もう1人のアリスホイップ
今回、お嬢様の出番はありませんヽ(*`゜∀゜´)乂(´゜∀゜`*)ノ<ただし、幼女の出番がないとは言ってない
アリスホイップが突然の苦しみに倒れる少し前――
オルガ率いる聖騎士の亜人討伐部隊がニアフォレスト村を襲撃し始めた直後の出来事である。
「皆さん、起きてくださいッ!」
「聖騎士達の襲撃ですッ!!」
カーネル大佐とアロンダイトの呼びかけに、一足早く気づいたマリアとエムエスとフェイルの3人が起きてテントの外に出ると、いくつかの建物には火が放たれ、聖騎士が老若男女問わず虐殺の限りを尽す光景が広がっていた。
「これは!?」
「ひっ…酷い……っ!」
「まさに地獄絵図やな……」
メイドインセヴン達が目の前に広がる戦火に驚いて呆然とする中、アロンダイトがどこかへ行こうとし、カーネル大佐が彼を止めようとする。
「待てアロンダイト、どこへ行く!?」
「……聖騎士を討伐しに行くだけです」
「村の人達を助けるためか? ならば私もついて行くぞっ!」
「うちは見晴らしのいい所からサポートさせてもらうで」
「……ご勝手に」
カーネル大佐とフェイルがアロンダイトに「お前だけには言われたくはない」と言い放ち、3人は村の人達を助けるために飛び出した。
残されたエムエスが慌てながら、同じく残っていたマリアに何をすれば良いのかを伺った。
「あ…あの、マリアさん私達はどうすれば……!?」
「……待てエムエス、ジェネラル将軍と影忍者に連絡を取る」
あることに気付いたマリアはエムエスを制止させ、ジェネラル将軍に強い口調で<テレパシー>を飛ばした。
(ジェネラル将軍、アナタの遠距離攻撃部隊は何をしているのですかッ!?)
(むっ、こんなに夜遅くいったいどうしたのかねマリアくん?)
(どうもこうもありません、聖騎士の襲撃ですッ! なのにアナタの部隊が来てないのですよッ!!)
(な…なんだとっ!? いっ…いま確認を取る……!)
しばらくの沈黙が続き、マリアは自分の爪をかじりながらジェネラル将軍の返事を待つ。
(済まないマリアくん。こちらのシフト調整のミスでこの時間帯に空きができてしまっていたようだ。現在、カンナくんに私の部隊を含めた全部隊に緊急の出撃命令を出してもらっている。今しばらく持ちこたえてくれッ!)
(そう…ですか。わかりました……!)
マリアはジェネラル将軍のミスに苛立ちながら、アリスホイップについているはずの影忍者に<テレパシー>を飛ばす。
(影忍者の皆さん、今どちらにいらっしゃるのですかッ!?)
(もっ、申し訳ござりませぬ! 頭領ら皆の衆が村の方々と話している間、偵察と思われる怪しい者を発見したため、追跡に向かっておりましたっ!)
(……で、その不審者は見つかったのですか?)
(いえ、それがまだ……むっ!?)
(どうしましたか?)
(聖騎士の隊列を発見! どうやら村に兵を送り込んで攻め込む様子! 今すぐ非難を!!)
(ヤツらなら既に来ていますッ!!)
(な、なんと……っ!)
(そちらで聖騎士の隊列をどうにかする事はできますか?)
(む…無理です、この数は我々の装備では対処しきれませぬっ! なのでギルド基地から――)
(……わかりました。ではこちらに戻ってきてください…今すぐにッ!!)
(ぎょ…御意ッ!!)
