第40話 見えない先行き
「つってもどうするかだよなぁ……」
午後八時。俺は自室のベッドに腰掛けながら、長岡さんと音心に頼まれた件について頭を悩ませていた。
男嫌いの未耶ちゃんに苦手意識を無くさせる方法、いやそれ以前に俺が仲良くなる方法……。
「う〜ん……」
「……おにぃ、さっきから唸ってどうしたの? こっちの部屋まで聞こえてきてたよ」
「琴歌か。いや、ちょっと悩んでてさ」
いつの間にか部屋へ入ってきていた琴歌。俺はベッドの隣をポンポンと叩いて隣に座るように促す。琴歌は何も言わず、なぜか少し緊張を見せながらちょこんと俺の隣に腰を下ろした。
(……何だか今の、おにぃと恋人みたいだったなぁ)
言われてみたら……か? 俺にその感覚はよくわからないけど、別に咎めることでもなんでもないから良いや。
「琴歌でも相談乗れる?」
「うーん……、多分……?」
「言ってみて」
「その、男嫌いの女の子と仲良くなる方法って何かある?」
「え」
「あれ、琴歌?」
目を見開き口を小さく開けて固まる琴歌。
俺そんなに変なこと言った? 単に友達としてって捉えてくれたら良い話なんだけど。
少ししして、琴歌ははっと我を取り戻す。すぐに頬を膨らませんばかりにむっとするが、軽く首を振ると。
(……ううん、おにぃが仲良くなりたいって思ってるなら相談に乗ってあげなくちゃ。)
……琴歌って本当に良い子だよなぁ。ちょっと嫉妬深いところもあるけど、元がめちゃくちゃ良い子だからそれもいじらしく見える。
「琴歌が良い子で俺嬉しいよ」
「わっ、急に撫でないでよ! ……もう」
そう言いつつも俺の手を振り払う気配はない。思わず頬が緩んだ。
「それで、何? 男の子が苦手な女の子と仲良くなる方法?」
「そうそう」
「うーん、女の子同士だったらこっちから話しかければ良いんだけど」
(実際先週琴歌もそうやって友達作ったし)
「琴歌もそうしてるのか?」
「あ、うん。先週くらいにね。今まで休みがちだった子が教室で一人だったから声かけたの」
「そっか。じゃあその子は嬉しかっただろうな」
既視感のある構図。俺も長岡さんに話しかけてもらった時は嬉しかったのかな。今となってはもう思い出せないんだけどね。
「おにぃとその子に接点はないの?」
「生徒会が同じだよ。その子は一年だから歳は一つ下だけど」
「え、おにぃって結構前から生徒会だよね。じゃあもう何ヶ月も同じことで悩んでるってこと?」
「いや、距離が離れたのは今日の話。それまでは仲も悪くなかったよ」
「……じゃあ話しかけるしかなくない?」
琴歌は怪訝そうな表情で俺の目を見つめる。何を悩んでるの? と言いたげな様子だ。
にしても、話しかけるしかない、か。言われてみたらそうなのかもな。行動に移さなければ何も始まないし。
「あ、でも話しかけすぎるのはダメだよ。男の子が嫌いなんだったら、多分おにぃに話しかけられるのもそんなに嬉しくないだろうし」
「その辺は弁えるよ。ありがとう」
「どういたしまして。ホント、おにぃは琴歌がいないとダメなんだから」
口調はやれやれとでも言いたげな感じだが、緩んだ口元からは笑みが薄く零れていた。本当に可愛い妹だ。
(……でも、それでおにぃがその子と付き合ったりしたら、やだなぁ……)
「はは、心配しなくても恋愛には繋がらないと思うよ」
「なぁっ!? べ、別に心配なんてしてないもん! おにぃのばか! バイバイ!」
捲し立ててすたすたと俺の部屋を出ていく琴歌。いつもながら最後のバイバイを欠かさないの、本当に可愛いな。琴歌に可愛いって思ったの何回目だろう。いや本当に可愛いから問題無いけど。
「……とりあえず、機会があれば話しかけてみよう」
明日もいつも通り生徒会活動はある。その時にでも話せるだろうしね。俺は考えるのをやめてベッドへ身体を投げ出した。
そして翌日の朝、機会はすぐに訪れた。
一人登校の道を歩いていると、目の前には歩く未耶ちゃん。彼女もまた一人でとぼとぼと歩いていた。下を向きながらなので危ないと感じつつ、それ以上に落ち込んでいるのが伺えた。
(はぁ……、学校嫌だなぁ。悟先輩にも悪いことしちゃったし)
理由はやっぱりそれだよな。原因の俺に話しかけられるのは、あんまり嬉しくないことだろうけど、今はそうも言ってられない。俺は意を決してとんとんと背中を叩く。
「おはよう、未耶ちゃん」
「え、あ、悟先輩……。おはようございます」
未耶ちゃんはわかりやすく目を泳がせ、小さい身体をさらに縮める。
……ダメだダメだ、こんなことでダメージを受けてはいけない。今は俺よりも未耶ちゃんだ。
「その……、昨日はすみませんでした」
「大丈夫だよ。気にしてない」
「あ、えと。……ごめんなさい!」
「あっ、未耶ちゃん!」
カバンをギュッと抱きしめて逃げていく未耶ちゃん。どんどん走っていき、やがて曲がり道を曲がって見えなくなった。
「……、マジかぁ……」
流石に今のは堪えるなぁ……。心を読む間もなかったけど、多分今のは純粋な忌避だろうなぁ……。普通に落ち込む。
意気消沈していると、急に背中を叩かれる。俺は肩をビクッと震わせて振り返った。
「おっす悟クン! さっき見てたよ? エグいくらい逃げられてたね」
高身長金髪イケメンのチャラ男。その顔はにやにやしていた。
「からかうなよ、操二……」
「あっはっは! でもどしたん、何言ったの?」
「別に発言で怒らせたわけじゃないんだ。ただあの子男嫌いでさ」
「おお、そんな子に話しかけるとか悟クンマジ勇者じゃん。狙ってんの?」
「いやほら、生徒会で同じだから。前までは逃げられるようなことはなかったんだけど」
「ふーん……」
操二は小さく呟く。手を顎に添え、俺をしげしげと眺めた。一体何だ……?
