第23話 オレとソラちゃんの馴れ初め……ってーとちょい恥ずいんだけどね?
それはオレが女の子とデートしてた時のこと。オレはその子と手を繋ぎながら静かな遊歩道を歩いていた。
「ねーえー操二ー。私のこと好きー?」
「んー、好きだよー」
「じゃあ彼女にしてくれる?」
「あーそれはちょっと難しい相談かな? オレ彼女は作らない主義なんだよねー」
「えー? ケチー」
ぶーたれた顔で握る手の力を強くされる。まあどこまでいっても女の子の握力だからそれ程痛くないけど。
正面から一人の女の子がずんずんとこちらへ近付いてくる。見たことのある制服は以前合コンで知り合った女の子のもので……。
「ちょっと操二君! 誰よその女!!」
「へっ!? ……あー、その。何だろう。友達ー……的な?」
「ねえ操二ー。この子誰?」
「操二君の彼女ですけど何か?」
「はあ!? 操二は彼女とか作らないんですけどー。そんなことも知らないのに遊んでたのー?」
瞬く間にわーわーと言い合いになる彼女達。こういうことになるから彼女は作らなかったのに……。
オレは面倒な現実から目を背けるように後ろを振り返る。何となく気配を感じたのだが、案の定小さな女の子が下校している途中だった。
あれは小学生高学年かな? ここが帰り道の一部なのかどんどんこちらへ歩を進めてくる。
「……あの」
「ん? どうかしたかな」
オドオドとしながらオレに上目遣いをする。身長差からして当たり前だ。
「あの人達が邪魔で、通れない……」
「あの人達って言うと……」
小さな女の子の指差す“あの人達”はやはり現在進行形の修羅場のことだった。そりゃ邪魔だよなぁ、こんな往来で。
てか本気じゃないって女の子と遊ぶ時にはいつも言ってるんだけどなぁ……。
「ごめんね。どっちも友達だしオレから言うよ」
「お兄ちゃん、浮気者なの?」
「うっ!」
「……やっぱり。二人とも彼女なんでしょ」
「い、いやぁ……? むしろどっちも彼女じゃないというかね……」
「さいてー」
グサッと来るなぁ……。同年代ならともかくこんな小さな子に言われるとは……。
と、いつまでも話している場合じゃない。そろそろ二人を止めなきゃ。
「なぁ、そろそろやめない? そこの女の子も通れなくて困ってるしさ」
「だって操二ー! この女が操二の彼氏とか変なこと言い出すからさー」
「はぁ!? 操二君はアタシと二人っきりでデートだってしたことあるから!」
「そんなの私だってしてるしー」
俺の言葉は焼け石に水で、勢いが止まることは無くどんどん言い合いは激化していく。沈静化は諦めてとりあえず退いてもらうのが良さそうだ。
「ねえおチビちゃん。とりあえずこの二人の喧嘩は置いといて通してもらおっか」
「…………う、ん……」
「ん? どうしたのおチビちゃん?」
返事がおぼつかなかったので振り返る。おチビちゃんはさっきまでとは違い朦朧としており、顔も青ざめていた。
「……何か……ちょっと辛い、かも……」
言葉尻にかけて声が小さくなり、ふらふらとたたらを踏む。直後小柄な身体はドサッとくずおれた。
「おチビちゃん!?」
慌てて駆け寄りおでこに手を当てる。熱がある感じじゃないな。気も失いかけだ。
「大丈夫!?」
「……いや……、何これ……」
「おチビちゃん! しっかり!!」
ダメだ、意識が途切れた。これは躊躇してる暇はないな。オレはすぐさまポケットからスマホを取り出し救急車を呼ぶ。
通話している間、チラッと喧嘩していた二人を一瞥する。出来ることがないかあわあわと辺りを見渡して、一人はハンカチを濡らしに、もう一人は真剣な顔でスマホを弄っている。多分こういう時の対処法を調べてくれてるんだろうな。
程なくして救急車は到着した。オレは現場に居たということで同乗し、二人には帰ってもらった。
中では現場の状況や関係性を聞かれたりし、後はよくわからない専門用語の会話を聞いていた。
何ともなければ良いんだけど……、とは言えないよなぁ。この慌てようを見る限り。
「ソラはっ! 娘は大丈夫なんですかっ!!」
お父さんが着いたのは夜の九時頃だった。額に汗が滲んでいる。走ってきたのが丸わかりだ。
主治医の人は経緯と病状(これはオレもちゃんとは聞いていないが)を説明する。命に別条はないと知って安堵する表情が伺えた。
「君が救急車を呼んでくれた子かな? 本当にありがとう」
「いえ。当たり前のことをしただけです」
深いお辞儀につられてオレも頭を下げる。
……あんまり歳上、それも大人に文句は言いたくないけど。それでもちゃんと伝えたいことは伝えよう。そのためにこんな時間まで残ったんだし。
「あの、お父さん」
「何かな」
「こんな時間まで娘さんをほったらかして、何してたんです? 仕事ですか?」
語調が強くなる。お父さんは予想していなかったのか、それともオレの言いたいことに思い当たる節があるのか。わかりやすくハッとした。
「運ばれた後ね、娘さん一度起きたんですよ。今はもう寝てるそうですが、オレと話してる時もお父さんを気にしてたんですよね」
「……そうか」
「早いうちにお母さんを亡くしたのも聞きました。無理を言っているのは承知の上ですが、どうかお見舞いくらいは出来る時間に仕事を終わらせることは出来ませんか?」
