「んなっ!?」
オレの後ろからついてきたカンナがそう言って、いきなりオレをお姫様抱っこすると、優雅に王座へとオレを座らせ、その様子を見たNPC達から野次と歓喜が混じった声がチラホラと聞こえてくる。
これ、女だったらすごくテンションが上がるくらいロマンチックな行為なんだろうけど、男のオレにされてもロマンの欠片もないな。……あっ、今オレ女だったわ。
『いざ行け我ら、空の花園に。今こそ刻め、輝く主の言葉をその胸へ。』
玉座で姿勢を整え、オレの肩ほどの高さがあるひじ掛けに手を置くと同時に歌詞が終わり、しばらくして演奏が終局を迎えると、事前に玉座の横で手を後ろにして組んで待機していた4人のNPCが一歩前へと進む。
「我らが主に!」
「我らが陛下に!」
「我らが頭領に!」
「我らが総統に!」
「「「「敬礼ッ!!」」」」
4人のNPCがそれぞれ違う形の敬礼と共に号令をかけると、謁見の間にいる全てのNPCもそれに合わせて同時に敬礼を行い、先ほどとは打って変わって謁見の間が静寂に包まれた。
――あえて言おう。
誰がここまでやれと言ったんだ……。
ふとオレのすぐ横にいるカンナを見ると、彼がこちらに気付いて「どうでしょうこの素晴らしい演出、いかがでしたか!?」と言わんばかりのまぶしい笑顔を向けてきたので、オレはとっさに「お前の仕業かーい!」と心の中で叫びながら眉をひそめてしまった。
まぁやってしまったものは仕方がない。予定通り、現状をみんなに伝えるとしよう。
「…………。」
どうしよう、みんな敬礼を続けていて話を始められる雰囲気じゃない。
「全員、面を上げよ!」
オレが声を出せずに困っていたところに、カンナがNPC達に号令をかけて敬礼を解いてくれた。
……あれ?
ひょっとして今のカンナのセリフって本来、オレが言わなきゃいけなかった流れなのか?
とっ、とにかく今はNPCにここまで集まってくれた礼を言うのが先だな!
「みんな……あっ、いや、諸君ッ! 今日はこのような夜遅くに…えーっと、遥々集まってくれて感謝するッ!!」
我ながら、これは酷い。
それもそのはずだ。
だって中身が、サラリーマンの営業やっても飲食店の店員やっても、相手の糞のような態度を見ると荒い性格が出てしまうせいで何度もクビにされちゃって、一番長続きしてるのが今やってる力仕事だっていうオッサンのオレなんだぞ!?
お偉いさんがやるようなスピーチなんて柄じゃないんだよっ! 性分じゃないんだよッ! オレじゃないんだよぉ!!
オレの言葉に一部のNPC達が身体を揺らしているのがチラホラと見えるが沈黙は続き、未だに謁見の間は静寂に包まれたままだ。
やっぱり、ただでさえ見た目が年端もいかない幼い少女なうえに、中身が力仕事くらいしか働き口がない40代のオッサンのオレが思いつく言葉じゃ、NPC達の指導者なんて務まらないか……。
「……本物だ!」
「まだ残ってくださったお方がいたんだ……!」
「そっ…それに感謝だなんて……!」
急にNPC達が徐々にざわつき始め、何人かの言葉がオレの耳にも聞こえはじめる。
てか誰だ、オレのグダグダな挨拶で本物認定したNPCは!?
おかげで恥ずかしさの熱が耳まで伝わってるのがわかるくらい、オレが赤面しちゃってるじゃねーかッ!!