「はぁ~……ッ!」
マリアの怒りと呆れの混じった大きなタメ息をついたのを見たエムエスは、大慌てで何があったのか尋ねる。
「マ、マ、マママリアさん、えっと…そのっ! ジェネラル将軍や影忍者の皆さんと何を話されていたのですか!?」
「空を見てみろエムエス、ジェネラル将軍の遠距離攻撃部隊が来ていない。それに影忍者の動きが全くない」
「そ…そういえば……そう…ですね…………」
「将軍曰く、遠距離攻撃部隊はシフト調整のミスで早急には来れず、影忍者達は見つけた不審者の追跡をしていたらしく、こちらもすぐ応援には来れないそうだ」
「えっ…ええっ……えええええええっ!?」
「お前の叫びたい気持ちは良くわかる。まったくヤツらめ、おおかた砦の聖騎士の能力の低さを見て気が緩んでいたのだろう」
「な…なるほど……」
マリアの見解に納得し、うなずくエムエス。
彼女の言う通り、砦の一件で空の花園のギルド基地にいる者達は聖皇国からこちらに手を出すことはないだろうと油断してしまっていた。
しかし、今回のミスにはもっと根本的な原因があった。
遠距離攻撃部隊については、部隊を運用し始めてからまだ1日も経っておらず、そもそもNPCが主導で部隊編成したこと自体が空の花園では初めての試みだったうえに、確認作業の時間があまり取れず、今でもトライ&エラーの繰り返しのほぼぶっつけ本番状態のずさんな管理体制だったが故に発生したものである。
影忍者についても、アリスホイップ達に同行していたのがほんの3名しかおらず、追跡対象も彼らから逃げきろうと必死になって複雑に移動をし続けた結果、影忍者は対象を見失ってしまい、3名全員がバラバラになって捜索をせざるを得なくなったのである。
さらに空の花園の全員に共通して、相手も全員が<テレパシー>が使えるだろうという先入観があり、相手の連絡網のレベルまでは理解が及んでいなかった。
その実、聖皇国で<テレパシー>を使える者はごく限られた者しかおらず、その性質上一方的な会話しかできず、そのうえハイザの部隊には<テレパシー>を使える者がおらず、さらにハイザ達がいた砦は国境ギリギリの辺境にあり、法皇であるザクゲルグがいる首都にたどり着くのに聖騎士の<早馬>を使っても休憩を含めて3日、夜通し走り続けても1日以上はかかってしまうのだ。
こういった数々のミスが偶然にも聖騎士の襲撃を始めた時間と重なってしまい、最悪の事態に発展してしまったのである。
* * * *
同刻、空の花園のギルド基地にて――
ウウウウウウウウウウウウウウンッ!!
「全員起きろォー!」
「出撃だ! 出撃ィー!!」
「準備ができた者から出発するんだァー!」
「人材選びとかしてる場合じゃねェ! さっさと行くぞォー!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
サイレンと共にNPC達のけたたましい声がギルド基地全体に響き渡る。
真夜中だという事もあって、ほとんどの人員は寝た状態だったため、準備が大慌てで行われてしまっていた。
例えば、ギルド基地外部にある<ギルド動物園>では、飛行可能かつ騎乗しながらの戦闘ができる動物NPCの取り合いが巻き起こっている。
「クッソ、もう騎乗戦闘ができる動物がいねえのかよ!?」
「おいそこのヤツ、手が空いてるならこっち手伝ってくれ!」
「なんだコレ?」
「調査部隊について行った影忍者のヤツらからの指示なんだ。とにかくこの結晶を錬金砲に詰めてくれ! 発射はこっちでやるから勝手に撃つなよ!?」
「わっ、わかった!」
出撃し損ねたNPC達が大量に並べて固定された<錬金砲>に正体不明の結晶を詰め込み、<ゴーレム錬成>のスキルランクが高いNPCが発射すると、黒い鉄の球体のような物に姿を変えて地上へと落ちていった。
かつてのギルドのプレイヤーたちが残したギガントゴーレムを管理しているギルドガレージも、出撃用のカタパルトデッキの準備が間に合わず、本来の手順を無理やり省略して出撃が行われている。
「第12から第27までのカタパルトデッキ準備完了です!」
「いいぞ、すぐにスクランブル発進だ!!」
「で、ですが作業員の退避が……」
「ほい、ポチっとな!!」
「あ゛ーっ!?」
バシュンッ バシュンッ バシュンッ
「「「うわああああっ!」」」
ぱしっ どさっ がしっ どしっ
ギガントゴーレムの出撃にカタパルトデッキの作業員が巻き込まれるが、外にいた騎乗戦闘は不可能だが騎乗しながらの飛行自体は可能な動物NPC達が受け止める。
さすがにギルドドックにある空中戦艦<おもちゃ箱>は、ジェネラル将軍が直接指揮を執っているだけあって、本来の手順通りに準備が行われていた。
「始動の再確認を急げッ!」
「全システムオールグリーン、メインマジカルコア始動!!」
「ハッチ開放はまだかーッ!?」
「ドックのハッチ開放を確認しましたッ!」
「よぉーし、<おもちゃ箱>発艦せよ!!」
「おもちゃ箱発艦!!」
ゴゴゴゴ……ギュオオオオオオオオッ!!
