第33話 罰ゲーム2
テスト当日。俺は早めに登校して最後の見直しをしていた。教室に人は殆どおらず、俺の他には三人程しか来ていない。
結局今回はどの教科も取れそうだから、あとは抜け落ちた箇所の確認程度。数学は前から言っているように得意なところで、その他の教科も特段詰まるところはなかった。
「おはよ、宮田くん。早いね、勉強捗ってる?」
「おはよう長岡さん。まあぼちぼちってところかな」
いつものように長岡さんが挨拶してくれる。だが今日は挨拶だけじゃなく雑談も交えてきた。
「んふふ、そんな調子じゃ勝っちゃうよ? なんせ私すっごい勉強してきたんだから」
「俺も特に苦手な感じはないんだよ。前より高い点数取れそうだし」
「……そうやって私にプレッシャーをかけてるつもりかもしれないけど、私は負けないからね。なんなら罰ゲームだってありでも良いよ?」
罰ゲームって……。やっぱり長岡さん、勝負事になるとちょっと子どもっぽくなるんだよな。親しみやすい、可愛い一面だ。
「……ちょっと、不意打ちで可愛いとかやめて。というか別に子どもっぽくないから」
「あはは、ごめんごめん。それにしても罰ゲームって、前にもしなかった? 長岡さんそういうの好きなの?」
「だって楽しいじゃん? それに今回は勝てる気がするからね」
「そっか。まあ俺も負ける気は毛頭ないよ」
ふ、と笑って長岡さんを挑発する。長岡さんも受けて立つといった笑みを浮かべて、ニヤリと笑った。
「じゃあ内容はどうする? 宮田くんからは何か希望ある?」
「んー……、何か一つだけ相手の言うことを聞く、とか?」
「えっ」
(宮田くん……意外とエッチなのかな……)
「ちっ違うからな!? 別にそういう意図はなくて……!」
「んふふ、冗談だよ。わかった、ならそれが罰ゲームね。宮田くんに何聞いてもらおっかな〜?」
そう呟きながら自分の席へ歩き出す長岡さん。
もう勝った気でいるのか。正直何となくフラグ感は拭えないけど、まあ今言ってもしょうがないか。俺は今出来る最善のことをするだけだ。
途中だった見直し用のノートをペラリと捲り、次のページの確認を行うのだった。
………………
…………
……
「何でまた負けるの!!!」
「ちょ、落ち着いて長岡さん!!」
成績上位者が上から順番に羅列された張り紙の前。俺は長岡さんと一緒に来ていた。
結果は案の定長岡さんの負け。まああれだけフラグを立てておいたらそりゃそうなるよなぁ……。
「というか何で宮田くん学年一位なの!? 張り切りすぎじゃない!?」
「いや、でも長岡さんも三点差で二位だし……」
「勝ってなきゃ意味ないよ!!」
まるで子どものように駄々をこねる長岡さん。
俺は勿論周りの人もこんな長岡さんは見たことないようで、ひそひそと噂されていた。頑張ったのに可哀想、それだけ真剣だったのにこの宮田ってやつは……と何故かヘイトが俺にまで向いている。
(悔しい……! あんなに勉強したのに……!)
……そんなに勝ちたかったのかな。何かそこまで悔しがられると罪悪感が湧いてくる。
「……もしかして宮田くん、エッチなことがしたいから頑張った……?」
前言撤回。罪悪感とか微塵もないわ。
てかそこまで言うなら本当に変なことでも頼んでみようかな。長岡さんがどんな反応をするか、何か興味出てきた。
「っ!?」
「いやごめん冗談だから! 勝手に心読んで勝手に引かないで!」
「……ううん、もう大丈夫。初めに言い出したのは私だもんね。良いよ、何でも言ってみて」
「な、何でも……」
ゴクリ。
「や、やっぱりそういうこと!? その、何でもって言うのは別に何でもって意味じゃなくて……」
「……」
「え、ええ? ホントごめん、もう言わないから……」
「ぷっ、あははっ!!」
ちょっと黙ってみるとこの慌てよう。久々に長岡さんをからかえてちょっと面白くなっちゃったな。いつもとは逆の立場だ。
ちら、と長岡さんを見る。頬を膨らませるなんてことはしていないが、むっとしていた。テストの結果も相まってか、よく見るとぷるぷる震えていた。
「言うようになったね? 宮田くんも」
「俺もいつまでも遠慮しているわけにはいかないから」
「初めの頃の宮田くんとは大違いだね」
初め、つまり出会った当初。別に何かが劇的に変わったわけじゃないんだけど、それは長岡さんもわかってるか。別に訂正することでもないからそのまま流す。
「さて、じゃあ罰ゲームなんだけどね」
「う、うん」
(ホントに変なこと頼まれちゃうのかな……。こう、例えば宮田くんの家に──)
「今度家に来てくれないかな?」