「逃げられるようになったって、多分そういうことでしょ?」
「うん。多分思ってるので合ってるよ」
「二人きりの生徒会室で迫りすぎた」
「ごめん全然違った」
「いーや! 言わなくても大丈夫! 俺もそんな経験あるから!」
「だから違うって!」
しきりに頷く操二の顔は何故か少し嬉しげだ。そんなうんうん言われても。
(仲間がいて良かったー! あれめっちゃ辛いんだよなー)
変な仲間意識持たれても、本当に違うんだけどな……。てかその話もちょっと気になってきた。一体何をしたんだ操二は。
「おはようございます、宮田先輩っ!」
「おわぁ!?」
「ちょ、そんな驚かなくても」
急に左腕を抱かれて振り返る。そこには不満げな顔をした立花さんが頬を膨らませていた。
(あずに腕組まれて嫌なの? ちょっと心外)
「立花さん、急にそんなことされるとびっくりするから……」
「あ、ごめんなさい! でも、みんなにはしないんですからね?」
(今日のあずもかーわいっ! 腕組みからの上目遣いなんてもう最強でしょ!)
「おお、悟クンも隅に置けないなぁ。股ってるの?」
「ぬ、一緒に登校されてたんですか。宮田先輩なので一人だとばかり」
立花さんは操二に気付いて俺の腕を離す。てか操二の言うまたってるって何だろう。また、また……、マタニティ?
「いや、流石に妊娠は関係無いか」
「え、まさか悟クン妊娠させてんの? そりゃあの子も怒るでしょ」
「へっ!? 宮田先輩、何ですかその話!?」
「いやいや誤解だから!! またってるの“また”って何だろうって思って連想しただけだから!」
「あ、ああ。悟クンの言ってるのはマタニティか。股ってるってのは二股してるの意味だよ。あービックリした」
「二股してるんですか宮田先輩!?」
「それも誤解だって!!」
何で一分も経ってない会話でこれだけ拗れるのか……。操二も操二で適当なことばっか言って……。
とりあえず、納得してもらうために俺は未耶ちゃんの過去を伏せて、あらましを説明した。元々男嫌いで、それが何かの拍子に蘇り、仲の良かった俺まで避けるようになってしまったこと。俺は未耶ちゃんと同じ生徒会だからそれをどうにかしたいと思っていること。
「ふーむ、なーるほどねぇ……。悟クンも難しい問題を抱えてるんだなぁ」
「元々仲の良かった人が離れるのは辛いから」
「やけに実感こもってますね」
(前に言ってた悟先輩が受けたクラス総無視の話とか関係してるのかな)
立花さんは声には出さず、心の中で一人首を捻っていた。
それで正解、というかよく覚えてるなぁ。もうあれから二ヶ月くらい経つのにね。
「それとすみません。さっきから気になってたんですけど、そっちのカッコいい人は誰なんです? 宮田先輩のクラスメイト?」
「オレ? オレはただの友達だよ。クラスは別」
「そっか、紹介がまだだったね。こっちは高槻操二で、前の依頼で知り合ったんだ。で、こっちが……」
「立花梓紗ちゃん、でしょ? 一年の」
「あれ、何でわたしのこと知ってるんです?」
俺が言い終わる前に操二は口を挟み、そして名前を言い当てる。サッカー部とか友達経由とか、何か繋がりがあるのかな。
「ほらオレ、可愛い女の子は名前まで覚えてるからさ」
(今はソラちゃんいるから手は出さないけど、この子の名前覚えたのは付き合う前だしセーフだよな)
「ありがとうございますっ! 可愛いって言ってもらえて嬉しいです!」
(この人があの有名な高槻操二先輩……。女遊びが激し“かった”って有名な……。とりあえず人当たりは良くしておこっと)
「そ? まあオレ今は彼女いるからさ、今日は友達の友達は友達ってことで!」
(友達になるのも別に浮気じゃないよね? ソラちゃんやきもちやきだからこのことは言えないけど)
「はい! よろしくお願いします!」
(やっばい今のあずちょー可愛いこれ落としちゃったかな?)
……セリフに対して思考量多いなこの二人!!
何で表に出てないことをそんな考える余裕あるんだ!? ちょっと怖いレベルだぞ!?
「何固まってるんですか、宮田先輩! 早く行きますよー」
「ほら悟クン、早く早く」
二人に急かされる。早歩きで追いついた後、俺は思わず口を滑らせた。
「……二人って何というか、人格の裏表とはまた違う何かを持ってるよね」
「「?」」
……うん、まあそんな反応になるのはわかってたんだけどさ。