凄まじい轟音と共に空中戦艦<おもちゃ箱>が飛び立つ。
気が付けば、月と星が静かに照らしていたギルド基地の空を、圧倒的なテクノロジーの光で埋め尽くしていた。
* * * *
「エムエス、私達はお嬢様の身の安全を確保するぞ!」
「は…はいっ!」
マリアとエムエスがアリスホイップ達がいるテントへ戻ると、青白い光を放ちながら倒れているアリスホイップをリューナが目に涙を浮かべながら必死に看護していた。
「リュ…リューナさん、いったいどうしたのですかっ!?」
「そ…それが、お嬢様が急に苦しみだしてっ……! 返事もなくてっ……!」
「ちょっと見せてみろっ!」
マリアはパニックになっているリューナからアリスホイップを取り上げて様子を見ると、この症状に見覚えがあることに気付く。
「これはまさか……<超新星>のときの!?」
――<超新星>。
メインストーリークエスト全体を通しての終盤に手に入る<ファンタジーテールオンライン>では最強クラスに位置付けられているスキルジャンルである。
このジャンルの最初の取得クエストである<過去を受け入れて糧にせよ>のクリア難易度が異常なまでに高く、過去のエピソードのラスボスをそれぞれ当時の性能差を再現された状態で倒すという、いわゆる公式縛りプレイをハードモードでボスラッシュ形式のクエストなのだが、敵の中には本来はイベントシーンとして処理されていた部分も実際にプレイして戦うことになるので、必然的にかなりの長期戦になるうえに、1回でも死ぬと最初のボスからやり直しのため、取得するにはかなり根気がいる。
しかし、その努力に見合うだけの性能をこのスキルジャンルは備えており、使いこなせれば公式チートと言われるほどである。
「まっ…まさか!? だって、お嬢様は既に試練を乗り越えていて……! スキルも全て……完全に使いこなせているじゃないですかっ!?」
「……そうだな」
リューナの言うことは正しかったが、彼女はアリスホイップの秘密を知らない。
そう、アリスホイップがマリアに話した、彼女の中身がプレイヤーだという秘密をリューナ達は知らない。
アリスホイップとの秘密はマリアにとって大切な絆のような物でもあるのだが、もし他のNPCにバレてしまえば大混乱を引き起こしてしまう爆弾でもあるのだ。
もし、唯一残ってくれた主人の中身が別人だったら……。
その事実によって引き起こされる混乱を容易に想像できたマリアは、急いでリューナ達を遠ざけようとする。
「私はお嬢様の看病をする。お前達はテントでまだ寝ているディーヴァ達を叩き起こして、村の方達の救助に向かえ!」
「は…はいっ!」
「わ…わかりました……!」
リューナとエムエスがマリアの命令に従って行動を始め、彼女の元から離れていった。
誰も見ていないのを確認したマリアは、アリスホイップに語り掛ける。
「……お嬢様の意識がハッキリしていないのなら、出て来られるはずよね。アナザーホイップ?」
マリアがアリスホイップを別の名前で呼ぶと、アリスホイップの左目が空色から輝く黄金に染まってゆく。
「……よぉ、奥さん。久しぶりだなぁ」
「お嬢様の声でその呼び方はやめろ」
「おいおい、そう連れねーこと言うなよ。長い付き合いだろぉ~?」
先ほどまで苦しんでいたアリスホイップの様子が突然変わり、普段以上に粗っぽい言葉使いでマリアに話しかけた。
これは<超新星>と同じく、あるメインストーリークエストをクリアすることで手に入る<暗黒>というスキルジャンルの源である<暗黒物質族>が作り出した感情を侵食する精神汚染兵器<ソウルイーター>に備わっていた人格だ。
