2話:孤独と終了
数少ないレギュラーメンバーだった2人がログアウトしてから1週間が経った。
「……よし、このマップはだいたいこんなもんだろ」
オレは修理を終えた空中戦艦<おもちゃ箱>を使って、オレを含めたギルドメンバーが今までに集めたテイムや課金などによって手に入れたプレイヤーをサポートするタイプのNPCを運び、ファンタジーテールオンラインのあらゆる場所のスクリーンショットを後悔がないようにこれでもかというほど、あらゆるシチュエーションで撮影しまくっていた。
最初の町でプレイヤー同士の出会いを再現したり、次の町に行く途中にいる初心者殺しのモンスターに実際にやられてみたり、メインストーリークエストのIFを表現してみたり等々。
それをたった1人で――。
<ギルド農場>や<ギルド工房>といったギルドで量産できる素材の提供、<ギルドキッチン>の<料理>や<ギルドライブステージ>による<演奏>を使ったギルド単位のバフなどといった<ギルド共有コンテンツ>の中に、一部のアイテムやプレイヤーが保有する<NPCを共有化>できる項目があり、NPCがギルド共有コンテンツの影響を受けるにはその項目を許可する必要があるので、こうやってギルドメンバーが保有しているNPCをオレでも利用できるのだ。
ちなみに<NPCを共有化>の許可がなぜ必要になったのかというと、この<ギルド共有コンテンツ>は各ギルドメンバーが個人で設置したり開設しなければならないのだが、それでは設置したプレイヤーだけが損する形になってしまうため、互いに協力して利益を得られるようにしたかったというのが理由らしい。
実際、NPCを共有化の有無だけでも戦力にかなりの差ができるうえに、もし誰かに借りられてNPCが死んだとしても元々NPCへのデスペナルティがほぼ皆無であり、NPCに持たせているアイテムや装備は他のプレイヤーが貸して持たせることはできてもNPCから無断で借りられることはなく、貸した後も呼び出しを解除すれば自動で元に戻るので、デメリットよりもメリットの方が圧倒的に大きいのだ。
「それにしても、こうしてると何だかツアー旅行をしているみたいだなぁ……」
NPCは呼び出した本人を中心に設定してある範囲まで自由に行動でき、範囲外に出ると呼び出した本人に向かって走り出すという仕様だ。そのため、うまく範囲を設定してあげるとNPC達が綺麗に一列に並んで行動してくれる。
……並んでくれているのだが、NPCが何体か遅れてかなり遠い位置にいる。
「しまった、<空腹度>の管理忘れてた!」
プレイヤーと保有NPCには<空腹度>というものが設定されており、時間経過と共にSPの自然回復の幅が狭まって行き、残り50%を切ると攻撃力や移動速度などの一部ステータスの減少が発生する。
空腹度は<料理>スキルで作られたアイテムを使用することで回復ができる。
一応、<食べられるタイプの素材>でも代用は可能だが、<腹持ち>という空腹度の速度を抑えるバフが全く付かないため、可能なのであれば料理アイテムを使った方が効率的だ。
ちなみに空の花園のおもちゃ箱には<キッチン>を開設してあるため、NPCを戦艦に戻せば自動で空腹度を回復してくれるのだが、せっかく大人数のNPCを連れまわしているので、今回はそれは利用せずに別の手段を使うことにした。
「料理をいくつかセットして……<フードバイキング>!」
料理スキルの1つ<フードバイキング>は、セットした料理アイテムを誰でも1回だけ利用できるオブジェクトを一定時間マップに配置できるスキルだ。
空腹度の回復だけでなく料理アイテムに付属するバフも追加されるので、うまく使えるプレイヤーがギルドメンバーにいるとかなり重宝される。
ちなみに設置したフードバイキングで設置したテーブルの上の料理はセットしたアイテムに影響するので、たまにゲテモノ料理ばかりを乗せたものを出すプレイヤーもいる。
「さてと、今日はもうやめておかないと、スクショを上げる時間がないな」
撮影したスクリーンショットは今回のためだけにアカウントを作ったブログやSNSにアップロードしている。
そこには、単純にオレが大量に画像を上げ過ぎたせいか、苦情のコメントがいくつか付いてしまっていたが、逆にオレを擁護してくれるコメントもいた。
ただし、当人であるオレを差し置いて批難派と擁護派が言い争っていて、オレは完全に蚊帳の外になっている。
とはいえ、正直言ってそんなのに構っていられるほどオレの心には余裕はなかった。
なにせ、オレ達の<ファンタジーテールオンライン>はあと3週間で終わってしまうのだから――
* * * *
オレの焦りや虚しさとは関係なく、あっという間に時間は流れ、ついにサービス終了まで1時間を切ってしまった。
「結局、あの日から誰もログインしてこなかったなぁ……」