ああ~ヤバイ、恥ずかしさが頂点に達して目頭まで熱くなってきた……。
「皆の衆、静粛にせいっ! 我らが長、アリスホイップ頭領の御前であらせられるぞッ!!」
「ひっ!?」
すぐ横からあまりのドスの効いた声を聞いて、オレは思わず驚いて声を上げてしまう。
その声の主は、オレの右隣にいる陰陽師のような格好をした髭の長い老人のNPCだった。
「火影様、姫様が…いや、陛下が怯えてしまっておりますぞ」
「むぅ、御免……」
老人に注意をした白銀の鎧を身に纏った屈強な体格をした男はたしか、<†ジャンヌ†>さんが良く使っていた<槍>ジャンルで作ったドリルブースターランスの精霊装備<ガングニール>だ。
そして<火影>の名前で思い出した。
あれは<風林火山弐式>さんが<スニーキングナイフ>のジャンルで作った苦無の精霊装備だ。
弐式さんがよく戦闘前に「行くぞ、火影よ」と言ってたから名前だけはよく覚えているのだが、肝心な実体化した姿を見るのは今回が初めてだったりする。
「うふふっ、お嬢様が緊張しているのってなんだか新鮮ですね」
「リューナくん、君が総統閣下直々の精霊装備なのは知っているが、今は私語を慎んでおきたまえ」
リューナを叱りつけたあの眼帯をした顎鬚がダンディーな軍服のオッサンは、<ωΠぷるんぷるん>さんが<錬金砲>のジャンルで作ったスターリングキャノンの精霊装備<ジェネラル将軍>か。
っていうか、さっきからリューナを見かけないと思ったら、そんなところにいたんかーい。
「では改めまして。我らがギルドマスター、アリスホイップお嬢様による現状報告の会を始めさせていただきたいと思います」
パチパチパチパチッ!
ヒューッ! ヒューッ!
カンナの挨拶で、手があるNPC達からは大きな拍手が、それ以外のNPCは口笛を吹くなどして歓喜の意思を示した。
さて、何から話せば良いものか……。
そう考えながら空を見上げると、オレはあることに気付いてそれをネタに話しを始めることにした。
「諸君、見るがいい」
オレが小さい手を上げて天を指さすと、その場にいる全員が一斉に上を向いた。
そのうちの何人かがオレと同じことに気が付く。
「つ…、月が1つだ……」
「他の6つの月はどこに!?」
「ブラックホールを解放したときに発生したあの星雲も見えないぞっ!!」
そう、<ファンタジーテールオンライン>は開始したときには2つの月が存在し、特定の<メインストーリークエスト>をクリアするのに合わせて月の数が徐々に増えていく。
最終的に北斗七星に似た配置で7つの月が登場し、最終話の前話をクリアすると死兆星に当たる位置にブラックホールが出現して、最終話をクリアすことで禍々しいブラックホールが綺麗な星雲に置き換わって完成される。
しかし、今はその7つの月も星雲も消えていた。
「オレはフリージアと共にギルド基地の周辺を確認してみたが、辺り一帯も月と同様に完全に消滅していた」
冷や汗をかきながらも一生懸命に報告するオレの言葉を聞いたNPC達の表情が一瞬で不安から驚愕へと変わる。
「なんだって!?」
「いったいどうなってるの!?」
「ひょっとして、次は俺たちが消えてしまうのか!?」
「それ冗談にならねぇよっ!!」
マズイぞ、オレの言葉のせいでNPC達がパニックを起こし始めた!?
ガングニールやジェネラル将軍が「静まれ!」と必死に治めようとしてくれてるけど、一向に止まる気配がない。
いや待てよ、逆に考えるとオレの言葉で安心させることもできるってことか?
ダメ元で言ってみるか!
「だが安心してほしいッ!!」
自分が言っておいてなんだが、何が安心してほしいだ。
ギルド基地の周辺の大地が全部消滅してるんだぞ、こんな事態にどうして安心……大地?
そうだ、これだ!
