第64話 擬似デートwith未耶ちゃん
今回は少し長めです。63話から66話まで全部「擬似デートwith〇〇」で統一したかったので、1話にまとめました(笑)
いつものように終礼が終わる。今日は昨日立花さんから言われた言葉が授業中ずっと頭を支配していたため、あまり集中出来なかった。
『思いを寄せてくれてる人には、言ってみても良いんじゃないですか?』
……思いを寄せてくれてる人、ここで言っているのはつまり未耶ちゃん。あんまり自分のことを好きな人が誰だなんて自信を持って言うのはバカみたいだけど、これに関しては否定材料がない。
何せ普通の人なら不確定要素の内心が、俺にはわかるのだ。傍から見ると滑稽には映りそうだけどね。
昨日の立花さんのように教室に来ているのかなと見るけど、未耶ちゃんはいない。まあ今日の終礼は早めに終わったし当たり前か。なら俺から向かおうかな。
俺は上の階へ上がり、未耶ちゃんのクラスの後ろ側の出入り口に立つ。丁度終礼が終わったようで、ざわつきだしたクラスは部活に向かう人や家に帰る人、中で談笑する人と誰が指示するわけでもなく分かれた。
さて、未耶ちゃんを呼ばなきゃ。俺は近くに居た男子生徒に声を掛ける。
「ごめん、未耶ちゃんを呼んでくれないかな」
「え? ああ、はい」
(タメ語で見たことないってことは先輩か……? てかアイツ彼氏居たんだ)
口にした言葉は素直に引き受けてくれたようだけど、内心では結構疑問に思うことが多いらしい。基本的に未耶ちゃんは男嫌いだし、クラスではそれが共通認識なんだろう。だからこそ俺の存在に驚いたってところかな。
後ろから俺が頼んだ男子生徒に名前をよばれた未耶ちゃんは過剰なくらいビクッと肩を跳ね上げ、緊張した面持ちで用件を聞く。それが俺からの呼び出しだとわかったのか、未耶ちゃんは小さく礼をして俺のもとへ駆け寄ってきた。
「ご、ごめんなさい遅くなって!」
「良いよ、俺のクラスの終礼が早く終わっただけだし。それより未耶ちゃん、カバン持ってきなよ」
「あ、ああそうでした! すみません」
「謝ることじゃないって」
「じゃ、じゃあ取ってきます!」
「急がなくて良いからね」
それで宿題とか忘れて帰ったら後々未耶ちゃんも困るだろうし。俺はさっきの男子生徒に軽く会釈をして、未耶ちゃんを待った。
俺と未耶ちゃんが向かったのは昨日と同じタピオカ店ではなく、街の大きな図書館。ここには老若男女問わず沢山の人が訪れ、俺もその中の一人でたまに来ては本を借りていく。
俺は未耶ちゃんの隣に立ちながら、まだ図書館の中には入らずに説明を始める。
「いわゆる図書館デートってやつなんだけど、期待外れだったらごめんね」
「い、いえ! わたしは悟先輩と一緒なら……」
(……あ! 今わたし変なこと言わなかった!? い、いや、これはデートだよね。ならおかしくは……ない……かな?)