「……え? え、えええ!?」
場所は変わって生徒会室。終礼後にすぐ教室を出たため、未耶ちゃんと音心はまだ来ていない。
「……つまり、妹さんの料理の練習に付き合ってあげて欲しいってこと?」
「うん。前に一回言ったけど、今妹が俺の弁当を作ってくれてるんだよ。だけど元々料理が得意ってわけじゃないから、練習として結構な量を食べさせられて……」
「食べる人の増員、あとは練習を見てあげてってことだね」
「だね。まあ長岡さんが料理出来ないってことならまた考え直すけど」
「家事は好きだから大丈夫だよ。でもこう言ったらなんだけど、お母さんとかには見てもらわないの?」
長岡さんは人差し指を唇に当てて質問する。確かにそういう場合は大体母親が練習相手だよな。
……琴歌の説明、うん。やっぱりしておくか。
「琴歌は妹なんだけどさ」
「うん」
「俺のことが好きなんだよね」
「……うん?」
「それがお母さんにバレるのは流石にまずいって思ってるからか、そういうのはお母さんには相談しないんだよ」
「……ごめん、ちょっと待って。好きって言うのは、その。家族愛……みたいな?」
うん、やっぱりそこでつまずくよな。しかもそれが恋愛的なっていう特大級の爆弾だし。
「……恋愛的って、それホント?」
「また勝手に心読んで……って、俺も人のことは言えないけどさ。本当だよ。何時からかは忘れたけど、本心からそう思ってる」
人の本心を自信満々に語るって中々に傲慢なことだけど、それも俺と長岡さんには当てはまらない。こういう時は意味も無く秘密の共有をしている気分になってしまう。
「それで私に……。でもそれならもっと不味くない? 恋敵に思われちゃうかも」
「むしろそれも一つの狙いでさ」
「ああ、そういうこと。まあ確かに健全とは言えないもんね……」
長岡さんは理解が早くて助かる。俺も俺で同級生に女子の友達がいるって知れば、琴歌も思い直すかもしれないからな。
琴歌の件は特に急を要するって程じゃないんだけど、早いうちに兄離れしておかないと後々苦しむことになりかねない。今は辛いことでも、後にこれが一種の兄心と気付いてくれたら何よりだ。
一段落したところで生徒会室のドアが開く。来る途中で出会ったのか、未耶ちゃんと音心が一緒に部屋へ入ってきた。
「こんにちは。愛哩先輩、悟先輩」
「……愛哩、悟。とっとと活動始めるわよ……」
未耶ちゃんと音心は対照的で、いつも通りの未耶ちゃんに対して目に見えてわかる落ち込みようの音心は声をかけるのも躊躇う程だ。理由は十中八九、テストの結果だろうな。
「あ、そうだ! 悟先輩が勉強会で教えてくれたところなんですけれど、なんとテストに出たんですよ! おかげで良い点数を取れました!」
「おお、それは良かった。頑張ったね、未耶ちゃん」
「ありがとうございます!」
いつもよりもテンションの高い未耶ちゃん。まるで尻尾をぶんぶん振る犬のように嬉しがっていた。
「アタシは教えてもらったところ出なかったけどね」
「音心は補習か?」
「そんなにハッキリ言わないで! わかってるから……もう受験生だしどのみち同じことよ……」
長机の上座の椅子に座り、頭を抱える音心。まあ夏休みは嫌でも勉強しなきゃだろうしなぁ……。
「……そう言えば愛哩はどうだったの? 悟に勝つって息巻いてたわよね」
「……私は学年二位です」
「凄っ。でも流石愛哩。ね、未耶」
「ですね。やっぱり愛哩先輩は違うなぁ」
「そこの宮田くんは学年一位ですけどね」
長岡さんはさも恨めしそうに俺をジト目で睨む。未耶ちゃんと音心も、え? という声が聞こえんばかりの驚いた表情で目を丸くする。俺ってそんなに勉強出来ないように見られてるのか……?
「……悟が一位? 嘘でしょ? だってケイドロでアタシに捕まえられて地団駄踏んでたあの悟よ?」
「ケイドロ関係ないだろってか懐かしいな」
「あの合計点ってことは平均九〇あるでしょ? ホント意味わからない。何で負けたの……」
音心に続いて長岡さんもどんよりとする。これはこのままだと絶対面倒なことになるな。
「よ、よし! 全員揃ったことだし早く活動始めようよ! ……あ、そうだ長岡さん」
「……なに?」
「琴歌の件。明日は土曜日だし明日か明後日が良いんだけど、予定は大丈夫?」
「大丈夫。じゃあ明日お願いするね」
「わかった。ほら、早く始めるよ!」
そうみんなに発信するが、本格的に動きだしたのはそれから一五分程もかかったのだった。
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