「オレ達が今いるのは天空だ! そして地上には大地が存在していたッ!!」
「ち…地上に大地があっても……なぁ?」
「そうだよ、あんな<地獄>なんてあっても……」
しまった、<ファンタジーテールオンライン>の地上の大地は不毛な荒野と化してて、植物があったとしてもやせ細った木やおぞましい食虫植物くらいしかなくて、川は抹茶色で海は真っ赤に染まっているという、まさしく<地獄>という名にふさわしい場所だったんだ。
NPC達に大地があると伝えても、それは住める場所というイメージを彼らは持っていないから、この落胆は当然の結果だ。
やっぱりオレには、リーダーをやる資格なんてないなぁ……。
「地上の大地には鮮やかな緑の森があったの! 森以外にも<エデン>みたいに青くて綺麗な川や海、街みたいな家の集まりもたくさんあったの! アタシ見たもんっ!!」
声を上げたのは、魑魅魍魎の中で一際存在感を放つ巨体と輝きを持ったフリージアだった。
そういえば、大地を確認したのは彼女だったな。
「地上に緑が…?」
「そんなことがありえるのか?」
「けど、あのエンシェントドラゴンがウソを言うはずが……」
よしよし、フリージアのおかげでNPC達の反応が少しは良い方に流れ始めてくれた。
それにしても、彼女には助けられっぱなしだなぁ。もしオレが地上に探索に行くときは、彼女を連れて行った方がいいかもしれない。
そして地上と月の件で確信が持てた。ここは<ファンタジーテールオンライン>とは違う世界だ。
「みんな落ち着いて聞いてくれ。これらの事から恐らく、ギルド基地の周囲が消滅したんじゃなくて、このギルド基地がオレ達の世界から消え、そして今このギルド基地は別の世界に転移してしまったんだとオレは考えている」
「別の世界……」
「ということは、また暗黒物質族の仕業か!?」
「アイツらめ、オレ達の世界にある結界を緩めて色々な世界に繋げただけじゃ勝てないのを知って、今度はオレ達だけを別の世界に引き込んだって魂胆か!?」
<暗黒物質族>というのは、メインストーリークエストのほぼすべての事件の元凶にして首謀者である<ブラックラビット>をはじめとしたブラックホールから生まれた一族の事だ。
彼ら暗黒物質族はあらゆる世界を繋ぎ、特殊な鉱物で浸食し、ブラックホールに取り込んで拡大させることが目的だった。
しかし、メインストーリークエストの最終話<Episode Completion:Liberation>でブラックホールが破壊されたことで、そこからエネルギーを得て活動していた全ての暗黒物質族は生命を維持できずに消滅した。
<ブラックラビット>の「たとえ我らが滅んでも、貴様らがいる限り第二第三のブラックホールは再び生まれる」という不吉な言葉を残して。
ちなみに<最終章>では、番号の付け方がすべて<Episode Last>、<Episode Final>、<Episode Finale>といった、終わる終わる詐欺のバーゲンセールのような名称になっている。
「アリスホイップ総統閣下、ひとつ進言させてもらってよろしいですかな?」
「……えっ? あっ、うん。どぞ」
オレから進言の許可を得たジェネラル将軍は咳払いをして姿勢を改める。
っていうか、ジェネラル将軍のその顔が怖すぎて、声を出すのも恐ろしいんだけど!
「私は地上への調査隊の編成と、それを支援するための補給基地の建設をするのがよろしいかと思われます」
地上への調査か……。
オレもそこは考えてはいたけど、部隊を編成して送り込むだけでなく、補給基地の建設までは発想が行き届いていなかった。
そういう考えができるのはやっぱり、軍隊マニアの<ωΠぷるんぷるん>さんが作ったNPCだからだろう。
「ふんっ……。ジェネラル将軍よ、なぜ地上に降りるなどという、わざわざ我ら部族を危険に晒すような行為を?」
「火影殿、我が組織は年々職員が増え続けている。いくらギルド基地の食料生産能力が今いる職員の20倍以上も賄えるとはいっても、いずれは土地もッ! 食料もッ! 不足してしまうのは目に見えているんだぞッ!! それを貴様は理解しているのか……ッ!?」
「だから皆に死に急ぐような真似をさせよと言うのかッ!? ふざけるなジェネラルッ!!」