ソウルイーターを取り込んだ最初こそは<暗黒>スキルを使うたびに「お前は罪もないヤツさえも殺すのが大好きみたいだな?」や「お前はいいよな、生き残れた側でよ」など、プレイヤーに精神攻撃を与えるようなメッセージを垂れ流すだけだったが、スキルのランクやメインストーリークエストを進めていくうちにセリフに変化が起こり、最終的にはプレイヤーの事を<相棒>と呼び、ソウルイーターに名前が付けられるようになる。
ちなみにアリスホイップに入っているソウルイーターの名前は<アナザーホイップ>。つまりはもう一人の自分ということだ。
「そんなことより、今のお嬢様はいったいどうなっているのか説明しろ」
「風呂場で相棒がアンタに言ってただろう、オッサンが入り込んじまったってさ」
「こっちはもっと正確な情報が欲しいんだ」
マリアに煽られたアナザーは「へいへい」と、ふて腐れるように横に転がりながら自身の肘を枕にして説明を始める。
「相棒は今、人間1人分の人生の記憶情報がまるごとブチ込まれてる状態だ」
「記憶を…詰め込まれた……? 別の人格が入っているのではなく?」
アナザーから答えを聞くたびに、マリアの声の震えが増してゆく。
「おう、オレ様達とは全然ワケが違うぜェ~。あれはギルド基地ごとこの世界に来ちまった日だったかなぁ……? 突然この身体めがけて記憶情報がドバーッて流れ込んだわけよ。それにクリティカルヒットしちまったのが相棒の人格」
「つ…つまり、どういうことだ?」
「今の相棒は確かに相棒だけども、相棒の人格が相棒自身を本人だと認められず、自身を別人だと思い込んでる。つまるところ、魂自体はそのままっつーわけだな」
「……それはっ…本当の事なのか?」
「おうとも」
「お嬢様の中身は…別人で…は……ないっ……んだ………なっ?」
「……なんだい奥さん、泣いてんのか?」
バシンッ!
とつぜんマリアがアリスホイップの頭を平手打ちした。
いきなりの事に面食らったアナザーは、思わず立ち上がって抗議する。
「いきなり何しやがんだよ、痛ってぇーじゃねーかッ!」
「私の心はそれ以上に傷ついていたんだよっ!」
「心……か。まさしく相棒が抱えてる最大の問題だなぁ~」
「どうしたんだ?」
アナザーは「う~ん……」とうめき声を上げながら再び横になり、今度は両腕を枕にする。
「さっきも言ったように、今の相棒は自身を別人だと認識していて、こっちを夢か幻の世界だと思い込んじまってる」
「だったら間違いを正せばいいだけだろう?」
真顔で答えるマリアに対して、アナザーの表情が歪んだ。
「あのさ~、簡単に言ってくれんなよぉ。例えばさ、『お前がそれまで現実だと思いこんで苦労して生きてた人生は、実は全く意味がない夢でした~』なんて言われたら、奥さんならどう思うよ?」
「……今ある現実も無意味なものだと思ってしまうと?」
「そうなりゃ、他のスターゲイザー達みたいに、相棒も姿を消しちまうだろうなぁ~」
「つまりは現状維持する他ないわけ……か」
「そゆこと」
マリアは秘密が解消されるどころかさらに秘密が増えてしまった事に気づき、虚ろな目でため息をつく。
「ちなみに相棒はまだ起きそうにないぜぇ~?」
「……なんだと?」
アナザーが不気味な微笑みをマリアに向けると、彼女の顔が強張った。
「あの時のように、後悔の記憶をまた経験してて、ようやく半分登り終えたってところで、まだまだ時間がかかりそうなんだよなぁ~」
「くっ、<超新星>は強力なスキルではあるが、こんな時に……ッ!」
そう、こうしている今も刻々と聖騎士達は村に炎と死を振りまいている。
アナザーホイップはそんな光景を見て、味方の少なさに疑問を感じた。
「ところで、こんなに大騒ぎになってんのに、他の連中はいったい何してんだ?」