「えっと、未耶ちゃん」
「はっはい!? ごめんなさい変なこと言っちゃって!」
「変なことなんかじゃ……」
っと、違うな。未耶ちゃんが欲しい言葉は変じゃないの否定じゃなくて、それを言ってもおかしくない理由だ。
「今は偽とはいえ彼氏彼女だし、気にしてないよ」
「……気にされてないのは、ちょっと」
「あれ!?」
今のじゃなかったのか!? やっぱり長岡さんみたいにはまだ経験値が足りないのかな……。難しい。
「よし、まずは気を取りなおそう」
「ふふふっ、そんなこと言う人初めて聞きました」
俺の意気込む姿を見て未耶ちゃんは今日初めて楽しそうに笑う。緊張が解れたのなら何よりだ。
「漫画とかで見る図書館デートってさ、読書スペースとかで話したりしてるじゃん? でもそれって前から周りの迷惑にならないのかなって思ってたんだよ」
「……ということは、今日は話さずにひたすら読書ですか?」
「流石の俺もそれは違うってわかるよ。だから学校の図書室じゃなくてここを選んだんだ」
「?」
要領を得ない未耶ちゃんは小さく首を傾げる。
「ここさ、会話しても良い部屋があるんだよ。例えばグループ学習とか、他の利用用途には大学生が研究の調べ物をして、その流れで話し合ったりとかさ」
「なるほど」
「勿論周りの音を気にしないなら本を読んでも良いし、宿題とか勉強なら俺に訊いてくれても良い。それにゆっくり話したかったしさ」
「い、良いと思います! 早速行きましょう!」
前のめりに賛成してくれる未耶ちゃんは勢い余って俺の手を取り歩き出す。いかにも女子の手って感じで、強く握れば壊れてしまいそうだ。
「あ、ごめんなさい悟先輩! 手……!」
「良いよ。さっきも言ったけど、今は彼氏彼女だから」
(……先輩、何か余裕そう。昨日は立花さんに腕を組まれて恥ずかしそうにしてたのに)
ああそっか、見られてたんだっけ……。何か恥ずかしいなって思うのと同時に、一つ不思議に思う。
何で俺は、未耶ちゃんにそういった羞恥心を感じないんだろう。
考えても答えは出てこない。俺はそれを一旦頭の隅に置いておき、依然手を繋いだまま図書館の中へ歩いて行った。
中で宿題や勉強をすること一時間半。そろそろ集中力も切れてきたところで、俺は手を休めた。
「ふう……」
「お疲れ様です、悟先輩」
そんな俺を見て、未耶ちゃんは声を掛けてくれる。俺は未耶ちゃんもお疲れと返して、軽く伸びをした。
「テスト後だと流石に勉強も身に入らないね」
「そうですね。悟先輩は今回も良い点を取れそうですか?」
「うーん……、さっき答え合わせをしてみたんだけど、やっぱり前みたいに自信はないかな」
「わたしも今回はあんまりです……。平均は超えるかなってくらいで」
「範囲広いし、仕方ないよ」
俺も去年の夏休み明けのテストはあまり良い点を取れてなかった気がする。それに夏休みが終わってすぐだから気が緩んでるし。
「長岡さんには負けそうだなぁ」
「……そうですか」
(……やっぱり悟先輩、愛哩先輩のこと)
ああ、そうか。女子と居るのに他の女子の名前を出すのはダメだったな。仮に俺が意中の女子とデートしてる時に別の男子の名前が出たら複雑だし、そういうものだろう。
俺はすぐに話の方向性を変えようとする。しかしそれよりも早く、未耶ちゃんは新しい話題を出した。
「あの、もしわたしが彼女だったら、何をしますか……?」
「? 今日みたいな図書館とか、後は……映画とかかな。勿論未耶ちゃんと一緒に考えるとは思うけどね」
「……わたし、一緒にどこか行くならまた前のスタバみたいに勉強教えてほしいなって思ってたんです。悟先輩優しいし、勉強だったら緊張もあんまりしないので」
「それって……」
「はい。……こ、今回のこれは、わたしが一番したかったデート、です……」
話題を振ったのは自分なのに、途端に顔を真っ赤にして縮こまる未耶ちゃん。
正直、少し照れ臭いな……。
「……あ、あの!」
「な、何!?」
「わたし、悟先輩はすっごいわたしのことをわかってくれてると思うんです……! ……ただ、その」
「?」
「わたし、悟先輩のことを殆ど知らないんです」
未耶ちゃんは真っ直ぐ俺の目を見つめて、そう言い切る。
丁度昨日立花さんに言われた、“俺から言わなくても自分を理解してくれる存在”。
言われた通り、俺から自分の深いところの話をしたことはない。
「俺のこと、か」
「はい」