「まぁまぁ2人とも、落ち着いて……」
「家政婦風情が口出しするなッ! 黙っとれェ!!」
「なんですってーっ!? このおいぼれジジイっ!!」
「3人とも陛下の御前だぞ、いい加減にしろッ!!」
ジェネラル将軍と火影の言い争いにリューナまでも参加してしまったところに、ガングニールの鶴の一声でようやく収まった。
その様子を醜態に感じたカンナが肩を震わせながら深々とオレに頭を下げてくる。
「申し訳ございませんお嬢様、私の采配ミスです……ッ!」
「いや、むしろみんなの意見が聞けてオレとしては良かったんだけど…。まぁ、あのままだと戦闘を始めそうな勢いで怖かったのはたしかだけどさ……」
職員というか人口については、<ファンタジーテールオンライン>でのプレイヤーを支援するNPCはプレイヤーが作るか許可をしない限り増えないから問題ないとして。
逆にこの世界で職員を増やす場合はジェネラル将軍の言う通り、それなりの住まいや食料を生産する土地の確保が必要になるわけか。
けど火影の爺さんが言う通り、かつての仲間たちの思い出そのものと言ってもいいNPC達を死地かもしれない未知の地へ向かわせるというのも忍びない話だ。
「……ところでカンナ、いつまでそうしてるつもりだ?」
「おっ…お嬢様のお許しがあるまで……です」
「見るからに辛そうだから楽にしていいよ。許す。っていうかむしろ、こんな大事な意見を言ってくれる人達を連れてきてくれて感謝するよ。ありがとうカンナ」
「そっ、そのようなもったいなきお言葉、痛み入ります……ッ!」
カンナはようやく頭を上げ、よれたタイを直して元の姿勢に戻ってくれた。
「ではみんな、こうしようか」
オレが言葉を発すると、NPC全員がこちらを向いた。
すぐに話を聞く姿勢になってくれるのはうれしいけど、NPCの中には目も鼻もなくて口だけの人工生物系モンスターとか、生々しい死体の姿のアンデッド系モンスターとかもいるから、オレにとっては恐怖でしかないんだよなぁ……。
「調査隊はまず、この中で比較的生存率が高いオレを筆頭に<メイドインセヴン>だけで行う」
<メイドインセヴン>は、オレが持つ精霊装備であるリューナ、マリア、ニコラス、フラメル、ディーヴァ、フェイル、エムエスの7人のNPCの事だ。
自分で言うのもなんだが、近距離や遠距離の攻撃だけでなく、敵への妨害や味方への支援もできるバランスの取れた面々だ。そう易々とやられることは滅多にない。
「なんとっ!?」
「無茶ですぞッ!」
「お考え直しくださいッ!!」
オレの提案に対して、ここにいるNPC全員が猛反対をしてくる。
なぜみんながこんなにも反対するのか理解できなかったオレに、カンナが土下座しながら答えてくれた。
「お願いですお嬢様、もう我々にはお嬢様しか残されておられないのですッ! どうか今一度…、今一度お考え直しくださいッ!!」
「……!」
カンナの言葉でようやくオレはガングニールの部下の騎士が言った「救われている」という言葉の引っかかりの正体に気付いた。
少し前の話になるが、仕事仲間と一緒に旅行に行った帰りに、車で仲間の1人を家に送るために寄ったら、玄関から大型犬がものすごい勢いで飛び出てきて、飼い主であるソイツにのしかかって尻尾をちぎれそうなくらい振り回しながら顔を舐めまわしていたことがあった。
このNPC達の態度は、あの犬の行動にそっくり当てはまる。
そう、この世界には……少なくとも空の花園には、プレイヤーと言う名の主人がオレ一人しかいないんだ。
ここまでわかってしまったら、今後の方針は定まったも同然だ。
「じゃあみんなで行くか」
オレの言葉に「おおっ!」というどよめきが謁見の間に響き渡った。
しかし、今度はリューナが反対し始める。
「お嬢様ったら、それはダメですよ」
「……えっ?」
「みんな出て行っちゃったら、ギルド基地の維持は誰がするんですか?」
しまった、ギルド基地の維持も考えなきゃいけなかったのか……。
「……話が振り出しに戻りましたな」
「まったく、これだからワシは家政婦風情が口出しするなと言ったのだ」
「リューナ殿、騎士である自分としては陛下がおられるその場所こそが死に場所に相応しいと愚考するが?」