「遠距離攻撃部隊はシフト調整のミスで、先ほどまでこちらの事態に気づかず、今ごろになって出撃準備中。影忍者も不審者を見つけたとかで、私達に何の連絡もせずに別行動をしていた」
「あははっ! やっぱりそうなったかぁ~!」
「……まるで最初からわかってたかのような言い方だな?」
当然のように嘲笑うアナザーに、マリアが険しい表情で問い詰める。
「近いうちにデッケェ失敗をやらかすとは思ってたが、まさか次の朝を迎える前に失敗するとは、さすがのオレ様も予想外だったぜぇ?」
「なんだと……!?」
「おう、怖い怖い」
怒りの声を漏らすマリアに、アナザーはわざとらしく怯える仕草をする。
「そもそもの話、ジェネラルやガングニールが軍隊やら騎士団やら名乗ってはいるが、本物の軍人や騎士の経験はない。あくまでもスターゲイザー共にそれっぽく知識を与えられて育てられただけのハリボテだ」
「我々はそれに見合うだけの戦闘能力は持っていると思うが?」
「あのなぁ~……剣さえ持ってれば騎士か? 銃さえ持ってれば軍人か?」
「それはつまり、我らメイドインセヴンもメイド服を着てるだけでメイドではないと?」
「その通りだ、お前らもメイドのまねごとをしてるだけのただの装備だ」
「……ハッキリ言ってくれる」
「腐ってもソウルイーターだからな」
マリア自身も薄々思っていたが見ないフリをしていた事をアナザーに言われて彼女は苦笑を漏らす。
このような図星を指して心の隙を作ろうとする言動は、ソウルイーターの常套手段ではあるが、今回の彼はあくまでもアドバイスのためにその特技を活用しているに過ぎなかった。
「これでも結構オブラートに包んでるつもりなんだぜ?」
「なら、回りくどく話さず、さっさと本題を言え」
「要するにお前らは本来、軍隊や騎士団で学ぶはずの教育課程を持ち合わせてない。その穴をばかぢからで無理やり埋め合わせてるだけに過ぎないってこった」
「埋められてるなら問題ないだろう?」
「ただ埋めただけの穴はな、踏めば沈むんだぜ? 周りを見てみろ、今まさに起こってる現象そのものだ」
そう言ってアナザーが親指でクイッとさした方向には、リューナ達が懸命に村人達を救助している姿があった。
しかしそれは、何度も現れる聖騎士の増援によって、村人達は助けられてはまた襲われるという、いたちごっこの無様な姿でもある。
自分達だけで出来ることの限界を身をもって思い知らされたマリアは、両手を強く握り、歯を食いしばるようにアナザーに答えを求めた。
「……ならば、我々はどうすれば良かったのだ? あのまま空の花園に閉じこもっていれば良かったのか?」
「その必要はねーよ、これから成長すればいいのさ。『最初は誰もが初心者、失敗なんていくらでも起こる』んだぜ?」
「そ…それは、先代ギルドマスターの<俺が嫁>様が良く口にしていた……っ!」
「おう、請け売りの付け焼刃だ。つまりはオレ様も同じってこった。だからよ、お互い成長し合おうぜ?」
「……ああっ!」
先ほどまで暗かったマリアの表情が徐々に明るくなると、アナザーがお茶目な口調で彼女に提案をする。
「そんじゃあオレ様もランクアップもかねて、相棒だったらどうするか考えながら、相棒のフリしてアイツらに指示を出してみっか」
「……えっと、いつも中にいたお前が一番お嬢様の事を理解しているのはわかるが、お嬢様のフリなんて本当にできるのか? ……本当に?」
普段から謎の言動が多いアナザーのとつぜんの提案にマリアは不安を隠せず、何度も確認するように疑問の言葉を投げかけた。
「うっわぁ~、オレ様ってば信用されてないなぁ。そんな態度されちゃうと、アリスちゃんのピュアなハートにキュンキュンって傷がついちゃうぞ~☆」
バシィーンッ!
