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第98話 “心が見える”とは

 娘の考えてることがわからない。それ自体はどこの家庭にでも存在する普遍的な悩みだけど、程度はおよそ家族の放つ言葉ではないもの。


 そしてそれを最悪のタイミングで、愛哩は聞いてしまった。


「お父さん……お母さん……?」


 焦点が定まりきらない。虚ろな足取りからは愛哩の動揺が伺えた。


 ……こんな愛哩は、見たことがない。


「ち、違うの愛哩……! 今のはそういうことじゃなくてね……」


 愛哩のお母さんは何とか繕おうとする。


 だけどそんなの、俺達の前では。


(ど、どうしよう……こんなことを聞かれちゃったら、愛哩が……)


 一言一句筒抜けになった思考はフォローとは真逆の方向の確信を持たせていく。つまりは聞かれたくなかったことが嘘偽りのない本心。


 人様の家庭の事情ではある。俺が首を突っ込むのは間違っているかもしれない。


 だけど愛哩は恋人だ。気付けば俺は声を掛けていた。


「愛哩。今のは進学先の話の流れから出てきた言葉だよ。愛哩の思ってるような発言じゃない」

「でも、私は何者なんだって」

「それは……」


 言い淀む。この先を言うのは少しだけ躊躇われた。


 何故なら愛哩の両親は“心の読める愛哩”を恐怖しているから。


 小さく息を切った俺は、改めて愛哩と目を合わせる。


「……愛哩は、俺達はそういう人間だろ。相手から聞かなくても考えてることが全部わかってしまう」

「「……!」」


 息を飲んだのは愛哩の両親。愛哩のお父さんからはだからかと小さく声が漏れていた。


「普通の人達とは違うからさ、近い人からはよくわからない存在にも見えてしまうんだと思う」

「……そんなの、知らなかった」

「いや、でも知らないはずは……」

「お父さんとお母さん……家ではそんなところ一度も……」


 会話が成立しているようで成立していない。俺が口を閉じても愛哩はぶつぶつと何かを呟いていた。


 静かに錯乱している。そう形容するのが一番的確に思えた。


「だってそんなのおかしいよ……私は考えてることなら全部わかるのに……何で今まで知らなかったの……? ずっと一緒に居たよね……?」

「あ、愛哩。ちょっとで良い、お父さんの話を聞いてくれないか」

「お母さんからもお願い……話だけでも……」

「二人は黙ってて!!!」


 感情的に声を荒らげる。あまりの迫力に二人はたじろいだ。


 俺は口を開くことなく愛哩に目をやる。


(……何で……? 人の心がわからない子になるなって教えたのは二人とおばあちゃんなのに……。やっとわかったと思ったらこの仕打ち……?)


 愛哩が心を読めるようになったのは四歳と聞く。ちゃんと話を聞いたことはないけど、今のから察するに始まりは幼少期の出来事なんだろう。


 だからこそ、心を読むことで確立していたアイデンティティが崩された。


「……っ」


 何かを噛み締めるように、愛哩はこの場から逃げ出す。


「愛哩!」

「俺が行きます」


 思わず駆け出しそうになった愛哩の両親を止め、そう伝える。


 愛哩が逃げた理由は今は両親と一緒に居たくないからだ。まとまるものもまとまらない考えで雁字搦めになるくらいなら、誰も居ないところで整理したいということだろう。


 ……そこまで考えが及んでいるかは、首を傾げるところだけど。


 背中が見えなくなった愛哩を、俺は探しに行くのだった。




◇◇



 足を止めた先は屋上。今にも雨が降り出しそうな曇天のもと、愛哩は何をするわけでもなく文化祭の後片付けに勤しむ生徒達を眺めていた。


 愛哩は振り返る。俺の姿を見るが、視線の先に俺ではない遠くを見ていた。


「私わかんなかった」


 何が、とは言わない。強いて言うなら愛哩は全てがわからなかった。


「前に私はその人の表層しかわからない不良品だって言ったよね。だけど悟くんはそれも受け止めてくれて、私を肯定してくれた」

「そうだね」

「でもね。心のどこかでは私もこんな自分を肯定してたんだ。それは私と悟くんだけの共通点で、出会うきっかけにもなったから」


 訥々と語る愛哩。考えはまとまっている。俺は相槌で返した。


「でもお父さんとお母さんの考えてることはわからなかった。生まれた頃からずっと一緒に居るのに、日々どこかでは持つ私への違和感には全く気付かなかった」

「それは違うよ。むしろわからなかったことが二人の気遣いをわかってあげられてたんだ」

「気遣いが必要な親子って何?」


 押し黙る。思考よりも先に出た純粋な疑問に、俺は納得させられるだけの答えを持ち合わせていなかった。


 紛れもない俺自身が、みんなとは一歩引いたところで気を遣う場面がある。


「もうわからない。……何もわからないよ」


 愛哩は泣きそうな声で絞り出す。


 ……結果論かもしれないけど、こうなることに気付けなかった自分に腹が立つ。


「愛哩。もう一度両親と話そう。本音で話し合えばいつかはわかる時が来る」

「……多分、もうわかんないよ」

「そんなことない。まして話すのは俺と同類の愛哩だ。相手がわからなくても、俺達がわかってあげられればちゃんと導ける」

「……唯一の共通点だったのにな」


 俺の発言への返答ではない。自嘲の滲むそれは、今までのどの言葉よりも重さを感じた。


 そして、愛哩は霞んだ声で問い掛けた。


「……ねえ、悟くん。悟くんは今、何を考えてるの?」

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