あのUVUイベントから今日まで、ギルド用のチャットログはオレ以外誰も発言しておらず、ギルド用の通話ツールからも全く声は聞こえない。
チャットログに書かれているのは、ひたすらオレがギルドの共有コンテンツやギルドマスター権限を使用した事についてだけだ。
「いつも見ても、この謁見の間は綺麗だな……」
オレはおもちゃ箱の中にある謁見の間に来ていた。
辺り一面の花園が玉座へと続く一本道を美しく彩り、壁や天井は温室のようにガラス張りになっているため、空から降り注ぐ太陽の光が玉座の飾りを照らして一層輝きを増している。
まさに「空の花園」だ。
ギルドの創設者である<俺が嫁>さんは青空と花が大好きで、彼女のプライベートエリアではどの場所にも花が飾られていた。
空中戦艦が実装されたとき、<俺が嫁>さんは「これこそ私が求めていたものだ!」と言って、かなりの金額を課金して、長い時間をかけてこの謁見の間を完成させたのは今でも忘れない。
ちなみにこの謁見室がどれほどまでに驚くべきものなのかというと、玉座も一本道の絨毯も壁や天井のガラスも、期間限定の課金ガチャでしか手に入れられないうえに、それぞれ発売された時期がバラバラなのに加え、出る確率がとても低い超レアアイテムのため、どれもプレイヤー間取引でさえ滅多に見かけられず、メンバー以外の招待されたプレイヤーは口裏でも合わせてるかのように第一声が「なんだこれ!?」と言うほどの代物だ。
「そういえば前々から撮ろうとしていて、まだ撮っていなかったスクショがあったな」
それはギルドメンバー全員で作り育て上げるという、ギルドの旗とも言える武器である<精霊超兵器>を装備して、玉座に鎮座する新ギルドマスターであるアリスホイップの姿だ。
しかし実際にやってみると、にっこりと微笑みながら自分の身の丈の何倍も大きい武器を持つアンバランスさが結構な恐怖を感じさせた。
元々バグを利用した身長が低いキャラなので、だいたいの武器は大きくなりがちになってしまうのだが、精霊超兵器はどの武器よりもかなり大きめかつ、派手な装飾がなされているため、より一層そう見せてくるのだ。
「う~ん……。たしかにギルドマスターとしての威厳はあるけど、なんかカワイくないなぁ……」
この精霊超兵器は、決して短くはないとても長い日々を共に過ごしたギルドメンバーとの思い出の品であるのに加え、ギルドを象徴する大事な物だったので、安易に触れる気になれず、結局今の瞬間まで持ったことがなかった。
「そういえばこの武器の説明文、久しぶりに見たなぁ」
その中に、気になる1つ文章が加わっていた。
「……んっ? 『精霊の力により柔軟に変形する機構を持つ。全てのステータス値が最大になったため、全てのジャンルのスキルを使いこなせるようになった。』だって!?」
実際に色々とスキルを準備してみると、スキルに合わせて武器も変形する専用モーションが次々と披露されていった。
「ああ~! こんな機能があるんだったら、もっと早く触っておくんだった!!」
<精霊>というジャンルの装備は作るのが簡単な代わりに、採取ポイントやモンスター等から出る<素材>を食べさせて<育てる>という要素がある。
これがなかなか育ちづらく、非常に時間がかかるため、それならば普通の武器の方が効率が良いとなってしまううえに、通常の精霊装備はどの部位であろうと1つしか装備できないため、実装当初は「素材のゴミ箱」と呼ばれてしまっていた。
しかし、<精霊実体化>が実装されるのを境に状況は一変する。
<精霊実体化>は装備していない精霊装備を人型NPCにするコンテンツで、ステータスも今まで育てていたものが反映されるうえに、装備や容姿、プロフィールなども自分でカスタマイズできるのだ。
それまでプレイヤーは動物系のNPCしか保有できなかったうえに、精霊装備が手軽に量産することが出来たため、あっという間に精霊装備の育成ブームが巻き起こったのは言うまでもない。
実際、うちのギルドにも精霊装備に力を入れまくったせいで自分の装備が疎かになっているのが何人か所属している。
ちなみに精霊装備は通常の味方NPCとは経験値の仕様が異なるため、実体化した精霊が普通に敵を倒してもレベルが上がることがない。
「そういえば、コイツの精霊実体化ってどんな姿なんだろ?」
オレは精霊超兵器を装備スロットから外し、興味本位で実体化させてみることにした。
キュオーン――
穏やかな光と共に現れたのは、胸ポケットに赤い薔薇を飾ってある黒にほんの少し赤を混ぜたような色のタキシードを着た紳士的な印象のある赤髪の青年だった。
アリスホイップがロリータファッションため、お嬢様に付き従う執事のようにも見える。
「これはこれで絵になるなぁ~。じゃあ、プロフィールは何が書かれてるんだろ?」
精霊装備のプロフィールは前の所有者が書いたプロフィールが維持される。