アナザーがアリスホイップの身体であまりにもわざとらしいあざといポーズをマリアに見せつけると、彼女の本気の平手打ちが高速でアリスホイップの頭に当たって身体ごと三回転した。
「お嬢様の身体で遊ぶなーッ!!」
「二度もぶちやがったよ、このアマ……!」
「これ以上無駄口を叩いてるヒマはないッ! できるならさっさとやれッ!!」
「へ…へいっ!」
マリアの鬼軍曹染みた覇気のある声に驚いたアナザーは横になったまま背筋を伸ばし、咳ばらいを一つして<テレパシー>を調査部隊用の周波数で発信する。
(あ~、お前ら聞こえてるか~?)
(聞こえてるよナー)
(聞こえてるよネー)
(おお、ニコラスとホイップ、良い返事だ)
(さ…さっきまで彼女達は寝てましたから……)
(エムエス、余計なこと言わないでほしいのだーっ!)
(そら体調管理できとらん証拠やで……ディーヴァ)
(ははっ、フェイル殿の切り替えの良さは本官も見習いたいものですっ!)
(……カーネル大佐、口よりも手を動かしてください)
(おっとスマン、アロンダイト殿!)
(それよりもお嬢様、お体の方はもう大丈夫なんですかっ!?)
(ああリューナ、それなら全然大丈夫じゃない。身体がまだ思い通りに動かん)
(((ええっ!?)))
(だからこそ、今はお前らに頼るしかできないオレの頼みを聞いてほしいんだ)
(((……はい!)))
アナザーは誰にも不審がられなかったことに安堵して「ふぅ~…」と一息ついて額から流れた汗を手で拭うと、横からマリアが微笑みながらアナザーに話しかける。
「ふふっ、良く回る舌だ」
「オレ様の数少ない取り柄だからな。それよりも奥さん、そっちも口裏合わせてくれよぉ~?」
「お前さんこそ、ボロを出さないように気をつけろよ?」
「へっ、良く回る舌だぜ」
お互い信頼し合うかのように笑顔を交わし、アナザーはそれぞれに役割を与え始める。
(リューナとエムエスはそのまま聖騎士を討伐しつつ、村人をオレがいるキャンプ地まで誘導してくれ。死体も含めて全部だ)
(は…はいっ!)
(わかりましたっ!)
リューナとエムエスは範囲攻撃の多い<魔法>と<鞭>のスキルが使える。
特にリューナは強力な魔法で発生する戦場レベルを駆使して相手の足止めができ、エムエスは<気付けの鞭>や<拍車の鞭>で村人の防御力や移動速度を上げることができるので、この2人にはぴったりの役割なのである。
(マリアは到着した村人を守りつつ、ある程度余裕を持たせながらエゴスで村人の蘇生だ)
(承りました)
マリアの<エゴス:復帰>のランクなら、一度に複数の対象に効果が及ぶ。
しかし、マリアが連続で使用できるのは9回までのうえ、エゴスの回数を1つ回復するに約10分かかるため、節約しながらの使用が求められる。
そのため、リューナとエムエスがいかに迅速かつ、まとまった数の村人たちを救助できるかが焦点となる。
(ディーヴァは人形を主体にマリアの周囲をサポートしてくれ)
(お任せなのだー!)
ディーヴァの持っている<シラー・クレイジーメイデン・エレキギター>で操れる人形の数は大型なら4体、小型なら12体まで可能なうえ、音楽スキルによる<応援歌>や<安らぎの歌>といった仲間の防御力を上げたり、SPやMPの回復速度を上げたりできるバフを与えることができるので、とても優秀なタンク役として活躍できる。
さらにディーヴァには<エゴス:破壊>という、攻撃を受けた相手が発動したスキルやバフを強制的に無効化させるエゴスも使えるので、長距離からの強力な攻撃が飛んできても簡単に沈むことはない。
しかしディーヴァはエゴスを6回までしか使用できないので、マリアよりも多用ができない欠点がある。
(フェイルはマリアとディーヴァの死角を補うように立ち回って欲しい)
(要は遊撃やな、わかったでお嬢様……)
フェイルの持つ<カラー・ストラトスメイデン・ロングボウ>は、超長距離からの攻撃を可能にする<オゾンの弦>という弓専用のレア素材が使われており、彼女の<エゴス:転移>と組み合わせる事によって、どの角度からも相手を狙える透明なスナイパーと化す。
さらに<エゴス:転移>は他のエゴスよりも回復する時間が半分の5分という短さに加え、エゴスの使用回数も2倍なので、フェイルならば連続で12回まで使用できる。
まさに遊撃にうってつけなのだ。
(ニコラス、フラメル、お前たちは<錬金砲>を装備して<防護壁>で高い壁を作ってこれ以上の敵の侵入を阻止するんだ)
(フラメル、おやすい御用だよナー?)
