5話:オレの精霊装備はメイドさんです
文章が1万越えしてしまったので、読みやすさを重視して分割したのは内緒 d(゜ω゜;)シーッ!
<ファンタジーテールオンライン>には<薬物中毒>という状態異常があり、これはポーションやエリクサーといった回復系などの薬物を服用しすぎると発生するもので、一度発生すると特別な処置をしない限り死亡しても残る厄介なものだ。
その特別な処置の1つに、民間療法という設定で「風呂に入る」というコンテンツが用意されている。
なので、プライベートエリアに<風呂場>を設置することが出来るのだが……。
「いーやーだー!」
「いけませんっ!!」
現状報告のために<謁見の間>で大勢の前に出るという事で、オレは風呂に入れられていた。
風呂場でオレの身体を半ば強引に洗っているのは、オレが<盾>のジャンルで2番目に作った精霊装備が実体化したNPC<マリアホイップ>だ。
マリアにはオレがアリスホイップになってしまう以前に、「アリスホイップが母のいない寂しさを紛らわすために作った彼女の理想とする母親の姿をさせた精霊装備。アリスホイップが数少ない本音で話せる存在」というプロフィールを書いたせいか、彼女の前ではオレの口調が強制的に見た目通りの少女の言葉になってしまう。
「アリス一人で洗えるもんっ!」
「そう言ってアリスちゃん、いつも鳥の行水みたいな雑な洗い方しかしないでしょう!?」
「アリスがいいって言ったらいいの~っ!」
もしオレの心の声が聞こえてるヤツがいたら勘違いしないでほしい。
息を意識的に止めようとしても息をしたくなるのと同じで、マリアの前ではどんなに頑張って別の口調に変えたくても甘えた口調になってしまうんだ。
つまりこれはオレが言ってるんじゃない、アリスホイップの身体が言ってるんだ。
そう、断じてオレの願望や趣味ではない。
なぜならオレはこんなボッキュッボンのスタイル抜群な女性より、ペッタンコで小さい女の子の方が大好きだからだ!
「ほら、ここもちゃんと洗わないとっ!!」
「ちょ…待ってママ! そこ洗うから! 自分で洗うからダメーっ!!」
マリアは容赦なく隙間という隙間まで念入りに洗ってくるのでオレは必死に抵抗するが、彼女の身長は人間族では最も高い20歳サイズに設定されているから体格もかなり良く、力任せに彼女の拘束を解こうにもプロフィールの呪いが効いているのか全然力が入らない。
もし男の身体のままだったら喜んで受け入れたんだろうけど、今の女の身体ではそんな欲は湧かないらしく、むしろ未熟な少女の身体を同性かつ抜群なスタイルを持った大人の女性に見られることを恥ずべきことだと感じてしまっている方が強かった。
男で例えるならナニの形や大きさ、各部位の体毛の量を気にするような感覚に近いだろう。
「あら、アリスちゃんどうしたの?」
「……おっぱいが浮いてる」
体を洗い終えてマリアと共に湯船に浸かると、彼女の胸が浮かんだことにオレは驚いていた。
そういえば、彼女が使っていたシャンプーやボディソープといった洗剤の類って、どこから用意したんだろうか。
「ねぇママ、あの洗剤ってどこで作られてるの?」
「ああ、それはたしか基地の研究所にいる錬金術師の人が作って持ってきた物ね。きっとアリスちゃんにぴったりの香りだからって渡されたの」
なるほど、<錬金術>はこういった生活面でも機能しているのか。
まぁ<ファンタジーテールオンライン>の<錬金術>の場合、錬金術で使われていた<大釜>を<大砲>や<銃>の形に落とし込んで戦闘に運用したり、錬成したゴーレムを自動車や自動二輪の形にして新たな移動手段にしたりと、恐ろしいほどまでに機転が回る柔軟性があるんだから当然か。
「ん~…、本当にアリスちゃんにピッタリの香りねぇ」
「あーんっ、ママ近いよぉ」
マリアがオレを抱きしめながら匂いを嗅いできたので、思わず振りほどこうと体を動かすが、やはり力が出ず無理だった。
この拘束力はもはや<魅了>や<恐怖>のような、精神面の<状態異常>と言っても過言ではない。
おそらくアリスホイップの身体というのは、それだけ母という存在に飢えてしまっているのだろう。
そうなると中身がアリスホイップではないと知ったマリアは、中身が違うのに彼女に母を求めているオレのことをどう思ってしまうのか怖くなってきた。
「ママあのね…、今のアリスね……中身が違うの」
うわっ、思わず口にしてしまった!
マリアも突然のことに「えっ?」って困惑してるじゃねーか。
なんてことしてくれたんだオレの身体もといアリスホイップ!?