そのため、他のプレイヤーにプレゼントした時にうっかりプロフィールの文章を消し忘れ、恥ずかしい黒歴史を他人に知られることが珍しくない。
「では、<俺が嫁>さんが残したこの精霊超兵器のプロフィールは書き残してあるか、はたまた消して白紙か、いざ開示! ……あっ」
その冒頭に書かれていたのは、残ったギルドメンバー達に当てた文章だった。
『親愛なるギルドメンバーの諸君へ
今まで凛と咲いていた私の胸にあるこのゲームを愛する花は、ついに散ってしまった。
しかし、仲間への思い出までも枯らせる気は私にはない。
だから、今もなおその胸に愛の花を咲かせているギルドメンバーたちのために、私は今までにかき集めた私が所有する素材の全てを、これに注ぐことにした。
私はもうこの世界へ戻ってくることはないだろうけど、みんなで作ったこの武器を見るたびに、どうか私と共に過ごした日々を思い出してくれることをここに願う。
俺が嫁より』
その後には、前々から書かれていたであろうプロフィールの文章があったのだが、正直に言って見ている余裕はなかった。
現実世界のオレが泣いているのだ。
それを捉えたモニターのカメラがアリスホイップにも表情を反映させる。
現実のオレも、ゲームのオレも、泣いているのだ。
この精霊超兵器は、俺が嫁さんの今までの頑張りを捧げることで最後の最後でようやく完成させたものなのだ。
それを知って泣かないわけがない。
しかし、みんなが楽しく過ごした思い出がたくさん貯まったゲームも、もうすぐ終わる。
「ああ、そうだ。 最後の瞬間は自分の部屋で寝よう……」
オレは衝動買いして数回使っただけで放置してしまった埃の被ったVRゴーグルを装着し、アリスホイップをおもちゃ箱にあるプライベートエリアへ移動させた。
かなり質の良いヘッドホンが付属しているため、戦艦の中の環境音も合わさって普段見慣れたはずの光景がとても新鮮に感じ取れる。
ちなみになぜVRゴーグルを数回しか使わなかったのかというと、このゲームは一人称視点でもプレイできるのだが、動きの激しい三人称視点を基本に作られていたために、VRとの相性が最悪ですぐに酔ってしまったからだ。
「……ははっ、我ながら女々しい趣味の部屋だな」
そのエリアは、可愛く描かれた動物の絨毯に、おしゃれな模様の壁紙、たくさんの柔らかそうな大きなぬいぐるみ、他にもドレッサーやカーテン付きのベッドなどが置かれた、ロリータファッションのアリスホイップにとても似合う<カワイイ>が凝縮された部屋だった。
「この部屋は、新しい衣装や家具が手に入るたびに何度も撮り直したっけなぁ~」
思い出に浸るも、刻々とサービス終了の時間は迫ってきている。
オレは急いでアリスホイップをベッドに寝かし、オレ自身も寝る体勢になった。
「おやすみ、ファンタジーテールオンライン……」
時間も時間だったので、オレもそのまま眠りについた。
* * * *
気温の上昇と部屋の明るさを感じ取り、オレはすぐに体を起こす。
「やっべ、寝坊したか!?」
夜更かししたせいか、声の調子がおかしい。
なんというかその……高いのだ。
「ん~っ、風邪の引きはじめか?」
目が冴えてくると、見慣れたようで見慣れない部屋が見えてくる。
そう、アリスホイップのプライベートエリアだ。
「……ああそうか、VRゴーグル付けっぱなしで寝てたんだった」
――むにっ
あれ、おかしい……ゴーグルが手に当たらない。
代わりに、瑞々しく柔らいような、なんとも慣れない感触が掌に伝わる。
「と、とりあえずベッドから降り……おわっ!?」
なんだろう、ベッドから落ちたはずなのにすごく高い位置から落ちた気がする。
「か……鏡はどこに……?」
まだ寝ぼけているせいか、VRゴーグルをかけた状態であるはずなのに、オレはその場で鏡を探し始めてしまう。
おぼつかない足でようやく見つけたドレッサーの鏡に映るのは、もちろんアリスホイップ。
「そりゃそうだよな、VRゴーグル付けたままだったらアリスホイップが映るに決まって……ん?」
……おかしい。
いま鏡に映ったアリスホイップの口が動いた。
<ファンタジーテールオンライン>は、モニターに付いたカメラを介して読み取ったプレイヤーの表情に合わせて設定した表情に切り替える機能はあるが、口パクの機能はない。
いや、頑張ればできるが、それは手動で表情パターンを切り替えることで再現しているだけで、カメラはそこまで読み取らないし、口パクを再現したと言っても開いた口と閉じた口の2パターンを繰り返し表示させるだけで、ここまで滑らかに動かない。
――むにゅむにゅ
オレは恐る恐る、震えた手で自分の顔を触ったり引っ張ったりみると、鏡に映るアリスホイップの顔もつられて動いた。
そしてどんどんアリスホイップの表情が真っ青な驚きの表情に変わっていく。
「ひょっとしてオレ……アリスホイップになっちまったッ!?」