オレはお父さんの目をまっすぐ見据える。
……本当に、何でオレがこんなこと言ってるんだろうな。わけわかんねぇや。
「……片親なのも聞いたんだね」
「辛そうにしていました」
「そうか。……ただ、面会可能時間までに仕事を終わらせるのは難しいんだ。どっちが大事なんだと聞かれたら勿論娘だ。だけど……」
「娘のために仕事をしている、ですね。それもわかります」
ジレンマでも二律背反でもなんでもない。単純に連動しているだけ。
「……よし。じゃあオレがお見舞いに行きます!」
「え?」
「オレなら放課後も……まあ! 空いてるので!」
「いや、でも……」
「大丈夫です! どうせ部活もしてませんので!」
本当はサッカー部だけど、まあそこは適当に理由を付ければ良いか。
「高槻君、だったね」
「はい」
「何でそこまでしてくれるんだい? 君にとって娘は道端で初めて会った小学生じゃないか」
不思議そうに訪ねる。もしかしたら不審にさえ思ってるかもしれない。
実際オレもそうしたい理由なんかはよくわかってない。ただ何となく、そうしたいからそうする。
「オレって結構直感を信じるんです。今回はオレがこうしたいって思ったからこうした。それじゃ足りませんか?」
「……いや、こちらとしては本当にありがたい話だ。娘には友達も居ないらしいし、一人にならずに済む」
「友達が居ないのはお父さんに気を遣ってるんですかね?」
「ははっ、手厳しいな」
キツめのジョークとお父さんの笑い声がその場の空気を弛緩させる。ノってきてくれて良かった。これノってくれなかったら普通に無礼だったからなぁ。
「じゃあ、そういうことなんで帰りますね。……っと、これオレのメアドと番号です。何かあれば連絡してきてください」
「咄嗟に出せるなんて凄いな。ありがとう」
「女の子に渡す用ですよ! 凄くも何ともない」
「娘には手を出してくれるなよ?」
「あっはっは! お父さんも言いますね!」
「ははっ、仕返しさ」
オレは一礼して病院を出る。
辺りは真っ暗で夜風が冷たい。にも関わらず身体の内側は何だか暖かい。
やりたいようにするって宣言しただけなのにな。不思議なもんだ。
翌日の放課後、オレは早速おチビちゃん……、いやソラちゃんの病室を訪れていた。やはり見舞い客は居らず、ソラちゃん一人がベッドから外を眺めていた。
「……昨日の浮気者」
「開口一番浮気者はクるなぁ。操二って呼んでよ」
「……ソウジ」
少し照れながらもちゃんと呼んでくれる。ちょっと嬉しいな。
「何で来たの?」
「そんなのお見舞いに決まってるじゃん。これから毎日来るしね」
「……いらない」
「信じられない?」
「……」
黙りこくるソラちゃん。友達が居ないって聞いてもしかしたらって思ったけど、やっぱりな。
「お父さんも参観日に行くって言って来てくれたことないし、それにソウジは浮気者だもん……」
「あー……、まあお父さんはあれだとしてもさ。オレはもう浮気しないから」
「……証拠」
「証拠? ……よし、じゃあソラちゃんオレと付き合おっか!」
「つ、付き合う!?」
ソラちゃんは顔を真っ赤にして目を丸くする。誰かと付き合うとか考えたこともなかったのかもな。
「そうだよ。オレって誰とも付き合ったことなかったんだけど、ソラちゃんは別。これじゃまだ信じてもらえない?」
「だって……」
「浮気もしない。というか誰とも付き合わなかったのはいろんな女の子と遊んでも浮気って言われないためだからさ」
「……じゃあキスしてよ」
真剣な眼差しで、恥ずかしそうにボソッと呟く。
……そっか、キスかぁ。確かにわかりやすい証明だよな。昨日お父さんに手を出すなと言われた手前申し訳ないけど、それでも信用してもらえるのなら。
「……おっけ! じゃあソラちゃん! 目閉じて!」
「は、はぃ……」
尻すぼみに声が小さくなる。きゅっと瞼を閉じたソラちゃんの顔はいじらしい。
オレは緊張で縮こまってるソラちゃんに近付き、そして──
§
「──えぇ!? 操二お前そこで話やめちゃうの!?」
「だって照れくさいじゃん? それにこういうのは二人だけの秘密の方が燃えるだろ?」
「……納得いかないなぁ」
今の話の終わり方はかなり不満だけど、まあ大体の事情は知ることが出来た。本来の目的は達成している。
「……」
「何、悟クンのその『実はこいつ良いやつじゃんイケメンジャイアンかよ』みたいな目」
「前半しか合ってないよ」
「まあ悟クンには保健室で変なとこ見られたからなー」
「あ、そう言えばあれ何で保健室に来たの?」
「今の小学生の流行りを聞きに行ってた。保健室の先生って結構何でも知ってるんだぜ」
そういうことか。確かに俺もそんなイメージを持ってるな。
すっかり飲み干した後のペットボトルを手で弄ぶ。無言の時間が流れた。
すたすたとこちらへ歩いてくる制服の女子。見間違えるはずもない、長岡さんだ。
「宮田くん、高槻君。ガールズトークは一段落したからもう病室に入っても良いよー」
「おっし! んじゃ行こうぜ!」
操二が手を差し出してくれる。心の中でも何も考えてないってことは自然と出たのだろう。
「ありがとう。でも大丈夫だから」
だが俺は、それを受け取らずに立ち上がったのだった。