「今のアリスね、違う世界のオジサンが入っちゃって、入れ替わっちゃってるの。それでスキルもうまく使えないし、みんなの足手まといになりそうなのにギルドマスターになっちゃってるし……。こんなにいっぱい変わっちゃってるのにアリスは、ママにママでいて欲しいの。これって変…だよね……? すごく悪いことだよね……?」
おいおい、プロフィールの呪い仕事しすぎだろ。
本音を話すってレベルじゃねーぞ。
あ~っ、もう精神的に追い詰められすぎて涙が出てきた。
――ぽんっ
マリアはオレの……いや、アリスホイップの頭に手を当てて、まるで我が子のように優しくなで始めた。
「昔からアリスちゃんは色々と問題を抱えちゃう子だったけど……そっか、今度はオジサンが中に入っちゃったのね。でもママはアリスちゃんにどんなことが起きても、アリスちゃんが私にママを求める限り、ずっとアリスちゃんのママでいてあげるわ。だから何も心配しなくていいのよ、安心してね」
懐が深い。心が広い。器が大きい。
まさに彼女のためにあるかような言葉が脳裏にどんどん浮かんでいく。
オレはプロフィールを呪いなんて思ってしまったが撤回する。
これは絆だ。
アリスホイップとNPC達を繋ぐ、切っても切れない固く結ばれた絆。
だからオレはもう、プロフィールの存在を否定することはしない。したくない。
「ママ……」
「なに?」
「……ありがと」
「どういたしまして」
――ピチョン
静かな湯船に一滴の雫が落ちた。
* * * *
「あ゛あ゛~…」
風呂からあがったオレは、渡されたバスローブを着てマッサージを受けていた。
よく温泉や銭湯で100円を入れるマッサージ器を利用していたけど、武骨な機械では到底味わえない心地よさが体中に染み渡る。
「あっ…あのぅ~、力加減はいかがでしょうか……?」
「ぉお~んっ、さいこぉ~~……だぜぇ」
おどおどとした態度でオレにマッサージをしてくれているメイド服の女性は、オレが<鞭>のジャンルで6番目に作った精霊装備の<エムエスホイップ>だ。
<ファンタジーテールオンライン>の<鞭>スキルには、味方を攻撃して攻撃力や防御力などが上昇するバフを与えるという<愛の鞭>や<気付けの鞭>などといったスキルがあり、オレはそれを「ツボを的確に刺激しているから」と解釈して、プロフィールに「マッサージが得意」と書きこんだ影響で、彼女がマッサージ役を買って出てきてくれたらしい。
ちなみにエムエスは普段、髪を2つの三つ編みにして太縁のメガネをかけているので一見地味だが、髪を解いてメガネを取ると、大和撫子と言う言葉がピッタリの別嬪さんになる。
「ああっ、もうお嬢様、動かないでほしいナー」
「そうだよネー。まだお化粧も残ってるのにネー」
「おっと、悪い悪い」
そう言ってオレの爪の手入れをしているメイド服を着た瓜二つの2人の少女は、オレが<錬金銃>のジャンルで作った3番目に作った精霊装備の<ニコラスホイップ>と、精霊装備の専用スキル<エゴス:双子>で召喚された<フラメルホイップ>だ。
精霊装備の専用スキルは基本的に1個につき1つだけしか取得することが出来ず、その全てに<エゴス>という名称が記載されていることから、<エゴス>と総称されることが多い。
ちなみにリューナは移動速度、準備速度、攻撃速度、クールタイムなどが圧倒的に短くなる<エゴス:加速>。マリアはHP、SP、MPの完全回復と死亡状態などを含むすべての<状態異常>の回復を同時に行ってくれる<エゴス:復帰>を取得している。
「けど、ここまで念入りにする意味あるのか?」
「当たり前なのだ! アイドルは頭のてっぺんからつま先まで磨いておく義務があるのだ!」
そう言いいながらオレの服選びをしてくれている派手なチェック柄が目立つメイド服の少女は、オレが<楽器>のジャンルで4番目に作ったエレキギターの精霊装備<ディーヴァホイップ>だ。
「いや…、別にオレはアイドルじゃないんだけど……」
「お嬢様が認めなくても、ディーヴァさん達にとってはトップアイドルなのだーっ!」
ディーヴァのプロフィールに「アイドルを目指している」なんて書いたせいか、彼女がオレの精霊装備の中で一番性格が明るい。……まぶしいくらいに。
「っていうか、この準備とやらはいつまで続くんだろうか……?」
ふと壁にかかっている時計を見ると、もう午後の9時を示していた。
そう、よい子はお休みの時間である。
「すやすや……」
「おいフェイル! 貴様、お嬢様の前で床で寝転ぶとはいい度胸だなッ!?」
マリアに怒られても一向に起きる気配を見せないメイド服の少女は、オレが<弓>のジャンルで5番目に作った精霊装備<フェイルホイップ>だ。
これは「いざという時以外は基本的におっとりしている」というプロフィールの影響か?
ちなみにマリアのプロフィールに「ただし2人きりに限る」と記載していたおかげか、今はオレがマリアに接するときの口調がいつも通りになっている。
その代わりマリアの優しかった口調も綺麗な顔に似合わない鬼軍曹のような荒っぽいものに変わってしまうので、オレはそれが少し残念に思った。
「ゲームではバランスの良い組み合わせの精霊装備を作ったはずなのに、現実になるとこうもアンバランスになるんだなぁ……」
このあと準備にまだ3時間もかかるとは、今のオレは思いもしていなかった。