「多分好きな食べ物とか得意教科とか、そういう話じゃないんだよね?」
「あ、えと、そういう話も聞きたいと言えば聞きたい、ですけど……」
「……そうだね、じゃあ俺が独りぼっちの理由でも話そうかな」
「っ!」
(聞いたことはあったけど、あれ本当なんだ……。悟先輩良い人なのに……)
そう思ってくれるのは素直に嬉しい。だけど現実はクラスだと長岡さんくらいしか話さない、静かで暗い人間だ。
ただ、理由だけはぼかしておこう。それは多分信じてもらえないっていうのと、あと二つ。
未耶ちゃんに嫌われたくない。それと、何となくまだ話したくない。この理由は俺も感覚でしかないけど、それくらいは許される、はず。
「ここじゃなんだし、外で話しても良いかな」
「は、はい! どこにでもついて行きます!」
やっぱりどこか緊張してるのかな。未耶ちゃんは危うい返事をして、いそいそとテーブルの上のノートや筆記用具を片付け始めた。
六時間目終わりで既に二時間弱が経過している。晩夏の空は既に夜の顔を見せており、俺達は静かな空気の公園へと足を運んでいた。
俺がベンチに座ると、隣の未耶ちゃんも遠慮がちに腰を下ろした。
「俺が独りの話だったね」
「はい」
「俺さ、実は昔はこんなに暗くなかったんだよ。……昔というか、中三の夏。今から二年前だね」
その頃は人並みに友達も居たし、休日はよくみんなで出かけたりもしていた。
「それがさ、あることがきっかけで俺だけハブられたんだよ」
「あること、ですか……?」
「簡単に言えば相手のことをわかりすぎたんだよ。気味悪がられてさ」
(……でも、それなら悟先輩は──)
「ううん。相手は悪くないんだ」
「っ!」
「……うん。今みたいな感じで、俺は人のことが何故かわかるんだよ」
何故かとは言ったが、実際は相手の考えてることが全部わかる。口にはしなかったけど、何となく理由はわかってもらえただろう。
「全部をわかって、それを無二の友達みたいに振りかざす俺が、多分気味悪かったんだろうね」
「そんな……」
「それからはもうずっと、人と関わるのをやめてね。丁度受験期だったし、勉強にも集中出来るから良いやって思って」
「……間違ってたら申し訳ないんですけど、悟先輩のそれ、嘘ですよね」
未耶ちゃんは顔を合わせずに俯きながら口にした。
……多分、嘘なんだろう。だけど今ではもう覚えていないや。
「まあそれも、長岡さんが強引に生徒会に誘ってくれたおかげで無くなったんだけどね」
「……凄いですね、愛哩先輩」
「クラスのまとめ役だからね。放っておけなかったんじゃないかな」
「だとしても凄いです。わたしなら多分、声を掛けれてません……」
「でも生徒会で初めに仲良くしてくれたのは未耶ちゃんだよ」
初めから音心が居れば違ったかもしれない。だけど現実に起きたのは未耶ちゃんが初めで、それが俺の人と関わるハードルを下げてくれていた。今ではそう思う。
「……あ、あの!」
「?」
「わたしは、大丈夫ですから!」
「えっと、ごめん。何がだろ」
「悟先輩にわかってもらえるの、わたし嫌じゃありません!」
俺の欲しい言葉。それは奇しくもいつもの長岡さんのようで、しかし心を読んでいるわけではない。
気のせいか、胸の辺りがじんわりと熱くなった。
「ありがとう。未耶ちゃん」
「い、いえ! 出過ぎたことを言いました……」
さっきの勢いとは正反対に、未耶ちゃんはまるで空気の抜けた風船のように萎びる。
そんな様子さえ嬉しく思えたのは、どこか歪んでいる。そう思えてならなかった。
「……未耶ちゃん、そろそろ門限かな」
「え……? あ、ホントだ」
「じゃあこの辺でお開きだね。今日はありがとう」
「いえ、その。わたしも悟先輩の話を聞けて良かったです!」
「帰りは電車だっけ。送るよ」
「だ、大丈夫です! そこまでしてもらうのは申し訳ないし、あと……」
「あと?」
続く言葉がわからず、俺はオウム返しをしてしまう。心を読むよりも先に口が勝手に反応した。
「ちょっと、一人で考えたいことがあるので」
「そっか。じゃあまたね、未耶ちゃん」
「はい。また明日」
ベンチから立ち上がった未耶ちゃんはペコりとお辞儀をして、その場から去っていく。小さな背中を見て、俺は少しだけ心配になった。
涼しい秋風が吹く。既に季節は夏から秋へと移ろいでおり、俺は空に点々と浮かぶいわし雲を眺めながら今日を振り返るのだった。