「だってギルド基地には食料設備以外にも、装備の修理施設や医療施設だってあるんですよ! 何か不幸な大事故が起きて、大怪我を負った人が出たら誰がどこで治療するんですかっ!?」
リューナの言葉にみんなが意気消沈してしまう。
「ではこういうのはいかがでしょうか?」
その沈黙を颯爽と破ったのはカンナだった。
「先行するお嬢様達に対して、我々がそれぞれの得意分野で全力でお嬢様をサポートするのです」
「おい青二才、そりゃ頭領の案とどう違うというんじゃ?」
うん、火影の爺さんと同じでオレも違いがわからない。
他のNPC達も同様に首を傾げたり、顔に手を当てたりして考え込んでしまっている。
「たしか火影様の治める部族には、隠密行動に優れた<スニーキング>スキルを持った者が大勢いらっしゃいますよね?」
「無論当然じゃ、影より主を守ることこそがワシら<影忍者>の流儀じゃからな」
「なので、火影様たちはお嬢様の近辺に隠れ潜み、いつでも手助けができる体制でいてください」
「ほほぉ、それはつまるところ、敵にこちらの数が少ないと油断させておき、不意打ちしろということじゃな?」
「ご明察です」
……あっ、カンナの言いたいことがわかってきた。
ジェネラル将軍やガングニールも気づき始め、顔がニヤ付き始める。
しかし肝心なオレのリューナはまだ気づいてくれないようで、慌てふためいていた。
「ジェネラル将軍様の軍隊は、あらゆる装備を使用した遠距離攻撃に力を入れていると聞き及んでいます」
「つまりご老体方には近距離で、我が<黒鋼軍>には遠距離で戦闘に参加しろということだな?」
「左様にございます」
役目を与えられて喜ぶジェネラル将軍とは対照的に、ガングニールが不機嫌な態度でカンナに迫る。
「おいおい執事さん、俺達の騎士団にはお役目なしかい?」
「ガングニール様の騎士団には、攻撃だけでなく強力な防御系や援護系のスキルに長けてると存じています。私はその部分を高く評価しており、アナタ方にはぜひ、このギルド基地の護衛全般の指揮を執ってもらいたいと思っているのですが、お任せしてもよろしいでしょうか?」
「参ったなこりゃ、偉い大役を任されたもんだ。いいぜ執事殿、このギルド基地は俺達<白銀聖騎士団>が全てを捧げて守り切ってみせる!」
さすがカンナだ、あんな不機嫌だったガングニールをここまで意気揚々に士気を上げるほどおだてるなんて、オレには到底マネできない。
まとめ役の証でもある執事の格好は伊達じゃないな。
しかしそれでもリューナの顔は晴れず、ついに彼女が恐る恐る手を上げて口を開く。
「あのー、動物さん達は何をしたら……?」
「動物やモンスターの方々は同じ種類でも能力の上下差が激しいので、各々の部隊長から推薦を受けるという形式を取らせてはいかがでしょうか? もちろん、お嬢様の言い付けを優先に……ですが」
「はぁ~、なるほどです」
「ただいま決めた以外の役職については、これまで通りの面々が活動するのがよろしいかと思われますが、いかがでしょうかお嬢様?」
そう言ってカンナがこちらに笑顔で振り向いてオレに話を振ってきた。
カンナの仕切り方の上手さに感心しながら呆然と見ていただけだったオレは思わず「えっ、オレ!?」と声を上げて驚いてしまう。
「えー……っとぉ………………」
ヤバイ、なんて意見したらいいか全然わからん。
しかもカンナがご褒美を待つ犬のように待ってるせいで、犬耳と尻尾の幻影まで見えてきたぞ。
ヤバイなオレ、マジで精神的に追い詰められててヤバイ。
そして足りない頭で精いっぱいひねり出したセリフがこれだ。
「……いいんじゃ…ないか?」
ダメだァー!
そうじゃないだろオレ、もっと良さ気なセリフがいろいろ浮かびそうだっただろっ!?
なんでそんなしょーもない言葉しか発せないんだ、この幼女の口めッ!!
「ありがたきお言葉、感謝の極みにございます!」
カンナお前ホントにそれでいいんかーいっ!?
キミすごい働きしたんだよ!?
部隊編成という時間のかかる仕事をこんなに速く済ませたんだよ!?
そんなドッグフード以下のセリフなんかで喜ぶなよッ!!
<俺が嫁>さんが悲しむぞォー!!
「それでは、これにてアリスホイップお嬢様による現状報告の会を終わりたいと思います。皆さま、お嬢様を大きな拍手でお送りください」
勝手に終わるなァー!!