(ニコラス、がんばろうネー!)
<錬金銃>と<錬金砲>の違いの1つに、錬成されたNPCや物体の大きさが変化するというものがあり、それは錬金術スキルの<防護壁>も例外ではなく、錬金銃だと大の大人をまるまる隠すくらいの高さにしかならないのに対し、錬金砲ならギガントゴーレム1体分の高さまで伸びる。
それほど高い壁で村をまるごと囲ってしまえば、聖騎士によるこれ以上の侵攻は当分防げるというのがアナザーの目論見だ。
もっとも、錬金砲には準備時間が錬金銃よりも長いという弱点があるので、それまで持ちこたえられるかどうかという問題がある。
(ところで、カーネル大佐とアロンダイトの武器とエゴスは何だ?)
(はっ! 武器はエレメントサーベル、エゴスは<防護>であります!)
(素早い<片手剣>ジャンルにごり押し用のエゴスか……じゃあディーヴァのサポートに回ってくれ)
(了解でありますっ!)
<エゴス:防護>はどのような種類の攻撃も威力をランク依存で50~90%の割合でカットし、6ランク以降からはのけぞり時間が発生しなくなり、Aランク以降は強力な攻撃を受けてもダウン状態にならないのに加え、カーネル大佐の持つ<エレメントサーベル>は、重さの数値が他の片手剣ジャンルの装備と比べて圧倒的に低く、攻撃速度がとても速いので、まさにごり押しするためだけに作られたような組み合わせと言えるだろう。
ならば、防衛の要であるディーヴァと同じポジションでその特性を活かすのが一番だろうとアナザーは考えたのだ。
ちなみにエレメントサーベルは、設定こそは魔法と錬金術の技術を合わせて作られた物とされているが、見た目はまんまSF作品に出てくるビームサーベルである。
(それで、結局アロンダイトの方は何だっけ?)
(……武器は大剣、エゴスは<反転>でDランクです)
(大剣に反転って……こりゃまた使い勝手が難しいなぁ)
(……申し訳ございません)
<エゴス:反転>は対象の受けているバフとデバフの効果を逆転させるという、非常に使うタイミングが難しいものだ。
一応、6ランク以降からは効果がバフかデバフだけを逆転させられるようになるので、エゴス自体には問題はない。肝心なのは、武器が<大剣>だということだ。
<大剣>が使えるスキルの中で、攻撃力と攻撃速度が上がる<レイジオーラ>や次に使用するスキルの準備時間を無くす<スタンドフォーム>といったバフは自身にしか使えず、一定時間受けるダメージが増える<アンガーインパクト>や一定時間HPが徐々に減ってゆく<ブラッドスカー>といったデバフは相手にしか与えられない。つまりは相性最悪の組み合わせなのである。
しかし、現状では必要なエゴスであった。
(ジャンヌさんがお前にそうあれと望んだ事なんだから気にすんな。それよりマリアの手伝いをしてくれ。デバフってる村人がいたら片っ端からエゴスを使いまくってやるんだ)
(……任務了解です)
そう、傷ついた村人の中には<ブラッドスカー>と同じ効果のある出血状態の者や、<アンガーインパクト>と同じ効果がある恐怖で怯えている者がいるのだ。
さらに言えば、彼はガングニール率いる防衛部隊より派遣された者であり、マリアとの相性も良いとアナザーは見込んでその役目を与えたのである。
「さて、あとはお前だけだぜ……相棒」
一通り指示を出し終えたアナザーは、テントの前に避難してきた村人達に混ざって横になり、空の花園からの援軍を待ちながら様子をうかがうことにした。
ふとアナザーが夜空を見上げると、たくさんの流れ星のような光の筋が彼女の目の前に現れる。
まるで願い事でもしろと言わんばかりに。




